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早乙女さんは出迎えられても分からない

「ミオさん」


「なにー?」


 電車に揺られながら、膝の上のケーキの箱を両手で支えているミオさんに切り出す。


 おそらくミオさんも察していると思うが、こういうことははっきりと頼まなくてはならない。それが礼儀だ。


「ここまでなかば勢いで来てもらって、俺の実家にまで同行する。これでなんとなく予想はついてると思いますが、お願いしたいことがあります」


「うん」


「俺の嘘に付き合ってもらえませんか」


 窓の外を見れば、ちょうど松原の海が見えるところだった。


 福岡市営地下鉄空港線からJR筑肥線に切り替わっていることに、そこでようやく気がついた。


「松友さん」


「はい、ミオさん」


 こんなことに付き合わせることに、ミオさんは怒るだろうか。悲しむだろうか。


 でも必要なことなんだ。そう自分に言い聞かせる俺に、ミオさんも真剣な顔で答えてくれた。


「ごめん、何のお話かぜんぜん分かんない」


「あれ?」


 あれー?


「えっ、なに? 嘘ってどんなの?」


「いやほら、俺の実家で彼女のふりをするみたいなやつですよ。ドラマとかでよくあるじゃないですか」


「うぇ!?」


「え、ほんとに想定の範囲外?」


「お仕事でお世話になってる人のご家族に会いに行く感じだと思ってた……」


 思わず黄ばんだ床にずっこけそうになった。


 そりゃ法的にいえば、雇い主が従業員の実家に挨拶する構図ですけども。


「えらくあっさり着いてくるなーとは思ってたんですが……」


「だ、だって……。松友さんまだ二十四だし、嘘までつくことないんじゃ」


「地方は結婚年齢が低めなんですよ。あとは俺よりも向こうの年齢の都合、ですかね」


「そ、そっか。うーわーどうしよう、恋愛小説みたい……。もっとちゃんとお化粧してくればよかった。わ、わたし年上だけど大丈夫かな?」


「ミオさんならぜんぜん余裕ですよ」


 混乱しつつも意外に乗り気のようだ。


 多少の驚きはあったが、どうにか実家の最寄り駅に着く前に協力をとりつけることができたのは幸いだ。


「あ、でも松友さん」


「はい?」


「わたし、実家にご挨拶する彼女が何言うのかよく分かんない……」


 そんなの俺だって分かりません。


「ウチの家族は割とちょろいので、俺がうまいこと言います。ミオさんはニコニコしながら麦茶でも飲んでてください」


「それ、逆にハードル高いかも……」


 そうこうしているうちに電車は市境を越えた。ここから先が俺の故郷、糸島市。目的の駅もまもなくだ。


「そろそろ降りる用意を。キャリーは俺が持ちますよ」


「一言めってなんだろ。松友さんにはいつもお世話に……あ、年上の彼女が松友さんはおかしいかな。ゆ、ゆ、ゆうじくんにはいつもお世話に……」


「やる気を出していただけて助かります」


 むしろ何も言わずに連れていった方が上手いこといったかもしれない。さすがにミオさんに失礼だからやらないが。


 ぶつぶつと予行演習するミオさんの背中を押し出して、俺は一年ぶりの駅へと降り立った。


「あっついなー」


「あつーい」


「いやー、でもこの黒ずんだトタン屋根に風化したベンチ、和やかでゆっくりな空気。まさに地元、まさに筑肥線って感じですよ」


 何駅か向こうに九大学研都市駅ができたときは、こんな文明的なものができてしまってよいのかと思ったものだ。


「改札を出たところに迎えが待ってるはずです。行きましょう」


「ま、待って、スーツ買わなくていいのかな。こんなワンピースにカンカン帽じゃ失礼じゃないかな?」


「それは夏の正装だから大丈夫です」


 というかそれは男が彼女の実家にご挨拶するときのファッションでは。


 内心でつっこみつつコンクリートの階段を上がり、上り線側のホームに設置された改札をくぐる。


 駅前には小さな小さなロータリーがあり、古ぼけたたばこの自販機と真新しいコンビニが妙なミスマッチを起こしていた。


「その辺に車が止まってるはず……あ、いた」


 向こうもこちらに気づいたらしい。車の後部座席のドアが開き、青いボーダー柄のノースリーブが駆けてくる。


 短い黒髪を揺らしながら走ったそいつは、しかし俺たちのいくらか手前で足を止めた。


「……あれ、止まった?」


「なんだか、すごい見てくるね」




「にーちゃんがなんか連れてきたーーーーーー!!!」




 うるっさ。十メートル以上離れてるのにうるっさ。


「ねーちゃん! にーちゃんが!! なんか彼女みたいなんおる!!!」


「おい待てバカタレ! ご近所に知れ渡るやろやめえ!」


 こちらも叫んではみるが、高校生のエネルギーにはとても勝てなかった。こんな形で肉体の衰えを感じたくなかった。


「裕二さ、裕二く、裕二ちゃ……松友さん、あれ妹さん?」


「はい、アホですみません。あとできれば裕二さんでお願いします。裕二ちゃんはキツいです」


「どうしよう、もういろいろ分かんない。助けてきらんちゃん」


 村崎には申し訳ないが、ここにいてもあんまり役には立たない気がする。


「ちょっと裕二、あんた彼女できたん?」


 話の通じない妹を追うように、車から降りてきたのはポロシャツにチェックのスカート。


「まあ、そんなとこよ」


「へー、まさかあんたにねー。はじめまして、裕二の姉の千裕(ちひろ)です。こっちは妹の裕夏(ゆうか)


「よろしくお願いします!」


「早乙女ミオです。彼にはいつも大変お世話になっております」


 笑顔で深々と頭を下げる。


 とっさに仕事スイッチを入れて身を守ったらしい。


「姉ちゃん、とりま立ち話するには暑すぎやろ。まずは帰らんや」


「そうね。ふたりで後ろに乗っちゃって。裕夏、あんたは助手席に移動」


「早乙女さん、女優の高瀬能子に似てるって言われない?」


「二、三回言われましたよ」


「やっぱりー!」


「車に乗るっていっとろうもん。行くよ」


 暑さを倍増させながら喋り続ける裕夏を車に押し込む。


 迎えがいるといっても実家まで車なら五分ちょっと。その短い道のりは、ひたすらに裕夏のどうでもいい質問攻めで埋め尽くされている。


「その、裕二さんのご両親ってどんな方?」


 質問のフルコンボがようやく途切れたところで、ミオさんが尋ねてきた。


「ああ、うち両親いないんですよ。俺たちが子供の頃に交通事故で」


「え……?」


「それからは祖父母に育ててもらいました。まあ十年以上前のことなんで気にしなくていいですよ」


「……そう」


 ミオさんが同情するようなことを言わなかったことに、俺は内心で感謝した。


 ミオさんは知っている人だ。


 自分の過去の傷を理解できるのは自分だけだということを。安易に「分かる」などと言って同情することが、かえって相手に負担を強いることを。


 まあ、今回の場合は。


「むしろ同情するのはこっちなんですが」


「えっ? 同情? えっ?」


「ミオさん、土屋いますよね」


「え、ええ。土屋さんね」


「あいつも九州弁を使いますが、言ってることはだいたい分かりますよね?」


「そうね、まったく分からなかったことはないかも」


「あいつ、あれで気遣いするほうでして。本土の人に通じなさそうな方言は封印してるんですよ」


「どういうこと?」


「これから、ミオさんは本物の九州弁を知る、ってことです」


 そうこうしている間に車は住宅街の路地へ。ここを抜けた先にある、ぼろっちい木造家屋が俺の実家だ。


 最後の角を曲がると、玄関先で待つ老人ふたりの姿が見えた。


「お、あれが祖父母です」


「あれが本物……」


「偽の祖父母がいるみたいになってませんか」


 家の前に車を止めてもらいドアを開ける。俺の向こうにミオさんを見た瞬間、ふたりが前に出た。三歩前に出た。


「「裕二が彼女ば連れてきたーーーーーー!!!」」


「またか!」


 俺の嘆きもどこ吹く風、ふたり揃ってミオさんに詰め寄っている。


「ようきんしゃったあ、ほんなこつ裕二んガールフレンドげな? ほぉぉこらばりあいらしかびじんしゃんね、しゃすが俺の孫ばい」


「…………えっ?」


「あんた挨拶もせんとたいがいにせえね、せからしか! 東京ん夏はばりあついげなめ◯たいワイドで聞いちょうが、こっちんもそらあつかろうしきつかろうもん。いっちょん遠慮ばいらんですけんあがってっちゃり。ああもう裕二も裕二よ、そげんこつもいっとかんけん昼の鍋もなおしちょらん」


「えっえっえっえっ?」


 完全に思考がフリーズしたミオさんを前に、俺は。


「はいストーーーーーップ!!」


 とりあえず割って入った。

前回の書いてて博多ラーメン食べたくなりました。食べました。

https://twitter.com/WalkingDreamer/status/1152062387182116865?s=19


次回は実家編。大丈夫、博多の民以外も読めるようにします。

ちなみにバリカタよりカタ派。

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― 新着の感想 ―
[一言] 博多弁を小説で読めるとは思いませでした。 久しぶりに糸島市の情景が浮かんで楽しく読ませて頂いています。
[一言] 方言って自分が住んでないところの方言は意味不明だけど、自分が住んでるところの方言だと理解出来るんだなぁと思いました。 不思議な感覚です。
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