第16話 魔法暴走と、路地の衣装事件
ヴェリシアに来て四日目。
シャルロッタとの仮同行が続いていた。
昨日は地下回廊の調査任務をこなした。
「許可してあげますわっ」と言いながらついてきたお嬢様は、結局火魔法の援護で戦力として機能した。
あの時の「……ごめんなさいっ」という小さな謝罪が、俺の中にまだ引っかかっていた。
今日も依頼を一件受けた。
ヴェリシア商業区の南端にある廃倉庫で、魔物の巣が確認されたという。
依頼主は倉庫の管理人で、「小さい魔物なら自分で何とかしようとしたが無理だった」という話だった。
《LIVE開始》
「今日はヴェリシア南端の廃倉庫調査です」
#異世界配信 #公国クエスト #本日のゲスト継続中
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《コメント》
► 「昨日のお嬢様また来てる?」
► 「配信的に美味しいw」
► 「今日もついてきたの草」
「またシャルロッタさんが許可を出してくれたので一緒に来てます」
「……言い方がいちいち癪に触りますわっ!!」
「事実を述べただけですが」
「わたくしが! 同行を! してあげていると! 言っているんですわっ!!」
シャルロッタの漆黒のツーサイドロングが揺れた。
アメジスト紫の瞳がぶわっと怒気で輝いている。
ソフィアがその隣で耳を伏せながら、俺に小声で言った。
「……ご主人さまぁ、わざとやってますよね」
「少し」
「やめた方がいいと思います」
「でも反応がいいから」
「……ご主人さまは、たまに意地悪ですね」
《コメント》
► 「意地悪配信者wwww」
► 「でもそういうとこが好きw」
► 「シャルロッタちゃんの怒り顔かわいい」
廃倉庫は石造りの古い建物だった。
入口の扉が半開きになっており、中から湿った空気が漂ってくる。
ソフィアの犬耳が前を向いた。
「……スライム系が複数います。奥の方に固まってます」
「数は?」
「四、五体。あとは小型の蜘蛛型が二、三体」
「シャルロッタさん、今日の援護もお願いします。得意な魔法は火でしたよね」
「もちろんですわ。今日こそ完璧な援護を見せてさしあげますわっ」
昨日の暴走を引きずっているのか、声に気合いが入っていた。
倉庫内に踏み込んだ。
薄暗い室内に魔石灯が等間隔に並んでいるが、ほとんどが消えている。
積み重なった木箱の影から、スライムのぶよぶよとした輪郭が見えた。
「ソフィア、右側を頼む。俺が正面を抑える」
「はいっ」
ソフィアが滑るように動き、右の一体を矢で牽制する。
俺は「打音・烈波」で正面の二体を吹き飛ばした。
残りが動いた。
「シャルロッタさん、左奥に二体います。頼みます」
「任せなさいっ! 《フレイムバースト》!」
橙の光が走った。
だが。
魔法が二段階大きかった。
「あっ」
シャルロッタが小さく声を上げた次の瞬間、炎が倉庫の壁面に激突し、内部に爆発が広がった。
木箱が吹き飛んだ。
スライムが壁に叩きつけられた。
そして炎の余波が、俺の側面を直撃した。
ドンッ。
「つっ」
壁に押しつけられて、一瞬視界が白くなった。
「ご主人さまぁ!!」
「……生きてる」
防御スキルが間に合ったが、服の端が焦げた。
シャルロッタが駆け寄ってきた。
顔が真っ青になっている。
「ご、ごめんなさいっ……! 魔力量の計算が……想定より、出てしまって……」
「大丈夫だ、当たり所が良かった」
「よ、よかったじゃありませんっ! わたくしが……あなたを……」
シャルロッタの声が震えた。
昨日の「……ごめんなさい」とは違う。
今日のそれは、本物の動揺だった。
「心配してくれてるのか?」
「……っ。き、気にしているわけでは……」
「そうか」
「ただ、依頼の邪魔をしてしまったことが……」
「シャルロッタさん」
「……なんですの」
「今日のその魔法、威力の調整がうまくいかなかっただけで、狙いは正確だった。あの二体、ちゃんと仕留めてる」
シャルロッタが口を閉じた。
「……そう、でしょうか」
「そうだ。でかすぎる魔法は、制御の練習をすればいい。狙いは才能だ」
長い沈黙があった。
シャルロッタが顔を背けた。
「……あなたって、ほんとうに……」
「ほんとうに?」
「……なんでもありませんわっ!!」
《コメント》
► 「素直になれないの草」
► 「でも今絶対照れてた」
► 「言えない言葉の続き知りたいww」
► 「登録者数:7,112人↑」
ソフィアが後ろで耳をぴんと立てたまま、俺に小声で言った。
「……ご主人さまぁ。シャルロッタさん、ありがとう、って言いたかったんだと思います」
「俺もそう思う」
「言えてよかったですね、ちゃんと」
「言えてないけどな」
「言えないのを言えてるって言うんです」
「……お前、たまに深いことを言うな」
「ソフィアは三ヶ月でいろいろ覚えました」
━━
依頼を完了して倉庫を出た頃には、夕方になっていた。
ヴェリシアの石畳が西日に橙に染まっている。
シャルロッタは「今日はここで失礼しますわ」と言って、ロングスカートの裾を持ち上げながら去っていった。
背筋は相変わらずまっすぐだった。
でも、歩き方が少しだけ違う気がした。昨日より、足取りが軽い。
「……また来ますかね」とソフィアが言った。
「来る」
「根拠は?」
「あの子の『ごめんなさい』がまだ終わってないから」
ソフィアが少し考えてから「……それはそうです」と言った。
━━
その夜。
俺とソフィアが宿に戻る途中、商業区の裏路地を通りかかった。
「……ご主人さまぁ」
ソフィアが囁いた。
「なんだ」
「あの路地、人の気配があります。女性が一人……あと男が二人」
俺は足を止めた。
「雰囲気は」
「……よくない感じです。女性の方が、押さえ込まれてます」
俺は路地に向かった。
暗がりの奥に、石壁に押しつけられている人影が見えた。
くせ毛のショートボブ。
焦げ茶色の髪。
「ミリアム」
名前を呼んだ瞬間、人影が顔を上げた。
アンバーブラウンの瞳が、俺を見た。
二人の男が振り返った。
顔を隠した雑魚盗賊風の連中で、片方の手にミリアムのスカートの裾を掴んでいた。
「……部外者は引っ込んでろ」
「やだ」
俺は錫杖を水平に構えた。
「ソフィア」
「はいっ」
二人で同時に動いた。
俺が右、ソフィアが左。
三秒で終わった。
二人が路地の石畳に崩れた。
━━
ミリアムが壁から離れた。
スカートの裾が引き裂かれている。
黒いスパッツが露出していた。
「……せ、せんぱいっ!! み、見ましたかっ!? 見てないですよねっ!?」
ミリアムが両手でスカートの裂け目を押さえて、顔を真っ赤にした。
「スパッツしか見てない」
「スパッツも見るなぁ!! せんぱいのばかっ!!」
「落ち着け。怪我はないか」
「……ない、けど……」
ミリアムが左目のピンを指で直しながら、俯いた。
「……また、助けてもらった」
「共和国の義勇兵依頼を調べに来てたのか」
「……はい。自分なりに情報収集しようと思って……で、こんな目に」
「一人で動くな」
「わかってます、でも」
「一人で動くな」
二度言った。
ミリアムが「……はい」と小さく答えた。
ソフィアがスカートの裂け目を見て「替えの布、宿にあります」と言った。
「……ありがとう、ございます」
ミリアムがソフィアに頭を下げた。
声がいつもより素直だった。
《SYSTEM》
《デスティニー結合度:35%》
《運命紋章② 点灯(桜色)》
紋章が一つ増えた。
35%。そして色が変わった。
一つ目の紋章は白だった。今度のは桜色だ。
段階がある、ということか。
(100%になったら、何が起きる?)
答えはまだない。
でも、ミリアムの背中に灯る紋様は、
確実に形を変えながら積み重なっていた。
━━
宿の近くの小路で、三人で立ち止まった。
「ミリアム、明日どこに泊まってる?」
「……安宿です。ヴェリシアに来たばかりで」
「俺たちと同じギルドに登録しろ。一人で動くなら、せめて情報共有できる場所にいろ」
「……先輩、それって」
「仲間として動けってことだ」
ミリアムが俯いた。
しばらく間があって。
「……先輩って、なんでそういうことが、すらって言えるんですか」
「三十三年間、誰にも言えなかった分が貯まってたから」
「……またそれ言うんですか」
「自分でも気に入ってる」
「……ばかみたいです」
「そうかもしれない」
ミリアムがくせ毛を指でいじりながら、小さく「……ありがとうございます、せんぱい」と言った。
声が、かすれていた。
《コメント》
► 「ミリアム……」
► 「素直なミリアムは尊い」
► 「運命紋章②だ……」
► 「登録者数:7,441人↑」
━━
夜、配信を終了した。
《配信終了》
本日の視聴者ピーク:3,201人
登録者数:7,441人(+340↑)
「今日は二人に振り回されました。
ありがとうございました」
ソフィアが「……ご主人さまぁ、今日、全部でいくつ怪我しましたか」と聞いた。
「炎に一回、壁に一回」
「……路地では?」
「無傷」
「よかったです」
「心配してたのか」
「してました」
ソフィアがまっすぐそう言った。
俺はしばらく、その言葉を受け取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして、ご主人さまぁ♪」
しっぽが一度、大きく揺れた。
――どこか遠い場所で、静かに何かがそれを記録した。
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