第46話 女神像の秘密と、第四の試練
翌日の朝。
法王が女神像の前に立って、俺たちを待っていた。
昨日より顔色が良かった。
誰かと話したことで、少し楽になったのかもしれない。
「今日は、女神像について話します」
「異変の原因は分かったのか」
「分かってきました。あなたたちのおかげで」
「……俺たちのおかげ?」
法王が女神像を見上げた。
「三週間前、像が光り始めた日。私はここに来て、像と向き合いました。何かを感じた。でも言葉にできなかった。昨日、あなたに全部話してもらって……やっと、言葉が見つかりました」
「何が起きている」
法王が俺を見た。
「この像は、世界のどこかで何かが目覚めようとしているときに光ります。古い記録にそう書いてあります。千年前にも、二千年前にも、同じことがあった。そのたびに、光の者が現れてここに来た」
「……竜皇か」
法王の目が、わずかに広がった。
「……知っていますか、竜皇のことを」
「浮遊島に行けば会えると思っている」
「……誰から聞きましたか」
「アルケディア大陸の情報を持っている人間から。竜皇が眠りにつく前に残した言葉がある、と聞いた」
法王が、ゆっくりと息をついた。
「……そうです。竜皇が目覚めようとしている。それがこの光の正体です。浮遊島への昇降装置であるルミナス・スパイラル回廊が、千年ぶりに反応し始めています」
「それが鎖国の理由か」
「外から人が来ることで、回廊が不安定になる可能性があった。だから一時的に閉じました。でも……本当の理由は」
法王が少し目を伏せた。
「怖かったんです。竜皇が目覚めることが。それが何をもたらすのか、古い記録には書いていない。だから、外を遮断して……考え続けていました」
「……一人で」
「一人で」
「第一の試練で『怖いか』と聞かれた理由か」
「はい。怖さを認められない者には、次に進めない。私自身が、それで三週間動けなかったから」
《コメント:法王も試練を受けてたんだ》
《コメント:鎖国の理由が怖さだったのか》
《コメント:人間らしい》
シャルロッタが手を挙げた。
「一つ聞いてもよろしいですか」
「どうぞ」と法王が答えた。
「女神像の光と竜皇の目覚めが繋がっているとして……示教国がなぜ、その接続点になっているんですか」
法王が少し考えてから答えた。
「この国の地下に、太古から存在する回廊があります。ルミナス・スパイラル回廊。地上と浮遊島を繋ぐ唯一の道です。女神像はその回廊の地上側の蓋のようなもの……あるいは、鍵と言うべきか」
「では女神像が光るということは」
「回廊が、内側から押されているということです。浮遊島の側から。竜皇が目覚めようとする力が、回廊を通じて女神像に伝わっている」
ミリアムが「……逆に言うと、光の英雄が来なかったら、ずっと押され続けていたってことですか……もん」と言った。
「そうなります。いつか限界が来ていたかもしれません」
「…………来て良かったですね、せんぱいが」
「来て良かった」と俺は答えた。
「第四の試練です」と法王が言った。
「どんな試練だ」
「この像に触れてください」
「それだけか」
「触れて、何かが起きたら、それを受け入れてください。逃げずに」
俺は像の台座に近づいた。
光が強くなる。
青白い脈動が、近づくほど規則正しくなる。
手を伸ばした。
指が石に触れた瞬間。
──視界が白くなった。
白い空間に、俺は一人で立っていた。
像もない。仲間もいない。
ただ、白い光の中に、何かがいた。
形はない。
声だけがあった。
『お前は何のために記録する』
「……聞かれたことがある。帝国の皇帝に」
『答えろ』
「好きなことで生きていくためだ。記録することが、俺を誰かと繋げてくれる」
『十分か』
「……十分じゃないかもしれない。でも、それが俺の答えだ」
『なぜ浮遊島に行く』
「記録するためだ。そこに何があるか、まだ知らないが」
『竜皇が目覚める。それでも行くか』
「行く」
『なぜ』
「……弟がいるかもしれないから」
白い空間に、静寂が広がった。
『弟』
「俺には弟がいる。どこかで、俺と同じように戦っている。浮遊島でそいつに会えるかもしれない。それも理由の一つだ」
長い沈黙。
それから、光が温かくなった。
『……お前は、知っているか。この世界が誰かに見られていることを』
「……なんとなく、感じている」
『それでも続けるか』
「続ける。見られていても、見られていなくても、俺は俺の好きなことをやる」
光が、さらに温かくなった。
『合格だ』
──視界が戻った。
俺は像の前に立っていた。
触れた手を、そっと離す。
法王が、固唾を飲んで見ていた。
全員が見ていた。
「……大丈夫ですか」とエリナが聞いた。
「大丈夫だ」
「何が見えましたか」
「白い光と、声があった。問われた」
「何を問われましたか」
「……なぜ記録するか。なぜ浮遊島に行くか。見られていても続けるか」
法王が息を呑んだ。
「……その声と話せたのですか」
「話せた」
「私は三週間、触れ続けたのに……声が聞こえませんでした」
「怖かったからじゃないか」
法王が、目を細めた。
「……そうかもしれません」
それから、静かに言った。
「第四の試練、合格です。……明日、最後の試練です」
《コメント:弟のことを言ってくれた》
《コメント:聖夜のこと》
《コメント:「見られていても続ける」が答えだったか》
宿坊への帰り道。
クリスティーナが「師匠、声の中で何を感じましたか」と聞いた。
「温かかった」
「怖くなかったですか」
「最初は怖かった。でも弟の話をしたら、温かくなった」
「……弟さんのことを話すと、温かくなるんですね」
「そうみたいだ」
クリスティーナが「さすししょ……」と小声で言った。
「今のはどういう場面だ」
「師匠が弟さんのことを大切にしてるのを感じたので」
「……使い方が広すぎる」
「私の中では正しいです」
《コメント:クリスティーナちゃんのさすししょの使い方が進化してる》
《コメント:なんかじんわりくる》
──その夜。
遠い場所の何かが、初めて大きく笑った。
聞こえた者は、まだいなかった。
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