第12話 若枝から翠葉へ、試練の門が開く
ゼルティアのギルドに戻ったのは、昼過ぎだった。
昨夜から一睡もしていない。
体が重く、泥と汗の匂いが服に染み込んでいる。
それでも、受付カウンターに向かった。
受付嬢のレイナが俺たちを見て、立ち上がった。
「……無事で、よかった」
「ただいまです」
「ミリアムさんも?」
「医務室に預けてきました。足首の傷だけです」
レイナが息を吐いた。
「報告書を確認します。……ブラックサンダー複数名の無力化、生存者の救出、依頼達成です」
書類を処理しながら、レイナが顔を上げた。
「それと、もう一件お知らせがあります」
「なんですか」
「今回の依頼の戦果と、これまでの累積実績を合算した結果……あなた方の等級が、翠葉等級、Cランクへの昇格条件を満たしました」
広間がざわめいた。
昼過ぎのギルドにいた冒険者たちが、こちらを振り返る。
「おめでとうございます、神酒秀直殿、ソフィア殿」
拍手が起きた。
ぱらぱらと、でも確かに。
ソフィアの尻尾が、猛烈に揺れた。
「やりましたね、ご主人さまぁっ!!」
「……ああ、やった」
やっと言えた。
《LIVE一部公開》
《コメント》
► 「Cランクおめでとう!!」
► 「ブラックサンダー討伐まで成し遂げるとは」
► 「ソフィアちゃんのしっぽが振れすぎてる」
► 「登録者数:5,203人↑」
報告を終えた後、ギルド奥の応接室に通された。
ギルドマスターのセルバン卿が、静かに椅子に座っていた。
老齢だが背筋が真っ直ぐで、目に力がある。
「神酒秀直殿、そしてソフィア君。よくやってくれた」
「ありがとうございます」
「今回の件は、ギルドとして感謝している。Dランク二名が中規模盗賊団に単独で対処した例は、この支部では記録にない」
「運が良かっただけです」
「運も実力のうちだ」
セルバン卿が机の上の封筒を俺に向けた。
「Cランク昇格にあたり、君たちには連邦の"認可試練"への挑戦資格が与えられる」
「認可試練……」
「連邦北部の山中にある『翠光の祠』だ。古代の守護者が眠る遺跡で、そこにある試練を乗り越えた者には"翠光章"が与えられる。連邦がその冒険者を正式に認めた証だ」
「翠光章があると何が変わりますか」
「五大国の主要施設への立ち入り資格、外交施設への申請権限、そして公国側の通行証にも準じる扱いを受けられる」
俺は少し考えた。
「……受けます」
「よく考えてからでも」
「今すぐ受けます。時間を無駄にしたくない」
セルバン卿が少し目を細めて、「……いい目をしている」と言った。
翌日、武具店のガランに顔を出した。
「連邦試練に行くか。じゃあいいタイミングだ、昨日いい品が入った」
ガランが鍛冶場から出してきたのは、魔力伝導の加工を施した双剣と、魔獣の筋を弦に使った短弓だった。
ソフィアが双剣を手に取った。
「……軽い。動きやすいです」
弦を引くと、ピン、と静かで鋭い音がした。
「この弓、好きです」
「気に入ったか。俊敏型の使い手にはそっちの方が合う。音が小さいのが特にいい、遺跡の中では音が響くからな」
防具は静音処理の軽鎧を選んだ。
内側に防魔布が仕込まれており、軽さと耐性を両立している。
俺は錫杖に遺跡特化の魔力増幅加工を依頼した。
「三十分で仕上げる。待ってろ」
「ありがとうございます」
ガランが鍛冶場に戻りながら「ミリアムの回復具合はどうだ?」と聞いた。
「医務室で療養中です。足首の傷で、あとは魔力封じの影響が少し残ってる」
「あの娘、無茶するからな」と言いながら、ガランは少し笑った。「お前みたいなのがそばにいてやれ」
「俺はただの先輩ですよ」
「そうかね」
夜、ミリアムの見舞いに行った。
医務室のベッドで横になっているミリアムは、俺たちの顔を見て少し目を丸くした。
「……昇格、おめでとうございます。せんぱい」
「ありがとう。ミリアムも回復してるみたいで良かった」
「足首だけです。魔力の方ももうすぐ戻ります」
少し間があった。
「……また、迷惑かけました」
「そういう話はするなと言った」
「でも」
「ミリアム」
「……はい」
「俺は明日、試練に行く。戻ってきたら公国の方に行く予定がある。お前が回復したら、来るか?」
ミリアムが目を見開いた。
「……来ていいんですか」
「来てほしい、と言ってる」
長い沈黙。
ミリアムの左目の上のピンが、少し揺れた。
「……次は、ちゃんとやります」
「今も十分やってた」
「……ちょっと黙ってください、せんぱい」
ミリアムが顔を赤くしてそっぽを向いた。
「あ、あと、ご主人さまって呼ぶのは違いますからね!! 先輩と!」
ソフィアが廊下でくすくすと笑っているのが聞こえた。
翌朝。
ソフィアが弓を背負い、双剣を腰に下げて部屋から出てきた。
昨日とは違う装備だ。
改めて見ると、見違えるほど「冒険者」の顔をしていた。
「お弁当と保存食と薬草、全部持ちました」
「さすがだな」
「ご主人さまは忘れ物が多いので」
「俺のことよく見てるな」
「三ヶ月見てたので」
もう三ヶ月か、と俺は思った。
転生初日に視聴者三人だった配信が、今は五千人を超えている。
ゼルティアで一人で薬草を採っていた頃と、今では世界が全然違う。
「行こう、ソフィア」
「はいっ、ご主人さまぁ! 絶対合格しましょうね!」
城門を出ると、朝の空気が頬に当たった。
連邦の空は、いつも澄んでいる。
――城門を出る二人の背を、遠い視線がゆっくりと追った。
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