第44話 聖地の内側と、第二の試練
示教国の内側は、外の重さとは別の空気だった。
白い石畳の参道が続く。
木々の間に、小さな礼拝堂が点在している。
巡礼者が使うための休憩所も、いくつか見えた。
だが人がいない。
礼拝堂に人影はなく、休憩所も無人だった。
「……巡礼者は全員、中に入ったままなのか」とクリスティーナが言った。
「か、あるいは別の場所に」
案内役の女性が振り向いた。
「巡礼者の方々は今、示教国の北区域に集まっていただいています。安全は確保されています。ただ、移動ができない状態です」
「なぜ移動できない」
「女神像の影響です」
「影響?」
「後ほどご覧いただきます」
女性の名は、エリナと言った。
法王の側近であり、今の示教国を実質的に動かしている若い女性だと、歩きながら教えてくれた。
「法王猊下は、女神像の傍を離れることができない状態です。三週間前から」
「三週間」
「女神像が光を放ち始めてから、法王猊下はずっとそこにいらっしゃいます。眠ることも、食べることも最小限で。像と対話しているようにも見えます」
「……女神像が光を放っている」
「はい。それと同時に、示教国の外へ出ようとすると……眠くなります。歩けなくなります。害はありません。でも、出られない」
「結界のようなものか」
「そう呼ぶこともできます。ただ、意図的に張られた結界ではないようです。女神像から自然に広がったもので、法王猊下にも制御できていません」
シャルロッタが「……魔法的な原理ではないですわ。こんな広域に、これほど繊細な影響を与えられる術式は存在しない。もっと根本的な何かです」と言った。
「根本的な何かとは」
「……世界そのものが動いているような感じです。魔法ではなく、現象として」
《コメント:世界が動いてる》
《コメント:女神像って存在Xと関係ある?》
《コメント:示教国、ただの鎖国じゃなかった》
参道の奥に、大きな広場が現れた。
中央に、女神像があった。
高さは十メートルを超える。
白い石で彫られた、両腕を広げた女性の像。
その表情は穏やかで、遠くを見るような目をしている。
「……」
全員が、立ち止まった。
像が、光っていた。
淡い、青白い光だった。
像の全体からではなく、胸の部分から放たれている。
脈打つように、ゆっくりと明滅している。
ソフィアが「……あ」と小さく声を上げた。
「どうした」
「……この光、知ってます。似ています。ずっと昔に、夢で見た気がします。でも、夢じゃないかもしれない。どこかで見た」
「どこで」
「……分かりません。でも、怖くないです。この光、優しい感じがします」
ティアナが像を見上げながら「……歌いたくなる」と言った。
「なぜ」
「この光が歌ってるみたいだから。うちに聞こえます、かすかに」
「どんな旋律だ」
「……皇国の老婆さんが歌っていた歌と、似てる。でも、もっと古い。もっと大きい」
《コメント:この光、何なんだろう》
《コメント:ティアナの耳、ここでも》
《コメント:伏線回収が始まってる気がする》
エリナが静かに言った。
「第二の試練です」
「何が試練だ」
「この光に、近づいてください」
「それだけか」
「近づいて、何を感じるかを聞かせてください。感じたことを、正直に」
俺は一歩、像に近づいた。
光が、少し強くなった気がした。
体が温かくなる。
背中ではなく、胸の奥から温かくなる感覚だった。
錫杖の七環が、かすかに鳴った。
「……温かい」
「他には」
「……誰かに見られている感覚がある。でも怖くない。ずっと前から見ていた誰かに、今ここで初めて気づいた感じがする」
エリナが目を細めた。
「……それを感じられましたか」
「感じた。これが第二の試練か」
「はい。この光に近づいても、恐れず、ごまかさず、感じたことを言葉にできるかどうか。……多くの者は、怖がります。あるいは何も感じないふりをします」
「俺は配信者だ。感じたことを言葉にするのが仕事だ」
エリナが小さくうなずいた。
「合格です。……法王猊下にお伝えします」
《コメント:第二の試練も合格》
《コメント:秀直の仕事が試練の答えになってる》
《コメント:この構造好きすぎる》
その夜、示教国の宿坊に泊まった。
石造りの静かな部屋。
窓から、女神像の光が見える。夜になっても光は続いている。
「……ご主人さまぁ」
ソフィアが窓辺に立って、光を見ながら言った。
「なんだ」
「あの光、ソフィアに何かを言おうとしている気がします」
「何を言ってる」
「……まだ分かりません。でも、大事なことです。もうすぐ分かる気がします」
俺はソフィアの横に立って、同じ光を見た。
脈打つ青白い光。
三週間前から始まった何か。
法王が離れられない何か。
「……急がないといけないな」
「はい」とソフィアが静かに答えた。
「ご主人さまぁが光の英雄になるために、あの光は待っているような気がします」
「待っている?」
「……ずっと待っていた、みたいな感じです。最初からここにあって、ずっと待っていた」
──その夜。
遠い場所の何かが、静かに息をついた。
もうすぐだ、と思いながら。
少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。




