表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/56

第37話 捕縛、そして皇の前へ

 翌朝、宿の扉を叩く音で目が覚めた。


 


 衛兵だった。


 


「神酒秀直。同行せよ」


 


「理由は」


 


「情報管理局長の命令だ。昨夜の配信内容に関して、事情聴取がある」


 


 俺は外套を羽織りながら、配信ウィンドウをそっと起動した。


 映像は天井向け。音声だけ拾う。


 


「分かった。随行者も連れて行っていいか」


 


「一名まで」


 


「ソフィア、来い」


 


 


 情報管理局は、皇城に隣接した建物だった。


 


 局長と名乗った男は、五十代で顔に刻まれた皺が多い。


 疲れているのか、怒っているのか、あるいはその両方なのか、判断がつかない顔をしていた。


 


「昨夜の配信について確認する」


 


「どうぞ」


 


「皇国国民と思われる人物との夜間の接触があった。その内容を配信した。これは情報管理規定の第七条に抵触する可能性がある」


 


「可能性、か。確定ではないのか」


 


 局長が少し黙った。


 


「……顔も名前も出ていない。声の変質もなかった。特定はできていない」


 


「なら、規定には抵触していない」


 


「しかし、配信の内容が体制に批判的な印象を与えかねない」


 


「印象、か。俺は事実を流した。老婆が歌を歌っていたという事実。人々が声を持っているという事実。それを外に出した。それが規定違反というなら、条文を示してくれ」


 


 局長が書類を広げた。


 しばらく探した。


 


 何も見つからなかったようだった。


 


「……今回は警告にとどめる。次回同様の配信があった場合は、拘束する」


 


「了解した」


 


 俺は立ち上がろうとした。


 


「待て」


 


 局長が声を落とした。


 


「……個人的な話だが」


 


「どうぞ」


 


「あの歌を……配信で流したとき、私の妻が泣いていた。子どもの頃に母親から聞いた歌だと言って」


 


 局長は書類に目を落としたまま言った。


 


「それだけだ。行っていい」


 


 《コメント:局長……》


 《コメント:この人も縛られてるんだな》


 《コメント:歌が届いてた》


 


 ソフィアが廊下に出てから小声で「……局長さん、優しい人でしたね」と言った。


 


「上の立場にいる人間も、縛られてるんだ」


 


「……皇国って、みんな縛られてるんですね」


 


「そうだ。縛ってる本人以外は」


 


 宿に戻ると、全員が心配そうに待っていた。


 


「大丈夫でしたか!?」とクリスティーナが飛び出してきた。


 


「大丈夫だ」


 


「さすししょ……! でも、今日は何か起きそうな気がします。師匠の顔が、帝国で皇帝に会ったときと同じ顔をしてます」


 


「同じか?」


 


「同じです。何かを決めた顔」


 


 俺は少し考えた。


 


 クリスティーナの観察は正確だった。


 


 情報管理局からの帰り道、俺の中で何かが固まっていた。


 昨夜の三人の話を、もっと大きく届けなければいけない。


 警告の範囲で動いていては、届かない場所がある。


 


「……今夜、もう一度路地に行く。昼間も配信する。規定の範囲で、ギリギリまで」


 


「拘束されたら?」


 


「されたらそれも記録だ」


 


 クリスティーナが「に、にゃあ……」と言った。


 


「怖いか」


 


「怖いです。でも、ついていきます」


 


「さすししょ……の場面か、これは」


 


「さすししょ……!!」


 


 《コメント:この二人好きだわ》


 《コメント:緊張するのに笑えた》


 


 


 その日の昼間。


 


 俺は街の大通りで配信した。


 


「皇国・スピィナーダに来て三日目です。今日は昼間の街を、改めて見てもらいたい」


 


 市場を歩きながら、静かに映す。


 


 声のない商売。目線が下向きの民。


 整然と巡回する衛兵。隙のない監視の目。


 


「この国は機能しています。秩序があります。でも……」


 


 俺はカメラを空に向けた。


 


「声がない。笑い声も、怒鳴り声も、歌声も。昼間は、何も聞こえない」


 


 そのとき。


 


 背後から足音が来た。


 


「神酒秀直。同行せよ」


 


 衛兵ではなかった。


 黒い外套の男が、二人。


 情報管理局の者でもなさそうだ。


 


「どこへ」


 


「皇城だ。絶対君主陛下がお呼びだ」


 


 《コメント:皇帝……いや、絶対君主?》


 《コメント:来た》


 《コメント:秀直、大丈夫か》


 


 ソフィアが俺の隣で耳をぴたりと止めた。


 全員の気配が、一瞬で変わった。


 


「……随行者は」


 


「一名まで」


 


「ソフィア」


 


「はい、ご主人さまぁ」


 


 ソフィアの返事は、いつもより少しだけ低かった。


 それが、今この場所で出せる最大の真剣さだということが分かった。


 


「行こう」


 


 


 皇城の内部は、帝国とは全く異なっていた。


 


 石の廊下に絨毯がなく、装飾もない。


 ただ機能のみがある建物だった。


 武器庫、訓練場、司令室。


 権力の象徴ではなく、権力の道具としての城。


 


 案内された部屋は、広くも狭くもない会議室だった。


 


 絶対君主が、一人で座っていた。


 


 ──────


 


 五十代。


 黒髪に白が混じり、短く切り揃えられている。


 表情がない。帝国の皇帝が「何を考えているか分からない目」をしていたなら、この男は「考えていることを全て消した顔」をしていた。


 


「神酒秀直」


 


「そうだ」


 


「昨夜の配信を見た」


 


「見ていたのか」


 


「この国で見た者がいれば、報告が上がる。俺も見た」


 


 絶対君主は、俺をまっすぐ見た。


 


「……面白い男だ」


 


 帝国の皇帝と同じ言葉だった。でも、声のトーンが全く違う。


 皇帝の「面白い」は好奇心だった。この男の「面白い」は、測量だ。


 


「俺に何の用だ」


 


「お前を拘束するかどうか、確認しに来た」


 


「……その確認を、直接するのか」


 


「俺が直接確認した方が、正確だからだ」


 


 絶対君主は続けた。


 


「お前は昨夜、この国の民と接触し、体制批判と取れる内容を配信した。規定上は警告で済むが……俺の判断では、そうしない理由もある」


 


「どちらに転ぶ」


 


「それを決めるために、お前に会いに来た」


 


 《コメント:皇帝対絶対君主、展開が全然違う》


 《コメント:この人怖い》


 《コメント:でも秀直は逃げない》


 


 俺はソフィアをちらりと見た。


 ソフィアが、小さく首を縦に振った。


 


 逃げるな、という意味だった。


 


「……一つ聞いていいか」


 


「聞け」


 


「昨夜の配信で、お前は何を感じた」


 


 絶対君主の目が、初めて微かに動いた。


 


 その動きが、答えだった。


 




少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ