第31話 師匠と弟子と、刻まれたい理由
皇帝との謁見から三日。
グレゴールの地下室は、少し変わっていた。
皇帝の保証が下りたことで、グレゴールは今まで外に出せなかった資料を正式に整理し始めた。
十二年分の記録を、体系的にまとめる作業だ。
シャルロッタが分類を手伝い、ミリアムが地図に落とし込み、ティアナが資料を声に出して読み上げる。
地下室が、初めて明るい空気になっていた。
「……こんな使い方をされるとは思わなかった」とグレゴールが呟いた。
「嫌か」
「いや。……いいものだな、人が多いというのは」
クリスティーナが「師匠が笑った……!」と小声でミリアムに言った。
ミリアムが「私も初めて見ました……もん」と返した。
午後、クリスティーナと二人で亜人居住区を回った。
今日は資料の数字を、実際の場所と照らし合わせる作業だ。
「ここが十年前に取り壊された集会所の跡地」
「この路地の先に、今も三十世帯が暮らしている」
「この壁の絵は、五年前に子どもたちが描いたものが残っている」
クリスティーナの説明は正確で、感情的にならない。
ただ淡々と、知っていることを伝える。
グレゴールに鍛えられた話し方だ。
「……上手くなったな」と俺は言った。
「何がですか?」
「説明の仕方。三日前より整理されてる」
クリスティーナが少し考えた。
「……あなたが配信で使いやすい言い方を、意識するようになりました」
「それは俺のためか、お前のためか」
「両方です」
《コメント:成長してる》
《コメント:クリスティーナちゃん真面目だ》
路地の奥、三日前に子どもたちがいた広場に差し掛かったとき。
「秀直さん」とクリスティーナが足を止めた。
「どうした」
「……一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
彼女は、広場の壁画を見ながら言った。
「あなたは、どうして私に時間をかけてくれているんですか。私、最初は打算で近づきましたし、転んで書類を散らかしましたし、あまり役に立ってないと思うんです。グレゴール師匠の資料があれば、私がいなくても記録できたはずで……」
「それは違う」
クリスティーナが振り向いた。
「グレゴールの数字は正確だ。でも、お前が案内しなければ俺はこの広場に来なかった。子どもが遊んでいるのを見なかった。壁画が残っていることを知らなかった」
「……でも、それは私じゃなくても」
「お前が連れてきたから意味がある。数字の向こうに人がいることを、お前が知っていたから、俺に見せることができた」
クリスティーナが黙った。
折れ耳が、ゆっくりと動いている。
「……私、どこにも属せないって言いましたよね」
「言ってた」
「でも、あなたのパーティと一緒にいると……属せなくても、いていいのかなって思えます」
「ソフィアは亜人で、シャルロッタは没落貴族で、ミリアムは不幸体質で、ティアナは孤児院育ちだ。誰もどこかに完全に属してるわけじゃない」
「……それは、慰めですか?」
「事実だ」
クリスティーナが小さく笑った。
「……なんか、秀直さんて、変わってますよね」
「よく言われる」
「でも、嫌いじゃないです」
《コメント:FLAG04来た?》
《コメント:クリスティーナちゃん、もう答え出てるじゃん》
《コメント:秀直、ここで鈍感しないでくれ》
広場の入口まで戻ってきたとき。
「秀直さん」
「なんだ」
「私、あなたのパーティに入れてもらえますか」
直球だった。
「打算は?」
「……あります。あなたと一緒なら、師匠の記録が外に届く。私の目的にも合う」
「それだけか」
クリスティーナが、少しだけ目を逸らした。
「……それだけじゃないです。打算だけじゃ、あそこで転びません」
「論理が崩壊してるが、意味は分かった」
「……変なこと言いましたか、今」
「変だが、正直だ」
俺は錫杖を肩にかけ直した。
「分かった。来い」
クリスティーナの猫耳がぴんと立った。
「……本当ですか」
「二回聞くな」
「にゃあ……っ、ありがとうございます……!! 本当にありがとうございます……!!」
それから彼女は、思い出したように表情を引き締めた。
「……あの、一つだけ言わせてください」
「なんだ」
「師匠、と呼んでいいですか」
「……なぜ」
「あなたから学びたいので。記録のことも、配信のことも、どこにも属せなくても続けることも」
俺はしばらく考えた。
「師匠と呼ぶのは勝手だが、俺も全部分かってるわけじゃない」
「それでいいです。私も全部分かってないので、お互い様です」
「……勝手にしろ」
「さすししょ……!!」
《コメント:きたああああ!!》
《コメント:さすししょ初発動!!》
《コメント:クリスティーナちゃん正式加入おめでとう!!》
《スパチャ:5,000G さすししょ!!》
《視聴者数:14,203人》
《システム通知:《インフィニット・ストリーム Lv.2》感情共鳴モード発動》
《視聴者の「祝福」がステータスに加算されています》
背中の産毛がざわりと逆立つ。
何千人かの体温が混ざってくる。
「……また祝福が来た」
「え? 何かありましたか?」
「お前が加入したのを視聴者が喜んでる」
「にゃあ……っ、恥ずかしい……!! そういうのは後で教えてください!!」
「お前がいる間ずっとこうだぞ」
「覚悟しておきます……!!」
宿に戻ると、ソフィアが「クリスティーナさん、加入したんですか!?」と飛びついた。
「はい……! よろしくお願いします……!」
「やったあ! 犬耳と猫耳のコンビ、また一緒に行動できますね!」
「うれしいです……! よろしくお願いします、犬耳さん!」
「ソフィアって呼んでください!」
「ソフィアさん……!!」
「さん、いらないですよ!」
「ソフィア……!!」
「えへへ♪」
「えへへ……♪」
ミリアムが「動物コンビ、バージョン2……もん」と呟いた。
シャルロッタが「はしたない……と言いたいですが、まあ……いいですわ」と諦め顔になった。
ティアナが「うちも仲間に入ーれて!」と割り込んだ。
《コメント:賑やかになった》
《コメント:パーティ完成に近づいてきた》
《コメント:帝国アーク良い》
その夜。
クリスティーナが俺の部屋のドアを叩いた。
「……一つだけ、いいですか」
「何だ」
「さっき、広場で言ったこと……恥ずかしかったです。打算だけじゃないって言ったの」
「それを言いに来たのか」
「違います。……ちゃんと言えてよかったと思ってます。逃げなくて良かった、という意味で」
彼女は折れ耳を少し伏せながら続けた。
「私、ずっと打算でしか動いてこなかったんです。どこにも属せないから、実利で動かないと怖くて。でも今日、初めて打算じゃない部分で話せた気がします」
「……成長じゃないか」
「師匠のおかげです」
「お前が自分でやった」
「……さすししょ」
「それを使う場面じゃない」
「いつ使えばいいんですか」
「感動したとき」
「今、感動してます」
「……勝手にしろ」
《コメント:クリスティーナちゃん最高》
《コメント:さすししょの使い方が広すぎる》
──どこか遠い場所で、何かがこの光景を静かに見ていた。
少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。




