第50話 ゼル=イスラ・神官長との邂逅
ゼル=イスラは、想像より静かな都市だった。
石造りの建物が並ぶが、高くない。
空に開けていて、竜が着地しやすいように広場が多い。
実際、広場のいくつかに竜が休んでいた。
人々が普通に竜の傍を歩いている。
共生が、そのままの意味で機能している場所だ。
「ソフィアさん、あの竜さん、触れますかねえ……」とクリスティーナが目を輝かせた。
「触りたいんですか?」
「猫耳と竜が触れ合ったら、配信映えしそうです」
「師匠案件じゃないですか?」
「そうだ、師匠! 竜を触ってもいいですか?」
「配信中に触るな」
「えー!」
《コメント:浮遊島でもクリスティーナちゃんぶれない》
《コメント:さすししょ》
ミリアムが「竜、怖いですけど……可愛くもありますね……もん」と言った。
「近くで見ると大きいですわっ!」とシャルロッタが少し後退した。
「ご主人さまぁ、あの竜さん、子どもと一緒に寝てます」とソフィアが指さした。
広場の端、大きな竜の腹の横に、子どもが三人、昼寝をしている。
竜は目を閉じていて、規則正しく息をしている。
「……平和な光景だな」
《コメント:癒し》
《コメント:地上では見れない》
都市の中心部に向かうと、人影があった。
白い法衣を着た女性。
年齢は三十代半ばだろうか。
栗色の長い髪、穏やかな目。
彼女が俺たちに気づいて、近づいてきた。
「……神酒秀直様ですね」
「そうだ」
「お待ちしておりました。神官長のミラ=カリスと申します」
彼女がゆっくりと一礼した。
「あなたが来ることを、この場所はずっと待っていました。竜皇様の時代から、ずっと」
「……ずっと?」
「何百年も前から、予言として残っていました。光の英雄が虹の橋を渡る日に、竜皇様が目覚め始める、と」
全員の空気が変わった。
「……竜皇は今」
「眠っています。でも、昨日から動きが変わりました。あなたが回廊を昇った日から」
「竜皇様の目覚めは、何をもたらすのか」と俺は聞いた。
「正直に言えば、分かりません」とミラ=カリスが答えた。「古い記録には、大きな変化が起きると書かれていますが……具体的なことは何も」
「それが怖くないのか」
「怖いです。ただ……」
ミラ=カリスが少し間を置いた。
「光の英雄が来たということは、時が満ちたということだと思っています。怖くても、その時に立ち会うことが私の役目です」
シャルロッタが「……法王様と同じことを言いますわね」と言った。
「法王猊下と?」
「怖さを認めながら、それでも立ち会う、というところが」
ミラ=カリスが少し驚いたような顔をした。
「……法王猊下に会ったのですか」
「試練を受けました」
「そうですか……」
ミラ=カリスが遠くを見た。
「猊下とは、以前から密に連絡を取っていました。示教国が鎖国する直前に、最後の手紙が来て……それ以来、返事がありません。生きておられるか、心配していました」
「生きている。お前が密使を送ったことも、覚えていた」
ミラ=カリスの目が、少し潤んだ。
「……そうですか。良かった」
《コメント:ミラとリスと法王、繋がってたのか》
《コメント:示教国と浮遊島の関係》
案内されて、宿泊先へ向かった。
「一つだけ確認があります」とミラ=カリスが言った。「あなたの配信について」
「なんだ」
「この大陸での配信は自由です。ただ、竜皇様の眠る翼状地形だけは……今はお控えください。目覚めの途中に人が近づくと、影響が出る可能性があります」
「了解した」
「それと……」
ミラ=カリスが少し迷うような顔をした。
「今も配信中ですか」
「してる」
「……映っていますか、私」
「映っている」
「事前に言ってください……」
クリスティーナが「私と同じこと言った……!!」とこそっと言った。
ソフィアが「みんな同じ反応しますね!」と耳をぴこぴこさせた。
《コメント:www》
《コメント:浮遊島でも秀直は秀直だな》
夜。
宿の窓から空を見ていた。
アルケディアの夜空は、地上より星が多い。
雲の上にいるから、大気が薄い。
その分、星が鋭く、多く、近い。
「……着いた、か」
一人でつぶやいた。
連邦を出て、どのくらい経っただろう。
ここまでの全部が、今この場所に繋がっている。
配信ウィンドウを開いた。
《視聴者数:30,204人》
《コメント:着いたな》
《コメント:秀直、今何思ってる?》
《コメント:ここまで来た》
「……今は、明日のことを考えてます」
《コメント:明日何するの?》
「この大陸を記録する。好きなことを続ける。それだけだ」
《コメント:シンプルだな》
《コメント:でもそれが一番好きだ》
配信を閉じた。
────
窓の外に、星が光っている。
ふと、思った。
「……聖夜、元気でやってるか」
死んで、この世界に来た。
地上に残してきた弟のことを、最近考えていなかった。
「ちゃんと飯食ってるか。仕事してるか」
返事はない。
当然だ。
でも、言いたくなった。
「……俺は元気だ。好きなことをやってる」
錫杖の七環が、夜風に鳴った。
──遠い場所で、何かがこの言葉を静かに聞いていた。
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