第32話 帝国に光を当てた日
帝国滞在七日目。
グレゴールが「今日が最後のチャンスかもしれない」と言った。
理由は単純だ。
帝国の保守派議員から、秀直の配信活動に対する問い合わせが情報管理局に届いていた。
「外来者による帝国内情報の無断発信」という名目だが、実質は亜人問題を外に出されることへの圧力だ。
「届出は正式に出してある。違反はしていない」と俺は言った。
「法的には問題ない。だが政治的には、いつ妨害が入るか分からない」とグレゴールが返した。
「……今日、全部を配信に乗せる」
グレゴールが俺を見た。
「十二年分、一度では無理だ」
「全部じゃなくていい。核心だけだ。お前が一番届けたいと思っている数字を教えてくれ」
グレゴールは少し考えた。
それから棚から一冊の資料を取り出した。
「これだ」
ピコン。
《LIVE開始:#異世界配信 #帝国 #記録する》
《視聴者数:8,203人》
「皆さん、今日は少し違う配信をします」
コメントが流れ始めた。
《コメント:どうした?》
《コメント:真剣な顔してる》
《コメント:帝国の話?》
「帝国・リューゲンベルグに来て七日が経ちました。この七日間で、俺は一人の学者の記録を読んできました。十二年分の記録です。今日は、その中から最も重要な部分を、皆さんにお伝えします」
グレゴールの記録の核心は、三つの数字だった。
一つ目。帝国の亜人居住区における子どもの就学率。
人族の子どもが九十二パーセントに対し、亜人の子どもは三十八パーセント。
「就学できない理由は複数あります。費用、距離、制度上の制限、そして……差別による拒絶」
《コメント:38パーセント……》
《コメント:子どもが学校に行けないのか》
二つ目。帝国内の亜人を対象とした「職業制限令」の現状。
表向きには廃止されているが、運用上は多くの職種で亜人の就業が阻まれている。
「この数字を出してくれたのは、十二年間記録を続けた元外交官です。彼の名前は出せません。ただ、数字は本物です」
《コメント:名前を出せない理由があるんだな》
《コメント:信頼する》
三つ目。帝国の復興事業における亜人居住区への予算配分。
全体予算の二パーセント。亜人の人口比率は十二パーセント。
「差があります。これが意図的なのか、結果としてそうなったのか、俺には断言できません。でも、数字は確かです」
配信を続けながら、俺は亜人居住区を歩いた。
顔は映さない。ただ、場所を映す。
修繕されない石壁。陽の当たらない路地。でも、生きている人がいる証の壁画。
「帝国の復興は本物です。街に出れば分かります。民の顔に活気があります。若い皇帝が十年かけて積み上げた成果は確かに存在する」
《コメント:でも、全員じゃないんだな》
「でも、全員じゃない。この区画は、その復興から外れている。それが今日の配信で伝えたかったことです」
クリスティーナが隣を歩きながら、小声で「大丈夫ですか」と聞いた。
「大丈夫だ」
「……緊張してますよね、顔が」
「してる」
「私もしてます」
「知ってる。手が震えてる」
「にゃ……っ、見てたんですか」
「隣にいるから分かる」
クリスティーナが小さく笑った。
「……一緒に震えましょう」
「それが師匠への言葉か」
「さすししょ……」
「今は使うな」
《コメント:www》
《コメント:二人の掛け合い好きだ》
配信のピークは、子どもたちの広場に差し掛かったときだった。
三日前と同じ二人の子どもが遊んでいた。
今日は別に、四人が加わっていた。
俺はカメラを遠くから向けた。顔が映らない角度で、ただその光景を。
「数字の話を三つしました。でも、数字は人間じゃない。ここにいる子どもたちが、その数字の中にいる人間です」
《視聴者数:22,041人》
数字が急に増えた。
《コメント:……》
《コメント:子どもが遊んでる》
《コメント:普通に生きてるじゃないか》
《コメント:俺、帝国のこと何も知らなかった》
《スパチャ:10,000G 記録してくれてありがとう》
《スパチャ:3,000G 続けてください》
《システム通知:感情共鳴モード・強度上昇》
《「悲しみ」「怒り」「祈り」が混在しています》
《ステータス上昇率:+67%》
背中が、熱くなった。
何万人かの感情が、体の中を通り抜けていく。
「……記録します。帝国の光も、影も。どちらも消えないように」
配信を締めたのは、夕暮れ時だった。
《LIVE終了:#異世界配信 #帝国 #照らす》
《視聴者数ピーク:22,041人》
《登録者数:19,800人 → 21,200人(+1,400)》
「登録者が二万を超えた……」
ソフィアが「やりましたぁ!!」と飛び上がった。
ティアナが「だぁりんすごい!!」と抱きついてきた。
ミリアムが「おめでとうございます……もん」と静かに言った。
シャルロッタが「当然ですわっ」と言いながら目元を拭いた。
クリスティーナが「さすししょ……!!」と言ってから「今は使っていいですか」と確認した。
「使っていい」
「さすししょ!!!」
《コメント:登録者2万おめでとう!》
《コメント:帝国配信が伸びた》
《コメント:これ、帝国外でも絶対話題になる》
その夜、グレゴールから短い言葉が届いた。
書き置きだった。
『数字を届けてくれた。十二年分、無駄じゃなかった。礼は言わない。お前が決めてやったことだからだ。ただ、続けてくれ。グレゴール』
クリスティーナがそれを読んで、「師匠らしい」と呟いた。
「頑固だな」
「でも、これが師匠の全力の感謝です」
「……ダリウスと同じ種類だな」
「記録する人間は、みんなそうなんじゃないですか」
俺は少し笑った。
「そうかもな」
──その夜の静けさを、どこか遠い場所で、何かが聞き届けた。
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