第27話 帝国の門、ミントグリーンの災厄
ミクレンシア帝国の首都・リューゲンベルグは、遠くから見ても分かる都市だった。
山岳地帯の斜面に沿って積み上げられた石造りの城塞都市。
城壁が幾重にも重なり、頂上には皇城の塔がそびえている。
連邦の緑、共和国の赤土とは違う。帝国の色は灰と金だ。
復興の槌音が、城壁の外まで響いてくる。
「でかい……」
ミリアムが呟いた。
「連邦やパラディアとは規模が違うな」
「ご主人さまぁ、なんか空気が固い感じがします」とソフィアが耳を押さえながら言う。
「軍事国家の匂いだ」
シャルロッタが地図から顔を上げて、眉をひそめた。
「城門の検問、厳しそうですわね。外来者への警戒が強いと聞いていましたが……」
「ダリウスの紹介状がある。行くぞ」
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城門の検問は、予想より長かった。
外来者の身分証、所持品、出身国、目的、滞在期間。
帝国の衛兵は無駄口を叩かず、手際よく書類を処理する。
訓練された動きだ。復興途上とは思えない練度だった。
「配信者……?」
衛兵の一人が、俺のギルドカードを見て眉を上げた。
「そうだ。ロラン共和国で義勇の証を取得した。帝国でも冒険者として活動したい」
「……義勇の証か」
衛兵が同僚と目を合わせた。
「通れ。ただし、帝国内での配信活動には届出が必要だ。市内の情報管理局で申請しろ」
「分かった」
《コメント:さすが軍事国家》
《コメント:届出が必要なのか》
《コメント:秀直、帝国でも配信できるの?》
リューゲンベルグの市街地は、活気と緊張が混在していた。
石畳の大通りに商店が並び、鍛冶場の煙が上がり、復興工事の足場があちこちに組まれている。
民の顔は疲れているが、やせ細ってはいない。
共和国とは違う。帝国の復興は、確かに機能していた。
「……ここ、なんか元気ありますね」
ミリアムが周囲を見回しながら言った。
「若い皇帝が改革してるからな。軍事だけじゃなく、経済にも手を入れてる」
「師匠から聞いたことがあります」とシャルロッタが続ける。「かつては大陸最強を誇った大帝国。共和国の独立で凋落したが、現皇帝が即位してからの十年で急速に回復した。ただし……」
「ただし?」
「亜人の問題が、今も根深く残っている。帝国内では、亜人を下位に置く文化が長年続いてきた。復興の影で、その歪みが表に出始めているという話を聞いています」
ソフィアの耳がぴくりと動いた。
「……ソフィアみたいな子が、大変な目に遭う場所、ってことですか?」
「可能性はある」とシャルロッタが静かに答えた。「ご注意を」
ソフィアは少し考えてから、俺を見上げた。
「……ご主人さまぁ、ソフィアのこと、守ってくれますよね?」
「当然だ」
「……じゃあ、大丈夫です♪」
《コメント:ソフィアちゃん信頼厚い》
《コメント:いざとなったら秀直が守るんだろうな》
《コメント:帝国編緊張しそう》
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情報管理局での届出を済ませ、宿を取り、荷物を置いてから街に出た。
帝国の街を配信しながら歩く。
市場、工房、軍の詰め所、復興中の広場。
カメラを回していると、民の何人かが「何をしているんだ」と声をかけてきた。
説明すると、半数は警戒し、半数は興味を持った。
「外の人間が、俺たちの街を映すのか」と老職人が言った。
「記録したい」
「……帝国が、外からどう見えるかってことか」
「それも含めて」
老職人はしばらく考えてから、「じゃあ、本当のことを撮れ」と言った。
「復興は本物だ。でも全部がうまくいってるわけじゃない。それを、ちゃんと映してくれ」
《コメント:この爺さん好きだ》
《コメント:帝国の民も色々考えてるんだな》
そのとき、だった。
「ちょっと待ってください!」
甲高い声が飛んできた。
振り向くと、路地の角から飛び出してきた少女が、俺に向かってまっすぐ走ってくる。
ミントグリーンの髪。折れ耳の猫耳。
手には書類の束を抱えていて、走りながらそれをばらまきかけている。
「あなた、配信者の神酒秀直ですよね!? 共和国でナローアを支援した! 連邦で翠光章を取った! 私、ずっと配信を見てました、それで――」
勢いよく走ってきた少女は、俺の三歩手前で石畳の段差に足を引っかけた。
書類が宙に舞った。
少女が盛大に転んだ。
猫耳がぺたんと伏せた。
「にゃ――――っ!?」
《コメント:えwww》
《コメント:何この子ww》
《コメント:書類www》
俺は書類を拾いながら、少女に手を差し出した。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫です! 全然! 痛くないですし恥ずかしくないですし今のは地面が悪いんです!」
「地面のせいにするのか」
「地面のせいです!」
立ち上がった少女は、書類を受け取りながら、改めて俺を見た。
ターコイズの瞳。猫スリットの瞳孔。折れた猫耳がまだぺたんとしている。
「……クリスティーナ=ヘルツベリ。帝国内の亜人問題を研究している自由学者の助手です。あなたの配信、ずっと見てました。それで、少しお願いがあって」
「打算で近づいてきたのか」
「――っ!? ち、違います! 純粋にお話がしたくて!」
「顔に書いてある」
「書いてないです!!」
《コメント:アホかわすぎるw》
《コメント:絶対打算じゃんw》
《コメント:でもかわいい》
ソフィアが俺の隣で、ぴこぴこ耳を動かしながらクリスティーナを観察している。
「……猫耳の人、初めて見ました」
「わ、私も犬耳の人は初めて見ました! えっ、すごい、本物の犬耳……!?」
「本物ですよ! 触ってみますか?」
「いいんですか!?」
「ソフィア、だめだ」と俺が止めた。
「えっ、なんでですかぁ」
「配信中だ。収拾がつかなくなる」
《コメント:正しい判断》
《コメント:秀直がツッコミに回ってるの珍しい》
クリスティーナは、結局、宿の近くの食堂で話すことになった。
「改めて。クリスティーナ=ヘルツベリです。クオーターです、人族とエルフと猫耳族の」
「神酒秀直。配信者兼冒険者だ」
「知ってます! 全部の配信見てます! 共和国アーク、特に第24話のナローア接触回が好きで……」
「それで、お願いとは何だ」
クリスティーナは一瞬だけ目を泳がせてから、書類の束を広げた。
「……帝国内の亜人問題の記録を、あなたの配信に乗せてほしいんです。私の師匠、ダリウス前書記官の紹介で繋がっていた元外交官の——」
「待て」
「え?」
「ダリウスの知り合いか」
クリスティーナが目を丸くした。
「……知ってるんですか? ダリウスさんのこと」
俺は懐から紹介状を取り出した。
「これを持って帝国に来た」
クリスティーナはしばらく紹介状を見て、それから顔を上げた。
「……あの頑固なおじさん、こんなもの書いたんですか」
「頑固なおじさん」
「すみません、失礼でした。でも、そう言いたくなるような人なんです、ダリウスさんって」
《コメント:ダリウスさんつながり!》
《コメント:伏線回収が早い》
《コメント:クリスティーナちゃんダリウスと繋がってたのか》
話は思ったより早く進んだ。
クリスティーナの師匠、元外交官のグレゴール=ファルスは、帝国内の亜人差別問題を十年以上記録し続けている在野の学者だ。
クリスティーナはその助手として、資料整理と現地取材を担当している。
「師匠の記録は正確です。でも、外に届かない。帝国の情報管理が厳しくて、外部への発信が難しくて……それで、あなたの配信を使えないかと思ったんです」
「打算だったじゃないか」
「……言い方が悪かっただけです。でも、嘘はついてません。本当に必要だと思ってお願いしてます」
クリスティーナが真剣な目で俺を見た。
折れ耳がまだぺたんとしていた。
「……私、クオーターなんです。人族にも、エルフにも、猫耳族にも、どこにも完全には属せない。帝国では特に、その立場が曖昧で……だから師匠の仕事に惹かれたのかもしれないです。どこにも属せない人間の記録、という意味で」
静かな声だった。
さっきまでのドタバタが嘘みたいだった。
「……分かった。師匠に会わせてくれ」
クリスティーナの顔が、ぱっと明るくなった。
「本当ですか!?」
「ただし、配信に乗せる内容は俺が判断する。お前たちの都合だけで動くわけじゃない」
「……それで構いません。むしろその方が信頼できます」
《コメント:クリスティーナちゃん、良い子じゃん》
《コメント:ドジっ子だけど芯はしっかりしてる》
《コメント:FLAG01終了?》
食堂を出たとき、クリスティーナが思い出したように振り向いた。
「あの、さっきの書類なんですが」
「全部拾った」
「ありがとうございます……ところで、一番大事な一枚が」
「これか」
俺は胸ポケットから一枚の紙を出した。
亜人問題の統計資料らしき書類だった。
「にゃああ!? なんでそこに!?」
「転んだとき俺の胸元に飛び込んできた」
「は、恥ずかしい……! もう一生分の恥を使いました今日……!!」
《コメント:wwwww》
《コメント:まだまだあると思うよ》
《コメント:次回も楽しみ》
猫耳が、今度は羞恥でぺたんと伏せた。
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《LIVE終了:#異世界配信 #帝国 #リューゲンベルグ》
《視聴者数ピーク:9,102人》
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──どこか遠い場所で、何かがこの光景を見ていた。
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