第4話:商業公国への旅路
朝のゼルティアは、いつもより人の流れが多かった。
ギルドの掲示板の前に立って、俺は一枚の依頼票を見つめた。
【護衛依頼】
依頼主:メルディア公国方面 隊商一行
目的地:ヴェリシア・エストリオ(公国首都)
期間:馬車で二日
報酬:銀貨三枚+交通費
条件:Dランク以上、武装可能者
「公国か……」
女神のチュートリアルにあった「五大国の試練」という言葉が頭をよぎる。
連邦の勲章「翠光章」はまだ取っていないが、公国へ行けば次の足がかりになるかもしれない。
それに何より、「交易都市」は配信コンテンツとして鉄板だ。
「受けます」
受付嬢に申し出ると、「ちょうど今朝出発の予定です」と素早く書類を処理してくれた。
南門へ向かおうとして――ギルドの片隅に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
くせ毛のショートボブ。背筋を張ったまま掲示板を見ている、小柄な後輩。
(ミリアムか)
目が合った瞬間、彼女はそっぽを向いた。
明らかに避けている。
「……どうした?」
「……べつに、なんでもないです。先輩には関係ないです」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
押しても折れないタイプだとわかっていたし、こっちも今から馬車に乗る身だ。
ただ、南門を出た後も、あの横顔がなんとなく引っかかっていた。
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《LIVE開始》
「おはようございます。今日から公国への護衛依頼です」
#異世界配信 #公国への旅 #護衛任務 #異世界観光
視聴者数:312人 登録者:721人
馬車は四頭立ての大型で、荷台に商人の荷物が積み上げられていた。
護衛は俺を含めて三人。剣士の中年男性と、弓使いの若い女性だ。
「お前、配信者か」と中年剣士が言った。
「一応そうです」
「見たことある。野犬を歌で追い払ったやつだろ」
「そうです」
「……なんで公国に行く」
「見聞を広めたいので」
「変わった奴だな」と言いながら、彼は特に否定もしなかった。
《コメント》
► 「野犬動画の人だって気づかれてるw」
► 「じわじわ有名になってきてる」
► 「護衛任務ってどんな感じ?」
「護衛は基本、荷台の周囲を歩きながら警戒です。今日は平和そうですが」
馬車が城門を抜けると、視界が一気に開けた。
連邦の大地は緑が深い。
丘陵と森が交互に続き、街道沿いには農地が広がっている。
秋口の澄んだ空気の中、遠くに連なる山の稜線が淡い青に霞んでいた。
「……きれいだな」
三十三年間、東京の灰色のビル群しか見てこなかった目に、この景色は少し眩しかった。
《コメント》
► 「景色いい……」
► 「こういう配信好き」
► 「のどかすぎて泣きそう」
「皆さんも見てください。これが異世界の街道です。俺が知ってる道路とは全然違う」
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昼過ぎ、隊商は街道脇の宿場町で休憩を取った。
木造の宿屋の前に馬車が止まり、御者が馬に水を飲ませる。
商人たちが足を伸ばして食事を始めた。
俺は宿屋の壁に寄りかかりながら、配信を続けた。
「昼飯は……宿屋の定食ですね。麦粥と焼き肉、それと塩漬けのきゅうりみたいなやつ。うまいです」
《コメント》
► 「食レポうれしい」
► 「異世界定食、気になる」
► 「きゅうり大事」
弓使いの女性が「そのガラス板に向かって喋るの、慣れた?」と訊いてきた。
「まだ慣れてない部分もあります」
「見てる人、本当にいるの?」
「今三百人くらい」
「……すごいな」と彼女は言い、少し照れた顔をした。「映っても、いい?」
「もちろん」
カメラを向けると「えっ、待って、顔洗ってない」と慌てていた。
《コメント》
► 「護衛さんかわいいw」
► 「自然な反応すき」
► 「登録者数:824人↑」
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二日目の夕方。
丘を越えた先に、それは現れた。
「……でかい」
ヴェリシア・エストリオ。
城壁だけで、ゼルティアの倍はある。
多層に積み重なった石造りの街が、西日を受けて金色に染まっている。
城壁の外周には露天商が並び、各国語の呼び込み声が混ざり合って、遠くからでも喧騒が届いてくる。
商人が「初めて来たのか?」と訊いた。
「はい」
「そうか。最初は誰でも飲まれる。ここは慣れるまで財布をしっかり持っておけ」
「ありがとうございます」
馬車が石畳に入った瞬間、振動と音と匂いが一気に迫ってきた。
スパイス、金属、汗、革、香水、腐りかけの果物、焼いた肉――
すべてが混ざり合った、独特の「都市の匂い」だ。
俺は配信ウィンドウを広角に切り替えて、通りの景観を映し続けた。
「皆さん、ここがメルディア公国の首都ヴェリシア・エストリオです。……俺の今まで見た中で、一番人が多い場所かもしれない」
《コメント》
► 「すごい……本物の異世界都市じゃん」
► 「映像が全然違う」
► 「テンション上がった」
► 「登録者数:1,103人↑」
《SYSTEM》
登録者数:1,000人突破
特典アンロック:《編集強化Lv.2》── 配信映像の自動補正精度UP
「……千人。千人、超えた」
馬車の荷台で、俺はしばらく数字を見つめた。
ゼルティアで配信を始めた頃、視聴者は三人だった。
それが今、千人になっている。
「……まだ、始まったばかりだけどな」
隊商が荷受け場に到着し、仕事は終了した。
依頼完了の証明書にサインをもらい、報酬の銀貨三枚を受け取る。
さて、ここから何をするか。
「まずは宿を確保して……それから、この都市を歩き回ろう」
錫杖を肩にかけ、雑踏の中へ踏み出した。
《コメント》
► 「公国編スタート!」
► 「これから何が起きるの楽しみ」
► 「ずっと見てます」
「ありがとうございます。俺も楽しみです」
城壁の向こうに夕日が沈んでいく。
公国の夜が、始まろうとしていた。
――舞台が変わるたびに、その視線もまた、位置を変えた。
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