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第48話 ルミナス・スパイラル回廊

 法王が魔法陣の前に立ち、目を閉じた。




 祈りが始まった。




 言葉のない祈りだった。


 息だけが、静かな地下空間に広がっていく。




 魔法陣が、光り始めた。




 青白かった光が、金色に変わっていく。


 中心から外へ向かって、紋章が一つずつ灯っていく。




「回廊が開きます」と法王が言った。「中に入ってください」




「仲間は」




「後で送ります。まずあなたが先に。これが回廊の規則です」




 俺は振り返った。




 ソフィアが、いつものように俺の袖を握っていた。




「ご主人さまぁ、待ってます」




「すぐ上で待ってる」




 シャルロッタが腕を組んだ。




「先に行って、変なものに引っかからないでくださいまし」




「努力する」




 ミリアムが赤縁丸メガネを押さえた。




「せんぱいなら、大丈夫です……もん」




 ティアナが笑った。




「上に着いたら、最初に空を見てね。あとでうちにも教えて」




 クリスティーナが折れ耳をぴんと立てた。




「さすししょ……! 先に行ってください、師匠!」




 俺は頷いた。




 一人で行く。


 でも、一人で来たわけじゃない。




 その感覚だけを持って、光の中へ踏み込んだ。




 回廊の中は、白かった。




 螺旋状の光の通路が、上へ続いている。


 足元は透明で、下が見える。地下室がどんどん遠くなっていく。




 一歩、また一歩。


 螺旋を登る。




 高くなるほど、周囲の光が変化する。


 白から、青へ。青から、金へ。




「……どこまで続くんだ」




 答えはない。


 ただ、光が上を指していた。




 途中で、景色が揺れた。




 連邦の森が見えた。


 初めてホロウバードと戦った場所。


 視聴者数三人の画面。




 次に、公国の石段が見えた。


 書類を抱えたシャルロッタ。


 銀耳を伏せていたソフィア。




 共和国の広場が見えた。


 声を持てなかった市民。


 歌い始めたティアナ。




 帝国の地下室が見えた。


 数字を刻み続けた学者。


 ミントグリーンの耳を震わせていたクリスティーナ。




 皇国の凍土が見えた。


 昼間に歌われた禁じられた歌。


 石版に刻まれた十五年分の記録。




 示教国の女神像が見えた。


 白い光の中で問われた言葉。




 ――お前は何のために記録する。




「……好きなことで、生きていくためだ」




 声に出すと、回廊の光が少し強くなった。




 中間層に出た。




 回廊の途中に、広い空間が現れた。


 上も下も光の渦で、その中間だけが穏やかだった。


 空気が温かく、不思議な香りがする。




 花だ。




 どこにも花は見えないのに、花の香りがする。




「……妖精の楽園、か」




 小さな光の粒が、周囲を漂っている。


 一つが俺に近づいてきた。




 親指の爪ほどの大きさで、人の形をしている。


 目が合った。




「……お前は」




 光の粒が、笑ったように見えた。


 そして、上を指した。




「上に行けということか」




 もう一度、笑ったように見えた。




「……ありがとう」




 また螺旋を登り始めたとき、光の粒が追いかけてきた。


 一つではない。


 三つ、五つ、十と増えていく。




 俺の周りを、くるくると回り始めた。




「……引っ張っていってくれるのか」




 光の粒たちが、先へ先へと飛んでいく。


 俺はその光に従って、螺旋を登った。




 歩くほどに、体が軽くなる気がした。


 錫杖の七環が、足を進めるたびに小さく鳴る。




 音楽みたいだ。




「……ティアナが聞いたら、何か言いそうだ」




 そう思ったとき、少し笑えた。




 一人でいるのに、仲間のことを考えて笑えた。




「……一人じゃない感覚、ここでもあるな」




 《コメント:光の粒かわいい》


 《コメント:妖精の楽園本当にあったんだ》


 《コメント:秀直が笑った》




 光が、急に強くなった。




 目を閉じてしまいそうになる。


 でも、目を閉じたらいけない気がした。




 見ないといけない。


 記録しないといけない。




 目を開けたまま、光の中を進む。




 そして。




 足元が変わった。




 白い砂だった。




 風が来た。


 冷たくはない。温かくもない。ただ、清潔な風。




 足元に砂。


 頭上に空。




 青い空だった。


 どこまでも青い、雲のない空。




 振り返ると、虹があった。




 地上から続く、虹の橋の端が、俺の足元にある。




 配信ウィンドウを見た。




 《視聴者数:35,203人》




 過去最高だった。




 《コメント:虹!!》


 《コメント:浮遊島に着いた!!》


 《コメント:すごい》


 《コメント:泣いてる》


 《スパチャ:30,000G おめでとう秀直!!》


 《スパチャ:20,000G ここまで見てきた。ありがとう》




 《システム通知:感情共鳴モード・最高強度》


 《全感情タイプが同時加算中》


 《ステータス上昇率:+112%》




 背中が、熱い。


 熱すぎて、痛いくらいだ。




 三万五千人分の何かが、体を通り抜けていく。




「……着いた」




 俺は、アルケディア大陸に立っていた。




 虹の橋のたもと。


 遠くに、中心都市・ゼル=イスラが見える。




 白い砂の上に腰を下ろして、空を見上げた。




 青い空だった。


 地上では見たことのない青さだった。




「……仲間が来るまで、ここで待とう」




 《コメント:一人で来た》


 《コメント:でもすごく良い顔してる》


 《コメント:ここで待つのか》




 風が吹く。


 虹の橋が、光を通してきらきらしている。




 下を見ると、雲が広がっている。


 その向こうに、地上がある。




 連邦も、共和国も、帝国も、皇国も、示教国も。


 全部、あの雲の下だ。




「……小さく見えるな」




 でも、全部本物だった。




 ダリウスも、グレゴールも、老婆も、少年も、法王も。


 全員、あの雲の下にいる。




 俺は砂の上に手をついて、もう一度空を見た。




「……続ける。ここでも」




 それだけだった。




 《コメント:秀直》


 《コメント:ずっと見てる》


 《コメント:頼む》




 ──その夜。


 遠い場所の何かが、この光景を静かに見ていた。




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