表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/21

第4話:商業公国への旅路

 朝のゼルティアは、いつもより人の流れが多かった。




 ギルドの掲示板の前に立って、俺は一枚の依頼票を見つめた。




【護衛依頼】


 依頼主:メルディア公国方面 隊商一行


 目的地:ヴェリシア・エストリオ(公国首都)


 期間:馬車で二日


 報酬:銀貨三枚+交通費


 条件:Dランク以上、武装可能者




「公国か……」




 女神のチュートリアルにあった「五大国の試練」という言葉が頭をよぎる。


 連邦の勲章「翠光章」はまだ取っていないが、公国へ行けば次の足がかりになるかもしれない。


 それに何より、「交易都市」は配信コンテンツとして鉄板だ。




「受けます」




 受付嬢に申し出ると、「ちょうど今朝出発の予定です」と素早く書類を処理してくれた。




 南門へ向かおうとして――ギルドの片隅に、見覚えのある後ろ姿が見えた。




 くせ毛のショートボブ。背筋を張ったまま掲示板を見ている、小柄な後輩。




(ミリアムか)




 目が合った瞬間、彼女はそっぽを向いた。




 明らかに避けている。




「……どうした?」




「……べつに、なんでもないです。先輩には関係ないです」




「そうか」




 それ以上は聞かなかった。


 押しても折れないタイプだとわかっていたし、こっちも今から馬車に乗る身だ。




 ただ、南門を出た後も、あの横顔がなんとなく引っかかっていた。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 《LIVE開始》


「おはようございます。今日から公国への護衛依頼です」


 #異世界配信 #公国への旅 #護衛任務 #異世界観光


 視聴者数:312人 登録者:721人




 馬車は四頭立ての大型で、荷台に商人の荷物が積み上げられていた。


 護衛は俺を含めて三人。剣士の中年男性と、弓使いの若い女性だ。




「お前、配信者か」と中年剣士が言った。




「一応そうです」




「見たことある。野犬を歌で追い払ったやつだろ」




「そうです」




「……なんで公国に行く」




「見聞を広めたいので」




「変わった奴だな」と言いながら、彼は特に否定もしなかった。




 《コメント》


 ► 「野犬動画の人だって気づかれてるw」


 ► 「じわじわ有名になってきてる」


 ► 「護衛任務ってどんな感じ?」




「護衛は基本、荷台の周囲を歩きながら警戒です。今日は平和そうですが」




 馬車が城門を抜けると、視界が一気に開けた。




 連邦の大地は緑が深い。


 丘陵と森が交互に続き、街道沿いには農地が広がっている。


 秋口の澄んだ空気の中、遠くに連なる山の稜線が淡い青に霞んでいた。




「……きれいだな」




 三十三年間、東京の灰色のビル群しか見てこなかった目に、この景色は少し眩しかった。




 《コメント》


 ► 「景色いい……」


 ► 「こういう配信好き」


 ► 「のどかすぎて泣きそう」




「皆さんも見てください。これが異世界の街道です。俺が知ってる道路とは全然違う」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 昼過ぎ、隊商は街道脇の宿場町で休憩を取った。




 木造の宿屋の前に馬車が止まり、御者が馬に水を飲ませる。


 商人たちが足を伸ばして食事を始めた。




 俺は宿屋の壁に寄りかかりながら、配信を続けた。




「昼飯は……宿屋の定食ですね。麦粥と焼き肉、それと塩漬けのきゅうりみたいなやつ。うまいです」




 《コメント》


 ► 「食レポうれしい」


 ► 「異世界定食、気になる」


 ► 「きゅうり大事」




 弓使いの女性が「そのガラス板に向かって喋るの、慣れた?」と訊いてきた。




「まだ慣れてない部分もあります」




「見てる人、本当にいるの?」




「今三百人くらい」




「……すごいな」と彼女は言い、少し照れた顔をした。「映っても、いい?」




「もちろん」




 カメラを向けると「えっ、待って、顔洗ってない」と慌てていた。




 《コメント》


 ► 「護衛さんかわいいw」


 ► 「自然な反応すき」


 ► 「登録者数:824人↑」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 二日目の夕方。




 丘を越えた先に、それは現れた。




「……でかい」




 ヴェリシア・エストリオ。




 城壁だけで、ゼルティアの倍はある。


 多層に積み重なった石造りの街が、西日を受けて金色に染まっている。


 城壁の外周には露天商が並び、各国語の呼び込み声が混ざり合って、遠くからでも喧騒が届いてくる。




 商人が「初めて来たのか?」と訊いた。




「はい」




「そうか。最初は誰でも飲まれる。ここは慣れるまで財布をしっかり持っておけ」




「ありがとうございます」




 馬車が石畳に入った瞬間、振動と音と匂いが一気に迫ってきた。


 スパイス、金属、汗、革、香水、腐りかけの果物、焼いた肉――


 すべてが混ざり合った、独特の「都市の匂い」だ。




 俺は配信ウィンドウを広角に切り替えて、通りの景観を映し続けた。




「皆さん、ここがメルディア公国の首都ヴェリシア・エストリオです。……俺の今まで見た中で、一番人が多い場所かもしれない」




 《コメント》


 ► 「すごい……本物の異世界都市じゃん」


 ► 「映像が全然違う」


 ► 「テンション上がった」


 ► 「登録者数:1,103人↑」




 《SYSTEM》


 登録者数:1,000人突破


 特典アンロック:《編集強化Lv.2》── 配信映像の自動補正精度UP




「……千人。千人、超えた」




 馬車の荷台で、俺はしばらく数字を見つめた。




 ゼルティアで配信を始めた頃、視聴者は三人だった。


 それが今、千人になっている。




「……まだ、始まったばかりだけどな」




 隊商が荷受け場に到着し、仕事は終了した。




 依頼完了の証明書にサインをもらい、報酬の銀貨三枚を受け取る。




 さて、ここから何をするか。




「まずは宿を確保して……それから、この都市を歩き回ろう」




 錫杖を肩にかけ、雑踏の中へ踏み出した。




 《コメント》


 ► 「公国編スタート!」


 ► 「これから何が起きるの楽しみ」


 ► 「ずっと見てます」




「ありがとうございます。俺も楽しみです」




 城壁の向こうに夕日が沈んでいく。


 公国の夜が、始まろうとしていた。




 ――舞台が変わるたびに、その視線もまた、位置を変えた。




少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ