因果因縁 01 始まりの
ミシェールは、養女になるにあたり、養母ヴィヴィアンナの名から『アン』の名前をミドルネームとして貰い、ミシェール・アン・クロノスとなった。だから名前に誇らしさを感じている。
そして15歳を迎えた春に、王太子妃イネッサの出身国である、ベネルオース帝国へと旅立った。
旅立つ前に、長かった髪をバッサリと切って貰った時は、少し残念に思えた。ヴィヴィアンナに髪を結って貰う朝の時間が、掛け替えのない時間だったのだと再認識し、少しだけ泣いてしまった。
ベネルオース帝国では、女性騎士育成の為の学校があり、そこで寮生活をしていた。
初春が入学時期の為に、学校には編入となり、試験はなんとか通過出来た。
貴族学園にも、女性騎士科はあるが、話し合いの末に平民が主な、この学校を選んでいた。
編入となったのは、言葉を覚えてからの方が良い、という助言があったからで、ヴィヴィアンナの父親で元外交官のドルファンから、読み書きをしっかり学んで、日常生活は問題ない。
他国の出身で、基礎から学ぶ為に2年生ではなく1年生に入った為に、大変悪目立ちをしていた。騎士学校の入学規定が満13歳であるから、周りは13〜4歳ばかりだ。
更に、容姿でも目立った。ベネルオースではミシェールの銀色の髪は目立つ。平民は茶髪が多く、貴族は黒や濃紺、濃紫色が一番尊い王族の色で、皇帝も濃紫色の髪色で、その妹のイネッサも同じだ。
手紙は月に一度届き、ヴィヴィアンナ、異母兄で平民騎士のデュー、弟エルバルト、養父ミハエルがそれぞれ書いてくれていて、ミシェールも手紙を書いている。
二人部屋の寮の同室の少女は、ミシェールには見向きもせず、モクモクと勉強や、鍛錬をしていて、挨拶程度しか交わさない。
ミシェール自身も、話す方ではないので、部屋の中はいつも静かで、集中出来て良い。とミシェールは安堵していた。
たまに廊下から騒がしい声が聞こえるが、それくらいは、修道院で慣らされていたので苦にもならなかった。
夏に長期休暇はあるが、迎えに誰か来て貰う事も忍びなく、ミシェールは帰省はしない旨の手紙を送っただけにした。
兄の結婚祝いと、エルバルトの誕生日は、ハンカチに刺繍をして贈るくらいしか出来ず、距離の遠さがミシェールには辛かった。
だから、勉強机の引き出しに、養子となると伝えた日に貰ったハンカチを入れ、寂しい時はそれを見て、自身を鼓舞していた。
諦めないと、ミハエルとの約束を思い出し、ヴィヴィアンナを守ると再認識し、信じて送り出してくれたエルバルトとデューの為に、勉強を頑張っていた。
夏もそろそろ終わる頃、思いがけない客がミシェールの元に来た。職員に諜報だとかに誤解されたくなくて、ミシェールはベネルオース語で問いかける。
「どう、して?」
面会室の椅子に座りながら、ミシェールは向かいに座る人物を見た。
「どうとは、随分つれないですね。お嬢様の様子を見に来るのは、当然かと存じますが」
大きな身体を椅子に収めている男が、ベネルオース語で畏まった言葉を繰り出し、ミシェールは溜め息を吐いて、立ち合いしている職員を盗み見て、机の下で目の前の男の足を軽く蹴る。すると男が肩を竦め、ミシェールにだけ届く声で言う。
「大袈裟にされると面倒なんでな、遣いの者だと言った」
その言葉に、ミシェールは久しぶりに、頭を抱えたくなった。
目の前に居るのは、大きな身体に見慣れぬ三つ揃えの服を着用しているが、鋭い赤い瞳と、白が増えた赤みのある金髪を、後ろで一つに纏めた男で、ミシェールの養父であるミハエル・ヒリス・バン・クロノスであった。
「なぜ、この国へ?あちらは知っているのですか?」
「長期休暇でもお帰りにならず、お二方とエルバルト坊ちゃまが、大変ご心配になっておられましたので、不肖ながら私めが、ご様子伺いに参った次第です」
「お代わりないようで、何よりです」
皮肉を込めてミシェールが言えば、ミハエルが職員から見えないようにウインクをしてくる。
突拍子もない行動には慣れたつもりであったが、国を超えてまでの行動力に、ミシェールは一度溜め息を吐く。驚きはしたが、このやりとりさえ嬉しいと、ミシェールは感じてしまったのだ。
「こちらには、いつまで居るのですか?」
「少しこちらで仕事を仰せつかりまして、差し支えなければ、また寄らせて頂きたく存じます」
ミハエルの胡散臭い笑顔に、ミシェールが再びこっそり足を蹴ると、ミハエルがエクレナール語で小さく言う。
「”じゃじゃ馬め”」
ミハエルがヴィヴィアンナに向けて、たまに言うその言葉に、ミシェールは嬉しさと誇らしさを感じ、小さく反論する。
「お義母様譲りです」
「言うようになったな」
肩を震わせたミハエルが、不審そうにしている職員に気付き、表情を取り繕って微笑む。
「お元気そうで安心致しました。あちらに良い知らせが出来ます。では、また寄らせて頂きます」
頭を下げ、長い脚で颯爽と出ていくミハエルを見送り、ミシェールは息を吐いた。
久しぶりなのに、変わらぬ様子に、ミシェールは安堵と共に、少しの寂しさを感じていた。いつだって、大公城は恋しいのだ。1年間で愛される安心感を教わり、それが当たり前となってから離れたのだ。無理をしてでも帰省したいが、騎士になりたいのはミシェールの本心で、その為の努力だと、日々頑張っている。
ふと、赤い髪の彼をミシェールは思い出した。
正式に養女となってから、彼はミシェール達と距離を置き、すっかり騎士らしい表情になっていた。
仕事中の彼としかすれ違う事が出来ず、言葉を掛ければ返って来るが、以前のように笑う事もなく、騎士として最低限の言葉しか返って来ない。
彼の休憩時間に会わなくなっても、それまでは声を掛けたらぎこちなくとも、笑ってくれていたので、それが少しだけ悲しいと思っていた。
大公家を経つ日、見送りの騎士の中に、赤い髪が見え、暫く見れなくなるのだな。と思った時、ミシェールは騎士の間を擦り抜け、彼の前に立った。
少しだけ驚いた表情になった彼に、少しだけ満足し、ミシェールは口を開いていた。
『布を使って下さってるのですね』
シモンの右腕に巻かれた、ミシェールが贈った布に目をやれば、シモンが表情を引き締めて、その手で敬礼をした。
『はい』
『型を身に着けたら、見て下さい。今度は満足させます』
『私で宜しければ、喜んで』
『行って参ります』
『お嬢様、お身体にお気をつけて下さい』
最後まで、明るい笑顔は見れなかったが、ミシェールは満足して馬車に乗ったのだった。
あの彼の、あの美しい型が、ミシェールの目標でもある。
装丁してあるノートを開き、ミシェールはミハエルの来訪があった事を記そうとして、編入初日以降は、名が書かれていない人の幸せを願う言葉と、エルバルトの誕生日に元気だと嬉しいと書いてあるだけだと気付き、愕然とした。
これを見たら、デューが悲しい顔をして、ヴィヴィアンナは構い倒そうとするだろうと思い、これからは何か発見を探そう。と小さな目標を作った。
3章突入です
最終章となります。




