第13話 翠光の祠、封じられし門へ
山道は緩やかに続いていた。
連邦北部の山中は、首都ゼルティアとは空気が違う。
木々が高く、日差しが届きにくい。
地面は苔に覆われ、踏むたびに柔らかく沈む音がした。
「……空気が澄んでます」とソフィアが言った。
「山の中だからな」
「こういう場所、好きです。人の匂いがしない」
俺は少し考えてから「そうか」と言った。
人の匂いがしない場所が好き、という感覚は、俺には少しわからない。
でも、彼女がそう言うなら、そういうことなのだろう。
舗装されていない獣道を進むと、石畳の古い参道が現れた。
苔に覆われた石灯籠が等間隔に並んでいる。
その奥に、石造りの門が見えた。
「あれが、翠光の祠か」
《LIVE開始》
「連邦試練、翠光の祠に来ました」
#異世界配信 #翠光の祠 #Cランク試練
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《コメント》
► 「ついに来た」
► 「雰囲気が完全に違う」
► 「ソフィアちゃんの顔が真剣だ」
扉がゆっくりと開いていく。
「神酒秀直、翠葉等級として試練への挑戦を認証します。入場を許可します」
声がした。どこからとも知れない。
「……自動認識か」
「魔法の声ですね」とソフィアが言った。耳が少し伏せている。
「怖いか?」
「……少し」
「俺もだ。行くぞ」
内部は薄暗く、壁には発光鉱石が嵌め込まれていた。
青白い光が石壁を照らし、床に長い影を作る。
「三つの間がある。制限時間はわからない。一室ずつ確認しながら進む」
「わかりました」
【第一の間:魔法陣の間】
最初の部屋に入ると、地面に巨大な魔法陣が光り出した。
幻影が浮かぶ。魔力体の敵が四体、武器を構えてこちらを見ている。
「戦闘試練か」
「幻影ですが、攻撃は実体があります」とソフィアが囁いた。
「感触でわかるのか?」
「匂いが、生きてる魔物と少し違います。でも当たれば痛いはずです」
「……お前の鼻は便利だな」
「ご主人さまに褒められると嬉しいです」
「今は集中しろ」
「はいっ」
幻影が一斉に動いた。
俺は先手で「打音・烈波」を放つ。
衝撃波が広がり、二体がよろめく。
ソフィアが滑るように前に出た。
双剣が銀の軌跡を描き、よろめいた一体の動きを完全に止める。
残り二体が俺に向かってくる。
一体を錫杖で弾いて押し返し、もう一体に追撃の「打音・波紋」を叩き込む。
ソフィアが最後の一体の背後を取った。
「はっ」
短い声と共に、幻影が霧散した。
魔法陣の光が消える。
「……やれたな」
「はい」
ソフィアが軽く息を整えながら双剣を収めた。
《コメント》
► 「連携綺麗すぎる」
► 「ソフィアちゃんの動きが洗練されてきた」
► 「三ヶ月前と別人みたいだ」
【第二の間:知恵の扉】
三枚の石扉が並んでいた。
壁に古代語で文が刻まれている。
「読めるか?」
「わかりません」とソフィアが言った。
俺は《言語理解》スキルを使って翻訳した。
『真理は最も遠い道の先にあり、偽りは最も近きに口を開く』
「遠い道を選べ、ということか」
三枚の扉を眺めた。
左が一番近く、右が一番遠い。
中央は中間だ。
「……右か」
「根拠は?」
「問いの形から、素直に遠い方を選ぶのが正解に見える。これが罠なら、逆を選ぶのが正解になる。どちらにしても、最も素直な答えである右を選ぶ」
ソフィアが少し考えた。
「……ご主人さまって、こういう時は真剣ですね」
「こういう時だけじゃなくても真剣なつもりだが」
「普段はわりと抜けてます」
「……そうか」
右の扉を開けた。
先には広い部屋があった。
「正解」の表示が壁に現れ、次の間への道が開いた。
《コメント》
► 「やはり読めるのか」
► 「スキルの使い方が上手くなってる」
► 「ソフィアのツッコミが地味にうまい」
【第三の間:守護獣の部屋】
最後の部屋は広い。
中央に巨大な石像が立っていた。
全身に古代の紋様が刻まれ、瞳の部分に発光鉱石が嵌っている。
俺たちが入ると、瞳に光が宿った。
石像が動き出した。
「来るぞ」
重い足音が床を揺らす。
石像の腕が雷を纏い、俺たちに向かって振り下ろされた。
「跳べッ!」
ソフィアが飛び退き、俺は横に転がった。
床に巨大なひびが入る。
「……本気で殺しに来てる」
「試練ですから」とソフィアが真顔で言った。
「そうだな」
石像が向き直った。
今度は俺に向かってくる。
「ソフィア、左の脚を頼む!」
「はいっ」
ソフィアが弓を構え、左脚の関節部を狙った。
矢が命中する。石像の動きがわずかにぶれた。
その隙に俺は接近して錫杖に魔力を込める。
「打音・貫通ッ!!」
七環が高速で回転し、収束した衝撃波が石像の胸部紋様に直撃した。
紋様にひびが入る。
石像が後退した。
「もう一度!」
俺が錫杖を構えると同時に、ソフィアが二本目の矢を放った。
今度は右脚の関節。
石像がよろめく。
「行くぞ」
三歩踏み込んで、全力の「打音・烈波」を放った。
爆発的な衝撃が石像を吹き飛ばした。
石像が中央で崩れ落ちた。
室内に満ちていた魔力が、ゆっくりと霧散していく。
静寂が戻った。
部屋の奥に、宝箱が現れた。
開けると、緑に輝く小さな勲章が入っていた。
翠光章。
連邦がこの冒険者を認めた、証。
「……これが、翠光章か」
ソフィアがそっと手に取った。
緑の光がオッドアイに反射して、左の紅と右の氷緑がそれぞれ違う色に輝いた。
「……ご主人さまぁ、すごいです」
「俺たちが、だ」
「……俺たちが、すごいです」
ソフィアが繰り返した。
今度は、少し誇らしそうに。
《コメント》
► 「翠光章取得おめでとう!!」
► 「ソフィアちゃんの目がきれい」
► 「二人でやり遂げた感が最高」
► 「登録者数:6,012人↑」
祠を出ると、夕焼けが空を染めていた。
「帰ろう」
「はい」
山道を下りながら、ソフィアが言った。
「次は、公国に行くんですよね」
「ああ。Cランクになったし、翠光章もある。公国でやれることが増える」
「ミリアムさんも来ますか?」
「来ると言ってた」
「……楽しみです」
「そうだな」
「ご主人さまは楽しみじゃないんですか」
「楽しみだ。でも公国で待ってる面倒事の方が先に頭に来る」
ソフィアがくすりと笑った。
「……ご主人さまって、やっぱり抜けてますね」
「どこが」
「楽しいことより面倒なことを先に考えるのが」
「社畜の習性だ」
「……ソフィアは、楽しいことを先に考えます」
「見習う」
「ほんとですか」
「……努力する」
夕暮れの山道を、二人で歩いた。
――その足音が遠ざかるまで、何かがそこに目を向けていた。
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