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閑話 最初の視聴者たち

 《LIVE終了:#異世界配信 #公国への旅 #護衛任務 #異世界観光》




 配信が終わった後も、コメント欄の余韻はしばらく残っていた。




 正式な機能名は、俺にもまだよく分かっていない。


 ただ、《インフィニット・ストリーム》には配信終了後のコメントを確認する機能がある。


 編集用のログ、という扱いらしい。




「……便利だな」




 宿の一室。


 ヴェリシア・エストリオの安宿のベッドに腰を下ろして、俺は半透明のウィンドウを開いた。




 《コメントログを表示します》




 流れてきたのは、今日の配信を見ていた人たちの声だった。




 《コメント:千人突破おめでとう》


 《コメント:最初三人だったのに》


 《コメント:異世界都市すごかった》


 《コメント:おっさんが楽しそうでよかった》




「……おっさん呼びは定着するのか」




 誰もいない部屋でつぶやく。




 三十三歳。


 たしかにおっさんと言われても反論しづらい年齢ではある。


 しかし転生して肉体が若返っているのだから、もう少し別の呼び方があってもいい気がする。




 《コメント:おっさんはおっさん》


 《コメント:心がおっさん》


 《コメント:社畜みが抜けてない》




「読まれてる気がする」




 実際、読まれているのかもしれない。


 配信中は視聴者の声が見える。


 配信後も、こうして声が残る。




 俺が一人でいても、完全には一人にならない。




 それが不思議だった。




 会社員だった頃、俺の一日はだいたい誰かの声で埋まっていた。


 上司の声。


 客先の声。


 同僚のため息。


 電話の着信音。


 通知音。




 なのに、いつも一人だった。




 今は逆だ。


 宿の部屋には俺一人しかいない。


 けれど、画面の向こうに誰かがいる。




 《コメント:飯ちゃんと食えよ》


 《コメント:宿の鍵閉めた?》


 《コメント:財布気をつけて》


 《コメント:公国はスリ多そう》




「母親か」




 思わず笑った。




 その中に、少し古いコメントが混ざっていた。




 《コメント:三人の時から見てる》




 俺は指を止めた。




 三人。


 最初の配信。


 森の中で、右も左も分からないまま、スライムを相手にしていた時の数字だ。




 あの時の三人が、まだ見ている。




「……物好きだな」




 そう言ってから、少しだけ胸が熱くなった。




 物好き。


 たぶん、俺もそうだ。




 死ぬ前にできなかったことを、異世界に来てから始めた。


 誰に求められたわけでもない。


 稼げる保証があったわけでもない。




 ただ、やってみたかった。




 好きなことで、生きていきたかった。




 《コメント:好きなことで生きてる?》




「……まだ分からない」




 正直に答えた。




 配信は楽しい。


 でも怖い。


 数字が増えるのは嬉しい。


 でも、その数字に見合う人間でいられるのかは分からない。




 千人。




 ブラック企業の朝礼で百人の前に立たされただけでも胃が痛かった俺が、今は千人に見られている。


 しかも、顔も声も、失敗も、戦闘も、飯を食うところまで。




 普通に考えたら、だいぶおかしい。




 《コメント:分からないなら続ければいい》


 《コメント:好きかどうかは後で分かる》


 《コメント:とりあえず明日も見ます》




「……簡単に言うな」




 でも、嫌な気はしなかった。




 ウィンドウの端に、登録者数が表示されている。




 《登録者数:1,103人》




 最初はゼロだった。


 森の中で、所持金も銀貨ゼロだった。


 仲間もいなかった。




 今は千人がいる。


 宿代を払えるだけの金もある。


 明日は公国の街を歩ける。




 まだ、何も成し遂げていない。


 けれど、何も始まっていなかった頃とは違う。




 俺はウィンドウに向かって、軽く頭を下げた。




「最初から見てくれてる人も、今日初めて見た人も、ありがとう」




 返事はない。


 配信はもう終わっている。




 それでも、言っておきたかった。




「明日も、やります」




 ウィンドウを閉じる。




 ベッドに横になると、外から公国の夜の音が聞こえた。


 馬車の車輪。


 酔客の笑い声。


 遠くの鐘。




 知らない街。


 知らない世界。




 でも、今日は少しだけ、心細くなかった。




 ――配信者の夜は、コメント欄の余熱で少しだけ温かい。




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