第51話 アルケディアの日々・天界の笑いが漏れた夜
ゼル=イスラに拠点を構えて、三日が経った。
この三日間を配信し続けた。
竜騎士の訓練場。神官たちの修行場。水浴び場で遊ぶ竜の幼体。
卵を預かる専門店で「一個借りていいですか」と聞いたら「ダメです」と即答された。
「さすがに卵はダメか……」
《コメント:何しようとしてたの》
《コメント:配信映えのためか》
「ちょっと記録として持ち帰りたかっただけだ」
「師匠、竜の卵は数十年かけて孵るんです」とクリスティーナが言った。
「知ってる」
「知っててなぜ借りようとしたんですか」
「記録として映えると思った」
「にゃあ……師匠の配信脳、たまに心配になります」
《コメント:クリスティーナちゃんのツッコミ安定してる》
ミラ=カリスとの会話が増えた。
浮遊島の構造、各地のフィールド、神官たちの役割を少しずつ教えてもらっている。
「シルフェリア渓域の風神官、シルフェリア殿には気をつけてください」とミラ=カリスが言った。
「なぜ」
「外来者に厳しい方です。特に……」
ミラ=カリスがソフィアを見た。
「亜人の方には、少々。昔の偏見が残っているので」
ソフィアが「……ソフィア、頑張ります」と言った。
「頑張らなくていい。シルフェリアが間違っている」
「でも、ご主人さまぁが間に入ってくれたら、大丈夫です」
「任せろ」
《コメント:秀直頼もしい》
《コメント:帝国でもソフィアを守ってたもんな》
四日目の午後、竜騎士の砦を配信しながら歩いた。
竜に乗って訓練している騎士たちが、遠くで旋回している。
「……かっこいいですわ」とシャルロッタが珍しく声を上げた。
「お前が素直に言うのは珍しいな」
「あれだけかっこよければ、素直にもなりますわっ」
ティアナが「竜に乗りたい!」と言った。
「申請すれば体験できるらしいぞ」とミラ=カリスに聞いた情報を伝えた。
「本当に!?」
「ただし竜が同意した場合のみだ」
「竜が同意……」
ティアナがしばらく考えて「……歌えば同意してくれる気がする」と言った。
「なぜ」
「この大陸の竜、歌が好きみたいです。昨日から、うちが鼻歌を歌うと近づいてくる」
「……それは本当か」
「本当です。試してみますか?」
ティアナが広場に向かって、小さく歌い始めた。
三十秒ほどで、遠くを飛んでいた竜の一頭が、こちらに向きを変えた。
《コメント:えっ》
《コメント:本当に来てる》
《コメント:ティアナちゃんの歌、竜に届いてる》
「……お前の歌、この大陸でも通じるのか」
「うちの歌は、どこでも通じます」
ティアナが少し誇らしそうに言った。
《視聴者数:27,104人》
五日目の夜。
配信を終えて、一人で窓の外を見ていた。
アルケディアの夜空は今夜も鋭い。
「……聖夜、元気でやってるかな」
昨日も同じことを思った。
死んで転生して、この世界に来て。
地上に残してきた弟のことを、たまに思い出す。
「あいつ、ちゃんと働いてるかな。飯食えてるかな」
返事はない。
当然だ。俺は死んでいる。
でも、この世界が楽しいと感じるたびに、少しだけ罪悪感がある。
弟を置いてきた、という感覚。
「……まあ、あいつは俺よりしっかりしてるからな」
そう言い聞かせて、目を閉じた。
六日目の朝。
ソフィアが「ご主人さまぁ、昨夜の配信終わり際に、何か聞こえた気がして」と言った。
「どうした」
「配信を閉じる直前に……笑い声みたいなものが」
「俺も気になってた。昨日だけじゃなく、何回か」
「……ソフィアの耳、あまり気のせいを言わないです」
「だとすると」
ソフィアが耳を少し伏せた。
「……誰かが、この世界を見て笑っています。怖い感じではないです。でも、とても遠い場所から」
俺は少し考えた。
示教国の試練で問われた言葉が戻ってくる。
「この世界が誰かの娯楽であると知ったとき、それでも続けますか」
「……続ける、と答えた」
「え?」とソフィアが聞いた。
「試練で、似たようなことを聞かれた。見られていても続けるかと」
「……どう答えたんですか」
「続ける、と言った」
「……じゃあ、大丈夫です」
ソフィアが耳をぴんと立てた。
「誰かが笑っていても、ご主人さまぁは続ける人です。ソフィアはそれを知ってます」
《コメント:ソフィアちゃん》
《コメント:この会話が沁みる》
七日目。
ミラ=カリスが訪ねてきた。
「竜皇様の動きが、また変わりました」
「どう変わった」
「呼吸が、深くなっています。目覚めが近いかもしれません」
俺は空を見た。
「……それが来たとき、俺は何をするんだ」
「分かりません。でも……あなたがここにいることが、重要だと予言には書かれています」
「予言は信じるのか」
「信じるというより……今まで予言通りのことが起きてきたので」
ミラ=カリスが少し困ったような顔で言った。
「あなたが虹の橋を渡った日から、竜皇様が動き始めました。予言通りに」
「……俺が来ることで、何かが動いた」
「そうです」
「娯楽、か」
「え?」
「独り言だ」
《コメント:また娯楽って言った》
《コメント:秀直の中で何か繋がってる?》
─────────────────────────────
夜。
また窓の外を見ていた。
笑い声はまた聞こえるだろうか。
「……いるなら、もうちょっと分かりやすく教えてくれてもいいんだが」
空に向かって言った。
返事はない。
でも、七環がひとりでに、一回だけ鳴った。
「……」
俺は少し笑った。
「まあ、続けるしかないからな」
【天界の評 第51話】
「……気づき始めた」
「でも続けると言っている」
「それが一番面白いんだよな」
「七環、鳴らしすぎだ」
「ちょっと声をかけたくなった。仕方ないだろ」
「……だから感づかれるんだ」
笑い声が、また漏れた。
今度は、少し大きく。
少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。




