縦穴という名の落とし穴
濡羽色をした狼型の魔獣が目の前の敵たちを目前にし襲いかかる。
数は見えただけでも6体はいる。大きさは、中型犬ぐらいだろう。ただし駈けるスピードは犬の比ではなく、両手両足から見える鋭い爪に、顎から光る牙、体を覆う毛並みは上等とは言えず、かなり汚いだろう。そして黄色い目が不気味さを醸し出していた。
「フライシュさん!!」
「分かっております。紅鷹殿!」
俺が声をかけるより速くフライシュさんは背負っていた盾を左手で軽々と持ち上げ俺を守るように魔獣へと構える。右手には佩いていた大剣で応戦する様子を見せる。
しかし、フライシュさんが盾を構えてから気づいたが盾とフライシュさんの横にでかい体格のせいで前の様子がかなり確認しづらい状況となる。そうなっては後の祭り。事前に連携の準備不足を痛感させられる。
フライシュさんが大剣を振上げ、しっかりと魔獣たちをとらえてうえで大剣を振り下ろす。質の低い魔獣は大した知力もなく、ただ、敵に対してつっこんでくるだけなのでそれほどの脅威ではない。
ただし、それは魔獣たちが弱ければの話ーーー
魔獣たちはフライシュさんの大剣での振り下ろしを察知し、素早い切り返しを見せ、左右に散会しながら回避する。
「な……ッ!」
フライシュさんは魔獣の切り返しの速さ、散会するという知力に驚きを隠せず思わず絶句する。普通であれば突っ込んできたところを一撃で葬り去っていたはずなのだろう。ここのダンジョンを知るフライシュさんの驚きはかなりのものだと思われる。
魔獣はフライシュさんが振り下ろした大剣の余波で発生した土煙を利用して一瞬で姿を、気配を殺す。
息つく間もなく魔獣が消えたと思ったところに左から魔獣が俺の喉を噛みちぎるように迫りくる。さらにわざとタイミングをずらしてと思われる右側から別の魔獣が俺の足を噛みちぎろうとその牙をむける。
「ックソ!」
土煙のせいで反応が僅かに遅れるものの、飛びかかってきた魔獣を左手で逆手に持った短剣で横から首を目掛けて一差し。絶命させる。
そのコンマ数秒後のほぼ同時と言ってもいいタイミングでもう一匹を爪先で顎を蹴り上げ態勢を立て直す。蹴られた魔獣は俺の蹴りに怯んだのかまた土煙に紛れる。
その間に先ほどの魔獣から短剣を抜き、辺りを警戒する。
俺でも反応できるうえ倒せるということは隙を見せなければなんとか対応できそうだーーー
後ろからさらに二匹の魔獣が紅鷹へと襲いかかってくるが、先ほどの魔獣よりも強いせいか、それに気づかない。
「紅鷹殿、伏せてください!」
言われるままに素早く伏せると後ろから魔獣が迫っていたらしくフライシュさんが先ほどの意趣返しとばかり大剣で二体とも一編に薙ぎ払う。
大剣の余波でこっちまで吹き飛ばされそうな恨みのこもった一撃だった。屠られた二体の魔獣は原型を留めない肉塊と化していた。
「クソッ!申し訳ありません紅鷹殿、遅れをとってしまいました。怪我はないですか?」
「おれは大丈夫です!それよりバシュトさんの姿がさっきから見えないのですが!?」
そもそも俺の後ろから魔獣が来るのはおかしいはずなのだ。なぜなら俺の後ろにはバシュトさんがいるはずなのだから。そのため後ろの警戒はそれほどしていなかった。それなのに俺が襲われたということはバシュトさんがやられたのか?あるいは……
そうこうしているうちに土煙が晴れて状況を確認できる。
先ほどの六体のうち半分は倒した。しかし、さらに新しくその上先ほどの濡羽色の魔獣より体格がよく強そうな灰色の狼型の魔獣が続々と現れた。
そして最後尾には一際大きく、純白の個体が確認できた。おそらくあいつがボスで群れに指示を与えているのだろう。
周囲を確認するもやはりバシュトさんの姿はなかった。
さて、これはなんとかしてダンジョン外へ逃げるの一択だろう。バシュトさんは行方不明で魔獣たちはこのダンジョンのそれも1層目で現れるような強さではない。
明らかに、予想外の事態である。
幸い、こちらにはフライシュさんがいるし、バシュトさんは分からないがプラッツさんも異変に気がついて来てくれればなんとなるだろう。あの人の魔法ならなんとかなるはずだ。
そうなれば、とりあえず今は、ダンジョンの入り口まで逃げ切れるかだけを考えればいい。そのために装備を軽装にしたのだ。今まで歩いてきた感覚と俺の体力を考慮してもなんとかなるはずだ。フラシュさんと協力して逃げる準備を……
「フライシュさん?」
先ほどから心中での状況整理のために気にしていなかったがフライシュさんが全く俺に関心を見せる素振りを見せていない。
フライシュさんの様子を見てもどこか、おかしい。
体には全く力が入っておらずどこか虚ろな目で何かを見つめている。完全にヤバい状態だ。
まずい、まずい、まずい!
ここでフライシュさんが機能しないのはかなりまずい。なんで急にこんな状態になった。魔獣たちあるいは空気中での神経系の毒とかか?それなら、俺にも異常があるはずだが…特に問題ないな。
そんなことより、どうするか。そんなことを考えていると、バシュトさんが急に動き出す。
「ま、待ってください!紅鷹殿!」
前方の何もないところを見つめ、手を伸ばしながらおそらく俺ではない俺を追いかけようとしている。
流石にここで別れる訳にはいかないので何とか正気に戻ってもらうように引き留める。
「フライシュさん!俺はこっちです!」
「どけ!魔獣ども」
引き留めようと体に触れようとしたらいきなり腕を振り払い殴ってきた。なんとかよけるものその隙にフライシュさんは魔獣たちの方へと向かっていってしまう。おそらく、幻覚を見ていると思われる。
そのまま、いけば魔獣たちに食い殺されてしまう…とも思われたがしかしどういう訳か魔獣たちはフライシュさんを襲うことなく、そのまま、2層目へと進ませてしまった。
「は?」
これにはさすがに俺の理解が追い付かない。そのうえ、フライシュさんが去ったところで魔獣たちが俺を数で囲みながら統率された動きで素早く退路を断ち、じわじわと追いつめている。
縦穴の周りを迂回しようと試みるもそこもきっちりと塞がれ、縦穴を囲む壁へと追い込まれた。
こうなったら身体強化で無理やり突破するしかない。正面の2層目へと続くルートは魔獣たちは手薄になっている。入り口に戻るのはなしだが、最悪でもさらに下に行く分には問題がないらしい。
しかし、正面にはボスと思われる他とは一線を画く純白の質の良い毛並みを見に纏った魔獣が悠々と佇んでいる。
「フゥー、…ッシ!」
覚悟を決める。身体強化を発動し、短剣を両手に2本構えて正面突破を試みるがーー
それを見越して魔獣たちが一斉に襲い掛かってくる。
「は?ちょっ…」
こちらが仕掛けようとするタイミングを完璧に読まれ、完全に虚を突かれて対処ができない。体中に襲い掛かる牙や爪。防具を装備しているとはいえこの数ではダメージは免れない。
倒れてしまうと一気に食らわれしまうのでそれだけは防ごうと必死に抗う。
腕や足で何とか振り下ろそうとする。それでも魔獣たちは腕や足といった防具の上からお構いなしに噛みついて離れないので縦穴の壁に向かって突っ走る。壁に魔獣ごとぶつけようとするが、それを察知したのかぶつかる前に離れる。
そのまま勢いあまって壁にぶつかる……
そして、壁が崩壊し、縦穴の深い底へと落ちていくのだった。
( ゜Д゜)( ゜Д゜)( ゜Д゜)( ゜Д゜)( ゜Д゜)( ゜Д゜)
「さて、うまくいったな」
魔獣をうまく操り、鷹瀬紅鷹が装備している鎧やガントレットといった防具にはこちらの操る狼型の魔獣が好むような血の匂いと魔石の加工が施されている。しかし、そのことを除けば実は防具はかなり上等なものであったりする。
ともかく、防具も利用してうまく縦穴の底へと落とすことができた。事前に壁を脆くしておきそこへ誘導する。ここでは証拠も残らないし、直接的に処理しないよう立ち回ったので問題ないだろう。
「はあ、最初は面倒な任務だと思っていたが鷹瀬紅鷹がこの笛に反応したということはそういうことなのだろう」
正直なところ、特に恨みがあったりするわけではないのだが命令ならば致し方がない。けれど、この笛に反応したことで最後に迷うことなく遂行することができた。
もちろんいい気分ではないがこれも所属した組織がそういうところなのだからしょうがない。進んで入ったわけでもないが……
「さてと、下に降りていったあいつも拾っていかないと俺が怪しまれるからな。しかしそれにしてもプラッツは最後まで来る気配がなかったな。一応準備はしていたが、まあいいだろう」
そう言って2層目にバシュトは面倒だと思いながらフライシュを迎えに行くのだった。時空のゆがみからそっと顔を覗かすプラッツには気づかないまま。
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
「痛ッ…」
縦穴の底へと落ちた紅鷹は傷の痛みによって目が覚めた。どうやらあの穴から落ちても助かったらしい。
どういう訳か、かなりの高さが落ちたはずなのに魔獣たちにやられた傷のみで他に外傷は見当たらなかった。底へと落ちていくときにアインアンダーへとあのクソ女神に落とされた時と似たような感覚を覚えたがどうにもそれが関係していそうだ。
装備は、鎧が少し欠けたりしているが、短剣2ヒに木刀と落ちる前と変わりがなかった。
「さて、ここはどこだ」
もしかすると、また別の異世界へとつながっていたりするのだろうか。
辺りを見渡しても木、木、木といったばかりでどうやらかなり深い森のようだった。どこから落ちてきたのかはわからないが後ろは岩壁で正面には広大な森。上空を見上げればそこには球体の月と思われる惑星が辺りを仄かに照らしていた。
とりあえず、状況確認のためにも辺りを散策するとしよう。後ろは進めないので必然的に正面の森へと足を踏み入れることになる。距離は分からないが一際大きな大木が見えたのでまずはそこを目指そう。
こんな森を歩いたことがないが、どうも木の根や枝、石や雑草などでとにかく歩きにくい。まったく、森林浴をする奴の気がしれないというものである。そもそもこんな森を歩いたりはしないのだろうが。
歩き始めたところでふと、何かがものすごいスピードで迫ってくるような気がした。偶然だった。偶然石に足を取られてバランスを崩し、右に倒れるところを左腕が鋭い刃物のようなものに傷つけられて通り過ぎていった。倒れたところで自分の身の深刻さに気付く。
――ハッ、ハハハ、これは本気でやばい
心の中でひきつった笑いを漏らす。左腕の傷の出血は想像以上のもので自身では経験したことのないほどである。左腕からの出血は鮮やかであった。つまり、動脈にまで届いているのでかなりやばいということだ。
アドレナリンがでているからだろうか。さほど痛みを感じることはなかったが、どうにも動かすことは難しそうだ。とりあえず、出血部分を直接圧迫しながらなんとか止血を施す。
ーーまじか、さすがにこの出血量はやばそうだ。それ以上にこの状況をどう打破するか考えないとな…
肩で息をする俺は大量出血に陥った原因となった正面に目を向ける。月明かりのみで薄暗いこともありはっきりとは分からないがおそらくは上で見たような狼型の魔獣だろう。
しかし、この魔獣は明らかに異質である。先ほどの見た魔獣と比べてサイズも外見それに放っている圧が絶対的に違うのだ。おそらく、全身は純白の毛並みに覆われていて特に大きさと言ったらおそらく通常サイズと思われる先ほどの魔獣の5倍以上は確実にあるだろう。
ーーこの感じから言って群れからはぐれたというよりまんま一匹狼だろうな
というか佇まいがなんかもうここ森の王ですって言ってるんだよな…
自分でもやけに落ち着いているのは事態が深刻すぎるからだろう。何とか隙を見て逃げたいところだが厳しそうである。
こちらの装備は、短剣2ヒに木刀が一振り。軽装だが鎧や脛あて、ガントレットもある。先ほどみたいに数で囲まれる心配もなさそうだが戦うという選択肢はまったく出てこない。しかし、逃げたいのはやまやまなのだが降り立ってから体がやけに重い。
未知の森の閉塞感や出血、魔獣たちとの戦闘や傷などで気力、体力ともに消耗しているがそれを差し引いても明らかに重たい。
これは、魔素による影響と考えて間違いないだろう。そうなるとここはアインアンダーである可能性が高い。ここが俺の知ってる世界の可能性が出てきたところでどうやって逃げるか。
ーーなんとかして隙を作って逃げねぇと。とにかく俺から意識をそらさせる…雷魔法をつかってみるか?いや、あれはこの距離だとまったく使い物にならないから意味ないな。それとも話しかけてみるか。さっきの魔獣たちに比べて知性もあって言語とか理解してないか?‥‥‥まずい、出血のせいで身体に力が入らないうえ意識も朦朧としてきた
止血を施したといっても所詮は素人なため完璧な止血を行えるはずもなく今もゆっくりではあるが血が滴り落ちる。とにかく、意識があるうちに行動に移さないと。
今は、屈んている状態のため近くに落ちている、小石や木の枝をさりげなく拾い上げる。そしてバスケのビハインドパスの要領で拾い上げたものを自身の後ろで左側へと投げる。その軌道と木にぶつかった音で魔獣の意識が一瞬逸れた。
その機会を逃さない。もはや慣れ親しんできた身体強化の魔法を使って自身の身体をコーティングする。先ほどから感じている重さが消え、素早く動き出すことができる。
投げた方向の逆側、つまり右側の木が生い茂っている方へと走り出す。
しかし、魔獣は俺が作った隙をものともせず10メートルはあったであろう距離を一瞬とも呼べるスピードで追いつき、追い打ちをかけるようにまたしても左腕に噛みつく。
「ああぁぁぁぁーーーー」
牙が傷口を抉り、筋肉の繊維もズタズタに引き裂いていく。思わず苦痛の叫びが響く。何とかして振りほどこうと魔獣に向かって腰に据えていた木刀を振りかざす。攻撃しようとしたところで急に視界がぶれた。吹き飛ばされたのだと気づかされる。
ものすごいスピードで小枝をへし折りながら吹き飛ばされ最後に一際巨大な木に激突することで止まる。
「グッ…ゲハッ!」
身体から吐瀉物や血反吐が吐き出される。激突した衝撃で身体まったくいうことがきかない。体中にひびが入ったように感じるが顔だけは何とか動かせるようだった。不意に左腕の感触の無さに違和感を覚え目を向ける。
そこには本来あるべき左腕の存在が消えていた。
そこでようやく気付いたように痛みが襲い掛かる。
「あああ、ああああああああ!!!!」
ーー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
ただ痛いという感情しか湧かない。経験したことのない痛みに考えることもできず叫び声を響かせることしかできず、声にならない音が口から漏れ出ていた。
そして、視界がぼやけ始め意識が遠のいていく。俺を吹き飛ばした張本人は俺の左腕を加えながらゆったりと距離を詰めてくる。
ーーこんなところで死ねない
そして魔獣が俺の前に到着し悠然と佇み見下ろしているところで俺の意識は完全に暗闇へと落ちていった。
――か…
――か……わ
――か…………れ
どこからか声が聞こえる。
意識が落ちていくなかで俺の顔はなぜか笑っているように思えた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございまいた。予定通り最後にプロローグへとつながりこれで2章が終了しました。ちょっとずつ異世界っぽくなってきてるかなぁと思います。読んでて紅鷹の性格の違和感を感じていると思いますがそれも少しづつはっきりしてくるはずです。毎日割と忙しくなぜか命削ってます。それでもなんだかんだ投稿してます。まあ趣味ですね。
3章では紅鷹が肉体的にも精神的にも強く成長していきます。
相変わらずストックなどないので気長に待っていただけるとありがたいです。
それでは、また3章で




