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第21話 市民広場と、声を持てない人たち

 パラディアに来て二日目。


 


 朝から街を歩いた。


 


 四人で手分けして情報を集めた結果が、昼過ぎに揃った。


 


 シャルロッタの感情残滓解析:「市民広場エリアに恐怖と怒りが最も集中している。次いで東区の市場。中央府の周辺は奇妙に感情が薄い。長期間の抑圧で感情を表に出せなくなっているか、監視が徹底していて出さないようにしているか」


 


 ソフィアの嗅覚索敵:「中央府の方角から、金属と汗の匂いが多い。武装した人間が多い。市民広場の方は、朝より人が増えてきてる。怖がってる人の匂いと、怒ってる人の匂いが混ざってる」


 


 ミリアムの聞き込み:「露店の老人に話しかけたら、少し喋ってくれた。三年前まではこの国はそんなに悪くなかった。議会が変わってから税が上がって、反対した役人が消えた。今は議員の半分が中央府の派閥に抑えられてる」


 


「……揃ってるな」


 


 俺は四人分の報告を聞いてから、配信ウィンドウを開いた。


 


 《LIVE》


「パラディア二日目です。情報収集の結果を共有します」


 #異世界配信 #共和国アーク #腐敗の実態


 視聴者数:2,891人 登録者:9,652人


 


 《コメント》


 ► 「これ現地レポートじゃん」


 ► 「シャルロッタさんの魔導解析すごい」


 ► 「市民広場行くの?」


 


「これから市民広場に行きます。宿主に止められた場所ですが、だからこそ見る価値があります」


 


「……先輩、止められてた場所に行くんですか」とミリアムが言った。


 


「止められたのは一人で行くなという意味だと解釈してる。四人いる」


 


「……強引ですね」


 


「そうだな」


 


 


 市民広場は、パラディアの中心部にある石畳の広場だった。


 


 かつては噴水があったのだろう、台座だけが残っている。


 その周囲に人が集まっていた。


 


 多くはない。


 三十人か四十人ほど。


 でも、みんな何かを待っているような、緊張した立ち方をしていた。


 


 俺たちが広場に入ると、何人かが視線を向けた。


 


「外から来た人間か」


 


「冒険者か」


 


「……配信をしている」


 


 ひそひそとした声が聞こえた。


 


 俺は配信ウィンドウを隠さなかった。


 隠す方が怪しい。


 


 広場の端に、紙に何かを書いた男が立っていた。


「議会に正しい税収の説明を求める」と書いてある。


 でも声は出していない。ただ立っている。


 


「……声を出したら、どうなるんですか」とシャルロッタが小声で俺に聞いた。


 


「昨日の話だと、解散させられる。怪我人が出た」


 


「……声を出すことすら、できないんですわね」


 


「それでも来てる」


 


 《コメント》


 ► 「無言の抗議……」


 ► 「この人たち、声を出せないのに来てる」


 ► 「これが腐敗国家か」


 ► 「配信でこれを映すことに意味がある」


 


「今、視聴者の皆さんも見ています。この広場で、声を出せない人たちが立っています。記録します」


 


 俺は配信ウィンドウを広角にして、広場全体を映した。


 


 その時だった。


 


 


 広場の東側の路地から、声が聞こえた。


 


「いい加減にしろよ。三ヶ月分だぞ」


 


「……わかってます。でも今は本当に」


 


「わかってるじゃ済まないんだよ。保護費の滞納は契約違反だ。払えないなら、別の形で払ってもらう必要があるな」


 


 低い笑い声。


 


 ソフィアの耳が鋭く前を向いた。


 


「……ご主人さまぁ」


 


「聞こえてる」


 


 路地の方に向かった。


 


 ━━


 


 路地の奥に、三人の男がいた。


 


 腹の出た中年と、その取り巻きが二人。


 革の上着に、腰には短剣。


 典型的な徴収屋の格好だ。


 


 彼らの前に、小さな人影が立っていた。


 


 ラベンダーパープルの髪。


 桜色のドレス。


 


 ティアナだった。


 


 両手で何かの書類を胸に抱えながら、後ろの壁に追い詰められていた。


 体が小刻みに震えている。


 


「……払います。必ず払います。だからもう少し待って」


 


「待てないと言ってるんだ」と腹の出た男が言った。


 


 歯を見せて笑いながら、一歩近づいた。


 


「孤児院の院長も知ってる話だよ。払えないなら現物で払え。お前はまだ若いし、使い道はいくらでもある。嫌なら院長を呼んでこい。あの老婆に払ってもらおうか」


 


「……やめてください」


 


「やめる理由がないだろ。これは正当な債権回収だ。この国では合法だよ」


 


 男の手がティアナの肩に向かった。


 


「そこまでだ」


 


 俺は路地に踏み込んだ。


 


 男が振り返った。


 


「なんだ、部外者か」


 


「そうだ。部外者として言う。その手を引っ込めろ」


 


 男が俺を値踏みするように見た。


 冒険者の格好。錫杖。後ろに三人。


 


「……なんだ、冒険者か。関係ないだろ」


 


「関係ある」


 


「どこが関係あるんだ」


 


「今、九千六百人以上が見てる」


 


 男が眉をひそめた。


 


「……何?」


 


 俺は配信ウィンドウを、男の目の前に開いて見せた。


 


「俺は配信者だ。今この場面を九千六百人以上に映している。今お前がやろうとしていたことも、全部映ってる。お前の顔も、声も、言葉も全部記録されてる」


 


 男の顔色が変わった。


 


 取り巻きの一人が「おい……」と囁いた。


 


「この国の腐敗は、外には届いてる。ヴェリシアにも、連邦にも。お前が今何をしているかを、外の九千六百人が見ている。続けるか?」


 


 《コメント》


 ► 「来た」


 ► 「配信者の本領発揮」


 ► 「お前の顔は全世界に映ってるぞ」


 ► 「これが武器か」


 ► 「ご主人さまかっこいい」


 


 男が黙った。


 


 長い沈黙があった。


 


 それから舌打ちをして「……覚えとけ」と言い捨て、取り巻きを連れて路地を出て行った。


 


 足音が遠ざかっていく。


 


 俺はティアナに向き直った。


 


「……大丈夫か」


 


 ティアナが壁にもたれたまま、俺を見ていた。


 


 目が赤かった。


 震えが、少しずつ止まっていた。


 


「……なんで、ここにいるんですか」


 


「市民広場に来てたら声が聞こえた」


 


「……また、助けてもらいました」


 


「ああ」


 


 ティアナが書類を胸に抱え直した。


 くしゃくしゃになった紙だった。孤児院の分院への保護費の請求書だ。


 


「……払えないんです。共和府が支援金を止めてから、分院の収入がなくなって。でもここの子たちに出ていけとは言えなくて」


 


「わかった」


 


「……わかった、って」


 


「今夜、考える。お前は今日、どこに泊まってる」


 


「……近くの安宿に」


 


「明日の朝、宿まで来い」


 


 ティアナがしばらく俺を見た。


 


 それから「……お兄ちゃんみたいなこと言いますね」とかすかに笑った。


 


 ━━


 


 宿に戻ってから、俺は配信ウィンドウを開いた。


 


「……皆さん、今日の話を聞いてもらえますか」


 


 《コメント》


 ► 「聴く」


 ► 「どうぞ」


 ► 「ずっと見てました」


 


「今日、共和国の現実を見ました。声を出せない人たちが広場に立っていた。孤児院が保護費を払えなくて、そこの子が脅されていた。記録しました。皆さんに届きました」


 


 俺は少し間を置いた。


 


「……ここで、少し正直に話します。俺はヴェリシアで、路上で歌ってる子の歌を聴いて、配信に乗せた。視聴者の皆さんがスパチャを送ってくれて、孤児院に届いた。それは純粋に嬉しかった」


 


「でも今日、その子がパラディアの分院で脅されていた。俺が助けた。それも正しかったと思う」


 


「問題はここからです」


 


 《コメント》


 ► 「聴いてます」


 ► 「続けて」


 


「さっき配信で脅し屋を退かせた。『九千六百人が見てる』と言ったら引いた。それは有効だった。でも……俺はそれを使うべきだったのか、今考えてます」


 


「俺がここに来たのは、配信をして、強くなって、好きなことで生きていくためだ。三十三年間、それができなかったから転生先でやると決めた」


 


「でも気づいたら、声を持てない人たちの代わりに発信していた。それは俺が決めたことじゃない。気づいたら、なっていた」


 


 静かに言った。


 


「……皆さんが俺に何かを期待してるのはわかる。配信が伸びるほど、そういうコメントが増えた。『記録してくれ』『伝えてくれ』って。でも、それは俺が最初に決めたことじゃない」


 


 《コメント》


 ► 「……」


 ► 「それは、俺たちが勝手に思ってたことかもしれない」


 ► 「でもお前にしかできないと思った」


 ► 「強制するつもりはなかった」


 ► 「ごめん」


 


「謝らなくていい」


 


 俺は少し笑った。


 


「……ただ、整理したかった。俺が何のために配信してるのか、もう一回確認したかった」


 


「『好きなことで、生きていく』。それは今でも変わらない。配信が好きだ。記録することが好きだ。今日の場面も、撮りたかったから撮った。誰かに頼まれたわけじゃない」


 


「でも、登録者が増えれば増えるほど、期待が増える。その期待に応えようとしている自分もいる。それは……俺が選んでいるのか、流されているのか、まだわからない」


 


 《コメント》


 ► 「正直に言ってくれてありがとう」


 ► 「配信者ってそういうとこあるよな」


 ► 「お前が好きでやってるなら、それでいい」


 ► 「でもお前の配信には意味があると思う」


 ► 「それはお前が決めることだけど」


 


「……ありがとうございます」


 


 俺は配信を切った。


 


 ━━━


 


 夜、部屋でシャルロッタに話しかけられた。


 


「……さっきの配信、聞いていましたわ」


 


「そうか」


 


「……正直なんですわね」


 


「視聴者に嘘をついても意味がない」


 


 シャルロッタが少し黙った。


 


「……わたくしも、似たようなことを考えたことがありますの。魔導学院の主席として、家の名前を背負って、期待に応え続けた。でも、そのどれが自分で選んだことなのか、いつかわからなくなりましたの」


 


「それで気づいたら路上で倒れてた」


 


「……っ。そういう言い方をしなくていいですわっ」


 


「そうだな、悪かった」


 


「……でも、まあ。そういうことですわ」


 


 シャルロッタが窓の外を見た。


 


「……あなたが今日言ったこと。流されているのか、選んでいるのか。わたくしは、どちらでもいいと思いましたわ」


 


「なんでだ」


 


「……今日の場面を見て、撮りたいと思った。それは本当でしょう。撮った。それも本当。どんな理由であれ、その瞬間に動いたのはあなた自身ですわ」


 


「……そうかもしれない」


 


「『好きなことで生きていく』というのは、好きなことだけをする、ということじゃないと思いますの。生きていく中で、好きだと思えるものを見つけ続けることなんじゃないかしら」


 


 俺はしばらく、その言葉を受け取った。


 


「……お前、たまに深いこと言うな」


 


「たまに、は余計ですわっ」


 


「いつも、に変える」


 


「……少し良くなりましたわ」


 


 《SYSTEM》


 翌朝の配信ログ確認中――


 


 登録者数:10,112人


 


 《SYSTEM》


 登録者数:10,000人突破


 《インフィニット・ストリーム Lv.2》解放


 視聴者の感情バフ変換効率:大幅上昇


「記録された現実」が配信スキルの基盤強度を底上げする


 


「……一万人」


 


 朝起きて確認した数字が、そこにあった。


 


 嬉しかった。


 


 昨夜整理したばかりの問いは、まだ答えが出ていない。


 でも、一万人が見ていた。


 


「好きなことで生きていく」が、どこかで「好きなことで、誰かと生きていく」になっていたのかもしれない。


 


 それが流されたことなのか、選んだことなのかは、まだわからない。


 


 でも、悪くないと思っていた。


 


 ━━━


 


 朝、ティアナが宿に来た。


 


「……おはようございます。昨日はありがとうございました」


 


「おはよう。座れ」


 


 ティアナが四人の前に座った。


 


 俺は昨夜考えたことを話した。


 


「視聴者からのスパチャを孤児院に回すことはできる。でもそれは一時的な解決だ。共和府が支援金を止め続ける限り、同じことが繰り返される」


 


「……わかってます」


 


「だから俺たちは義勇の証を取りに来た。共和国で正式な実績を作れば、共和府に対して要求できる立場になる。孤児院への支援再開を条件の一つにできるかもしれない」


 


 ティアナが目を丸くした。


 


「……そんなことが、できるんですか」


 


「できるかどうかはわからない。でも、やれることをやる」


 


 ティアナが少し黙った。


 


「……お兄さん」


 


「なんだ」


 


「……昨日の配信、聞こえてました。宿で」


 


「そうか」


 


「『好きなことで生きていくが、いつのまにか期待に応えようとしている』って言ってましたよね」


 


「言った」


 


 ティアナが両手を膝の上で重ねた。


 


「……ティアナも、同じです」


 


「歌のことか」


 


「……歌いたくて、歌い始めました。でも孤児院のために集めなきゃ、って思ったら、いつの間にか歌うことが仕事みたいになってました。楽しいのは楽しいんですけど、なんか、違う気がしてきて」


 


 俺は黙って聞いた。


 


「……でも昨日、お兄さんの配信に乗せてもらって、二千人が聴いてくれた。その時は、ただ歌いたかったんです。孤児院のためでも、義務でもなくて。ただ、届けたかった」


 


「それが本当だろ」


 


「……はい」


 


「なら、それを続けろ。義務になったと感じたら、一回止めてもいい」


 


 ティアナがしばらく俺を見た。


 


「……お兄さんって、なんで、そういうことがわかるんですか」


 


「三十三年間、義務で生きてたから」


 


 ティアナが「……そうですか」と言った。


 


 それから少し考えて「……一緒に連れて行ってもらえますか」と言った。


 


「どこへ」


 


「……お兄さんたちの旅に。歌いたいから。届けたいから。それだけの理由で」


 


「それだけで十分だ」


 


 ティアナがふわっと笑った。


 


 それから「……ちょっとだけぎゅってしてくれたら、もっと決心がつきます」と言った。


 


 ソフィアが耳をぴんと立てて俺を見た。


 


「……ご主人さまぁ」


 


「なんだ」


 


「……どうするんですか」


 


「どうもしない」


 


「……え」とティアナが言った。


 


「旅に来い。それだけだ」


 


「……チョロくないですね」


 


「チョロくなくていい」


 


「……でもティアナはそういうお兄ちゃん、結構好きだよ」


 


 ティアナが笑った。


 


 さす兄モードと小悪魔モードが同時に出た、ずるい笑い方だった。


 


 ━


 


 《SYSTEM》


【No.4 ティアナ・ラヴェリーナ パーティ仮加入】


 ※正式加入は翌話(院長の背中押し後)に確定


 


 《配信終了》


 本日の視聴者ピーク:3,441人


 登録者数:10,112人(+460↑)


 


 《編集メモ》


「今日のタイトルは『好きなことで生きていく、ということ』にしよう。


 市民広場の映像と、路地の場面と、夜の独白と。


 ……全部、繋がってる気がする」


 


 ――一万人が、今夜も見ている。




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