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第3話:Dランクへの道

 ゼルティアでの三週間は、地味の一言に尽きた。




 薬草採取、野犬の駆除、荷物の運搬、水汲みの手伝い。


 どれも地味で、どれも泥臭い。




 でも、実況しながらこなすと不思議と飽きなかった。




「今日は野犬の駆除です。畑を荒らしているらしく、農家の方から依頼が来てます。……まあ、犬ですし、優しく追い払えればそれが一番なんですが」




 《コメント》


 ► 「優しいの草」


 ► 「ちゃんと倒せるの?」


 ► 「農家のおじさん映して」




「映していいか聞いてみます」




 農家のおじさんは「なんじゃそのガラス板は」と言ったが、カメラを向けると照れくさそうに笑ってくれた。




 《コメント》


 ► 「おじさんかわいいw」


 ► 「登録した」


 ► 「この配信好きかも」




 登録者数:180人。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 野犬の群れは七頭いた。




 前回の野ネズミより体が大きく、動きが読みにくい。


 二頭が正面から来ると見せかけて、残りが側面に回る連携をとってくる。




「……賢いな」




 三頭を音撃魔法で吹き飛ばし、残りは《旅の歌・基礎》で発生させた音波で牽制する。


 歌スキルは直接的な攻撃力こそないが、獣の聴覚には刺さるらしく、野犬たちが頭を振りながら後退した。




「追わない。追い払えたら十分だ」




 群れは森の奥へ消えていった。




 《コメント》


 ► 「歌で犬を追い払うスタイル草」


 ► 「でも成立してるのがすごい」


 ► 「旅芸人の戦い方って感じ」




 農家のおじさんが「ありがとう、ありがとう」と頭を下げてくれた。


 報酬の銅貨に加えて、収穫したての芋を袋いっぱい持たせてくれた。




「……重い。ありがたいけど重い」




 《コメント》


 ► 「芋多すぎww」


 ► 「食レポ待ってます」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 夜、宿の食堂で芋を煮てもらった。




 素朴な味だった。


 塩だけの味付けなのに、なぜかうまかった。




「……これがリアルの飯だな」




 コンビニで時間通りに出てくる均一な味じゃない。


 誰かが育てて、誰かが感謝してくれた、芋の味だ。




 《コメント》


 ► 「なんかいい話になってきた」


 ► 「じわる」


 ► 「その芋、もらいたい」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 ある夕暮れのことだった。




 依頼を終えて大通りを歩いていると、視界の端で何かが動いた。




 裏路地の入口。


 小さな影が、複数の男に連れられて歩いている。




 銀色の耳。


 震えるしっぽ。




 俺の足が、自然と止まった。




 少女だった。


 外見は十歳前後だろうか。


 銀髪が顔に貼りついて、表情が見えない。


 俯いたまま、足を引きずるように歩いている。




 男たちは低い声で何か話しながら、路地の奥へ消えていった。




(……あれは)




 悪い予感がした。


 でも、俺には確信がなかった。




 スラムに詳しいわけじゃない。


 この街の事情を知っているわけでもない。


「助けに行く」には、根拠が薄い。




 足が動かなかった。




 そのまま、路地の前を通り過ぎた。




 ギルドに戻る道を歩きながら、俺はずっと考えていた。


 あの銀色の耳が、脳裏から離れない。


 あの俯いた背中が、目に焼き付いて消えない。




(……どうすればよかったんだろう)




 答えが出ないまま、宿に帰り着いた。




 《コメント》


 ► 「さっきの子、大丈夫?」


 ► 「気になる」


 ► 「配信者さんどうするんですか」




「……まだ、わからないです」




 正直に言った。




「でも、もう一度見かけたら。次は……通り過ぎない」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 翌日から、俺はあの路地の近くを意識して歩くようになった。




 でも、少女の姿は見当たらなかった。




 それでも仕事は続く。


 薬草採取、荷運び、小型魔物の駆除。


 地道な日常を繰り返しながら、配信を続けた。




 《本日の登録者推移》


 三日前:180人


 二日前:290人


 昨日:441人


 本日:618人




 《コメント》


 ► 「どんどん増えてる」


 ► 「野犬動画がバズった」


 ► 「チャンネル登録してる人増えてるね」




「……ありがとうございます。嬉しいです」




 地道にやれば、積み上がる。


 社畜時代は誰にも評価されなかったが、ここでは数字が正直に応えてくれる。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 Dランク昇格の日は、突然来た。




 ギルドのカウンターに呼ばれて、受付嬢が静かに告げた。




「依頼達成数、視聴者評価、街の信頼度、すべての昇格条件を満たしました。おめでとうございます、Dランク……若枝等級への昇格です」




 特別なセレモニーはなかった。


 昇格の証明書と、新しいギルドバッジが手渡されただけだ。




 でも、そのバッジを受け取った瞬間。




「お、昇格したのか」




 隣にいた無口な傭兵が、ぼそりと言った。




「見てたぞ、お前の配信。野犬を歌で追い払ったやつ。面白かった」




「……ありがとうございます」




「また見る」




 それだけ言って、カウンターを離れていった。




 食堂の隅で飯を食っていた冒険者が、小さく手を挙げた。


 受付嬢が「おめでとうございます」と、今度は初日より少し温かい声で言った。




 《LIVE開始》


「Dランク、昇格しました」




 《コメント》


 ► 「昇格おめでとう!!」


 ► 「おめ!!」


 ► 「ついに来たな!」


 ► 「これからも見てます」




 《登録者数:721人》(+103 本日比)




 俺は配信ウィンドウを見ながら、ギルドの広間を見回した。




 三週間前、誰も俺のことを知らなかった場所だ。


 今は、何人かが顔を知ってくれている。




「……まだ、始まったばかりだけどな」




 そのとき、ふと視界の端に、見覚えのある路地が見えた。




 あの夕暮れ、銀色の耳の少女が消えていった路地だ。




(もし次に会ったら)




 錫杖を握り直した。




 次に会ったときは、通り過ぎない。




 ――その決意を、どこかの誰かが静かに記録した。






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