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第40話 氷炎の証と、次の空へ

 翌朝、皇城から使者が来た。


 


 昨日と同じ黒い外套の男だった。


 


「絶対君主陛下より、お渡しするものがございます」


 


 差し出された小箱を開けた。


 


 勲章だった。


 形は剣と炎を組み合わせたもの。中央に「氷炎」の二文字。


 金属は帝国の烈光の証より重く、冷たい感触がある。


 凍土の国の勲章らしい質感だった。


 


「……氷炎の証か」


 


 《コメント:四つ目だ!》


 《コメント:残りあと一つ》


 《コメント:公国の試練が待ってる》


 


 小箱の底に、今回も紙が入っていた。


 


 広げると、短い文章だった。


 


『昨日、三十年ぶりに昼間の歌を聞いた。俺が禁じたものだ。だが民が自ら歌い始めたとき、俺には止める気が起きなかった。なぜかは分からない。お前が燃えてると言ったからかもしれない。皇国を出たら、次は公国に行くだろう。あそこは俺の国と違って穏やかな場所だが、示教国の噂は知っているか。近ごろ、あの国から巡礼者が一人も戻ってこない。気をつけろ。 絶対君主』


 


「……示教国」


 


 三度目だった。


 


 連邦でも、帝国でも、そして今また皇国でも。


 この旅のどこかで、必ず示教国の名前が出てくる。


 


「鎖国が深まっている……か」


 


 急ぐ必要があると、改めて感じた。


 


 


 出発の準備をしながら、老婆に会いに行った。


 


 路地の突き当たり。昼間だったが、老婆はそこにいた。


 火鉢はなかった。代わりに、石段に腰を下ろして、空を見上げていた。


 


「……昨日の歌が聞こえましたか」


 


「聞こえた。広場から、ここまで聞こえた」


 


 老婆が笑った。


 


「……三十年ぶりに昼間に歌った。声が出るか心配だったが、出た」


 


「きれいでした」


 


「歳を取ると、声が出なくなると思っていた。でも、歌い続けていたから……まだ残っていた」


 


「続けていたから残った、か」


 


「そうだ。声も、記録も、続けることで残る。お前もそうだろう」


 


 俺はうなずいた。


 


「……これからも歌いますか」


 


「歌う。今度は昼間も」


 


 老婆が細い目を細めてさらに細めた。


 


「絶対君主が今日、お触れを出した。あの歌の禁止を、解除すると」


 


「……」


 


「お前が来た三日で、三十年分が動いた。面白い男だ」


 


「よく言われます」


 


「行くか」


 


「行く」


 


「……また、どこかで歌が聞こえたら、外に出してくれ」


 


「必ず」


 


 六人でスピィナーダの城門を出た。


 


 振り返ると、三重の城壁が朝日の中にそびえていた。


 昨日まで、あの中に声がなかった。


 今日は、どうだろう。


 


「……ご主人さまぁ」とソフィアが言った。


 


「なんだ」


 


「皇国、最初は怖かったですが……来て良かったです」


 


「なぜ」


 


「あの歌が聞けたから。老婆さんの歌、すごくきれいでした。ソフィア、ずっと覚えてると思います」


 


「俺も覚えてる」


 


 クリスティーナが「私も覚えました。旋律だけですが……ずっと頭に残ってます」と言った。


 


 ティアナが「うちは言葉まで覚えた」と言った。


 


「どうやって」


 


「何回も聞いてたら入ってきた。孤児院で先生が歌ってたのと同じ流れだから」


 


「……その先生は皇国の出身だったのか」


 


「分かりません。でも、歌って本当に国境を越えるんですね。師匠が前に言ってた通りだ」


 


「私が言ったんじゃないです」とクリスティーナが言った。「秀直師匠が言ったんです」


 


「さすししょ……!」


 


「今は使っていい」


 


「さすししょ……!!」


 


 《コメント:出発の空気が明るい》


 《コメント:皇国アーク最高だった》


 


 ミリアムが「次は公国……ですよね……もん」と地図を広げながら言った。


 


「そうだ」


 


「……公国、秀直先輩のこと審査するって言ってましたよね。怖くないですか……もん」


 


「怖い」


 


「え? 素直に言うんですね」


 


「怖いが、行くしかない。今まで全部そうだった」


 


「……そうですね。処女だもん、って関係ないですが、私もそう思います」


 


「何が関係ないんだ」


 


「ちょっと言いたかっただけです……もん」


 


 《コメント:ミリアムちゃんぶれない》


 《コメント:皇国抜けてもこれだもんなw》


 


 


 街道を南へ。


 


 北の凍土を背に、中央大陸の公国へ向かう道。


 空が、少しずつ広くなっていく。


 


「……主題、か」


 


 俺は一人、頭の中で整理した。


 


 連邦:次は通り過ぎない。


 共和国:記録する。


 帝国:刻む。


 皇国:貫く。


 


 次は公国。公国は試練の内容が違う。


 今まで積み重ねてきた全部が、審査される。


 


「……俺の全部が、試験内容だ」


 


 それは少し笑えた。


 


「ご主人さまぁ、なんで笑ってるんですか?」


 


「公国の試練を思い出した」


 


「ああ、配信を全部見るんでしたよね、評議会が」


 


「そうだ」


 


「……見られてる、って思うと、緊張しませんか」


 


「今まで全部見られてた。視聴者に」


 


「……確かに」


 


 ソフィアが「でも、ちゃんとやってきたから大丈夫です! ご主人さまぁは全部、ちゃんとやってきました!」と力強く言った。


 


「お前にそう言われると、なぜか本当に大丈夫な気がする」


 


「本当に大丈夫です!」


 


 《コメント:ソフィアちゃんの確信が強い》


 《コメント:俺も見てきたから分かる、大丈夫だ》


 《コメント:公国編楽しみ》


 


 


 夕方、街道沿いの村で宿を取った。


 


 配信を締める前に、空を映した。


 


 皇国を出て、帝国を抜けて、公国へ続く街道の夕空。


 三色が混じる夕焼けだった。


 


「翠光章、義勇の証、烈光の証、氷炎の証。四つ集まった」


 


 俺は配信に向かって言った。


 


「次は公国の試練。その後、示教国へ。……急がないといけないかもしれない。示教国の鎖国が深まっているらしい」


 


 《コメント:示教国、大丈夫かな》


 《コメント:急いで》


 《コメント:ついていく》


 


「ついてきてくれ。登録者が二万五千人いる。それだけの目が、俺を見てる。それが一番の力だ」


 


 《システム通知:《インフィニット・ストリーム Lv.2》感情共鳴モード発動》


 《視聴者の「期待」がステータスに加算されています》


 


 背中が温かくなった。


 二万五千人分の体温。


 


「……続ける」


 


 


 《LIVE終了:#異世界配信 #皇国完 #次は公国》


 《視聴者数ピーク:31,203人(皇国アーク最高・通算最高)》


 《登録者数:25,100人》


 《勲章:翠光章・義勇の証・烈光の証・氷炎の証 取得済み》


 


【皇国アーク 完】


 


 翠光章 取得済み(連邦)


 義勇の証 取得済み(共和国)


 烈光の証 取得済み(帝国)


 氷炎の証 取得済み(皇国)


 ↓


 次:公国試練 第41話へ


 全配信の審査・信用の証を目指して


 


 ──その夜。


 遠い場所の何かが、もう一度静かに笑った。


 今度は少しだけ、大きく。


 


 それでも、まだ誰にも聞こえなかった。




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