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第33話 烈光の証と、次の国へ

 帝国滞在九日目の朝。


 


 皇城から使者が来た。


 


「皇帝陛下より、神酒秀直殿にお渡しするものがございます」


 


 小箱を差し出された。


 開けると、中には金属の勲章が入っていた。


 


 連邦の翠光章が葉の形をしていたなら、帝国のそれは炎の形をしていた。


 中央に刻まれているのは、帝国の紋章と「烈光」の二文字。


 


 烈光の証。


 


「……動詞は、行動した後に証が出る、か」


 


 皇帝の言葉を思い出した。


 


 《コメント:烈光の証キタ――!》


 《コメント:二つ目の勲章》


 《コメント:あと三つ》


 


 


 使者が去った後、小箱の底に折りたたんだ紙が入っているのに気づいた。


 


 広げると、短い文章だった。


 


『帝国の傷を、外に出してくれた。議会が動いていない今、外の目だけが状況を変える可能性を持っている。皇国に行くなら、気をつけろ。あそこは帝国より閉じている。だが、閉じているものには必ず内側の圧力がある。それを探せ。 皇帝』


 


「……手紙まで書くのか」


 


「さすししょ……皇帝版、ですか?」とクリスティーナが覗き込んで言った。


 


「皇帝版はない」


 


「でも、気にかけてくれてますよね」


 


「……そうだな」


 


 《コメント:皇帝さんなんだかんだ良い人だった》


 《コメント:皇国のヒントまでくれてる》


 《コメント:帝国アーク好きだった》


 


 


 出発の準備をしながら、グレゴールの家に最後の挨拶に行った。


 


 地下室はいつも通りだった。


 資料の山、棚の記録、床の地図。


 ただ今日は、少し整理されている。シャルロッタたちが手伝ったからだ。


 


 グレゴールは椅子に座って、新しい資料を書いていた。


 


「……行くか」


 


「行く」


 


「そうか」


 


 それだけだった。


 


 俺はそれでいいと思った。


 


 ダリウスも、グレゴールも、礼を言わない人間だ。


 でも書き置きを残し、手紙を渡し、紹介状を書く。


 それが彼らの言葉だ。


 


「グレゴール先生。記録を続けてくれ」


 


「続ける。それが俺の仕事だ」


 


「……俺と同じだな」


 


 グレゴールが、また少しだけ笑った。


 


「そうらしい」


 


 クリスティーナが、地下室の出口で立ち止まった。


 


「師匠……グレゴール師匠」


 


「なんだ」


 


「……私も続けます。どこにいても、記録を」


 


 グレゴールは返事をしなかった。


 ただ、資料を書く手が一瞬だけ止まった。


 


 それが答えだった。


 


 クリスティーナが小声で「良かった……」と呟いた。


 折れ耳がぺたんと伏せているのは、泣きそうだからだろう。


 


「泣くな。配信中だ」


 


「配信してたんですか!?」


 


「してた」


 


「にゃああ……!! もう、事前に言ってください……!!」


 


 《コメント:www》


 《コメント:毎回同じリアクション好き》


 《コメント:でもちゃんと泣いてない、えらい》


 


 リューゲンベルグの城門を出たのは、昼前だった。


 


 六人で街道に立つ。


 連邦から始まって、公国を経て、共和国、そして帝国。


 ここまで来た。


 


「次はどこですか?」とクリスティーナが聞いた。


 


「皇国だ」


 


「……皇国、遠いですよね。北の、極寒の」


 


「ああ」


 


「私、寒いの苦手なんですが……」


 


「猫だからか」


 


「猫耳だから、とは言い切れないですが……寒いのは苦手です。でも行きます!」


 


「お前は行くしかない、もうパーティだから」


 


「さすししょ……!!」


 


 《コメント:もうさすししょが癖になってる》


 《コメント:皇国編楽しみ》


 


 ソフィアが「北の国、楽しみですねえ!」と耳をぴこぴこさせた。


 ミリアムが「寒そうです……もん」と縮こまった。


 ティアナが「寒い国でも歌えます!」と胸を張った。


 シャルロッタが「防寒魔法の術式を確認しておかなければなりませんわ」と革鞄を開いた。


 


 六人の声が、帝国の街道に溶けていく。


 


 


 街道を北へ向かいながら、俺は配信ウィンドウを見た。


 


 《視聴者数:16,203人》


 《登録者数:21,200人》


 《コメント:帝国お疲れ様》


 《コメント:次は皇国か》


 《コメント:秀直の旅、ずっと見る》


 


「……皇国に行く。そこで何が待っているか、俺には分からない。でも、続ける。記録する。刻む。それが俺の仕事だから」


 


 《コメント:頼む》


 《コメント:ついていく》


 《コメント:登録者2万人があなたを見てる》


 


 ふと、ミリアムが隣に並んだ。


 


「……せんぱい」


 


「なんだ」


 


「帝国、よかったです。……記録するって、かっこいいですね」


 


「お前も記録してたぞ。地図に数字を書き込んでた」


 


「……そうですね。もん」


 


「その癖、直らないのか」


 


「癖……もん」


 


「もういい」


 


 《コメント:ミリアムちゃんほんとにぶれない》


 


 ─────────────────────────────


 


 夕暮れ。


 北へ向かう街道の途中、小高い丘の上で立ち止まった。


 


 振り返ると、リューゲンベルグの城壁が遠くなっていた。


 帝国の灰と金の色が、夕陽に染まってわずかに赤くなっている。


 


「……きれいですね」とクリスティーナが言った。


 


「遠くから見るとそう見える」


 


「でも、近くで見た景色も知ってるので……両方が本物です」


 


「そうだな」


 


「だから、両方を刻む」


 


 俺はクリスティーナを見た。


 


「……師匠より上手いことを言うな」


 


 クリスティーナが少し誇らしそうな顔をした。


 


「さすししょ……!? 自分で言うのはおかしいですか?」


 


「おかしい」


 


「……でも嬉しかったので許してください」


 


 《コメント:クリスティーナちゃん成長した》


 《コメント:帝国アーク良かった》


 《コメント:皇国編も頼む》


 


 配信を締めた。


 


 《LIVE終了:#異世界配信 #帝国 #烈光の証》


 《視聴者数ピーク:22,041人(帝国アーク最高)》


 《登録者数:21,200人》


 《勲章:翠光章・義勇の証・烈光の証 取得済み》


 


 ───


 


 その夜、街道沿いの村の宿で。


 窓の外に星が見えた。


 


 帝国の鋭い星空が、今夜最後の光を放っている。


 


「……次だ」


 


 錫杖を壁に立てかけ、目を閉じる。


 


 示教国の鎖国の噂が、また視聴者から届いていた。


 «コメント:秀直、示教国が完全に閉じたって本当? 巡礼者も全員追い返されてる»


 


「……急がないと、間に合わないかもな」


 


 それは独り言で、配信は切れていた。


 


 誰にも届かないはずの言葉だった。


 


 ──でも、遠い場所の何かが、その夜の言葉を聞き届けた。




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