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第15話 高飛車お嬢様と、地下回廊の洗礼

ピコン。


《LIVE開始》

#異世界配信 #ヴェリシア観光 #新展開の予感 #公国地下回廊

視聴者数:847人 登録者:12,209人


「おはようございます、異世界の皆さん。本日も"清らかなる童貞魂"にてお送りします」


銀砂通りの朝は早い。

石畳を流れる商人たちの喧騒、香辛料とパンの匂い、馬蹄の音。

昨日の翠光章授与の余韻がまだ胸にあるうちに、俺とソフィアは今日の依頼を探すべくギルドへ向かっていた。


ソフィアの銀髪が朝の光を弾き、左右のオッドアイ――紅と氷緑――がきょろきょろと露店を見回している。

しっぽが小さく揺れているのは、機嫌がいい証拠だ。


「ご主人さまぁ、あのパン屋さん昨日も並んでましたけど、今日も行列ですよ」


「名物なんだろうな。帰りに買っていくか」


「やったぁ♪ ソフィア、チーズ入りが食べたいです」


《コメント》

► 平和な朝だ

► ソフィアちゃんのしっぽアニメーションが尊い

► 観光配信かな?


穏やかな朝だ、と思っていた。


その時だった。


「――ちょっと、待ちなさいっ!!」


背後から、よく通る声が飛んできた。


振り返ると、黒髪のツーサイドロングを振り乱しながら、ひとりの少女が全力で走ってくる。

昨日の食堂で別れたはずの――シャルロッタ・サンドラだった。


薄紫のローブはきちんと整えられているが、頬が赤く、息が上がっている。

それでも背筋だけは恐ろしくまっすぐで、どこまでも"お嬢様"だった。


「……あなた方を、探していましたのよっ」


「俺たちを?」


「そうですわっ。昨日の御恩――まだ返せておりませんもの。ですから、しばらくの同行を……」


ひと呼吸。


「……"許可"してさしあげますわっ!」


沈黙が流れた。


ソフィアが俺の袖をそっと引っ張り、小声で言う。


「……ご主人さま。いまお礼を言ったひとが、なぜか許可を出してますよ」


「俺も今そこが気になってる」


《コメント》

► 許可ってなんだよwwww

► 恩人側が許可されてて草

► この子、理屈が逆になってる自覚ないの?

► かわいいwww


「あの、シャルロッタさん。許可するのは……どっちかというと俺たちの側じゃないか?」


「な――っ! わ、わたくしが一緒にいてあげると言っているんですのよ!? 感謝なさいなっ!」


「……なるほど」


俺は深呼吸した。


この子が「助けられた側」で「礼をしたい」という気持ちは本物だ。

ただ、プライドが邪魔をして素直に頭を下げられない。

三十三年間、社会の荒波を泳いできたおっさんの目には、そのくらいは読める。


「……わかった。一日だけ、仮同行だ」


シャルロッタの目が、わずかに見開かれた。


「……一日、ですの?」


「実力を見てから考える。文句あるか?」


「……っ、ないですわ」


口を結んで、でも小さく頷く。

しっぽのないシャルロッタは代わりに裾をぎゅっと握りしめていたが、たぶん本人は気づいていない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ギルドで仕入れた今日の依頼は、ヴェリシア地下回廊の調査任務だった。


公国の地下には古代の交易路が残っており、最近また魔物の活動が活発になっているという。

討伐というより「生態調査+魔物の巣の特定」が主目的の依頼で、Cランク向けのちょうどいい実戦だ。


《LIVE:配信タイトル更新》

「倒れてたお嬢様がなんか追いかけてきてる件について」

#新キャラ登場 #お嬢様同行 #地下回廊調査 #これ修羅場フラグ?

視聴者数:1,204人


「皆さん、本日は急遽ゲストが増えました。えー……シャルロッタさん、一言どうぞ」


「……な、なぜわたくしが一言言わなければなりませんの」


「配信者の世界へようこそ」


「意味がわかりませんわっ!!」


《コメント》

► ゲストかわいいwwww

► 「意味がわかりません」が正直すぎる

► この子絶対ツンデレやんwww


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


地下回廊の入口は、商業区の南端にある古い石階段の先だった。

灯台代わりの魔石灯が等間隔に壁に嵌まっており、淡い青白い光が石壁を照らしている。


階段を降りるとすぐに冷気が漂い始めた。

地面は濡れた石畳で、奥へ行くほど天井が低くなっている。


「ご主人さまぁ、魔物の気配は……まだ遠いですね」


ソフィアの右目、氷緑の瞳が細くなる。

敏感な犬耳が、かすかに動いた。


「シャルロッタさんは戦えるか?」


「当然ですわ。わたくし、魔導学院の主席でしたもの」


「どんな魔法が使える?」


「六属性の基礎魔法全種、上位魔法は火と氷が得意ですわ。回復補助も一通り」


「……優秀だな」


「そのくらいは当然ですわっ。ロリ、じゃなくて、主席ですもの」


「今なんて言った?」


「なんでもありませんわっ!!」


《コメント》

► 「ロリ」って言いかけたwww

► 自覚あるんかいww

► ご主人さまのさりげないツッコミ好き


俺は笑いをこらえながら先へ進んだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


最初の分岐点で、ソフィアが立ち止まる。


「……左から魔物の気配。数は三、四体くらい。小型ですね」


「よし、先制でいく。シャルロッタさんはソフィアの後ろで待機、チャンスがあったら火魔法で援護してくれ」


「……援護、ですの? わたくしが、後ろで?」


「最初の戦闘は連携を確認するためだ。いきなり前に出られると困る」


「……わかりましたわ」


不満そうだったが、今度は素直に頷いた。


左の通路を進むと、蜘蛛型の魔物が四体、石壁に張り付いていた。

《ケイブスパイダー》、体長は犬くらいある。

毒牙を持ち、糸で視界を封じるタイプだ。


「ソフィア」


「はいっ」


俺が音撃魔法で一体を吹き飛ばすと同時に、ソフィアが滑るように前に出て双剣を振るう。

銀の軌跡が二本、別々の個体の脚を正確に切り裂いた。


残り一体が俺めがけて糸を吐こうとした瞬間――


「《フレイムレイ》ッ!」


シャルロッタの杖から橙の光が走り、魔物を直撃した。


炎が石壁を舐めて広がり、残り一体が絶命する。


完璧な援護だった。


「……やるじゃないか」


シャルロッタが「当然ですわ」と言う前に、わずかに表情が緩んだのを俺は見逃さなかった。


《コメント》

► 連携綺麗すぎる

► お嬢様魔法うまっ

► ソフィアちゃんの動きがプロすぎる件

► 登録者数:13,441人 +1,232↑


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


問題は、第三区画に入ってからだった。


「……あっ」


シャルロッタの小さな声。


足元の石畳が崩れ、彼女の体がぐらりと傾いた。

俺が咄嗟に手を伸ばすより早く――


ドンッ。


シャルロッタが俺の胸に正面衝突した。


沈黙。


「…………」


「…………」


胸元に、確かな重みと柔らかさ。

Cランク冒険者の良識が音速で吹き飛んだ。


(……重力に、正直な……)


「――っ、な、なにをッ!!」


シャルロッタが飛び退き、杖を構えて仁王立ちした。

顔が耳まで真っ赤になっている。


「支えようとしたら勝手にぶつかってきたんだが」


「う、嘘ですわっ! あなたが、わたくしに――っ」


「ご主人さま、胸にまだ手が残ってますよ」


ソフィアが半目で言った。


「……すみません反射でした」


「謝る場所が違いますわぁぁぁ!!」


《コメント》

► はいフラグ

► ソフィアちゃんの半目が全てを語っている

► 「反射で」って言い訳が早すぎるwww

► このご主人、童貞のくせに度胸だけはあるな

► 登録者数:14,887人 急上昇中↑↑


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


気まずい空気のまま奥へ進み、魔物の巣を特定して調査票を埋めた頃には、三人とも泥と汗で相当くたびれていた。


地下回廊を出て、夕暮れの銀砂通りに戻る。


「……お疲れ様でした、シャルロッタさん。今日の連携、助かった」


「……当然の働きをしたまでですわ」


「また一緒に来るか?」


沈黙。


三秒ほど経って、シャルロッタが「……条件次第ですわ」と言った。

ソフィアがくすりと笑う。


「ご主人さまぁ、今日の依頼報酬でそのチーズパン買えますよ」


「買いに行くか。……シャルロッタさんも来るか?」


「……わ、わたくし、パンなどどこでも買えますわ」


「一緒に行く、ってことでいいか」


「……ついていってあげますわっ」


三人で、夕焼けに染まる石畳を歩いた。


先を歩くシャルロッタの裾が、風に揺れている。

その背中が、昨日路地で一人だった時よりも、少しだけ軽そうだった。




《配信終了》

本日の視聴者ピーク:4,112人

登録者数:15,203人(+2,994↑)

スパチャ受信:「お嬢様が可愛すぎる」「シャルロッタ推し確定」


《編集中…》

「今日は素材が多すぎる。サムネはあの衝突シーンで行くか……」

「……いや、それはさすがにコンプラ的にアウトかもしれない」




【Xの評】


「ほーん。没落令嬢、思ったより根が素直じゃないか。

高飛車の外装は薄いぞ、あれ。三話以内に泣く。賭けていい」


── ヴァロウ、ポップコーンを口に放り込みながら採点表に◎を記入



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