第41話 公国帰還・評議会の扉
ヴェリシアが見えてきたのは、旅の六日目だった。
公国の首都は、変わっていなかった。
大陸中央の交易都市。
金と活気と、人と物が混ざり合う街。
連邦を出てから何ヶ月が経っただろう。
最初にこの街を訪れた時、俺はまだ、配信者としても冒険者としても何者でもなかった。
「……懐かしいですわ」とシャルロッタが言った。
「お前とここで出会ったな」
「そうですわ。石段で書類を広げていたあのとき……まさかこんなことになるとは思いませんでしたが」
「後悔してるか」
「……してません。一切」
言い切る声だった。
シャルロッタは馬車の窓から街を見ていた。
目線の先には、銀砂通りの石段がある。
かつて、彼女が一人で立っていた場所。
家名も、立場も、虚勢も抱えたまま、誰にも助けを求められずにいた場所。
今の彼女は、そこを見ても目を逸らさなかった。
《コメント:シャルロッタちゃんの成長》
《コメント:石段の再訪か》
《コメント:公国懐かしい》
ミリアムが「私はここで会ったわけじゃないですが……なんか、帰ってきた感じがします……もん」と言った。
「なぜ」
「分かりません。でも、帰り場所みたいな気がします」
ティアナが頷いた。
「うちも。公国って、なんか人の流れがあるよね。誰かが来て、誰かが出ていく場所って感じ」
クリスティーナが「私は初めてです。どんな街ですか?」と耳を立てた。
「商人の街だ。信用で動く」
「信用?」
「お前がこれから審査されることでもある」
「にゃあ……私もですか?」
「パーティ全員だ」
そう言うと、全員が少し黙った。
俺だけが審査されるわけじゃない。
連邦から皇国まで、配信に映った全てが見られる。
俺の言葉も、仲間たちの行動も、助けた人も、助けられなかった人も。
全部だ。
公国のギルドに立ち寄り、四国踏破の勲章を提示した。
受付の担当者が書類を確認し、奥に引っ込んだ。
しばらく待つと、別の人物が出てきた。
四十代の女性。
整った身なりと、測るような目。
「神酒秀直殿ですね。お待ちしておりました」
「待っていたのか」
「ええ。四国の勲章が揃った配信者が公国に入ったという報告は、すでに評議会に届いております。皇国を出た時点で」
情報の速さに少し驚いた。
「……公国は商人の国だ。情報が一番の商品だと言いますから」とシャルロッタが小声で言った。
「評議会への審査申請は明日以降に受け付けます。本日はお休みください。ただし、一点だけ確認を」
「何だ」
「審査は、あなたの全配信記録を精査します。連邦から皇国まで、全ての配信が対象です。準備はよろしいですか」
「できている」
答えた後で、少しだけ喉が乾いた。
できている。
そう言うしかなかった。
けれど、怖くないわけではない。
俺は配信で、いろいろなものを映してきた。
人を助けた場面もある。
怒った場面もある。
何もできなかった場面もある。
編集された英雄譚ではない。
失敗も迷いも、全部残っている。
それを見られる。
女性が微笑んだ。
「では、明日お待ちしております」
宿に荷物を置いてから、俺は一人でヴェリシアを歩いた。
銀砂通り。
シャルロッタと出会った石段。
ギルドの受付。
昔、ソフィアと初めて入った食堂。
半年以上が経っていた。
石段の前で、足を止めた。
ここでシャルロッタは、書類を抱えていた。
高飛車な言葉で自分を守りながら、本当は誰かに手を伸ばしてほしかったのだと思う。
あの時、俺は完璧な救い方をしたわけじゃない。
たぶん、今でもできない。
それでも、声をかけた。
通り過ぎなかった。
「……ここから始まったな」
配信ウィンドウを開いた。
《視聴者数:19,203人》
《コメント:公国帰ってきた!》
《コメント:秀直、銀砂通りだ》
《コメント:懐かしい》
「連邦から始まって、公国を経由して、共和国、帝国、皇国。また公国に戻ってきました。今日で、四国の勲章が揃いました」
言葉にすると、改めて実感した。
「正直、最初は五大国を回るなんて考えていなかった。ただ配信しながら冒険者をやって、好きなことで生きていくつもりだった。でも……気づいたら、記録することが俺の仕事になっていた」
《コメント:その変化、俺たちも一緒に見てきた》
《コメント:秀直が変わったんじゃなくて、元からそういう人だったんだよ》
「そうかもな」
銀砂通りの石畳が、夕日を受けて光っていた。
「明日、評議会の審査がある。俺の全配信を見て、信用できる人間かどうかを判断する。……怖いな」
《コメント:大丈夫だ》
《コメント:俺たちが証人だ》
《コメント:全部見てきた、信用できる》
「……ありがとう」
それだけ言って、配信を閉じた。
夜、全員で食事をした。
ヴェリシアの食堂は賑やかだった。
久しぶりのまともな料理に、皆が顔をほころばせる。
「……ねえ、お兄さん」
ティアナが急に真剣な顔になった。
「なんだ」
「明日の審査、怖い?」
「怖い」
「……うちね、孤児院でいつも思ってたんだ。自分がここにいていい理由があるのかって。誰かに認めてもらわないといけないのかって」
「……それで?」
「でも今は思う。いていい理由なんか要らないって。でも、お兄さんが認められるところを、うちは見たいな。今まで一緒にいてよかったって、ちゃんと証明されるところを」
俺はしばらく考えた。
「……お前に言われると、緊張するな」
「えっ、ごめん!」
「悪い意味じゃない。ちゃんとやろうと思った」
ティアナがほっとした顔になった。
「だぁりん……!」
「それは止めろ」
《コメント:ティアナちゃんの言葉が刺さる》
《コメント:明日頑張れ秀直》
ミリアムが「……私も、見たいです。ちゃんと認められるところ。もん」と言った。
ソフィアが「絶対大丈夫です! ご主人さまぁはちゃんとやってきました!」と耳をぴこぴこさせた。
シャルロッタがナイフとフォークを置いた。
「そもそも私をあの石段から拾い上げた人間が、今さら失敗するはずがありませんわっ」
「拾った覚えはない。声をかけただけだ」
「同じことですわ」
「違うと思うが」
「わたくしにとっては同じです」
シャルロッタは、少しだけ目を伏せた。
「あなたが声をかけなければ、わたくしは今もあの石段にいたかもしれません。だから明日は、わたくしも証人になります。あなたが信用に足る人間だと、わたくしの言葉で言いますわ」
「……頼もしいな」
「当然です」
クリスティーナが「さすししょ……!!」と言った。
「師匠への言葉じゃなかったろ、今のは」
「雰囲気で使いました」
《コメント:この六人、最高だな》
食堂の灯りが、テーブルの上に落ちていた。
皿の音、笑い声、外を行き交う馬車の音。
公国の夜は賑やかだった。
皇国の夜とは違う。
帝国の夜とも、共和国の夜とも違う。
それぞれの国に、それぞれの音がある。
明日、その全てを背負って評議会の扉をくぐる。
「……ちゃんとやろう」
誰に言うでもなく、俺は呟いた。
──その夜。
遠い場所で、何かがこの食卓を静かに見ていた。
少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。




