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因縁 79 兄の不安

一度昼食の為に1階まで降り、三人は再び物見塔の最上階に戻った。

そこで、ミシェールはずっと気になっていて、聞けなかった事を口にする。

「お兄様は、何故、ヴィヴィアンナ様と恋人になりたいと、お思いになったのですか?」

母シェキーラの事で、ヴィヴィアンナに対して罪悪感がありながらも、デューが恋人になる事を選んだ事は、ずっと不思議であった。決して簡単な決断であったとは思わないが、いくら考えても、ヴィヴィアンナから話を聞いても、ミシェールには分からなかったのだ。

そしてその疑問の答えが、自分達がこれからを決めるのに、重要だと思えた。

敷き布を広げ、デューを挟んで三人で寄り添って座り、デューが静かに口を開く。

「再会した時は、感情のない笑顔だったのが悲しくて、俺と話している時の自然な笑顔が嬉しくて、彼女を自然な笑顔に出来る自分が誇らしくて、彼女と居ると、自然と笑える自分が居て、心地よかったんだ」

「母の事を気にされてるのに?」

「うん。だからこそ。彼女の笑顔を守りたいと強く思った。閣下は俺以上にきっと出来るだろうけど。母の罪を思えば、許されない事だと思うけど、それでも、一番近くに居たいと思ってしまったんだ」

「強いのですね」

ミシェールが羨ましく思うと、デューが首を横に振る。

「欲深いだけだよ。ヴィアが俺を選んだのは、狭い選択肢の中で、気心の許せる相手がそこに居たからなんだと思う。だから、いくらヴィアが求めてくれたとは言え、断るべきだった。それなのに、ヴィアが花嫁衣装で誰かの横に立つのも、婚姻後のファーストダンスを踊るのも、相手が俺じゃないのが苦しく感じてしまって、好きだと気付いてしまったんだ。俺が離れれば、きっとヴィアはもっと良い人と会えると分かっていたのに、閣下と幸せになる道も、あるのかも知れないと思っていたのに、その道を、閉ざしたいと思ってしまった」

両手をキツク結び、眉を寄せて言う様は、懺悔をしているように見え、ミシェールとエルバルトがその手に、それぞれ触れる。

「お姉様は、お兄様と居る時が一番幸せなのだと、私は感じます」

「臆病者なんだ。だから一生懸命愛情表現をして、幸せだと思って貰えるように尽くしているんだ。ガッカリするだろ?」

泣きそうな顔で笑い、デューは二人の手を握り返す。

「ヴィアは、あんなに可愛くて、美人で、情が深いから、誰とだって幸せになれるんだ。同期の悪友なんてさ、口は悪いけど、本当に気の良い男なんだ。だから、ヴィアの隣りは、本当は凄く怖い。期待されていると思っていたあの人に、本当は良く思われていなかったと、自分の思い違いを知ったから。ヴィアは情が深いから、一度取ってしまった俺の手を、捨てられないのかも知れないと、たまに不安になる。あの人を思い出すと、そこに居てはいけないのではと不安になる」

普段は本当にヴィヴィアンナと幸せそうにしていて、その仲に憂いなんてなさそうなデューの本音に、ミシェールは何も言えずに、デューの手に握られた手を握り返す。

軽はずみな慰めも言えず、責める言葉もなく、暫く無言が続いたが、デューが小さく溜め息を漏らし、口を開く。

「困らせた。ゴメン。けどさ、情けない俺でも、ヴィアは可愛くて好きだと言って、掬い上げてくれる。その度に、俺は幸せなんだと実感するんだ。可笑しいだろ?怖いて思いながらも幸せだなんて」

幸せそうに口元を緩めたデューを見て、ミシェールとエルバルトは安心したように息を吐いた。

それに気づき、デューが二人の頭を撫でる。

「俺もさ、苦しいと思いながらも、切り捨てられていないんだ。だから、二人の迷いは分かる。ヴィアや閣下が何と言ったとしてもさ、あの人は、ずっと俺達の母親なんだ。特に二人は、事件の時に一緒に暮らしていたから、俺以上に苦しいだろうし、穿った見方をする人達はいる。難しい決断だと思う」

そこまで言い、デューは二人の頭を引き寄せる。

「それでも、二人は幸せに生きて良いと、俺は思う。閣下もヴィアも、二人を引き取った事で何を言われようと、跳ね返してしまうから。シェリーもバルも申し訳なく思うだろうけどさ、あの二人はそう思う事さえ許してくれない。あの人に振り回されるよりさ、あの二人に振り回されて、生きた方が、凄く楽しいと思う。ちょっと疲れるだろうけど」

最後はおかしそうに笑い、デューは二人の頭を少し乱暴に撫でる。

「母上を忘れられなくても良い。その代わり、父上の為に、幸せに生きて欲しい。二人を守れなかった事を後悔していた父上に、二人が自由に未来を生きる事で、後悔を晴らしてあげられると思うんだ」

久しぶりに母親を母上と呼んだデューの言葉に、エルバルトが黒板に文字を書く。

『お兄様も、もっと幸せで良い』

急いで書かれたそれに、デューが目を見張り、エルバルトを抱き締め、ミシェールの手を引いて、後ろへと倒れ、三人で床に寝転がる。

「うん。俺も、もっと幸せになる。バルに勇気づけられたから」

寝転がると、天井しか見えず、窓から入る光のみが天井を照らしていた。

それを見ながら、デューが溢す。

「悔しいけどさ、あんな人でも、嫌いになれないんだ。思い出せば身体は震えるし、あの日を思うと凄く辛いし、ヴィアと二人の事を思えば、怒りは沸くのにさ、今の俺を見たら何て言うのか、聞いてみたくなるんだ。あの人は、俺になんか会いたくないだろうけど」

エルバルトとミシェールから手を離し、デューは自身の腕で目を隠すように覆う。

「嫌いになれたら、楽なんだろうな」

悩んで苦しみながらも、ヴィヴィアンナの側に居る事を選んだ姿を見て、ミシェールはデューが二人にその姿を見せる事で、決断を後押ししようとしてるのだと悟り、右手を天井へと伸ばす。

「私も、嫌いになれないのです。この身体に、母の血が流れていると思うと、いつああなるかと、恐ろしくなる時があります。でも、私にはお兄様とバル、お姉様が居て、ミハエル様も居て下さる。例えどこかで間違えそうになっても、引き留めて貰えると、信じています」

言いながらも、自身の中で決断が固まりつつあるのを感じ、ミシェールは手を下ろし、反対の手で覆い、胸に引き寄せる。

「なので、選ぶという自由を与えて下さったお三方に、自信を持って立つ事で、返したいと思います」

胸に広がる温かさと、ワクワクとする気持ちに、ミシェールは力強く言い切った。

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