早乙女さんは白菜も入れたい
「にーちゃんにーちゃん、お土産はー?」
「おい裕夏、包丁使ってる時に近寄ると危な……近くないな。声がでかいだけだった」
夕食時を迎えた松友家では、ミオさん歓迎会の準備が着々と進んでいる。ちらっと見える台所に並ぶスーパーの袋の数が尋常じゃない。
そんな中、焼き豆腐を六等分にカットする任務を受けた俺に、テーブルに食器を並べ終えた裕夏がすり寄ってきた。猫みたいな動きが絶妙にうっとうしい。
「裕夏は近所でも一番声が大きいって評判なのよー? 裕二、お豆腐が終わったらネギも切っといてちょうだい」
「いえーい!」
「それは評判じゃなくて苦情なんじゃ……」
ネギを置いたばあちゃんが台所に戻るのを見届け、豆腐に視線を戻す。
焼き豆腐は生の豆腐より固まっていて切りやすいと見せかけて、表面に硬い部分があってそこから崩れたりするから意外に難しい。
「裕夏も少しは料理とか上手くなったか?」
「なったし。ウチも今じゃ家庭的で清楚な裕夏ちゃんで通っとると思うよ?」
「疑問形じゃねえか」
「いえーい」
いえーいじゃないが。
「ちなみに気づいてるか裕夏。お前はまだ俺におかえりのひと言も言ってない」
「おかえりにーちゃん、お土産はー?」
「お前、小六くらいから何一つ変わらんな……」
今になって思えば、ミオさんの変化にすぐ対応できたのもこの妹がいたからかもしれない。いきなり子供っぽい行動をとる女性には免疫ができていたわけだ。
「でさでさでさー」
「でさは一回」
「でさー、にーちゃんと早乙女さんってどこで出会ったんー? どこが好きなんー? どこまで行ったんーー??」
来た。
絶対に聞かれると思っていたし、来るなら裕夏からだと備えていた質問が来た。
「家がたまたま隣だったんだよ。ミオさんがカギをなくして困ってたのを助けてから今の関係が始まった」
どうだこの回答。嘘はひとつもついていない。
「どこが好きなん?」
「飯を美味そうに食べるとこ」
嘘はついていない。
「で、で、早乙女さんとどこまで行ってるん?」
「福岡まで」
「うぇ?」
「いつかもっと遠くの高みまで行けるといいな。エベレストとか」
どうだこの回答。この完璧な切り返しを考えるのに丸一日を費やした。
きっと裕夏も大爆笑して満足するに違いない。
「は?」
「おい、お前いつからそんな闇を湛えた目ができるようになった?」
裕夏のじとっとした視線を受け流しつつ豆腐を一口大に切り終わり、ネギに取り掛かったところで、後ろのふすまが開いた。
「ねえ松……裕二さん、福岡のすき焼きって白菜入れないの……?」
そこには何やらカルチャーショックを受けた顔のミオさんが立っていた。両手にはすき焼き用の鉄鍋が握られている。
「白菜ですか? すき焼きに? 入れる地域なんてあるんですか?」
「えっ、だって、神奈川でも東京でもどこのお店に行っても入ってたし」
「なんですと」
そういえば、上京してからすき焼き屋なんて行ったことなかった。そんな金もいっしょに行く相手もいなかったし。
しかしそうなのか。向こうのすき焼きには白菜が入っているのか。
「白菜って水分が出るじゃないですか。すき焼きっていうかすき煮になりません?」
「もともとすき焼きってスープを入れるお鍋料理だし、気にならないと思うけど……」
「そうなんですか」
「そうだと思う」
一理はある。だがどうにも想像できないと言うか、やたら薄くなりそうな気がする。
これは、ここで話していても結論の出ないやつだ。
「向こうに戻ったらやってみましょう。白菜入りすき焼き」
「そうね、春菊って向こうでもまだ売ってるかな」
「探せばあるでしょう。牛肉に焼き豆腐に糸コンに、って部分は共通ですよね?」
「糸コン?」
「糸こんにゃくですよ、糸こんにゃく」
「ああ、しらたきね」
「そういえば『しらたき』って聞いたことはあったけど、糸コンとしか呼んだことないですね……」
狭い日本、巡ってみると意外と通じない部分があると聞くがここまでとは。
「あとは……ああ、お麩もかしら。あれ? 台所にお麩ってあったっけ?」
「すき焼きにお麩?」
なんだそれ。合うのか?
「えっ、えっ、入れないの? お麩入れないの?」
「……まあ、それも試しましょう」
白菜とお麩が入ったすき焼き。それはもう寄せ鍋のたぐいではないのか。
俺の中のすき焼きの概念が崩れかけている。
「ねえねえにーちゃん?」
俺とミオさんの会話をおとなしく聞いていた裕夏が、床にあぐらをかいてゆらゆら揺れている。
「なんだ裕夏」
「なんで早乙女さんに敬語なん?」
「……年上だから?」
「疑問形やん」
「い、いえーい」
なんとなく習慣で続けていたが、実家に連れてきた彼女に向かって敬語も確かに違和感がある。
とはいえミオさんは雇い主。嘘に付き合わせているうえにタメ口を使わせてくれというのも、社会人としてどうだろうか。
「私も前から敬語でなくていいって言ってるんだけど、抜けないみたいなのよ。年上だからってかしこまらなくていいのに」
「ずーっと敬語なんですかー?」
「あ、でも。私がお仕事ですごく大変だった時に『がんばったね』って言ってくれたかも……」
「ふーーーーーん。にーちゃんイッケメーン」
うっわ腹立つ。こいつ、中身はガキのまんま身体ばっかりでかくなりよってからに。
「すみません、うるさい上に気の利かない奴で」
「う、ううん。私も妹ができたみたいで楽しいわよ」
村崎が聞いたらどんな顔をするか気になるセリフだ。
しかし、裕夏との会話が続くとミオさんまで毒牙にかかりそうだ。どうフォローしたものかと思ったところで、台所から救いの手が来た。
「ほおら、お肉ですよ」
「牛だーーーーーーー!!!」
「うるっさ!」
「ばあちゃんばあちゃん、ひとり何枚!?」
「うふふ、みんなが好きなだけ食べられるように用意しましたよ」
「にーちゃん! 無限! 無限ビーフ!」
「バンダナでも巻いたら食べられるのか?」
牛肉を持ったばあちゃんが現れた途端、裕夏の声のボリュームが跳ね上がった。耳がガンガンする。
そういえば、俺とミオさんと話してる時はそんなに耳がキンキンしなかったような。
「そうそう裕夏、お茶碗の予備があなたの部屋にしまってあったでしょ。それ出してきてくれないかしら」
子供の部屋まで食器や季節家電の収納に使われる。狭い家あるあるだと思う。
「はーい」
裕夏の部屋は、もともとは千裕姉と俺と裕夏の三人で使っていた子供部屋だ。
今いる居間と、じいちゃんばあちゃんの部屋と、子供部屋。風呂や台所を除けば、この家の部屋はこの三つだけになる。
部屋のふすまを細く開けて身体を滑り込ませるように入っていく裕夏を目で追う。なんだかんだ言ってあいつも女の子、部屋の中までは見られたくないか。
「ん、あいつの部屋……?」
それでも少しだけ垣間見えた裕夏の部屋に、俺は違和感を覚える。いや、違和感がなさすぎた、と言うべきかもしれない。
「ねえ裕二さん、ちらっと裕夏ちゃんの部屋が見えちゃったんだけど……」
「ミオさんも気になりましたか」
「化粧品とか、そういうものがまったくなかったような」
女子高生の生態に詳しい俺じゃないが、あの年頃の女の子が化粧とかアクセ、バッグに興味を持つことくらいは知っている。
裕夏がひとりで使っている部屋なら、そういったアイテムが少しはありそうなものなのに。
「あの部屋、俺がいた頃とあまりにも変わってない。あいつ、もしかして……」
「ええ」
「すみません、ミオさん」
「何かしら」
「すでに色々お願いしているところ恐縮なんですが、もうひと手間をお願いできませんか」
その日の夕食は、すき焼きに寿司にローストビーフ――結局買ってきたらしい――の特盛セットに加えて、ご近所さんを呼んでの大宴会となった。
ただでさえお節介なジジババの集団に放り込まれた、俺とミオさんがどんな扱いを受けたかは機会があれば語るとして。
宴もたけなわとなった辺りで、俺は裕夏に声をかけた。近所の貞方さんが持ってきたチ○リアンをお茶請けに縁側で麦茶を飲んでいる。
日焼けした肌が夜闇に溶ける様は、いかにも夏、といった感じだ。
「にーちゃん、大人気やったねー」
「上野動物園のパンダの気持ちがわかった。これからはもう少し動物に優しくしようと思う」
「ユウジ目ユウジ科ユウジ」
「残念ながらありふれたヒト目ヒト科のホモ・サピエンスだ。そんなことより、お前も今は夏休みだよな? 夏期講習とかはあるのか?」
「お盆にはなかよー」
「じゃあちょうどいい。お前への土産の話だ」
「お、なになになに?」
「残念ながら今はない」
「へ?」
田舎者は口が開きがちとどこかで聞いたが、口がぱかーと開いた上に眉毛がハの字になっている。感情表現の分かりやすい奴め。
「もともと、女子高生が東京に期待するもんなんざマカロンかタピオカミルクティーしか分からん。というわけで、だ」
「うん」
「現地調達だ。明日、ミオさんと三人で天神に繰り出すぞ。着いてこい」
「……マジでー!?」
うるっさ。
【リアル多忙により更新遅れました。すみません】
実はあまり知られていない博多情報:
女の子の一人称はだいたい「ウチ」
裕夏はいろんな教育の賜物でかわいく喋ってる方で、実際の福岡の女子中高生はまあ、強いです。いろんな意味でゴリゴリに強い。
東京から転校してきた友達がドン引きしてました。
さて、この物語はいかがでしたか?
下のフォームから10点満点で評価できますので、「ああー、自分の肉が何枚か気になるよねー」ってなった兄弟の多い方はお聞かせいただけると嬉しいです。
ちなみに私は四人兄弟です。多いわ。





