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因縁 78 兄心

城に戻った翌日は、デューの休みで、二人は物見塔の最上階へと連れられて辿り着いた。

デューを真ん中に、三人で並んで窓の外を眺め、一息してからデューが気遣うように切り出す。

「閣下の言う通り、場所に拘る必要はない。二人が暮らしやすい場所で、生活してくれたら良いと思う」

「はい」

「俺達を気遣って、選ぶ必要はないから。二人が暮らしたい場所を、尊重するから。気にしないで考えて欲しい」

「はい」

デューの言葉に、二人は素直に頷いていた。

お試し期間が終了に近付き、二人は自分達のこれからを選ぶ時が、刻々と近付いていた。

すでに、ここで暮らす事に慣れきって、修道院に戻る事を選ぶのは、二人にとって苦渋の決断となっていた。

母の罪と、自分達とを切り離して考えられるようになったものの、あの大きな手に縋る勇気がなかったので、修道院で暮らしながら、ミハエルを後見人として、どこかに働けたら良いと、先日までは思っていた。

だが、大きな腕の中で思いっきり泣き、ここに居たいと強く願うようになってきて、二人は戸惑っている。

デューが腰を落とし、二人を引き寄せ、優しく続ける。

「どんな決断をしても、二人が俺の妹と弟だという事は変わらない。閣下が勝手な事をすれば、俺は怒るよ。二人の為じゃなくて、俺が許せないから」

「お兄様の大恩人なのに、あのような暴挙は、いかがかと」

あの『やらかせ』事件で、ミハエルに暴力で訴えたデューの事は、二人には衝撃だった。

ミハエルからの大恩を、詳しく知った今は、考えられない事だ。

どれだけの時間と人と金銭を、デューを生かす為に使ったのかと、想像する事も難しく、真面目な兄がその大恩を忘れるわけがないのだ。

デューが小さく頷く。

「返しきれない恩のある人でも、そこは譲れない。閣下が、エルバルトか、ミシェール、どちらかに無体を働けば、二人だって嫌だと思うだろ?同じ事だよ」

「お兄様が苦しまれるのも、嫌な気持ちになります」

「うん。ありがとう」

そっとミシェールが肩に回されたデューの腕に触れ、デューは一度目をきつく閉じて頷きで返した。

エルバルトが抱えていた黒板に文字を書き、それを見せる。

『僕が叩く』

その文字と、真一文字に結ばれた口、一生懸命に吊り上げられた眉に、デューは一度強くエルバルトを引き寄せ、こめかみにキスをする。

「手を痛めるから、蹴ってやれ」

エルバルトが、肩を震わせながら何度も頷き、ミシェールは溜め息を吐くものの、何も言わなかった。

デューが一度笑ってから、口を開く。

「こんな風に笑い合ったり、言いたい事を、伝えて貰えるようになった事は、閣下に感謝だな。あの事はまだ怒ってるし、ブローチはズルいと思ってるけど」

感謝と言っておきながら、拗ねた口調になったデューに、ミシェールとエルバルトは顔を見合わせた。

二人に寄り添おうと、心を砕いて貰っている事は嬉しく思っている。ただ日記にもその気持ちはそれとなく書いているし、ミシェールはデューには遠慮なく言うようにする事で、信頼を伝えてきた筈だ。

子供のように拗ねるデューを、面倒だと思いながらも、ミシェールは嬉しく思う。

拗ねているのは、それだけ自分達を思ってくれてると伝わってくるのだ。

「では、今度三人でスカーフに刺繍をします」

ミシェールが言えば、デューがパチパチと瞬きをしてから、嬉しげに言う。

「うん。シモンのより大きめの刺繍をして欲しい」

そんな事まで張り合わなくとも。と言いたいのを堪え、ミシェールはエルバルトと共に頷いた。

デューが、二人から手を離し、胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出して、丁寧に広げる。

「父上からの手紙を、二人にも読んで欲しい」

その手紙は、事件の後に書かれたのであろう。ミハエル宛てに書かれた物だが、デューに宛て書かれているように思えた。

事件の事で、自身の力不足と、不甲斐なさを侘び、ミシェールとエルバルトの助命を、陛下が約束してくれたと書いてあった。

そして、可能ならミシェールとエルバルトを支えて欲しいと。

手紙の最後に、シェキーラを棄てきれなかった自身が、全て悪いのだと書かれ、三人の幸せを願う、『愛している』と書いてあった。

「父上にお願いされたから、大事にしている訳じゃない。二人を愛しく思ってるのは本当だから。二人を護る事は、僕が初めて願った事だから」

再会してから初めて聞くデューの『僕』の一人称に、デューが二人の為に剣を習い出した事を思い出し、ミシェールは小さく頷き、エルバルトはパシン!とデューの腕を叩き、黒板に乱雑な文字を書く。

『そんな事分かってる』

「うん。伝わってるのは分かってるんだけど、少し不安もあったんだ。だから、ありがとう。信じてくれて。手紙を見せて良かった。再会してすぐは、勘違いされそうで、見せられなかったんだ」

不安がありながらも、父からの手紙を見せて貰えた事に、デューを疑う事をしないと信じてくれているのだと伝わり、ミシェールは信じて貰えた事に喜びを感じた。

それを表現する言葉が『ありがとう』では足らず、ミシェールはデューの腕に手を乗せ、言葉を飲み込む。

デューに大事にされ、信じて貰え、十分すぎるほどの愛を、ミシェールは受け取った。恋人のヴィヴィアンナとの、平穏を思えば、アストリアとの繋がりである、自分達と関わる事を、デューは断つべきだとミシェールは思うのだが、それを言葉として言う事は、出来なかった。優しい兄ならば、きっとそれを良しとしないと、信じられるのだ。

そして、ヴィヴィアンナもミハエルも、それで修道院を選ぶ事を喜ばないとも。

三人の大人に甘やかされ、母の呪縛から開放され、十分前を向いて生きて行けると言えるのに、修道院に戻りますと堂々と言えない迷いに、ミシェールは自身の弱さを痛感した。

デューが大切そうに手紙を折り畳む。

「二人と居ると、父上に生かされたのだと、実感出来るんだ。バルの目を見ると、父上の顔を思い出せる。シェリーの優しさに、父上との優しい時間を思い出せる。だから、閣下の元で暮らしたいと思って欲しくて、頑張ってみたんだ。やれるだけの事はしたつもりだから、もし、二人が修道院に戻っても後悔はしない。だけど少し寂しいから、その時は会いに行く」

折り畳まれた手紙が、ミシェールの手に渡される。

そして、エルバルトの手にはネクタイピンが渡される。

「父上の物を、持っておいて欲しい。本当なら、もっと早くに渡したかったけど、渡せる物が一つずつしかなくて、手紙を見せる勇気がなくて、遅くなってゴメン」

渡された物をそれぞれ大事に胸に抱き、二人は静かに首を横に振った。

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