因縁 82 過去との別れ
『沢山勉強したい』
エルバルトが胸を張って掲げた言葉に、大人達が大きく頷く。
ミハエルは、ミシェールとエルバルトを順にしっかりと見て言う。
「女性騎士は前例がないから、周りから色々言われるだろう。声が出し難い事で不都合がある可能性もある。諦めずに頑張れるか?」
「はい」
「は、い」
ミシェールとエルバルトの返事に、ミハエルは一度頷き、側に居る執事に、視線を向ける。
執事は近くの従僕から、宝石箱を受け取り、蓋を開けてミハエルに向けた。
ミハエルが頷くと、執事はミシェールの右手に立った。
「こちらは、お嬢様の物でございます」
宝石箱に入った小箱が、ミシェールの前に置かれ、執事は机を回り込み、エルバルトとデューの間に立ち、小箱をエルバルトの前に置く。
「こちらは、坊ちゃまの物でございます」
頭を下げ、執事はミハエルの側に戻り、宝石箱を従僕に渡す。
「確認を」
ミハエルが短く促し、ミシェールとエルバルトは、小箱を手にして蓋を開けた。
大公家の家紋が刻印された指輪が入っていた。
「少しばかり早いだろうが、二人は俺の子供だからな。つっかかってくる輩には、それを見せれば良い」
「閣下、輩は駄目でございます」
言ってニヤリと笑ったミハエルに、執事が小さく突っ込みを入れて、デューが苦笑して二人に説明をする。
「悪く言ってくる人達に見せろて事だから」
ミシェールとエルバルトが、声もなく驚いた。
養子の話を受ける話をしたばかりで、そんな物が用意されているとは、思っていなかったのだ。
二人の驚きに気付き、ミハエルが鼻で笑ってから言う。
「あのなあ、散々甘えておいて、今更帰りますて、俺が許すと思っていたのか?二人が嫌がろうと、無理矢理引き止めて、説得し続けてやるつもりだったんだ」
「閣下、それは誘拐、軟禁という犯罪でございます」
「それは俺が阻止しますよ」
執事の突っ込みに、デューは渋い表情で続いて言った。
「だから、口説き落とせと言ったんだ。まあ、口説き落とせたのはアンナの頑張りがあったからだな。デューはもっと頑張れ」
「はい」
ミハエルに言われなくとも、デューは力不足を痛感していたので、重く頷いた。
ヴィヴィアンナが、侍女長を見る。
侍女長は侍女から包みを二つ受け取り、執事と同じように、ミシェール、エルバルトの前に置く。
「私と、デューからよ」
ヴィヴィアンナに促され、包みが開けられる。
それぞれにハンカチとネックレスが入っていた。
ヴィヴィアンナが首元からネックレスを侍女長に外して貰い、それを机に置いた。
デューも首元からネックレスを取り、それを机に置き、ミハエルは胸ポケットからネックレスを取り出し、それを机に置く。
「失礼させて頂きます」
侍女長が断りを入れ、手袋を嵌めた手で、5つのネックレスのチャームが並べる。
繊細な雫型のチャームが、一つの花として、机に可憐に咲いた。銀細工の花弁には、それぞれの瞳の色の宝石が埋められている。
「二人は、私達三人の子供よ。二人がどんな結論を出しても、私達はその意思があったと、覚えていて。デューとお揃いの組紐を頂いたお礼として、十分かしら?」
ヴィヴィアンナの説明が終わると、侍女長はネックレスを、ミシェールの首に掛け、エルバルトには侍女が同じ事をする。
ミハエルはポケットにしまい、デューはヴィヴィアンナの首元を飾ってから、自身の分を付けた。
ミシェールとエルバルトは、首元を飾る物を見せ合い、小さく頷いた。
「ハンカチも広げて頂戴」
ヴィヴィアンナに請われ、ハンカチが開かれる。
「産んであげられない代わりに。せめて産着だけ着せてあげたのよ」
それぞれのハンカチには、揺りかごの中で眠る赤ん坊が、ミシェールには薄い緑の産着、エルバルトには薄い赤で産着を着せられ、銀のスプーンも刺繍してあった。
エルバルトの赤ん坊は髪の毛がふわふわとしていて、ミシェールの赤ん坊はぷっくりとした頬が愛らしい物だった。
「デューが、描いてくれた顔を、私が縫ったのよ」
「揺り籠は、俺が縫った。少し粗いのは許して欲しい」
ヴィヴィアンナが微笑みながら言い、デューは頬を掻いて言い、侍女長が頭を下げて言う。
「スプーンは、閣下の代わりに僭越ながら私が」
「縫い物なんか出来るか」
「試されて負傷されました」
踏ん反り返るミハエルの横で、執事が言い、ミハエルに睨まれた。
「二人の新しい人生の始まりの日に、今日を選んでくれてありがとう」
涙を浮かべたミシェールとエルバルトに、デューが深く頭を下げた。
王宮書記官は一週間と二日後に、疲労困憊の様子で到着した。
ミシェール達が出立する為、見送りにシモンがいて、少し涙目だった。
ミシェールはその彼に近付き、
「お気持ちありがとうございます。ただ、お答えは出来ません。シモンさんをそのように見た事がないのです。それに、私はシモンさんが思って下さるほど、優れた者ではありません。私を知れば、きっとガッカリなさいます」
とハッキリと言った。
それに、シモンはふにゃりと笑う。
「さすがミシェール様です。格好良いです。それにガッカリはしません。それだけは自信があります」
「変な方ですね」
「ガッカリしましたか?」
「いえ?シモンさんは始めから変な方でした」
「そういう所です」
首を傾げたミシェールに、シモンが目を細めて笑ってから、騎士の礼をとる。その手首には、ミシェールが送った布が巻かれてあった。
「戻られたら、お嬢様ですね。お戻りをお待ちしております」
「行ってまいります」
シモンに頭を下げ、ミシェールは馬車へと向かう。
見送りには、モントルア侯爵夫妻も居て、この後に王都に戻る事になっている。
馬車の行者台から、デューが苦笑して見ていて、全員が乗り込むと、騎士団長が合図の笛を吹く。
先頭の馬に乗った騎士が、大公家の家紋が入った旗を掲げ、ゆっくりと進行を始める。
使用人達も用意された馬車に乗っており、騎士達も馬車を取り囲んで進む。
こんな晴れやかな気持ちで、修道院に戻ると思っていなかったミシェールは、馬車の窓から大公城を見た。
少し外壁が崩れていて、堅苦しい建物だが、その中の人々は、温かくて優しくて、たまに賑やかすぎる時もある。
帰る場所なのだ。とじっくり見ていると、ミシェールの目から涙が一粒だけ溢れた。
ミシェールもエルバルトも、正式なミハエルとヴィヴィアンナの養子となり、過去と決別し、新しい人生を歩む事になる。それが少しだけ寂しく感じた。
第二部 完




