第37話 捕縛、そして皇の前へ
翌朝、宿の扉を叩く音で目が覚めた。
衛兵だった。
「神酒秀直。同行せよ」
「理由は」
「情報管理局長の命令だ。昨夜の配信内容に関して、事情聴取がある」
俺は外套を羽織りながら、配信ウィンドウをそっと起動した。
映像は天井向け。音声だけ拾う。
「分かった。随行者も連れて行っていいか」
「一名まで」
「ソフィア、来い」
情報管理局は、皇城に隣接した建物だった。
局長と名乗った男は、五十代で顔に刻まれた皺が多い。
疲れているのか、怒っているのか、あるいはその両方なのか、判断がつかない顔をしていた。
「昨夜の配信について確認する」
「どうぞ」
「皇国国民と思われる人物との夜間の接触があった。その内容を配信した。これは情報管理規定の第七条に抵触する可能性がある」
「可能性、か。確定ではないのか」
局長が少し黙った。
「……顔も名前も出ていない。声の変質もなかった。特定はできていない」
「なら、規定には抵触していない」
「しかし、配信の内容が体制に批判的な印象を与えかねない」
「印象、か。俺は事実を流した。老婆が歌を歌っていたという事実。人々が声を持っているという事実。それを外に出した。それが規定違反というなら、条文を示してくれ」
局長が書類を広げた。
しばらく探した。
何も見つからなかったようだった。
「……今回は警告にとどめる。次回同様の配信があった場合は、拘束する」
「了解した」
俺は立ち上がろうとした。
「待て」
局長が声を落とした。
「……個人的な話だが」
「どうぞ」
「あの歌を……配信で流したとき、私の妻が泣いていた。子どもの頃に母親から聞いた歌だと言って」
局長は書類に目を落としたまま言った。
「それだけだ。行っていい」
《コメント:局長……》
《コメント:この人も縛られてるんだな》
《コメント:歌が届いてた》
ソフィアが廊下に出てから小声で「……局長さん、優しい人でしたね」と言った。
「上の立場にいる人間も、縛られてるんだ」
「……皇国って、みんな縛られてるんですね」
「そうだ。縛ってる本人以外は」
宿に戻ると、全員が心配そうに待っていた。
「大丈夫でしたか!?」とクリスティーナが飛び出してきた。
「大丈夫だ」
「さすししょ……! でも、今日は何か起きそうな気がします。師匠の顔が、帝国で皇帝に会ったときと同じ顔をしてます」
「同じか?」
「同じです。何かを決めた顔」
俺は少し考えた。
クリスティーナの観察は正確だった。
情報管理局からの帰り道、俺の中で何かが固まっていた。
昨夜の三人の話を、もっと大きく届けなければいけない。
警告の範囲で動いていては、届かない場所がある。
「……今夜、もう一度路地に行く。昼間も配信する。規定の範囲で、ギリギリまで」
「拘束されたら?」
「されたらそれも記録だ」
クリスティーナが「に、にゃあ……」と言った。
「怖いか」
「怖いです。でも、ついていきます」
「さすししょ……の場面か、これは」
「さすししょ……!!」
《コメント:この二人好きだわ》
《コメント:緊張するのに笑えた》
その日の昼間。
俺は街の大通りで配信した。
「皇国・スピィナーダに来て三日目です。今日は昼間の街を、改めて見てもらいたい」
市場を歩きながら、静かに映す。
声のない商売。目線が下向きの民。
整然と巡回する衛兵。隙のない監視の目。
「この国は機能しています。秩序があります。でも……」
俺はカメラを空に向けた。
「声がない。笑い声も、怒鳴り声も、歌声も。昼間は、何も聞こえない」
そのとき。
背後から足音が来た。
「神酒秀直。同行せよ」
衛兵ではなかった。
黒い外套の男が、二人。
情報管理局の者でもなさそうだ。
「どこへ」
「皇城だ。絶対君主陛下がお呼びだ」
《コメント:皇帝……いや、絶対君主?》
《コメント:来た》
《コメント:秀直、大丈夫か》
ソフィアが俺の隣で耳をぴたりと止めた。
全員の気配が、一瞬で変わった。
「……随行者は」
「一名まで」
「ソフィア」
「はい、ご主人さまぁ」
ソフィアの返事は、いつもより少しだけ低かった。
それが、今この場所で出せる最大の真剣さだということが分かった。
「行こう」
皇城の内部は、帝国とは全く異なっていた。
石の廊下に絨毯がなく、装飾もない。
ただ機能のみがある建物だった。
武器庫、訓練場、司令室。
権力の象徴ではなく、権力の道具としての城。
案内された部屋は、広くも狭くもない会議室だった。
絶対君主が、一人で座っていた。
──────
五十代。
黒髪に白が混じり、短く切り揃えられている。
表情がない。帝国の皇帝が「何を考えているか分からない目」をしていたなら、この男は「考えていることを全て消した顔」をしていた。
「神酒秀直」
「そうだ」
「昨夜の配信を見た」
「見ていたのか」
「この国で見た者がいれば、報告が上がる。俺も見た」
絶対君主は、俺をまっすぐ見た。
「……面白い男だ」
帝国の皇帝と同じ言葉だった。でも、声のトーンが全く違う。
皇帝の「面白い」は好奇心だった。この男の「面白い」は、測量だ。
「俺に何の用だ」
「お前を拘束するかどうか、確認しに来た」
「……その確認を、直接するのか」
「俺が直接確認した方が、正確だからだ」
絶対君主は続けた。
「お前は昨夜、この国の民と接触し、体制批判と取れる内容を配信した。規定上は警告で済むが……俺の判断では、そうしない理由もある」
「どちらに転ぶ」
「それを決めるために、お前に会いに来た」
《コメント:皇帝対絶対君主、展開が全然違う》
《コメント:この人怖い》
《コメント:でも秀直は逃げない》
俺はソフィアをちらりと見た。
ソフィアが、小さく首を縦に振った。
逃げるな、という意味だった。
「……一つ聞いていいか」
「聞け」
「昨夜の配信で、お前は何を感じた」
絶対君主の目が、初めて微かに動いた。
その動きが、答えだった。
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