第26話 義勇の証、そして記録は続く
翌朝。
パラディアの共和府ギルド本部は、朝の光の中で静かに佇んでいた。
昨日とは打って変わって、俺たちの服は洗濯済みで、腹も満ちていて、怪我の手当ても終わっている。
義勇兵試練の翌日というのは、こういうものだ。
戦いが終わった後の、静かな手続きの時間。
「神酒秀直殿。並びに随行者の皆様」
受付官が名簿を確認しながら呼んだ。
「ブルーム平原における討伐作戦への参加、及び村人十五名の全員救出を確認いたしました。これにより、義勇試練の完遂と認定します」
手渡された証書は、思ったよりずっしりと重かった。
紙ではなく薄い金属板に刻まれた書式。
共和国の紋章と、受付官の印。
そして一番下に「義勇の証」という文字。
《義勇の証 取得》
《ロラン共和国・パラディア義勇兵試練 完遂》
「……重いですわね」
シャルロッタが隣で呟いた。
革鞄を抱えたまま、証書をじっと見ている。
「金属板だからな」
「そういう意味じゃないんですが……まあ、いいですわ」
ソフィアが耳をぴこぴこさせながら俺の袖を引く。
「ご主人さまぁ、これって全部の国で集めるんですよね? 連邦と、共和国で、あと三つ?」
「そうだ」
「……すごいですね。なんか、集めたくなってきました」
「お前はもう集めてる側だ」
《コメント:ソフィアちゃん可愛い》
《コメント:五大国制覇ルートいよいよって感じ》
《コメント:次どこいくんだろ》
ギルド本部を出たところで、見覚えのある男が待っていた。
ダリウスだった。
元共和府の統計局書記官補。
ナローアの実質的なリーダー。
昨日の作戦には参加していなかった。
当然だ。彼は戦士ではない。
でも今日、ここに来ていた。
「終わったか」
「終わった」
ダリウスはうなずいて、しばらく黙っていた。
街の朝の空気が流れる。
露店が開き始め、人が行き交い、共和国の首都は今日も変わらず動いている。
変わったのは、ナローアの記録が外に出たことだけだ。
「お前の配信、また見た」とダリウスが言った。
「第24話か」
「ああ。……あの晩、俺たちの話を聞いてくれたのに、うちの連中が礼も言えないままで終わったのが引っかかっていた」
「礼はいらない」
「分かってる。だから言いに来た」
俺は少し笑った。
「ダリウス、論理が矛盾してるぞ」
「うるさい」
彼は短く息をついてから、続けた。
「……お前の配信は、連邦まで届いている。公国の商人がパラディアに持ち込んだ情報によると、連邦の評議会がお前の動向を注視しているらしい。どこへ行くつもりだ」
「帝国」
ダリウスの目が、わずかに細くなった。
「帝国か。……あそこは今、亜人問題で揺れている。外来者には難しい場所だ」
「分かってる」
「……」
また沈黙。
それからダリウスは懐から折りたたんだ紙を出し、俺に差し出した。
「帝国に知り合いがいる。元共和府の外交官で、今は帝国の在野の学者だ。亜人問題に詳しい。会う気があるなら、この紹介状を持っていけ」
俺は紙を受け取った。
「……これ、お前にとってもリスクじゃないか」
「だから渡す。記録する者には、続きがある方がいい」
ダリウスは俺の目をまっすぐ見た。
「神酒秀直。俺は政治家じゃないし、英雄でもない。数字を扱う人間だ。でも、お前の配信に映った数字は本物だった。死者数、飢餓率、拘束者数……全部、俺が四年かけて記録したものだ。それを、お前が外に出してくれた」
「……ああ」
「だから続けてくれ。記録を。どこに行っても」
《コメント:ダリウスさん……》
《コメント:泣いてる》
《コメント:この人、また出てくる?》
《コメント:紹介状ってことは帝国フラグじゃん》
《視聴者数:8,441人》
俺は配信ウィンドウを横目で見ながら、答えた。
「記録する。それが俺の仕事だ」
第24話で言ったのと、同じ言葉だった。
でも今回は少し、重さが違う気がした。
ダリウスが短く頷いた。
「行け」
パラディアの南門を出たのは、昼前だった。
五人で街道を歩く。
ソフィアが先頭で鼻をひくひくさせ、シャルロッタが地図を広げ、ティアナが鼻歌を歌い、ミリアムが最後尾で黙って歩いている。
「……帝国って遠いんですか?」とミリアムが聞いた。
「公国を経由してから東に向かう。馬車で数日はかかる」
「……そうですか」
少し間があって、彼女が続けた。
「……私、帝国のこと、あまり知らないです。もん」
「勉強しておけ。シャルロッタが教えてくれる」
「えっ、わたくしが!?」
「お前、魔導学院の主席だったろ」
「そ、それはそうですが……いきなり教師役はちょっと……っ」
「シャルロッタさん、よろしくお願いします!」
ミリアムが素直に頭を下げた。
シャルロッタが動揺して、革鞄を落としかけた。
「な、なんでそんなにすんなり……っ」
「……先輩に教わるのは、普通のことだと思います。もん」
「処女って言いかけましたよね今」
「言ってないです……もん」
ティアナがくすくす笑いながら「仲いいなあ」とつぶやく。
ソフィアが「えへへ」と耳を揺らす。
俺は少し後ろから、その四人を見ていた。
街道の途中、小高い丘に差し掛かったとき、ソフィアが立ち止まった。
「ご主人さまぁ、振り返ってみてください」
振り向くと、パラディアの城壁が遠く小さくなっていた。
共和国の首都。腐敗した政権と、それに抗うナローアと、記録を続けたダリウスのいる街。
「……きれいですね」
ソフィアが言った。
「遠くから見ると、きれいに見えますね」
「そうだな」
街は、いつでも遠くから見るときれいだ。
近くに寄れば、汚れや傷が見える。
でもそれを見ないふりをするより、記録する方が俺には向いている。
錫杖を肩にかけ、配信ウィンドウを起動する。
「配信してる?」とティアナが聞いた。
「してる」
「……何を撮ってるの?」
「今日の終わり」
ティアナが「ふうん」と言って、俺の隣に並んだ。
「……じゃあ、うちも映っていい?」
「もう映ってる」
「えっ!? え、髪乱れてない!?」
《コメント:ティアナちゃんww》
《コメント:突然の自意識w》
《コメント:かわいいから問題なし》
夕方、街道沿いの村で一夜の宿を取った。
食事を終えて、全員が部屋に引き上げた後。
俺は一人、宿の軒下で配信を締める。
《LIVE終了:#異世界配信 #共和国 #義勇の証》
《視聴者数ピーク:10,203人》
《登録者数:15,600人》
《本日の配信時間:3時間28分》
空を見上げる。
共和国の夜空は、連邦より少し暗い。
星が多い。
「……共和国、終わったな」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
連邦では「次は通り過ぎない」と思った。
共和国では「記録する」と言った。
帝国では、何を刻むことになるのか。
まだ分からない。
でも、ダリウスの紹介状が懐にある。
ミリアムが正式に仲間になった。
登録者数は一万五千を越えた。
「……続きをやるか」
錫杖を壁に立てかけ、目を閉じる。
──遠い場所で、何かがこの夜の静けさを聞き届けた。
少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。




