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第19話 共和国への馬車と、わたくしが選ぶ理由

 出発の朝は、曇っていた。


 


 ヴェリシアの南門前に馬車が止まっていた。


 共和国・パラディアへ向かう隊商の荷馬車に、俺たちは相乗りの形で乗り込む手配をしていた。


 


 ギルドから正式な依頼状も持っている。


「共和国方面の義勇兵募集に応じる形での情報収集任務」という名目だ。


 実態は、あの掲示板の張り紙に書いてあった内容の確認と、ミリアムが先に動こうとした理由の回収だ。


 


「荷物、重くないか」


 


 ソフィアが「大丈夫です♪」と言いながら背中のリュックを揺らした。


 


 ミリアムが「……わたしも平気です」とぶっきらぼうに答えた。


 


 共和国行きを伝えた時、ミリアムは一瞬黙って、それから「……ついていきます」と言った。


「一人で動くな、と言ったのはせんぱいじゃないですか」という言葉を上手く使った。


 


 俺は「そうだな」と言って黙認した。


 


 《LIVE開始》


「共和国に向けて出発します」


 #異世界配信 #共和国アーク開幕 #パーティ移動中


 視聴者数:1,892人 登録者:8,441人


 


 《コメント》


 ► 「ついに共和国か」


 ► 「不穏な展開きそう」


 ► 「パーティ何人?」


 


「今日から共和国アークです。パーティはソフィア、ミリアム、それと」


 


 馬車に近づく足音がした。


 


「……待ちなさいっ。出発はまだですわよね」


 


 漆黒のツーサイドロングが揺れた。


 シャルロッタが旅荷物を持って、南門の前に立っていた。


 


「……シャルロッタさん?」


 


「何ですの、その顔は」


 


「来ると思ってなかった」


 


「……わたくしが言ったでしょう。ついていってあげると」


 


「昨日の話は、今日の依頼の話じゃなかった」


 


「……でも、ついていってあげますわっ」


 


 シャルロッタが胸を張った。


 アメジスト紫の瞳が、俺を正面から見ていた。


 


「……お礼は、まだ済んでいませんもの。それだけですわ」


 


「そうか。じゃあ乗れ」


 


「……え」


 


「馬車が出るぞ」


 


 シャルロッタが一瞬、口を開けたまま止まった。


 それから慌てて荷物を抱え直して、馬車の乗り口に向かった。


 


「……ちゃんと感謝しなさいっ」


 


「してる」


 


「……っ」


 


 ミリアムがソフィアの横で「……あの子、また許可出してる」と小声で言った。


 


「……先輩が来いって言いました」とソフィアが小声で返した。


 


「……先輩は甘いですね」


 


「……そうですね」


 


 《コメント》


 ► 「お嬢様もいる!?」


 ► 「パーティ4人になった」


 ► 「なんか全員女の子じゃん」


 ► 「ご主人さまの属性が透けてきたw」


 


「皆さん、パーティが四人になりました」


 


 俺は配信に向けて言った。


 


「ソフィア、ミリアム、シャルロッタです。全員、それぞれ事情があってついてきてます」


 


「……事情って言い方が失礼ですわっ!」


 


「じゃあなんて言えばいい」


 


「……わたくしの意志でついていってあげている、と言いなさいっ」


 


「そうです、皆さん。シャルロッタさんの意志でついてきています」


 


 《コメント》


 ► 「www」


 ► 「言い方が完全に主導権を取ってるw」


 ► 「お嬢様かわいい」


 


「……笑うところではありませんわっ!」


 


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 


 馬車が動き出した。


 


 石畳の振動が荷台に伝わってくる。


 四人で荷台の端に分かれて座っている。


 


 シャルロッタは窓の外を見ていた。


 ヴェリシアの城壁が遠ざかっていく。


 


「……魔導学院は、ヴェリシアの北区にありますの」


 


「ああ」


 


「……今頃、後輩たちが授業を受けているはずですわ」


 


「会いに行けないのか」


 


「……退学が正式に決まる前に会いに行ったら、惨めでしょう。主席が物乞いのようになっていると思われたくありませんもの」


 


 俺は黙った。


 


 シャルロッタが窓から目を離さないまま言った。


 


「……でも、おかしいでしょう。惨めだと思うなら、会いに行かなければいいだけですのに。なぜわたくしは今、見ているのかしら」


 


「名残惜しいんだろ」


 


「……そうかもしれませんわね」


 


 静かに言った。


 


 ミリアムが何か言いかけて、やめた。


 ソフィアがシャルロッタの方をそっと見て、また窓の外に目を戻した。


 


「……シャルロッタさん」と俺は言った。


 


「なんですの」


 


「共和国には魔導師が必要な局面が来る可能性がある。六属性全部使える人間は貴重だ」


 


「……それで?」


 


「今回の同行、お礼じゃなくて戦力として来てくれ」


 


 シャルロッタが振り返った。


 


 アメジスト紫の瞳が、俺を見た。


 


「……戦力、ですの」


 


「ああ。お礼は終わりにしていい。恩人に頭を下げ続けるのは疲れるだろ」


 


 しばらく沈黙。


 


 シャルロッタが窓の外に顔を戻した。


 


「……わたくし、お礼のためにいるのではありませんでしたか」


 


「お前が言い出した理由だ。俺は変えていい」


 


「……勝手に変えないでください」


 


「変えた方がお前が楽だと思ったから」


 


 またしばらく沈黙。


 


 今度は長かった。


 


 馬車が街道に出て、石畳から土道に変わる振動が来た。


 


「……わたくしが……選んでいいんですか」


 


「何を」


 


「……ここにいる理由を。お礼じゃなくて、わたくし自身が選んだ理由で、ここにいていいんですか」


 


「最初から、そうじゃないか」


 


 シャルロッタが口を閉じた。


 


「……いけませんわ主さまっ……また胸が……」という呟きが、かすかに聞こえた気がした。


 


「なんか言ったか」


 


「なんでもありませんわっ!!」


 


 《コメント》


 ► 「最後の呟き聞こえてたww」


 ► 「主さまって呼んだ!?」


 ► 「シャルロッタさんフラグ立ちすぎ」


 ► 「登録者数:8,871人↑」


 


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 


 昼過ぎ、隊商が宿場町で休憩を取った。


 


 四人で食堂に入って、昼食を頼んだ。


 


 スープと黒パン。


 質素だが熱かった。


 


 ミリアムが「……共和国って、どのくらい不穏なんですか」と聞いた。


 


「ギルドの情報によると、三年前から腐敗が始まったらしい。上層部が税収を私物化して、末端の市民に皺寄せが来てる。反乱の火種がある、という話だ」


 


「……反乱、ですか」


 


「義勇兵の募集がどっちの側のものかわからないって、露天商に言われた。つまり政府側も反乱側も、外からの戦力を求めてる可能性がある」


 


 ソフィアの耳がぴんと立った。


 


「……どっちかに使われたりしませんか」


 


「それを調べに行く」


 


「……危ないですね」


 


「ああ。だから情報を取る前に動かない」


 


 シャルロッタが黒パンをちぎりながら「……魔導師として役に立てる場面があるかもしれませんわね」と言った。


 


「ある」


 


「……では、わたくしがいる理由が、また一つ増えましたわ」


 


 今度は、お礼じゃない言い方だった。


 


 俺はそれを聞いて、何も言わなかった。


 


 言わなくていい場面だと思ったから。


 


 《コメント》


 ► 「シャルロッタさん変わってきてる気がする」


 ► 「お礼から本人の意志に変わってるの気づいた」


 ► 「このパーティ好きすぎる」


 


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 


 夕方、街道の宿場に着いた。


 


 部屋を二部屋取った。


 ソフィアとミリアムの部屋と、シャルロッタの部屋。


 俺は一人部屋だ。


 


 配信の編集をしながら、今日の素材を確認していると、ドアをノックする音がした。


 


「……入ってもよろしいですか」


 


 シャルロッタだった。


 


「どうした」


 


「……少し、お話がしたくて」


 


「入れ」


 


 シャルロッタが部屋に入ってきた。


 旅装のままで、ローブの裾をぎゅっと持っている。


 


「……昼に言っていた話の、続きですわ」


 


「何の話だ」


 


「……わたくしが選んでいい、という話」


 


 俺は編集の手を止めた。


 


 シャルロッタが部屋の中央で立ったまま、俺を見た。


 


「……正直に言いますわ。お礼のためだけじゃなかったんです、最初から」


 


「知ってた」


 


「……知っていたんですか」


 


「居場所がなかったんだろ。だから『ついていってあげます』という言い方でついてきた」


 


 シャルロッタが黙った。


 


「……ずっと、わかっていたんですか」


 


「ヴェリシアで倒れてた時から、大体は」


 


「……なぜ言わなかったんですの」


 


「お前が自分で言える時まで待つ方が、礼儀だと思ったから」


 


 シャルロッタの虹彩がかすかに揺れた。


 泣きそうな時の目だ。


 


 でも、泣かなかった。


 


「……わたくし、ここにいていいですか」


 


「いいぞ」


 


「……お礼が終わっても?」


 


「お礼はとっくに終わってる。昨夜の廊下で終わった」


 


「……そうですか」


 


 シャルロッタが小さく息を吐いた。


 


「……では、わたくしが選んで、ここにいますわ」


 


「それでいい」


 


「……ありがとうございます」


 


 今度の「ありがとう」は、小さかった。


 でも、初めてちゃんと言えた声だった。


 


 シャルロッタが扉に向かった。


 出る前に振り返った。


 


「……明日から、もう少しまともに戦いますわ。魔力量の制御も、練習しますわ」


 


「制御の前に、狙いは良かったと言った」


 


「……でも、前回は当たり所が悪かったですわ」


 


「俺が悪かった。当たり所を避けるのは俺の仕事だ」


 


 シャルロッタが「……はい、っ」と言った。


 


 それから「おやすみなさい」と言って出ていった。


 


 《SYSTEM》


【No.2 シャルロッタ=サンドラ パーティ正式加入】


 魔法職(六属性・攻撃支援)


 好感度:★★★☆☆


「お礼」フラグ:終了


「自分の意志でいる」フラグ:解放


 


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 


 俺は配信ウィンドウを開いた。


 


「……見てた人、シャルロッタさんがパーティに正式に加入しました」


 


 《コメント》


 ► 「ついにっ!!」


 ► 「ずっと待ってた」


 ► 「泣きそうだった(感動で)」


 ► 「シャルロッタさんが選んだ、いい言葉だ」


 ► 「登録者数:9,103人↑」


 


「九千人……もうすぐ一万人だ」


 


 俺はしばらく数字を見た。


 


 視聴者ゼロから始めた配信が、九千人を越えた。


 


 ヴェリシアを出た今日、パーティが四人になった。


 


 共和国の先に何があるかはわからない。


 


 でも今夜、四人の旅が始まった。


 


 ――街道の風が、宿の窓を静かに揺らした。




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