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閑話:土屋さんは熱い夜を過ごしたくない

「土屋先輩、これは雑談なので作業しながらでいいんですが」


 隣に座る後輩がキーボードをカタカタ叩きながら声をかけてきた。先輩に対する態度としては叱るべきなのかもしれないが、オレに対してはそういうものとして職場内で認識されている。


「村崎から振ってくるとか珍しいやん。どうした」


「私、今ちょっとお金が無いんです」


「やけん、メロンパンは一日三個までにしとけって言ったろうに」


「メロンパンで破産するなら本望ですが違います。適当なことを言うのお上手ですよね、土屋先輩って」


「おう、それで食っとるようなもんよ」


「人生いろいろですね」


 実際、思いつきで指示を飛ばしてくる課長(ハゲップチ)をのらりくらりとかわす術として役に立っている。仕事の一部と言ってもあながち間違いでもない。


「それで、金が無い話やったっけ」


「はい」


 子供みたいな見た目をしていても、守るべき一線は守る女が村崎きらんだ。ちょっと困ったくらいで借金をするタイプではない。


 それがわざわざ金欠をアピールしてくるとなれば、何かのっぴきならない理由があるのだろう。


「実は、うちのエアコンが壊れまして」


「想像しとったよりだいぶ一大事やった」


「はい。しかもちょっと出費がかさんだタイミングだったので、修理するお金がなくてですね」


「さすがに命に関わるやろ。貸しちゃろうか? 利子はスキャラッパでよかぞ」


「トイチとか三羽烏とかは聞いたことがありますけど、なんですかスキャラッパって」


「ググってみ」


「……結果一件ですが。なんか変な小説みたいなのが」


「検索で結果一件を狙って出すって難しいんやぞ。しかも一単語となれば奇跡の域よ。オレは一件ワードって呼んどる」


「つまり利子との関係は?」


「無か。やっと見つけた一件ワードやから言いたかっただけ」


「なるほど、とても土屋先輩らしい遊びですね」


 たぶんディスられているのだろうが気にしない。


「しかし八月にエアコン無いんはキツいな。それはオレにもよーーーく分かるわ」


「どうも。なので、こうして仕事があるのも悪いことばかりではないと思ってたんです。冷房の効いた事務所で座っていられるわけですから」


「今は取引先もほとんど休みやから外回りもないしな」


「ミオさん特需で事務作業だけでも十分ありますしね」


「この伝票一枚がボーナスの何円かに繋がっとると思うとやる気も出るわ」


 時はお盆である。社員が交代で夏休みをとるといっても、一番集中するのがこの時期なのは変わらない。


 例年なら『なんか知らんけど休みなし』だった我が社も今年はずいぶん閑散としている。この事務所にも、オレと村崎のほかは離れた島に数人が見えるだけだ。


「やる気、出ますか? 土屋先輩はやる気が出てるんですか?」


「おい言うな。その先は地獄やぞ村崎」


「言わなくても地獄です先輩」


「それもそうやな後輩」


「なんで……」




「なんで事務所のエアコンまで壊れてるんですか」




「もともとボロかったけんねぇ」


「ううぅあづいー……あづいでずー……」


「村崎が聞いたことなか声ば出しとる」


 時は八月、場所は東京。気温は毎日真夏日どころか猛暑日である。 


 そんな環境で、一日の中で涼しいのは行き帰りの電車だけ。村崎の人格も変わろうというものだ。


「明後日には業者が修理に来るらしいけん我慢しい」


「明日には溶けます……。せめて扇風機でもあれば……」


「扇風機はなかけど、これば貸しちゃろう」


「なんですか、これ」


「キーボードの掃除するシュコシュコ」


 小さなラグビーボールからチューブが伸びたような外見のアレである。ラグビーボール部分を手で握るとチューブの先から空気が吹き出してホコリなんかを吹き飛ばしてくれる。


 ちなみに正式名称は『清掃用ブロアー』という。


「たしかに風は起きますけど……」


「まあ騙されたと思ってシュコシュコしてみ」


 シュコシュコシュコシュコシュコシュコ。


 チューブを自分の首筋に向けてシュコシュコする村崎。半信半疑だった割にけっこうシュコシュコしている。


「ゴム臭いけど意外と涼しいですね、これ」


「やろ?」


「これでどうにか乗り切れるかも……」


 ただし、シュコシュコにはひとつ欠点がある。


「両手が塞がるけん、シュコってる間は仕事できんのが難点やけど」


「冬が来るまで帰れないじゃないですか」


 オレが愛用しているシュコシュコはパワー重視のLサイズ。村崎の小学生サイズの手には少しばかり大きく、両手でないとシュコシュコできない。


 よってタイピングはおろか電話もとれない。


「人生ってのはままならんもんやな」


「ううう……クーラーの効いたミオさんの家でウノやりたいですー……」


「ええやん。俺は最後の一時間だけ参加させてくれ」


「今は早乙女さんがお出かけ中ですから、どちらにせよ無理ですけどね」


「……ああ、マッツーの帰省にくっついてったらしいな」


「ご実家まで着いていくってすごいですよね。ミオさんに訊いたところでは、松友先輩と付き合ってるわけではないそうなんですが」


「それをストレートに訊ける村崎も割とすごいわ」


 あの二人の関係はなんともよく分からない。ただの雇用関係と言いつつ、家政夫みたいなものとも少し違う。


 惚れた女が自分の友達と付き合っている、というのはあまり想像したくない事態だ。が、そんな事情を差っ引いてもどこからどう聞いていいものか今ひとつ分からない。


 そこを直球で突っ込んだとすればさすが村崎きらん、なかなかになかなかである。


「たぶん褒められていないんでしょうね」


「三割五分くらいは褒めとる」


「善処します」


 村崎がとても誠意のこもった返事をくれたところで、いったん会話が途切れる。


 もちろん仕事中なので伝票を整理したり数字を打ち込んだりの作業が始まるわけだが。


 暑い。


 やっぱり暑い。


 ただひたすらに暑い。


 目の前がパソコンだけになおさら暑い。むしろパソコンと自分のどっちが先にオーバーヒートするか心配なレベルで暑い。


 そういえば男って高温になりすぎると子供が作れなくなると聞くが、オレの遺伝子はまだ無事だろうか。


 そう村崎に聞いてみようとして、セクハラだと気づいてやめた。


「ぢゅううううう」


「……村崎?」


「すみません、ちょっと涼しくなるかと思って」


 隣を見れば、クールな顔でパソコンに向かっている村崎。しかしその手はぴくりとも動いていない。


 画面の向こうのどこか異次元を見つめながら、口からは「ぢゅううううう」と繰り返し奇音を発している。これはそろそろ不味いかもしれない。


「……お?」


 そんな折、マナーモードにしてあるオレのスマホが小さく震えた。画面には緑色のポップが浮かび、チャットが届いたことを伝えている。


「どうしました?」


「噂をすれば影やわ」


 ことわざというのは侮れないもので。このタイミングでマッツーからのチャットが届くとは思わなかった。


 どうやら写真を送ってきたらしい。向こうはきっと涼しい場所にいるのだろうし、アイスとかだろうか。正直涼しげなものならもうなんでもいい。


 そう思ってチャット画面を開き。


 すぐに閉じた。


「福岡からですか。なんと?」


「……見たいか?」


「そう聞くことが不穏なサインだということは私にも分かります」


 とは言いつつも気になるのか、村崎が隣からスマホを覗き込んでくる。画面を傾けてやりつつ、オレはマッツーからのメッセージを再表示した。




マッツー:

 やっぱ夏はラーメンだよな





 ゴキゲンなコメント付きで、チャーシューの脂もとろける豚骨ラーメンが湯気を立ち上らせていた。


「…………」


「…………」


 もともと静かだった酷暑の事務所に、しばし静寂の時が流れる。


「……村崎、今夜の予定って空いとうや?」


「内容しだいでは空いてます」


「ウチで冷房マックスにして鍋やるけん付き合え」


「仕方ありませんね」


 音速で仕事を終わらせよう。


 無言の合意のもと、オレたちはそれぞれのパソコンに向き合った。







「お、返信来ましたよ」


「土屋さんから?」


「はい、たぶん近くに村崎もいると思うんですが……うん?」


「どうしたの?」


 どうしたの、と聞かれても、俺にもよく分からない。どう答えたものか考えて、俺はスマホの画面をそのままミオさんに向けた。


「『スキャラッパ』って、どういう意味ですかね……?」

https://twitter.com/WalkingDreamer/status/1152581773651369984

↑ミオさんの色紙もらったから見て(直球)

 村崎もいるから見て(速球)


姉が欲しい。


前回のあとがきでそう書いたらFGOにて、自分を姉だと思いこんでいる聖女様こと水着ジャンヌさんを引き当てました。呼符(無料ガチャチケ)で。朝起きたら日間総合1位だった時の次くらいびっくりした。


※スキャラッパは造語です。外国語とかで何か意味があっても意図してのものではございません

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