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第13話 翠光の祠、封じられし門へ

 山道は緩やかに続いていた。




 連邦北部の山中は、首都ゼルティアとは空気が違う。


 木々が高く、日差しが届きにくい。


 地面は苔に覆われ、踏むたびに柔らかく沈む音がした。




「……空気が澄んでます」とソフィアが言った。




「山の中だからな」




「こういう場所、好きです。人の匂いがしない」




 俺は少し考えてから「そうか」と言った。


 人の匂いがしない場所が好き、という感覚は、俺には少しわからない。


 でも、彼女がそう言うなら、そういうことなのだろう。




 舗装されていない獣道を進むと、石畳の古い参道が現れた。


 苔に覆われた石灯籠が等間隔に並んでいる。


 その奥に、石造りの門が見えた。




「あれが、翠光の祠か」




 《LIVE開始》


「連邦試練、翠光の祠に来ました」


 #異世界配信 #翠光の祠 #Cランク試練


 視聴者数:2,103人 登録者:5,441人




 《コメント》


 ► 「ついに来た」


 ► 「雰囲気が完全に違う」


 ► 「ソフィアちゃんの顔が真剣だ」






 扉がゆっくりと開いていく。




「神酒秀直、翠葉等級として試練への挑戦を認証します。入場を許可します」




 声がした。どこからとも知れない。




「……自動認識か」




「魔法の声ですね」とソフィアが言った。耳が少し伏せている。




「怖いか?」




「……少し」




「俺もだ。行くぞ」




 内部は薄暗く、壁には発光鉱石が嵌め込まれていた。


 青白い光が石壁を照らし、床に長い影を作る。




「三つの間がある。制限時間はわからない。一室ずつ確認しながら進む」




「わかりました」






【第一の間:魔法陣の間】




 最初の部屋に入ると、地面に巨大な魔法陣が光り出した。




 幻影が浮かぶ。魔力体の敵が四体、武器を構えてこちらを見ている。




「戦闘試練か」




「幻影ですが、攻撃は実体があります」とソフィアが囁いた。




「感触でわかるのか?」




「匂いが、生きてる魔物と少し違います。でも当たれば痛いはずです」




「……お前の鼻は便利だな」




「ご主人さまに褒められると嬉しいです」




「今は集中しろ」




「はいっ」




 幻影が一斉に動いた。




 俺は先手で「打音・烈波」を放つ。


 衝撃波が広がり、二体がよろめく。




 ソフィアが滑るように前に出た。


 双剣が銀の軌跡を描き、よろめいた一体の動きを完全に止める。




 残り二体が俺に向かってくる。




 一体を錫杖で弾いて押し返し、もう一体に追撃の「打音・波紋」を叩き込む。




 ソフィアが最後の一体の背後を取った。




「はっ」




 短い声と共に、幻影が霧散した。




 魔法陣の光が消える。




「……やれたな」




「はい」




 ソフィアが軽く息を整えながら双剣を収めた。




 《コメント》


 ► 「連携綺麗すぎる」


 ► 「ソフィアちゃんの動きが洗練されてきた」


 ► 「三ヶ月前と別人みたいだ」








【第二の間:知恵の扉】




 三枚の石扉が並んでいた。




 壁に古代語で文が刻まれている。




「読めるか?」




「わかりません」とソフィアが言った。




 俺は《言語理解》スキルを使って翻訳した。




『真理は最も遠い道の先にあり、偽りは最も近きに口を開く』




「遠い道を選べ、ということか」




 三枚の扉を眺めた。


 左が一番近く、右が一番遠い。


 中央は中間だ。




「……右か」




「根拠は?」




「問いの形から、素直に遠い方を選ぶのが正解に見える。これが罠なら、逆を選ぶのが正解になる。どちらにしても、最も素直な答えである右を選ぶ」




 ソフィアが少し考えた。




「……ご主人さまって、こういう時は真剣ですね」




「こういう時だけじゃなくても真剣なつもりだが」




「普段はわりと抜けてます」




「……そうか」




 右の扉を開けた。




 先には広い部屋があった。


「正解」の表示が壁に現れ、次の間への道が開いた。




 《コメント》


 ► 「やはり読めるのか」


 ► 「スキルの使い方が上手くなってる」


 ► 「ソフィアのツッコミが地味にうまい」






【第三の間:守護獣の部屋】




 最後の部屋は広い。




 中央に巨大な石像が立っていた。


 全身に古代の紋様が刻まれ、瞳の部分に発光鉱石が嵌っている。




 俺たちが入ると、瞳に光が宿った。




 石像が動き出した。




「来るぞ」




 重い足音が床を揺らす。


 石像の腕が雷を纏い、俺たちに向かって振り下ろされた。




「跳べッ!」




 ソフィアが飛び退き、俺は横に転がった。


 床に巨大なひびが入る。




「……本気で殺しに来てる」




「試練ですから」とソフィアが真顔で言った。




「そうだな」




 石像が向き直った。




 今度は俺に向かってくる。




「ソフィア、左の脚を頼む!」




「はいっ」




 ソフィアが弓を構え、左脚の関節部を狙った。


 矢が命中する。石像の動きがわずかにぶれた。




 その隙に俺は接近して錫杖に魔力を込める。




「打音・貫通ッ!!」




 七環が高速で回転し、収束した衝撃波が石像の胸部紋様に直撃した。




 紋様にひびが入る。




 石像が後退した。




「もう一度!」




 俺が錫杖を構えると同時に、ソフィアが二本目の矢を放った。




 今度は右脚の関節。




 石像がよろめく。




「行くぞ」




 三歩踏み込んで、全力の「打音・烈波」を放った。




 爆発的な衝撃が石像を吹き飛ばした。




 石像が中央で崩れ落ちた。


 室内に満ちていた魔力が、ゆっくりと霧散していく。




 静寂が戻った。








 部屋の奥に、宝箱が現れた。




 開けると、緑に輝く小さな勲章が入っていた。




 翠光章。




 連邦がこの冒険者を認めた、証。




「……これが、翠光章か」




 ソフィアがそっと手に取った。




 緑の光がオッドアイに反射して、左の紅と右の氷緑がそれぞれ違う色に輝いた。




「……ご主人さまぁ、すごいです」




「俺たちが、だ」




「……俺たちが、すごいです」




 ソフィアが繰り返した。


 今度は、少し誇らしそうに。




 《コメント》


 ► 「翠光章取得おめでとう!!」


 ► 「ソフィアちゃんの目がきれい」


 ► 「二人でやり遂げた感が最高」


 ► 「登録者数:6,012人↑」








 祠を出ると、夕焼けが空を染めていた。




「帰ろう」




「はい」




 山道を下りながら、ソフィアが言った。




「次は、公国に行くんですよね」




「ああ。Cランクになったし、翠光章もある。公国でやれることが増える」




「ミリアムさんも来ますか?」




「来ると言ってた」




「……楽しみです」




「そうだな」




「ご主人さまは楽しみじゃないんですか」




「楽しみだ。でも公国で待ってる面倒事の方が先に頭に来る」




 ソフィアがくすりと笑った。




「……ご主人さまって、やっぱり抜けてますね」




「どこが」




「楽しいことより面倒なことを先に考えるのが」




「社畜の習性だ」




「……ソフィアは、楽しいことを先に考えます」




「見習う」




「ほんとですか」




「……努力する」




 夕暮れの山道を、二人で歩いた。




 ――その足音が遠ざかるまで、何かがそこに目を向けていた。








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