表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/56

第27話 帝国の門、ミントグリーンの災厄

 ミクレンシア帝国の首都・リューゲンベルグは、遠くから見ても分かる都市だった。


 


 山岳地帯の斜面に沿って積み上げられた石造りの城塞都市。


 城壁が幾重にも重なり、頂上には皇城の塔がそびえている。


 連邦の緑、共和国の赤土とは違う。帝国の色は灰と金だ。


 復興の槌音が、城壁の外まで響いてくる。


 


「でかい……」


 


 ミリアムが呟いた。


 


「連邦やパラディアとは規模が違うな」


 


「ご主人さまぁ、なんか空気が固い感じがします」とソフィアが耳を押さえながら言う。


 


「軍事国家の匂いだ」


 


 シャルロッタが地図から顔を上げて、眉をひそめた。


 


「城門の検問、厳しそうですわね。外来者への警戒が強いと聞いていましたが……」


 


「ダリウスの紹介状がある。行くぞ」


 


 ─────────────────────────────


 


 城門の検問は、予想より長かった。


 


 外来者の身分証、所持品、出身国、目的、滞在期間。


 帝国の衛兵は無駄口を叩かず、手際よく書類を処理する。


 訓練された動きだ。復興途上とは思えない練度だった。


 


「配信者……?」


 


 衛兵の一人が、俺のギルドカードを見て眉を上げた。


 


「そうだ。ロラン共和国で義勇の証を取得した。帝国でも冒険者として活動したい」


 


「……義勇の証か」


 


 衛兵が同僚と目を合わせた。


 


「通れ。ただし、帝国内での配信活動には届出が必要だ。市内の情報管理局で申請しろ」


 


「分かった」


 


 《コメント:さすが軍事国家》


 《コメント:届出が必要なのか》


 《コメント:秀直、帝国でも配信できるの?》


 


 リューゲンベルグの市街地は、活気と緊張が混在していた。


 


 石畳の大通りに商店が並び、鍛冶場の煙が上がり、復興工事の足場があちこちに組まれている。


 民の顔は疲れているが、やせ細ってはいない。


 共和国とは違う。帝国の復興は、確かに機能していた。


 


「……ここ、なんか元気ありますね」


 


 ミリアムが周囲を見回しながら言った。


 


「若い皇帝が改革してるからな。軍事だけじゃなく、経済にも手を入れてる」


 


「師匠から聞いたことがあります」とシャルロッタが続ける。「かつては大陸最強を誇った大帝国。共和国の独立で凋落したが、現皇帝が即位してからの十年で急速に回復した。ただし……」


 


「ただし?」


 


「亜人の問題が、今も根深く残っている。帝国内では、亜人を下位に置く文化が長年続いてきた。復興の影で、その歪みが表に出始めているという話を聞いています」


 


 ソフィアの耳がぴくりと動いた。


 


「……ソフィアみたいな子が、大変な目に遭う場所、ってことですか?」


 


「可能性はある」とシャルロッタが静かに答えた。「ご注意を」


 


 ソフィアは少し考えてから、俺を見上げた。


 


「……ご主人さまぁ、ソフィアのこと、守ってくれますよね?」


 


「当然だ」


 


「……じゃあ、大丈夫です♪」


 


 《コメント:ソフィアちゃん信頼厚い》


 《コメント:いざとなったら秀直が守るんだろうな》


 《コメント:帝国編緊張しそう》


 


 ─────────────────────────────


 


 情報管理局での届出を済ませ、宿を取り、荷物を置いてから街に出た。


 


 帝国の街を配信しながら歩く。


 市場、工房、軍の詰め所、復興中の広場。


 カメラを回していると、民の何人かが「何をしているんだ」と声をかけてきた。


 説明すると、半数は警戒し、半数は興味を持った。


 


「外の人間が、俺たちの街を映すのか」と老職人が言った。


 


「記録したい」


 


「……帝国が、外からどう見えるかってことか」


 


「それも含めて」


 


 老職人はしばらく考えてから、「じゃあ、本当のことを撮れ」と言った。


 


「復興は本物だ。でも全部がうまくいってるわけじゃない。それを、ちゃんと映してくれ」


 


 《コメント:この爺さん好きだ》


 《コメント:帝国の民も色々考えてるんだな》


 




 


 そのとき、だった。


 


「ちょっと待ってください!」


 


 甲高い声が飛んできた。


 


 振り向くと、路地の角から飛び出してきた少女が、俺に向かってまっすぐ走ってくる。


 


 ミントグリーンの髪。折れ耳の猫耳。


 手には書類の束を抱えていて、走りながらそれをばらまきかけている。


 


「あなた、配信者の神酒秀直ですよね!? 共和国でナローアを支援した! 連邦で翠光章を取った! 私、ずっと配信を見てました、それで――」


 


 勢いよく走ってきた少女は、俺の三歩手前で石畳の段差に足を引っかけた。


 


 書類が宙に舞った。


 少女が盛大に転んだ。


 猫耳がぺたんと伏せた。


 


「にゃ――――っ!?」


 


 《コメント:えwww》


 《コメント:何この子ww》


 《コメント:書類www》


 


 俺は書類を拾いながら、少女に手を差し出した。


 


「大丈夫か」


 


「だ、大丈夫です! 全然! 痛くないですし恥ずかしくないですし今のは地面が悪いんです!」


 


「地面のせいにするのか」


 


「地面のせいです!」


 


 立ち上がった少女は、書類を受け取りながら、改めて俺を見た。


 ターコイズの瞳。猫スリットの瞳孔。折れた猫耳がまだぺたんとしている。


 


「……クリスティーナ=ヘルツベリ。帝国内の亜人問題を研究している自由学者の助手です。あなたの配信、ずっと見てました。それで、少しお願いがあって」


 


「打算で近づいてきたのか」


 


「――っ!? ち、違います! 純粋にお話がしたくて!」


 


「顔に書いてある」


 


「書いてないです!!」


 


 《コメント:アホかわすぎるw》


 《コメント:絶対打算じゃんw》


 《コメント:でもかわいい》


 


 ソフィアが俺の隣で、ぴこぴこ耳を動かしながらクリスティーナを観察している。


 


「……猫耳の人、初めて見ました」


 


「わ、私も犬耳の人は初めて見ました! えっ、すごい、本物の犬耳……!?」


 


「本物ですよ! 触ってみますか?」


 


「いいんですか!?」


 


「ソフィア、だめだ」と俺が止めた。


 


「えっ、なんでですかぁ」


 


「配信中だ。収拾がつかなくなる」


 


 《コメント:正しい判断》


 《コメント:秀直がツッコミに回ってるの珍しい》


 


 クリスティーナは、結局、宿の近くの食堂で話すことになった。


 


「改めて。クリスティーナ=ヘルツベリです。クオーターです、人族とエルフと猫耳族の」


 


「神酒秀直。配信者兼冒険者だ」


 


「知ってます! 全部の配信見てます! 共和国アーク、特に第24話のナローア接触回が好きで……」


 


「それで、お願いとは何だ」


 


 クリスティーナは一瞬だけ目を泳がせてから、書類の束を広げた。


 


「……帝国内の亜人問題の記録を、あなたの配信に乗せてほしいんです。私の師匠、ダリウス前書記官の紹介で繋がっていた元外交官の——」


 


「待て」


 


「え?」


 


「ダリウスの知り合いか」


 


 クリスティーナが目を丸くした。


 


「……知ってるんですか? ダリウスさんのこと」


 


 俺は懐から紹介状を取り出した。


 


「これを持って帝国に来た」


 


 クリスティーナはしばらく紹介状を見て、それから顔を上げた。


 


「……あの頑固なおじさん、こんなもの書いたんですか」


 


「頑固なおじさん」


 


「すみません、失礼でした。でも、そう言いたくなるような人なんです、ダリウスさんって」


 


 《コメント:ダリウスさんつながり!》


 《コメント:伏線回収が早い》


 《コメント:クリスティーナちゃんダリウスと繋がってたのか》


 


 話は思ったより早く進んだ。


 


 クリスティーナの師匠、元外交官のグレゴール=ファルスは、帝国内の亜人差別問題を十年以上記録し続けている在野の学者だ。


 クリスティーナはその助手として、資料整理と現地取材を担当している。


 


「師匠の記録は正確です。でも、外に届かない。帝国の情報管理が厳しくて、外部への発信が難しくて……それで、あなたの配信を使えないかと思ったんです」


 


「打算だったじゃないか」


 


「……言い方が悪かっただけです。でも、嘘はついてません。本当に必要だと思ってお願いしてます」


 


 クリスティーナが真剣な目で俺を見た。


 


 折れ耳がまだぺたんとしていた。


 


「……私、クオーターなんです。人族にも、エルフにも、猫耳族にも、どこにも完全には属せない。帝国では特に、その立場が曖昧で……だから師匠の仕事に惹かれたのかもしれないです。どこにも属せない人間の記録、という意味で」


 


 静かな声だった。


 


 さっきまでのドタバタが嘘みたいだった。


 


「……分かった。師匠に会わせてくれ」


 


 クリスティーナの顔が、ぱっと明るくなった。


 


「本当ですか!?」


 


「ただし、配信に乗せる内容は俺が判断する。お前たちの都合だけで動くわけじゃない」


 


「……それで構いません。むしろその方が信頼できます」


 


 《コメント:クリスティーナちゃん、良い子じゃん》


 《コメント:ドジっ子だけど芯はしっかりしてる》


 《コメント:FLAG01終了?》


 


 食堂を出たとき、クリスティーナが思い出したように振り向いた。


 


「あの、さっきの書類なんですが」


 


「全部拾った」


 


「ありがとうございます……ところで、一番大事な一枚が」


 


「これか」


 


 俺は胸ポケットから一枚の紙を出した。


 亜人問題の統計資料らしき書類だった。


 


「にゃああ!? なんでそこに!?」


 


「転んだとき俺の胸元に飛び込んできた」


 


「は、恥ずかしい……! もう一生分の恥を使いました今日……!!」


 


 《コメント:wwwww》


 《コメント:まだまだあると思うよ》


 《コメント:次回も楽しみ》


 


 猫耳が、今度は羞恥でぺたんと伏せた。


 


 ───


 


 《LIVE終了:#異世界配信 #帝国 #リューゲンベルグ》


 《視聴者数ピーク:9,102人》


 《登録者数:16,100人》


 


 ──どこか遠い場所で、何かがこの光景を見ていた。




少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ