第52話 好きなことで、生きていく・第一幕完
ゼル=イスラ八日目の夜。
明日から、アルケディア大陸の探索を始める。
シルフェリア渓域、水神官の湖、火山地帯。
地上では見たことのない場所が、この浮遊島にはいくつもあるらしい。
その前に、一度だけ配信を入れた。
《LIVE開始》
《視聴者数:30,982人》
「今日は、第一幕の終わりにします」
コメント欄が一瞬で流れ始めた。
《コメント:第一幕?》
《コメント:区切りか》
《コメント:お疲れ様》
《コメント:まだ終わらないよね?》
「終わらない。明日からも続ける。ただ、連邦から始まった旅は、ここで一つ区切りだと思う」
俺はカメラを少し引いた。
ソフィアがいた。
シャルロッタがいた。
ミリアムが、ティアナが、クリスティーナがいた。
最初は、俺一人だった。
視聴者ゼロ。
登録者ゼロ。
所持金も、仲間も、何もなかった。
それが今は、五人が隣にいる。
「連邦でソフィアと出会った。公国でシャルロッタと出会った。共和国でミリアムとティアナに出会った。帝国でクリスティーナと出会った。皇国で、声を失っていた人たちの声を記録した。示教国で、光の英雄と呼ばれた」
《コメント:泣く》
《コメント:全部見てきた》
《コメント:最初三人だったの覚えてる》
《コメント:野犬を歌で追い払ってた頃から見てる》
「俺は、英雄になりたかったわけじゃない」
言葉にすると、少しだけ照れくさかった。
「好きなことで生きていきたかった。死ぬ前にできなかったことを、この世界でやりたかった。それだけだった」
錫杖の七環が、風に揺れて鳴った。
「でも、配信を続けているうちに、記録することが俺の仕事になった。見てくれる人がいる。届く場所がある。だから、俺は続ける」
ソフィアが、そっと俺の袖を握った。
「ご主人さまぁは、最初からずっと、そうでした」
シャルロッタが胸を張った。
「まあ、わたくしが見込んだ方ですもの。当然ですわ」
ミリアムが赤縁丸メガネを押さえながら、小さく笑った。
「秀直さんは、ちゃんと見てくれる人です……もん」
ティアナが両手を後ろで組んだ。
「だから歌いたくなるんだよね。秀直さんの配信って」
クリスティーナが拳を握った。
「さすししょ……!」
「今のは合ってる」
「えへへ……!」
コメント欄が笑いで流れた。
《コメント:さすししょ》
《コメント:第一幕代表語録》
《コメント:このパーティ好きだ》
《コメント:第二幕も見る》
俺は笑ってから、空を見上げた。
ゼル=イスラの夜空は、地上より近かった。
星が大きい。
手を伸ばせば届きそうで、でも届かない。
「明日から、浮遊島を歩く。ここから先は、今までよりもっと大きなものに触れることになると思う。竜皇、神官、古い遺跡、それから……たぶん、神々の何かにも」
《コメント:神々?》
《コメント:天界案件?》
《コメント:存在X見てる?》
「見ているなら、見ていればいい」
自分でも、少しだけ声が低くなったのがわかった。
「俺は俺の配信を続ける。誰かの娯楽だったとしても、俺が見て、俺が選んで、俺が記録したものは、俺のものだ」
示教国で渡された言葉が、胸に残っている。
あなたの存在理由は、あなたのものだ。
「俺は、好きなことで生きていく」
言い切ると、コメント欄が一斉に流れた。
《コメント:第一幕完》
《コメント:好きなことで、生きていく》
《コメント:第二幕もついていく》
《コメント:ずっと見る》
配信を終えた後、皆は宿坊へ戻った。
俺だけ、少し外に残った。
夜風が冷たい。
でも、嫌な寒さではなかった。
「……聖夜」
弟の名前が、自然と口から出た。
「俺は元気だ。好きなことをやってる。お前も、どこかで生きていてくれ」
返事はない。
当然だ。
それでも、言いたかった。
「いつか会えたら、その時は……まあ、怒られるかもしれないな。勝手に死んで、勝手に異世界で配信者やってる兄貴なんて」
少し笑った。
錫杖の七環が、一度だけ鳴った。
誰かが見ているなら、見ていればいい。
俺は続ける。
好きなことで、生きていく。
天界の片隅で、何かが静かに笑った。
「いい第一幕だった」
もう一つの声が、楽しそうに続けた。
「第二幕も、頼む」
《LIVE終了:#異世界配信 #第一幕完 #好きなことで生きていく》
《視聴者数ピーク:31,204人》
《登録者数:30,500人》
【兄編 第一幕 完】
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