第14話 商業都市の陽光と、空腹の少女
翠光章の授与式は、朝の早い時間に行われた。
会場は連邦の「フィンリース元老院」。
ゼルティアの段丘都市の最上部にある石造りの建物で、連邦の統治機関としての機能を持つ。
普段は市民が立ち入れない区画だが、翠光章の授与式のみ特例で開放される。
天井まで届くステンドグラスから、緑の光が差し込んでいた。
連邦の紋章――巨木を模したデザイン――が、光の中に浮かんでいる。
「ヒデ・シデナオ殿、並びにソフィア・エルグリッド殿」
代理官の低く響く声が、石造りの壁に反響した。
「あなた方は連邦において翠葉等級の試練を乗り越え、誇りある冒険者としての真価を示した。翠光章は、翠葉協定において定められた"共に生きる者"の証。ここに、その意志を称え、授与するものである」
手渡された勲章は、小さな葉の形を模していた。
中央に連邦の古紋章。大地の精霊との契約を示すこの意匠が、連邦における信用の象徴だ。
俺は両手でそれを受け取った。
軽い。
これほど軽いのに、ここまで来るのにずいぶん時間がかかった。
視聴者ゼロから始まった配信が、今は六千人を超えた。
スラムで銀耳の少女を買って、盗賊団と戦って、試練をくぐり抜けて。
転生してから、いったい何ヶ月経ったんだろう。
「ご主人さまぁ……」
ソフィアが隣で自分の勲章を見つめていた。
オッドアイに緑の光が反射している。
「ちゃんと受け取れましたね」
「ああ」
「転生してから、ずっと続けてきたんですね」
「お前もだ」
ソフィアが少し驚いたように俺を見た。
それから「……はい」と静かに言った。
《コメント》
► 「翠光章おめでとう!!」
► 「ソフィアちゃんの目に光が反射してる」
► 「ここまで来たんだ……」
► 「登録者数:6,441人↑」
授与式の後、ギルドで正式なCランク登録を完了させた。
支部長代理が笑顔で証明書を渡してくれた。
「おめでとう、神酒殿。翠光章の所持により、貴族区や学術機関への立ち入り、外交施設の申請、さらには公国側の通行証にも準じる資格が得られます」
「ありがとうございます」
「連邦の試練をここまで早く突破したパーティは、ここ数年では初めてですよ」
「……そうなんですか」
「ええ。ブラックサンダーの件も含めて、ギルドとして記録に残す予定です」
俺は少し黙った。
「……記録に残すんですか」
「もちろんです。これはあなた方の実績ですから」
ソフィアが俺の袖をそっと引いた。
「……ご主人さまぁ、嬉しくないんですか?」
「嬉しい。でも、実感がまだない」
「そういう時は」
「そういう時は?」
「美味しいものを食べると実感が来ます」
「……お前はいつもそこに着地するな」
「ソフィアの経験則です」
翌日、ゼルティアを発った。
行き先は公国・ヴェリシア。
翠光章があれば公国ギルドへの正式登録も可能になる。
次のステップは公国での活動基盤を作ることだ。
馬車賃は今回は出せた。銀貨五枚。
財布の中身に余裕が出てきたことを、改めて実感した。
「馬車だ」とソフィアが言った。
「ああ」
「前は歩きましたね」
「金がなかったから」
「今は?」
「少しある」
「……よかったです」
馬車が街道を南へ走る。
窓から見える連邦の景色は、いつもと同じように緑が深い。
翠光章が鞄の中にある。
それだけで、この景色の意味が少し変わった気がした。
《LIVE継続中》
「公国に向かってます。馬車配信です」
#異世界配信 #公国移動 #Cランク初仕事
視聴者数:1,203人
《コメント》
► 「馬車配信いい」
► 「景色きれい」
► 「公国で何するの?」
「公国で基盤を作ります。あとは……向こうで何かあると思います」
「何があるんですか」とソフィアが真剣な顔で聞いた。
「わからないから何かって言ってる」
「……根拠なく突っ込むところが、ミリアムさんに似てます」
「……そうかもしれない」
ヴェリシアに着いたのは昼を過ぎた頃だった。
公国ギルドで通行証の更新と登録情報の変更を済ませ、街へ出た。
ソフィアがすぐに言った。
「ご主人さまぁ、あのパン屋さん、いい匂いがします」
「前に来た時も言ってたな」
「また来たんだから、また言います」
「……理屈は通ってる」
銀砂通りは相変わらず賑やかだった。
各国の商人、旅人、傭兵。色とりどりの旗と布、混ざり合う言語と匂い。
ソフィアの犬耳がぴこぴこと動いている。
情報量が多すぎて全部拾おうとしているらしい。
「全部嗅がなくていい」
「でも全部気になります」
「三つまで」
「……パン屋さんとスパイス屋さんと、あとあの花の匂い」
「それ以上は今日は禁止だ」
「……はい」
なぜか素直に従った。
通りの途中で、ソフィアが止まった。
「……あの子」
石段の脇、日陰の部分。
一人の少女が壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。
薄紫のローブ。白く整った肌。気品のある顔立ち。
でも、その指先が小さく震えていて、唇が乾いていた。
「大丈夫ですか!?」
ソフィアが駆け寄った。
少女が顔を上げた。
「……は、い……大丈、夫……」
答えながら、体がゆっくりと傾いた。
俺が間に合った。
倒れる体を支えて、近くの食堂に運ぶ。
「何か食べられるものをすぐ出してもらえますか」
「パンとスープでいいか?」
「それで十分です、お願いします」
食堂の席で、少女はゆっくりとスープを飲んだ。
湯気が顔に当たるたびに、わずかに血色が戻っていく。
しばらく経ってから、少女は静かに口を開いた。
「……シャルロッタ・サンドラと申します。魔導学院の、主席でした」
「でした……?」とソフィアが首を傾げた。
「今はまだ退学にはなっていません。けれど、奨学金の支給が遅れていて、寮費もままならず……今日は食堂の利用も断られ……」
目を伏せながら、懐からくしゃくしゃになった昼食券を取り出した。
「……父が病に倒れて、家からの支援も途絶えてしまいまして……こういう事態は、本来……」
言葉が途切れた。
プライドが邪魔をしているのが見えた。
「助けてくれ」とは言えない子だ。
でも今日は、体が限界だったのだろう。
俺は食べ残したパンを包んで、少女の手に持たせた。
「栄養は大事だ。食べておけ」
「……でも、これはあなた様の」
「余りだ。気にするな」
少女が少しだけ、笑みを浮かべた。
「……あなた様は、優しい方なのですね」
「そういうわけじゃない。目の前で倒れられると面倒だから」
「……それでも、優しい方だと思います」
少女は立ち上がり、「ありがとうございました」と頭を下げた。
すっと立ち去る背筋は、まだ真っ直ぐだった。
ソフィアが小声で言った。
「……また、会える気がします」
「なんで?」
「ソフィアの勘です」
「精度は?」
「……だいたい合ってます」
《コメント》
► 「また誰か拾った」
► 「ご主人さまの行動パターン読めてきたw」
► 「あの子、気になる」
► 「ソフィアの勘を信じる」
食堂を出て、ギルドの掲示板の前を通りかかった時だった。
一枚の張り紙が目に入った。
【共和国方面 義勇兵募集】
対象:盗賊団討伐・反乱分子の鎮圧支援
報酬:要相談 試練挑戦資格あり
問い合わせ:ヴェリシア傭兵組合南支部
「共和国……」
その言葉を口にした途端、隣にいた露天商が声を潜めた。
「あんたら……その張り紙、あんまり真に受けない方がいい。あの国は今、いろいろ不穏でね」
「不穏、というのは」
「腐敗が進んでる。上が私腹を肥やして、下の市民が締め上げられてる。反乱の火種がそこかしこにある。義勇兵の募集といっても……どっちの側の募集なのかわからないんだよ」
露天商が視線だけで掲示板の周囲を示した。
フードを目深に被った男が三人、黙って立っている。
目線がこちらに向いている。
「行こ、ご主人さまぁ」
ソフィアが俺の袖を引いた。
「ああいう目、好きじゃないです」
「俺もだ」
静かに背を向けた。
背後で、張り紙が風に揺れる音がした。
《コメント》
► 「不穏すぎる」
► 「共和国アークくるか」
► 「あの目がやばい」
► 「続きが気になりすぎる」
「……次は、どこに行くんですか」
ソフィアが聞いた。
「まだ決めてない。でも、あの張り紙は気になる」
「危なそうです」
「危なそうなところにしか、撮れ高はない」
ソフィアが少し考えてから「……それはそうです」と言った。
夕暮れがヴェリシアの石畳を橙に染めていた。
――夜の中で、どこかの視線がゆっくりとその二人を追った。
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