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第10話前編:静かなる潜入――作戦会議の夜

 朝のギルドは、ただならぬ空気だった。




 掲示板の前に人だかりができている。


 いつもなら依頼を選ぶ声や笑い声が飛び交っているはずの広間が、静かだった。




「昨夜の騒ぎ、見たか」


「"緑の牙"のリーダー、まだ戻ってないって」


「Dランク昇格したばかりのあの娘が……」


「盗賊団"ブラックサンダー"がまた動いたらしい」


「連邦軍すら手を焼く連中だ。あいつら相手に小パーティじゃ……」




 ソフィアが俺の袖をそっと引いた。




「……みんな、怖がってます」




「ああ」




 俺も怖い。




 昨夜、倒れ込んできた生還者の証言はすでにギルド内に広まっていた。


「ミリアムが連れていかれた」という話は、俺の耳にも届いていた。




 受付カウンターに封印袋が置かれている。


 中には血のついた短剣。柄に「ブラックサンダー」の紋章が刻まれている。




 ギルド長が職員を集めて低い声で話していた。




「生還したのは一名。他のメンバーは行方不明。リーダーは生け捕り。組織的な拉致だ。このまま放置すれば他のパーティにも波及する」




「対処できるパーティはいるか」




 沈黙。




 ベテランの冒険者たちが視線を下げた。


「ブラックサンダー」の名前が出た時点で、自分から動こうとする者はいなかった。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 俺は受付に歩み寄った。




「緊急依頼、受けます」




 受付嬢が顔を上げた。




「……神酒さん、昨夜も依頼を受けていましたよね。現在の戦力は」




「俺とソフィアの二名。Dランク」




「相手は中規模の盗賊団、十名以上です。正直に言います、厳しい戦力差です」




「わかってます。それでも受けます」




 受付嬢が一瞬だけ間を置いた。


 それから「……わかりました」と書類を処理した。




「ギルドから情報提供と、応援要請の手配をします。ただし到着まで時間がかかる。それまで持ちこたえられるかどうかは」




「持ちこたえます」




 根拠はなかった。


 でも、断言した。




 《LIVE開始》


「緊急依頼を受けました。


 知り合いが連れ去られています。助けに行きます」


 #異世界配信 #緊急依頼 #救出ミッション


 視聴者数:1,847人




 《コメント》


 ► 「行くのか」


 ► 「無事で」


 ► 「ミリアム助けてやってくれ」


 ► 「登録者数:3,201人↑」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 夕方、ギルドの奥の小部屋で作戦会議を開いた。




 参加したのは俺とソフィア、それとギルドの古参冒険者が一名。


 簡易地図が机に広げられている。




「アジトは北西林道、旧交易路の廃墟群の一角だ」と古参が言った。


「正面から突っ込めば十中八九返り討ち。昼間は警備が厚い」


「夜間なら見張りが薄くなるが、魔法障壁が張られている」




「魔法障壁の弱点は?」




「夜明け前に一度だけ魔力充填のタイミングがある。その間、数分間だけ出力が落ちる」




「その数分を使う」




「そうなる。ただし正確な時間はわからない。現場でソフィアの索敵に頼るしかない」




 ソフィアが耳をぴくりと立てた。




「わかりました。廃墟の南側に廃井戸があります。そこからアジト裏手に回り込める道を知ってます」




「どこで覚えた」




「……昔、森でよく逃げてたので」




 短い言葉だった。


 俺は何も返さなかった。




「南の廃井戸から侵入、裏手に回り込んで障壁のタイミングを待つ。障壁が落ちた瞬間に中へ入る」




「リスクは?」




「タイミングを外したら閉じ込められる。中の人数が想定より多かったら終わる」




「……シンプルだな」




「シンプルが一番失敗しない」と古参が言った。




 《コメント》


 ► 「作戦会議配信してるの草」


 ► 「コメント欄に知恵を出してくれ」


 ► 「忍び込め一択」


 ► 「ソフィアの鼻を信じろ」


 ► 「頑張れ主人公」




「視聴者から作戦コメントが来てます。全員一致で『ソフィアの嗅覚を信じろ』です」




「……わたしを?」




「お前を」




 ソフィアの耳が、少し上を向いた。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 出発まで数時間、宿に戻って準備を整えた。




 武器の手入れ、消耗品の確認、食料の携帯。


 ソフィアは双剣と短弓を丁寧に磨きながら、黙って作業していた。




「ソフィア」




「はい」




「怖いか」




 少し間があった。




「……怖いです」




「俺もだ」




「でも、ご主人さまが行くから行きます」




「それだけか?」




 ソフィアが磨く手を止めた。




「……ご主人さまが、前に言ってたことを、わたしも守りたいです」




「何を」




「次は通り過ぎない、って」




 俺は短剣の手入れをする手を止めた。




「……あれはお前に言ったわけじゃない」




「でも、聞こえました」




「……そうか」




 宿の窓から夜空が見える。


 星が出ていた。




「行くぞ。夜が深くなってからが本番だ」




「はい、ご主人さまぁ」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 深夜、俺たちは北西林道へ踏み込んだ。




 月明かりが木々の間から差し込み、地面に細い光の筋を作っている。


 森の奥から虫の音が聞こえるが、獣の気配はない。


 静かすぎる静けさだ。




 ソフィアの犬耳が、鋭く前を向いている。




「……煙の匂い。古い焚き火。たぶん廃墟に着いた頃には半日以上経ってます」




「人の気配は?」




「います。……七、八人。廃墟の中に固まってる。外の見張りは二人」




「リーダーは?」




 ソフィアがゆっくりと空気を吸った。




「……一番奥の建物。弱い、でも確かにいます」




「生きてるな」




「……はい」




 俺は錫杖を握り直した。




「よし。南の廃井戸を目指す。音を立てるな」




「了解です」




 《コメント》


 ► 「潜入開始!!」


 ► 「無音コメントで応援」


 ► 「頼んだ」




 二人で影に溶けるように進む。




 足音を消して。


 息を殺して。




 廃墟の輪郭が、木々の向こうにぼんやりと見えてきた。




 ――暗闇の中を進む二人を、どこかの視線が静かに追った。




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