第43話 信用の証と、鳴り続ける鐘
信用の証は、他の勲章と全く異なる形をしていた。
金属板ではなく、小さな羊皮紙だった。
公国の五評議員全員の署名と、金の封蝋。
表に刻まれているのは「信用の証」ではなく「この者は五大国に語りかけた」という一文だった。
「……随分と変わってるな」
「公国らしいですわ」とシャルロッタが言った。「数字や物より、言葉を信用する国ですもの」
「そういえば、お前と出会ったのもここだったな」
「……そうですわ。あのとき、わたくしは退学通知を持っていて……まさかこんな場所まで来るとは」
シャルロッタが羊皮紙を見つめながら、静かに言った。
「……わたくしも、一緒に審査されているような気がしました。あの部屋で」
「評議員はお前たちのことも聞いていた」
「聞いていましたわね。……嬉しかったです。あなたのパーティにいる人間として、ちゃんと見てもらえていたことが」
《コメント:シャルロッタちゃん、成長したなあ》
《コメント:石段から始まってここまで来た》
ヴェリシアを出たのは、翌朝だった。
南へ。示教国への道。
評議員の老人の言葉が頭から離れない。
「巡礼者が誰一人、戻ってこない」。
今まで示教国の鎖国については、噂として三度聞いていた。
連邦から帝国、皇国と重ねるたびに、情報の深刻さが増している。
「急ぎましょうか」とクリスティーナが言った。
「急ぐ。ただし無理はしない。向こうで体力が必要になるかもしれない」
「……何があると思いますか、示教国に」
「分からない。でも、何かがある」
ソフィアが耳をぴくりと動かした。
「……ご主人さまぁ、なんか、南の方の空気が違います」
「どう違う」
「……重いです。でも、冷たくはない。温かくて、重い感じ」
「温かくて重い、か」
「何かが、溜まっている感じです。ずっと溜まってきたものが、もうすぐ出てくる感じ」
ソフィアの感覚は外れたことがない。
「……急ごう」
三日かけて示教国の国境に近づくにつれ、道の様子が変わってきた。
街道に人が少ない。
南へ向かう者はいるが、北へ戻ってくる者がいない。
評議員の言葉通りだ。
途中の村で宿を借りたとき、宿の主人が声をかけてきた。
「示教国に行くのか?」
「そうだ」
「やめた方がいい。先月から、誰も戻ってこない。門の前で引き返す者は無事だが、踏み込んだ者は……」
「踏み込んだ者は?」
「行方が分からなくなる。商人も、巡礼者も、冒険者も」
ミリアムが「怖いです……もん」と小声で言った。
「それでも行くのか?」と宿の主人が言った。
「行く」
「……何のために」
「記録するために」
主人は少し考えてから「気をつけろよ」とだけ言って引っ込んだ。
《コメント:いよいよか》
《コメント:怖いけど、秀直なら》
《コメント:全員無事で帰ってきてくれ》
示教国の国境に着いたのは、出発から四日後だった。
国境、というより、境界線だった。
石の標が道の両側に立っている。
示教国の紋章が刻まれた、白い石。
その向こうの空気が、確かに違った。
「……確かに重い」とクリスティーナが言った。
「でも、悪い重さじゃないです」とティアナが続けた。「なんか……歌う前みたいな空気。何かが始まる前の静けさ」
「ティアナの感覚か」
「うちの感覚、信じてくれてますか?」
「信じてる」
「えへへ……だぁりん」
「それは止めろ」
標を越えた。
道が変わった。
石畳から、白い砂を敷いた参道になった。
両側に古い木が並び、枝が絡み合って緑のトンネルを作っている。
「……きれいですね」とシャルロッタが小声で言った。
「聖地らしい」
参道の先、遠くに白い建物のシルエットが見えた。
門だ。
示教国の正門。
門の前に、人影があった。
白い僧衣を着た若い女性だった。
銀髪で、目が紫色。表情が読みにくい顔をしている。
「……お待ちしておりました」
俺を見て、静かに言った。
「待っていたのか」
「はい。公国の評議会から連絡が来ておりました。五大国の証を全て持つ者が南に向かっていると」
「法王は?」
「法王猊下は、今は門をお開けになれない状態です」
「なぜ」
「……試練が始まっているからです。すでに」
「すでに?」
女性が俺をまっすぐ見た。
「神酒秀直様。示教国の試練は、門をくぐった瞬間から始まっております。あなたがここに来ることを決めた日から、とも言えます。門の前に立った今この瞬間、第一の試練は始まっています」
「……何が試練だ」
「問います。あなたは今、怖いですか」
俺は少し間を置いた。
「怖い」
女性の口元が、わずかに緩んだ。
「正直に答えられました。それが、第一の試練の合格条件です。虚勢を張る者は、この先に入れません」
「……それだけか」
「入れます。ただし、この先は今まで来た国とは違います。覚悟を持って入ってください」
女性が一歩退いた。
門が、静かに開いた。
《コメント:示教国編始まった》
《コメント:第一の試練が「正直に怖いと言えるか」か》
《コメント:秀直らしい合格の仕方》
《視聴者数:25,103人》
「行くぞ」
六人で、門をくぐった。
──その瞬間。
遠い場所の何かが、少しだけ身を乗り出した。
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