表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/56

第16話 魔法暴走と、路地の衣装事件

 ヴェリシアに来て四日目。


 


 シャルロッタとの仮同行が続いていた。


 


 昨日は地下回廊の調査任務をこなした。


「許可してあげますわっ」と言いながらついてきたお嬢様は、結局火魔法の援護で戦力として機能した。


 あの時の「……ごめんなさいっ」という小さな謝罪が、俺の中にまだ引っかかっていた。


 


 今日も依頼を一件受けた。


 ヴェリシア商業区の南端にある廃倉庫で、魔物の巣が確認されたという。


 依頼主は倉庫の管理人で、「小さい魔物なら自分で何とかしようとしたが無理だった」という話だった。


 


 《LIVE開始》


「今日はヴェリシア南端の廃倉庫調査です」


 #異世界配信 #公国クエスト #本日のゲスト継続中


 視聴者数:1,632人 登録者:6,801人


 


 《コメント》


 ► 「昨日のお嬢様また来てる?」


 ► 「配信的に美味しいw」


 ► 「今日もついてきたの草」


 


「またシャルロッタさんが許可を出してくれたので一緒に来てます」


 


「……言い方がいちいち癪に触りますわっ!!」


 


「事実を述べただけですが」


 


「わたくしが! 同行を! してあげていると! 言っているんですわっ!!」


 


 シャルロッタの漆黒のツーサイドロングが揺れた。


 アメジスト紫の瞳がぶわっと怒気で輝いている。


 ソフィアがその隣で耳を伏せながら、俺に小声で言った。


 


「……ご主人さまぁ、わざとやってますよね」


 


「少し」


 


「やめた方がいいと思います」


 


「でも反応がいいから」


 


「……ご主人さまは、たまに意地悪ですね」


 


 《コメント》


 ► 「意地悪配信者wwww」


 ► 「でもそういうとこが好きw」


 ► 「シャルロッタちゃんの怒り顔かわいい」


 




 廃倉庫は石造りの古い建物だった。


 


 入口の扉が半開きになっており、中から湿った空気が漂ってくる。


 ソフィアの犬耳が前を向いた。


 


「……スライム系が複数います。奥の方に固まってます」


 


「数は?」


 


「四、五体。あとは小型の蜘蛛型が二、三体」


 


「シャルロッタさん、今日の援護もお願いします。得意な魔法は火でしたよね」


 


「もちろんですわ。今日こそ完璧な援護を見せてさしあげますわっ」


 


 昨日の暴走を引きずっているのか、声に気合いが入っていた。


 




 


 倉庫内に踏み込んだ。


 


 薄暗い室内に魔石灯が等間隔に並んでいるが、ほとんどが消えている。


 積み重なった木箱の影から、スライムのぶよぶよとした輪郭が見えた。


 


「ソフィア、右側を頼む。俺が正面を抑える」


 


「はいっ」


 


 ソフィアが滑るように動き、右の一体を矢で牽制する。


 俺は「打音・烈波」で正面の二体を吹き飛ばした。


 


 残りが動いた。


 


「シャルロッタさん、左奥に二体います。頼みます」


 


「任せなさいっ! 《フレイムバースト》!」


 


 橙の光が走った。


 


 だが。


 


 魔法が二段階大きかった。


 


「あっ」


 


 シャルロッタが小さく声を上げた次の瞬間、炎が倉庫の壁面に激突し、内部に爆発が広がった。


 


 木箱が吹き飛んだ。


 スライムが壁に叩きつけられた。


 


 そして炎の余波が、俺の側面を直撃した。


 


 ドンッ。


 


「つっ」


 


 壁に押しつけられて、一瞬視界が白くなった。


 


「ご主人さまぁ!!」


 


「……生きてる」


 


 防御スキルが間に合ったが、服の端が焦げた。


 


 シャルロッタが駆け寄ってきた。


 顔が真っ青になっている。


 


「ご、ごめんなさいっ……! 魔力量の計算が……想定より、出てしまって……」


 


「大丈夫だ、当たり所が良かった」


 


「よ、よかったじゃありませんっ! わたくしが……あなたを……」


 


 シャルロッタの声が震えた。


 


 昨日の「……ごめんなさい」とは違う。


 今日のそれは、本物の動揺だった。


 


「心配してくれてるのか?」


 


「……っ。き、気にしているわけでは……」


 


「そうか」


 


「ただ、依頼の邪魔をしてしまったことが……」


 


「シャルロッタさん」


 


「……なんですの」


 


「今日のその魔法、威力の調整がうまくいかなかっただけで、狙いは正確だった。あの二体、ちゃんと仕留めてる」


 


 シャルロッタが口を閉じた。


 


「……そう、でしょうか」


 


「そうだ。でかすぎる魔法は、制御の練習をすればいい。狙いは才能だ」


 


 長い沈黙があった。


 


 シャルロッタが顔を背けた。


 


「……あなたって、ほんとうに……」


 


「ほんとうに?」


 


「……なんでもありませんわっ!!」


 


 《コメント》


 ► 「素直になれないの草」


 ► 「でも今絶対照れてた」


 ► 「言えない言葉の続き知りたいww」


 ► 「登録者数:7,112人↑」


 


 ソフィアが後ろで耳をぴんと立てたまま、俺に小声で言った。


 


「……ご主人さまぁ。シャルロッタさん、ありがとう、って言いたかったんだと思います」


 


「俺もそう思う」


 


「言えてよかったですね、ちゃんと」


 


「言えてないけどな」


 


「言えないのを言えてるって言うんです」


 


「……お前、たまに深いことを言うな」


 


「ソフィアは三ヶ月でいろいろ覚えました」


 ━━


 


 依頼を完了して倉庫を出た頃には、夕方になっていた。


 


 ヴェリシアの石畳が西日に橙に染まっている。


 


 シャルロッタは「今日はここで失礼しますわ」と言って、ロングスカートの裾を持ち上げながら去っていった。


 


 背筋は相変わらずまっすぐだった。


 でも、歩き方が少しだけ違う気がした。昨日より、足取りが軽い。


 


「……また来ますかね」とソフィアが言った。


 


「来る」


 


「根拠は?」


 


「あの子の『ごめんなさい』がまだ終わってないから」


 


 ソフィアが少し考えてから「……それはそうです」と言った。


 


 ━━


 


 その夜。


 


 俺とソフィアが宿に戻る途中、商業区の裏路地を通りかかった。


 


「……ご主人さまぁ」


 


 ソフィアが囁いた。


 


「なんだ」


 


「あの路地、人の気配があります。女性が一人……あと男が二人」


 


 俺は足を止めた。


 


「雰囲気は」


 


「……よくない感じです。女性の方が、押さえ込まれてます」


 


 俺は路地に向かった。


 


 暗がりの奥に、石壁に押しつけられている人影が見えた。


 


 くせ毛のショートボブ。


 焦げ茶色の髪。


 


「ミリアム」


 


 名前を呼んだ瞬間、人影が顔を上げた。


 


 アンバーブラウンの瞳が、俺を見た。


 


 二人の男が振り返った。


 顔を隠した雑魚盗賊風の連中で、片方の手にミリアムのスカートの裾を掴んでいた。


 


「……部外者は引っ込んでろ」


 


「やだ」


 


 俺は錫杖を水平に構えた。


 


「ソフィア」


 


「はいっ」


 


 二人で同時に動いた。


 


 俺が右、ソフィアが左。


 


 三秒で終わった。


 


 二人が路地の石畳に崩れた。


 


 ━━


 


 ミリアムが壁から離れた。


 


 スカートの裾が引き裂かれている。


 黒いスパッツが露出していた。


 


「……せ、せんぱいっ!! み、見ましたかっ!? 見てないですよねっ!?」


 


 ミリアムが両手でスカートの裂け目を押さえて、顔を真っ赤にした。


 


「スパッツしか見てない」


 


「スパッツも見るなぁ!! せんぱいのばかっ!!」


 


「落ち着け。怪我はないか」


 


「……ない、けど……」


 


 ミリアムが左目のピンを指で直しながら、俯いた。


 


「……また、助けてもらった」


 


「共和国の義勇兵依頼を調べに来てたのか」


 


「……はい。自分なりに情報収集しようと思って……で、こんな目に」


 


「一人で動くな」


 


「わかってます、でも」


 


「一人で動くな」


 


 二度言った。


 


 ミリアムが「……はい」と小さく答えた。


 


 ソフィアがスカートの裂け目を見て「替えの布、宿にあります」と言った。


 


「……ありがとう、ございます」


 


 ミリアムがソフィアに頭を下げた。


 声がいつもより素直だった。


 


 《SYSTEM》


 《デスティニー結合度:35%》


 《運命紋章② 点灯(桜色)》


 


 紋章が一つ増えた。




 35%。そして色が変わった。


 一つ目の紋章は白だった。今度のは桜色だ。


 段階がある、ということか。




(100%になったら、何が起きる?)




 答えはまだない。


 でも、ミリアムの背中に灯る紋様は、


 確実に形を変えながら積み重なっていた。


  ━━


 


 宿の近くの小路で、三人で立ち止まった。


 


「ミリアム、明日どこに泊まってる?」


 


「……安宿です。ヴェリシアに来たばかりで」


 


「俺たちと同じギルドに登録しろ。一人で動くなら、せめて情報共有できる場所にいろ」


 


「……先輩、それって」


 


「仲間として動けってことだ」


 


 ミリアムが俯いた。


 


 しばらく間があって。


 


「……先輩って、なんでそういうことが、すらって言えるんですか」


 


「三十三年間、誰にも言えなかった分が貯まってたから」


 


「……またそれ言うんですか」


 


「自分でも気に入ってる」


 


「……ばかみたいです」


 


「そうかもしれない」


 


 ミリアムがくせ毛を指でいじりながら、小さく「……ありがとうございます、せんぱい」と言った。


 


 声が、かすれていた。


 


 《コメント》


 ► 「ミリアム……」


 ► 「素直なミリアムは尊い」


 ► 「運命紋章②だ……」


 ► 「登録者数:7,441人↑」


 ━━


 


 夜、配信を終了した。


 


 《配信終了》


 本日の視聴者ピーク:3,201人


 登録者数:7,441人(+340↑)


 


「今日は二人に振り回されました。


 ありがとうございました」


 


 ソフィアが「……ご主人さまぁ、今日、全部でいくつ怪我しましたか」と聞いた。


 


「炎に一回、壁に一回」


 


「……路地では?」


 


「無傷」


 


「よかったです」


 


「心配してたのか」


 


「してました」


 


 ソフィアがまっすぐそう言った。


 


 俺はしばらく、その言葉を受け取った。


 


「……ありがとう」


 


「どういたしまして、ご主人さまぁ♪」


 


 しっぽが一度、大きく揺れた。


 


 ――どこか遠い場所で、静かに何かがそれを記録した。




少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ