因縁 81 決する
ドアの向こうで行われている授業を、ぼんやりと聞きながら、なぜこんな事になったのだろう?とミシェールは考えていた。
踊っている間、ずっと見られていて、その目を見る事が出来ず、ミシェールは視線を反らしていた。
変な顔をしてただろうか?と今になって心配になってくる。
身体がむずむずして、暴れたい衝動を抑えていると、誰かが入室してきて、顔を覗いてきた。
「お姉様」
優しい表情のヴィヴィアンナに、ホッとしてミシェールは起き上がり、ヴィヴィアンナがベッドに座ると、しがみつくように抱き着いた。
ドアの向こうは、物音一つせず、息遣いも聞こえない。
ミシェールがドアをそっと見ると、ヴィヴィアンナが小さく笑う。
「お父様と一緒に、書斎へ資料を探しに行っているのよ」
そっと髪の毛を撫でられ、ミシェールはポツリポツリと、シモンに型を見て貰ってからの事を話した。
話をしていると、やはりなぜだろう?と思えてくる。
「シモンに特別な想いを向けられる程、何かをした覚えがないのです。お姉様のように笑いかける事も、優しくする事もしていません」
「それで戸惑っているのね」
「だって、私は何も返せない。もっと私を知れば、きっとガッカリさせてしまいます」
「それでガッカリするようなら、勝手にガッカリさせておけば良いのよ」
ヴィヴィアンナに笑われ、ミシェールはその腕の中から見上げた。
ヴィヴィアンナがウインクする。
「向こうが勝手に好きになったのだもの。勝手に期待しているなら、ガッカリさせれば良いのよ」
「ガッカリされたく、ないです。シモンには」
「憎からずは思っているのね」
「迂闊だし、人の話は聞いてないし、子供ぽいし、楽観的というか馬鹿ぽくて、正直すぎて大丈夫なのかと心配になります。だけど、明るい笑顔は、良いと、思います。私は、笑えないので、羨ましい。だから、笑顔が曇るのは嫌です」
話をしている内に、ミシェールは気持ちが整理出来てきた。
目眩を覚えるような不安定な気持ちは、シモンがミシェールをもっと知って、ガッカリして笑顔が曇るのが怖かったのだ。
「なら、それをそのまま伝えてみたらどうかしら?」
「それこそガッカリされそうで」
ヴィヴィアンナの提案は、ミシェールには難しく感じた。
こんな人間臭い悩み、ミシェールを女神だと騒いでいたシモンに言ったら、幻滅されると思ったのだ。
「賭けても良いわ。シモンは喜ぶと」
「ガッカリするかも知れません」
「そんな時はデューと私で、シモンに怒るわ。勝手に期待してガッカリするのは間違っているて」
「心強いです」
言って、ヴィヴィアンナの胸に顔を埋めたミシェールを、ヴィヴィアンナは背中を撫で、あやすように、身体を揺らす。
「赤ちゃんみたいですね。私」
ミシェールの言葉を聞き、ヴィヴィアンナは靴を脱いで、一旦ミシェールと離れてベッドに足を乗せて横座りをする。
「いらっしゃい」
両手を広げられ、ミシェールはヴィヴィアンナの膝に座り、甘えるように胸に擦り寄る。
「今、私のお腹に居ると思って。私は毎日、愛してる。早く顔が見たいわ。て声を掛けるのよ」
「重くないですか?」
「あら、幸せな重みじゃない。どんな子かしら?元気に産んであげられるかしら?て、デューと毎日話すでしょうね」
ヴィヴィアンナの言葉を聞きながら、ミシェールは母親はどうだったのだろう?と考えた。
エルバルトに伝えられた『僕と姉様を産んだ事が、母様にとって最高の出来事』という母親の言葉を、嘘だとは思いたくなかった。
アストリアの正当な血を残す為だったとしても、望まれて産まれたという真実が、母親との繋がりの唯一だ。
何より、可哀想な母親が、ミシェールとエルバルトを産んだ事で、少しでも喜んでくれたなら良いと。
少しずつ落ち着いてきて、ミシェールはヴィヴィアンナから離れ、見据える。
特別な想いを少しだけ知って、シモンに対して、特別な想いは返せないだろうと思った時、目の前の彼女と兄が、互いの特別である奇跡に、ミシェールは眩しく見えた。
「お姉様が、兄を特別に思ってくれて本当に嬉しいです。兄は幸せですね」
「当然よ。私が幸せにしてるのだもの」
ヴィヴィアンナが胸を張り得意気に言った後、おかしそうに声を上げて笑った。
デューが9年前に留学へと発った日。
ミハエル、ヴィヴィアンナ、デュー、ミシェール、エルバルトは、応接室で大人と子供で向き合って座っていて、大人側はヴィヴィアンナを真ん中に座っている。
遠出から数日後に、今日の約束をミシェールとエルバルトが望んだのだ。
「ミハエル様。お義父様とお呼びしても宜しいでしょうか?」
ソファで背筋を伸ばして言ったミシェールに、ミハエルは口の端を上げ、ヴィヴィアンナは微笑んで小さく頷き、デューは膝の上で握っていた手をぎゅっと脇に引き寄せた。
「エルバルトはどうする?まだ期限はあるが?」
「ぼ、くも」
短いながらも、エルバルトが言うと、大人達が目を見張る。
大人達を驚かせた事に、エルバルトは歯を見せて満足そうに声もなく笑う。
その横で、ミシェールが代わりに説明する。
「少しだけなら、出せるようになったのです。ドルファン様と、アンナジョリー様には黙って頂いておりました」
「まあ!お父様もお母様もずるい!第一声は聞きたかったのに!」
ヴィヴィアンナが怒ったように言い、
「さすがアンナの両親だ」
ミハエルが肩を震わせて笑い、デューは無言で走り寄り、抱き締めていた。
エルバルトに腕を叩かれ、デューはそっと離れ、エルバルトの隣りのソファに座る。
「焦らず、練習しよう。声変わりする前に聞けて良かった」
デューの言葉にエルバルトが頷くと、ミハエルは咳払いをして口を開く。
「書記官を手配して、着き次第、修道院に向かうとしよう。他に希望はあるか?」
「私は、騎士になりたいです」
「ほう」
ミシェールの言葉に、ミハエルが目を細めた。
ヴィヴィアンナが眉を下げ、
「エクレナールでは女性騎士は居ないのよ。叶えてあげたいけど、どうしましょう」
「シェリー、騎士は大変な仕事だよ?」
デューは眉を下げて、表情を曇らせた。
「お兄様のように、ヴィア様をお守りしたいのです。お兄様が行けない場所でも、私なら着いて行けます」
デューを見て、ミシェールが言うと、デューは息を飲んだ。
ソファから身を乗り出し、ミハエルがニヤリと笑う。
「では、手を尽くそう。約束したからな」
「はい。利用させて頂きます。お義父様」
「さすが、アンナの娘だ。人使いが荒い」
返ってきたミシェールの言葉に、ミハエルが肩を震わせ、ヴィヴィアンナは『娘』の単語に頬を染め、デューは意志が堅いと悟り溜め息を吐いた。




