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第1話:異世界開封の儀

 目が覚めたのは、音のせいだった。




 チン、と。




 錫杖の先端の環が、風に揺れてかすかに鳴った。


 その音が耳に届いた瞬間、俺の意識は一気に浮上した。




 紫がかった巨大な樹木。


 ねじれた幹に絡まる蔦。


 朝露にきらめく苔と、どこか甘い花の香り。


 頭上では「キュルルル……」という聞いたことのない鳥が鳴いている。




 現実ではない、と直感でわかった。




「……ここが、異世界か」




 声に出してみると、思ったより落ち着いた声が出た。


 三十三年間、理不尽に慣れすぎたのかもしれない。




 立ち上がり、自分の体を確認する。


 怪我なし。疲労なし。むしろ体が軽い。


 昨日まであった肩の重みが、跡形もなく消えていた。




(……社畜の体、リセットされたのか)




 手の中には、細身の錫杖。




 先端に七色の環が重なり、ゆっくりと揺れている。


 触れると、掌に馴染むような温かさがあった。




「虹環のスティラーヴェ、か」




 女神に職業を告げた時、「旅芸人なら錫杖が合う」と言って渡してくれた固有武器だ。


 演奏にも、棒術にも、魔法の伝達にも使えると言っていた。




 試しに軽く振ると、七つの環が連鎖して涼やかな音を立てた。


 森の小動物たちが、ざわりと身を縮める気配がする。




「……まずは、スキルの確認だな」




 空中に向かって、指を立てた。




 何も起きない。




「……えーと。メニュー? ステータス?」




 何も起きない。




「開けっ!」




 《ピコン》




 ウィンドウが出た。




「なんで最後のが効いたんだ」




 自分でも突っ込みながら、表示を確認する。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【ステータス:神酒秀直】


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 職業:《旅芸人》


 称号:《異世界配信者》




 武器:《七環錫杖・虹環のスティラーヴェ》


 演奏・棒術・魔法伝達兼用




 ■メインスキル




 《インフィニット・ストリーム》SSR


 世界同時配信・実況UI・成長型ユニーク


 登録者数・注目度に比例してステータス上昇




 《レビュー能力》SR


 対象の詳細情報・弱点解析




 《サブスクリプション召喚》SR


 登録者数で限定アイテム・仲間召喚




 ■解放済みスキル




 《打音術・初伝》


 《旅の歌・基礎》


 《言語理解》


 《気配察知・初級》


 《治癒補助・小》


 《地図記憶》ほか




 ■未開放スキル




 《視聴者干渉》


 《ガチャ開封の指先》


 《物流召喚アプリ》ほか




 解放条件:登録者数達成・各国試練クリア


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「多い……でも、ほとんどロックされてる」




 未開放スキルのアイコンがずらりと並んでいる。


 南京錠のマークと「条件未達成」の文字。




「登録者数で解放、か。じゃあまず配信しないと何も始まらないわけだ」




 《インフィニット・ストリーム》を起動する。




 視界の左端に《REC》ランプが赤く点灯した。


 コメント欄が現れる。視聴者数はゼロ。


 カメラアングルは自分の視点と連動しており、指一本でズームやパン操作ができる。




 俺は一度、深呼吸した。




 視聴者ゼロ。


 登録者ゼロ。


 所持金も、仲間も、知識もない。




 でも、画面は開いている。


 俺の声を、どこかへ届ける準備だけはできている。




「皆さん、こんにちは。俺は神酒秀直、三十三歳。昨日まで社畜やってましたが、いろいろあって異世界に来ました」




 誰もいない森に向かって喋る。


 視聴者ゼロの配信画面は静かに開かれたまま、コメントは来ない。




「……まあ、最初はそんなもんか」




 気にせず歩き出した。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 十五分ほど森を歩いたとき、枝が揺れた。




 《気配察知・初級》が反応する。


 ウィンドウの端に「接近:生物×1」の表示。




 姿が見えた。




 黒羽の鳥だ。


 体長は五十センチほどだが、鉤爪が異様に鋭い。


 赤く光る瞳が俺を捉え、翼を広げた瞬間に《レビュー能力》が起動した。




 《ホロウバード》


 生息域:大森林全域


 体長:40〜60cm


 攻撃:鉤爪攻撃・飛びかかり型


 弱点:脚の付け根


 危険度:Eランク相当




「実況します――異世界、初戦闘」




 声に出した瞬間、ホロウバードが急降下してきた。




 速い。


 想像の三倍は速かった。




 俺は咄嗟に錫杖を横に構えて、鉤爪を弾く。


 金属と爪がぶつかる衝撃が腕を走った。




(……痛い。普通に痛い)




 ホロウバードは木の幹を蹴って即座に軌道を変え、今度は背後から来た。




 振り返りながら《打音術・初伝》を発動する。




 杖の環を打ち鳴らす。


 七色の衝撃波が扇状に広がり、ホロウバードの翼を直撃した。




「っしゃ!」




 バランスを崩した鳥が地面に落ちる。


 が、すぐに起き上がって再び翼を広げた。




(一撃じゃ終わらないのか)




 弱点は、羽ばたき動作中の脚の付け根。


 つまり、飛び上がる瞬間を狙う。




 俺は錫杖を下段に構え、鳥が地面を蹴るタイミングを待った。




 来た。




「――打音・烈波ッ!」




 環が共鳴する。


 波動が爆ぜ、ホロウバードの脚の付け根を直撃した。




 鳥は弧を描いて吹き飛び、茂みに落ちる。


 少し間があって、羽音が遠ざかっていった。




「……はあ。疲れた」




 膝に手をついて、息を整える。


 草の上に座り込んで、ウィンドウを見た。




 《コメント》


 ►「やばwww本当に戦ってる」


 ►「カメラワークが生々しい」


 ►「解説入れてくれて助かる」




「え、いる? 見てる人、いる!?」




 視聴者数:3人。




 たった三人だ。


 でも、ゼロではなかった。




 俺は思わず立ち上がった。




「い、いらっしゃいませ!! 登録よろしくお願いします!!」




 《コメント》


 ►「うわテンション上がったwww」


 ►「登録した」


 ►「異世界の鳥って食えんの?」




「食えるかどうかは今後調べます!!」




 笑いが込み上げてきた。




 たった三人。


 でも、この世界で俺の声を聞いてくれた三人だ。




 《サブスクリプション召喚》のアイコンが点滅する。




 《登録者数:3人達成》


 《特典アンロック:《旅道具セット》》




 小さなポーチが手の中に出現した。


 中には包帯、簡易地図、火打ち石、干し肉が少し。




「……ありがとうございます、マジで」




 誰に言うわけでもなく、呟いた。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 森を抜けると、丘の向こうに街が見えた。




 塔の群れ。


 段丘を活かした白い街並み。


 石造りの城門から流れ出す人波。馬車の往来。


 城壁の上には旗が揺れていて、その紋章は巨木を模したデザインだった。




「あれが……ウィズニアム連邦の首都、ゼルティアか」




 異世界の空は淡い紫と金色のグラデーション。


 風の匂いも、光の角度も、現実世界とは微妙に違う。




「――ここから、俺の異世界チャンネルが始まる」




 錫杖を肩にかけ、丘を下り始めた。




 視聴者数はまだ三人だ。


 でも、最初はゼロだった。




 《LIVE継続中》


 《視聴者数:3人》


 《登録者:3人》




「これ見てる人、ありがとうございます。もう少ししたら街に着くんで、一緒に入城しましょう」




 コメント欄に「楽しみ」の文字が流れた。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 その夜、簡易テントを張って休もうとしたとき、配信ウィンドウに通知が届いた。




 《システム通知》


 From:転生担当アンヌ




 ちゃんと到着できたみたいで良かった。


 一応、簡単なチュートリアルだけ送るね。




 ・《インフィニット・ストリーム》は注目度で進化する。


 ・視聴者が増えれば増えるほど、できることが増える。


 ・ロック中のスキルは、各国の試練をクリアすることで段階的に解放されていく。


 ・五大国すべてで認められたとき、何かが起きるかもしれない。




 それだけ。あとは自分で見つけて。


 頑張れ、元社畜。




 ――やらかし女神より




「やらかし女神って自分で言うのか」




 俺は小さく笑って、ウィンドウを閉じた。




 木々の間から星が見える。


 現実世界とは配置が違う、見知らぬ星座。




「……よし」




 目を閉じる前に、もう一度だけ配信ウィンドウを開いた。




 《LIVE終了》


 《本日の最高視聴者数:3人》


 《登録者数:3人》


 《総配信時間:47分》




「今日はここまでです。また明日、ゼルティアの街から配信します。


 チャンネル登録してくれた三人、ありがとうございました」




 最後のコメントが流れた。




 《コメント》


 ►「おやすみ」




 異世界の初日が、静かに終わった。




 ――どこかで、ペンが走る音がした気がした。




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