第47話 第五の試練・仲間を置いていけるか
最後の試練の前夜。
宿坊の部屋で、六人が集まっていた。
誰かが言い出したわけじゃない。
自然に集まって、自然に黙っていた。
女神像の光が窓から見える。
今夜は昨日より少し明るい気がした。
「……お兄さん」とティアナが言った。
「なんだ」
「示教国の試練が終わったら、浮遊島に行くんだよね」
「そうなる」
「……うち、行けるの?」
俺は少し考えた。
「試練の内容によっては……分からない」
「怖いな」
「俺も怖い」
「え、師匠が怖いって言うの?」
クリスティーナが驚いたように言った。
「毎回怖い。連邦から全部怖かった。でも行くしかなかった」
「……ずっと怖かったんですか、師匠」
「ずっと怖かった。でもお前たちがいたから続けられた」
クリスティーナが「さすししょ……」と小声で言った。
今回は誰も突っ込まなかった。
ソフィアが「ご主人さまぁ、ソフィアはどこまでもついていきます」と言った。
「……浮遊島は、危険かもしれない」
「それでも」
「竜が支配する大陸だ。今まで来た国とは違う」
「それでも」
ソフィアが真剣な顔で言った。
「ご主人さまぁが行くなら、ソフィアはどこでもです」
《コメント:ソフィアちゃん……》
《コメント:このパーティの絆》
《コメント:泣いてる》
ミリアムが「私も行きます。処女だもん、って関係ないですが……一緒に行きます」と言った。
シャルロッタが「わたくしも。今さら逃げるはずがありませんわっ」と言った。
ティアナが「うちも。お兄ちゃんとずっと一緒にいる」と言った。
クリスティーナが「師匠と一緒でなければ、私の記録は始まらないので」と言った。
俺は全員を見た。
「……ありがとう」
「お礼は要りません」とソフィアが言った。「ご主人さまぁがいてくれることへのお礼を、毎日しているのはソフィアの方です」
《コメント:ソフィア天使》
《コメント:このシーン保存した》
翌朝。
法王が聖堂に現れた。
「最後の試練です」
「どんな試練だ」
法王が、一瞬だけ目を伏せた。
「……この試練だけは、あなた一人で受けていただきます。随行者は入れません」
全員の空気が変わった。
「理由は」
「浮遊島への道は、一人で登るものです。仲間は後から来られます。でも、最初の一歩は一人で踏み出さなければなりません。それが、光の英雄の条件です」
「仲間は安全か」
「示教国にいる間は、私が責任を持ちます」
ソフィアが、俺の袖を軽く握った。
「……行ってきてください、ご主人さまぁ」
「待っていてくれるか」
「待ちます。絶対に待ちます」
俺は全員を見た。
シャルロッタが「行ってきてください」と言った。
ミリアムが「待ってます……もん」と言った。
ティアナが「必ず戻ってきて」と言った。
クリスティーナが「さすししょ……! 行ってきてください、師匠」と言った。
「行ってくる」
法王に連れられて、聖堂の奥へ歩いた。
扉を越えると、螺旋状の階段があった。
下へ降りていく。
地下だ。
「……地下に何がある」
「ルミナス・スパイラル回廊の起点です。地上から見ると像の台座の下になります」
「地下から始まるのか」
「はい。光は下から上へ向かいます。地の底から、天へ」
階段の先に、広い地下空間が広がっていた。
中央に、魔法陣のようなものがある。
直径十メートルほどの円形。
床に刻まれた紋章と、その中心から立ち上がる淡い光。
「……ここが」
「起点です。ここに立って、私が祈りを捧げることで回廊が開きます。ただし、その前に最後の試練があります」
法王が俺の前に立った。
「問います。あなたは、この世界が誰かの娯楽であると知ったとき、それでも続けますか」
俺は止まった。
「……何を言っている」
法王が静かに続けた。
「古い記録に書いてありました。光の者が来るとき、この問いを必ず聞かせよ、と。意味は私にも分かりません。でも、この問いに答えられた者だけが、回廊を昇ることができます」
俺は少し考えた。
「……誰かの娯楽」
像の中の声が言っていた。
「お前は、知っているか。この世界が誰かに見られていることを」
俺は答えていた。「見られていても続ける」と。
「……娯楽だとしても、俺がここでやってきたことは本物だ。ダリウスの記録も、グレゴールの十二年も、老婆の歌も、少年の父親も。全部本物だった。娯楽の中にある本物を、俺は記録してきた」
「……続けますか」
「続ける。見られていても、利用されていても、俺の好きなことをやめる理由にはならない」
法王の目が、深くなった。
「……合格です」
「これが最後の試練か」
「はい。……神酒秀直。あなたを、光の英雄として認定します」
《コメント:きた……!!》
《コメント:光の英雄認定》
《コメント:「娯楽の中の本物」って言葉が刺さる》
《視聴者数:28,903人》
法王が静かに微笑んだ。
「……あなたに、光の英雄の証を渡すものが本来あるのですが」
「証?」
「言葉です。示教国の古い言葉で。……『あなたの存在理由は、あなたのものだ』」
俺はその言葉を、ゆっくりと受け取った。
「……それが、証か」
「形にはなりません。でも、消えない言葉です」
「……ありがとう」
「こちらこそ。来てくれて、ありがとうございました」
──その言葉と共に、地下の魔法陣が、金色に輝き始めた。
帰り道、宿坊への廊下で。
俺はふと立ち止まった。
娯楽、という言葉が、まだ頭の中にある。
誰かがこの世界を見ている。
それが何者なのか、俺には分からない。
でも、見られていても続ける、と答えた。
それは本当のことだった。
「……好きなことで生きていく」
転生したとき、最初に決めた言葉。
その言葉は、今もまだ俺のものだった。
──その夜。
遠い場所の何かが、初めて大きく笑った。
聞こえた者は、まだいなかった。
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