表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/11

第0話:崩れた人生、転生の幕開け

 残業百時間超えが三ヶ月続いた頃から、俺は夢を見なくなった。




 神酒秀直、三十三歳。


 独身、童貞、賃貸暮らし。貯金は辛うじて二桁万円。


 ブラック企業の営業三課に配属されてから八年間、「もう少しだけ頑張れば」という言葉を呪文のように唱えながら生きてきた。




 好きなことで生きたかった、という気持ちが、確かにあった。




 高校の頃、友人にバンドへ誘われて断った夜。


 大学の頃、面白いと思った小説を書きかけて、就活の忙しさで放り投げた夜。


 社会人になってからも、たまに動画サイトで異世界ものの朗読を聴きながら、「俺もこういうの作れないかな」と思った夜。




 全部、「いつか」に先送りにしてきた。




 そして三十三歳の今、「いつか」はまだ来ていない。




「お疲れっす……」




 深夜零時過ぎのオフィスビル。


 誰もいないエレベーターに乗り込み、一階のロビーへ降りる。


 コンビニで買ったおにぎり一個を片手に、夜風の中を歩く。




 体の芯が鉛みたいに重い。


 頭の中は、すでに明日の朝イチの会議のことでいっぱいだった。




 それでも、足は自然と帰路を踏んでいた。




 信号が青になった。


 渡ろうとした、その瞬間。




 視界の端で、光が膨らむ。




(あっ――)




 キキキキキィィィィ――ドガァァンッ!!




 身体が浮いた。


 街が回転した。


 音が遠くなった。




 闇。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 静かだった。




 懐かしい顔が浮かんでくる。


 子供の頃、縁側で将棋を指してくれた祖父。


「秀直はいい子だ」と笑ってくれた母の顔。


 一度だけ海に連れて行ってもらった父の横顔。


 友人の声。バンドの誘い。


 書きかけたままの、あの小説の続き。




(……ああ、これが走馬灯か)




 不思議と痛くなかった。


 不思議と、恐怖もなかった。




 ただ、ひとつだけ残念なことがあった。




 俺は一度も、「好きなことで生きた」ことがなかった。




「……やっば。本当にやっちゃった。ごめんて」




 唐突に、軽い声が響いた。




 闇の中に、光が灯る。




 銀髪のショートボブ。


 ふわふわした白いローブ。


 どこか申し訳なさそうに頭をかきながら、少女――というより、妙に浮世離れした存在が目の前に立っていた。




「えーと……神酒秀直さん、だよね? ごめんね、本当に。転生管理の手順ミスで、登録済みの転生者の枠に誤ってヒットしちゃった。完全にこっちのミス」




「……お前のせいか」




「そうとも言う。言い訳はしない。ちゃんと責任は取る」




 彼女はぱちんと指を鳴らした。




 空中に、きらめくUIウィンドウが展開される。




「今回は“神の特別詫びパック”を用意した。異世界転生そのものは確定。行き先は、人間が五大国に分かれて割拠してる剣と魔法の世界。そこで新しい人生を始めてもらう」




「……俺に選択権は?」




「ない。ごめん。でも、せめてこれは用意した」




 差し出されたのは、三つのサイコロだった。


 掌に乗せると、やたらと冷たかった。




「このサイコロ三つの出目の和が、追加でガチャを引ける回数になる。ぞろ目が出ればボーナスで回数が増える。最高で十九連。そして――これが一番大事なんだけど」




 彼女が、少しだけ表情を変えた。




「詫びパックの目玉として、“SSR以上確定のユニークスキル”を一個、無条件で渡す。それだけは約束する」




 俺はサイコロを見つめた。




 三十三年間、ずっと他人の決めたレールの上を走ってきた。


 残業も、仕事も、生き方も、全部「仕方ないから」だった。




 でも今は、自分でサイコロを握っている。




「……一つだけ聞いていいか」




「うん」




「異世界で、好きなことをやっていいか」




 女神は一瞬だけ目を丸くして――それから、少し柔らかく笑った。




「もちろん。それが、あなたの“存在理由レゾンデートル”になるかもしれないから」




 俺は深呼吸して、サイコロを振り下ろした。




 カラカラカラ――コロコロコロ……。




 止まった。




「おっ、六・六・一! 二個ぞろ目でボーナス追加、計十四回ガチャ確定! なかなかの運持ってるじゃん!」




「ぞろ目なのに一が混じってるのが俺の人生って感じがする」




「……うまいこと言うね」




 女神はUIを操作しながら、確定スキルを読み上げた。




「詫びパックの確定SSR――《インフィニット・ストリーム》。異世界の現実をどこへでも配信できる、世界規模のユニークスキル。注目度と登録者数に比例してステータスが上昇する、成長型の超特典」




 配信スキル。




 俺の声が、世界に届く。




 その言葉だけで、胸の奥に、忘れていた何かが少しだけ熱を持った。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 《ガチャ結果一覧》




 ★確定詫びSSR


 《インフィニット・ストリーム》


 世界同時配信・実況UI・成長型ユニーク




 ★追加取得スキル


 《レビュー能力》


 《サブスクリプション召喚》


 《物流召喚アプリ》


 《旅の歌・基礎》


 《打音術・初伝》


 《治癒補助・小》


 《言語理解》


 《気配察知・初級》


 《地図記憶》


 《編集強化》


 《荷物軽量化》


 《料理・基礎》




 未開放スキル多数あり。


 解放条件:登録者数達成・各国試練クリア。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「職業は希望があれば言って。なければランダムになるけど」




「……旅芸人でいい」




「旅芸人?」




「ああ。世界を回りながら、見たものを伝える。そういう生き方をしたかった」




 女神が静かに頷いた。




「わかった。じゃ、行き先はウィズニアム連邦・大森林の外れ。人から遠すぎず、近すぎず。初心者にはちょうどいい場所」




 ウィンドウが消え、足元から光が噴き上がってくる。




「最後に一個だけ」




 俺は振り返った。




「……今回、本当にごめんね。あなたの人生、奪っちゃった」




「いや」




 俺は首を振った。




「もう少しで、自分から潰してたところだった。むしろ、ちょうどよかったかもしれない」




 女神が、今度こそちゃんと笑った。




「あなたの存在理由を、見つけてきて」




 光が広がる。


 意識が溶けていく。




(今度こそ――好きなことで、生きていく)




 そして俺は、異世界へ落ちた。




少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ