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断罪後の悪役令嬢も、私は推している  作者: Manabit
第五章 白い手紙と灰色の帳簿

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第30話 王都の事故表

 翌朝、王妃宮から届いた実務報告は、執務机の上に四つに分けられた。


 食料。


 薬草。


 布類。


 その他の寄付品。


 ユリスが夜のうちに仕分けてくれていたらしい。


 報告書の端には、細かな付箋がついている。赤は重大、黄は要確認、青は記録不備。


 なんというか、見た瞬間に分かる。


 これは面倒なやつだ。


「王都側の報告は、形式としては整っています」


 ユリスは、そう言ってから一枚目を差し出した。


「ですが、整っているだけです」


「手厳しいですね」


「女伯様のご指示に従い、率直に申し上げました」


 うん。


 最近、ユリスが時々容赦ない。


 とても頼もしい。


 そして、たぶん私のせいでもある。


 私は一枚目の報告書に目を落とした。


 婚礼記念配布、第一救貧院。


 受領品、灰麦粥用粉、塩入り粉、甘菓子、乾燥豆、祝賀布。


 受取責任者の欄には署名がある。


 けれど、その先が薄かった。


 誰へ、どの順番で、どの量を配ったか。


 足りなかったものは何か。


 余ったものはどこへ戻したか。


 そういう欄が、ない。


 あるのは、配布完了の印だけだった。


「完了、ですか」


「王都側の書式では、受領した時点でほぼ完了扱いのようです」


「配る前に完了している」


「はい」


 私は、こめかみを押さえたくなった。


 でも、我慢した。


 エレノア様の顔でこめかみを押さえると、周囲が必要以上に緊張する。


「次を」


 ユリスが二枚目を出す。


 孤児院向けの粥粉が、救貧院の成人向け配布箱に混ざりかけた件。


 薄味で柔らかく煮るための粉だった。


 大人に配っても毒ではない。


 ただし、量が足りなくなる。


 本来届くべき孤児院では、病み上がりの子供に出す分が減る。


 重大事故ではない。


 だが、小さな失敗では済まない。


「止めたのは誰ですか」


「現場の厨房係です。袋印が違うと気づいたようです」


「袋印」


 私は顔を上げた。


「ヴァルツェンの印を、残していたのですか」


「はい。王都側で貼られた祝賀札の下に、元の袋印が残っていたようです」


 祝賀札の下。


 なるほど。


 白百合の札を貼っても、下に残った実務が事故を止めたわけだ。


 胸の中に、妙な感情が湧いた。


 嬉しい、ではない。


 誇らしい、でもない。


 どちらかといえば、危なかった、だ。


「祝賀札を貼るなら、用途印を隠してはいけません」


「その通りです」


 ユリスはすぐに書き留めた。


 次は、薬草の報告だった。


 こちらはセリアが同席している。


 いつも以上に無表情だ。


 嫌な予感しかしない。


「施療院管理用の薬草袋が、教会倉庫の一般配布棚に置かれました」


 セリアは短く言った。


「配布はされていません。倉庫番が、袋の封を開ける前に施療院へ確認しています」


「なぜ気づいたのですか」


「袋に、家庭配布不可の札がついていました」


「それも、ヴァルツェンの札ですか」


「はい」


 セリアは報告書を指で押さえた。


「ただし、王都側の追加札で半分隠れていたようです」


「半分」


「半分です」


 声が冷たい。


 とても冷たい。


 セリアは怒っている。


 静かに、正しく、薬草庫の管理人として怒っている。


「薬草は、祝賀品ではありません」


「はい」


「白百合の紋がついていても、毒になる使い方は毒です」


「はい」


「王都では、その区別が甘い」


 私は頷いた。


 報告書の字は整っている。


 失礼のない文面だ。


 けれど、その整った字の中に、危ない穴がいくつも空いていた。


 祝賀用の甘菓子は余っている。


 防寒布は足りない。


 寄付箱は届いている。


 用途札は足りない。


 受領印はある。


 配布後の戻し先はない。


 王都は、受け取るところまでは華やかに整えている。


 だが、その後が弱い。


 誰の手に渡り、どこで足りず、何が危なかったのか。


 そこが薄い。


 だから次に直せない。


「王妃宮が困るのも、当然ですね」


 私が言うと、ユリスが静かに頷いた。


「はい。これは、一度膨らむと止まりにくい類いの混乱です。婚礼記念配布で各所から寄付が集まっています。断れば角が立ち、受ければ仕分けが増える。現場の人手は、急には増えません」


「善意の雪崩ですね」


「……的確かと」


 あまり的確であってほしくなかった。


 私は椅子に背を預ける。


 ラッケ村の山道なら、雪崩の危険がある場所はガルドが教えてくれる。


 だが、王都の善意の雪崩は、白百合の花で飾られている。


 危険に見えにくい。


「行けば、早いのでしょうね」


 ぽつりと漏れた。


 ユリスとセリアが、同時にこちらを見た。


 しまった。


 口に出ていた。


「女伯様」


 ユリスの声は慎重だった。


「王都へ行かれるおつもりですか」


「いいえ」


 私はすぐに答えた。


 昨日、決めた。


 エレノア様と一緒に決めた。


「ですが、私が行けば早い、というのは事実です」


 これは認めなければならない。


 王都の施設配置。


 式典局と教会の関係。


 王妃宮の文書の流れ。


 寄付商会の顔ぶれ。


 エレノア様は、おそらく知っている。


 だから行けば早い。


 早いから危ない。


 早いから、また全部背負ってしまう。


「行く代わりに、来てもらいます」


 私は言った。


 ユリスが、わずかに瞬きをする。


「王都の実務官を、ですか」


「はい。報告書と帳簿だけを送っても、王都はたぶん様式だけを写します。白百合紋を大きくして、用途印を小さくする。綺麗な札を作って、現場で混ぜる」


「あり得ます」


 セリアが即答した。


 容赦ない。


「なので、見てもらうしかありません。薬草庫も、備蓄庫も、厨房も、支払い帳も、村用札も」


「数日では足りません」


 ユリスが言った。


「足りませんね」


「王都側が本気で運用を学ぶなら、最低でも数か月。できれば、季節をまたいだ方がよろしいかと」


「私もそう思います」


 私は、報告書の山を見る。


 白い紙。


 綺麗な字。


 その奥にある、混ざりかけた粥粉と、半分隠れた薬草札。


 これは一日で直る話ではない。


 王都の机だけで直る話でもない。


「返書には、王都短期滞在は辞退すると書きます」


 私が言うと、オルドが静かに目を伏せた。


 いつの間にか、部屋の端に控えていた。


 たぶん、最初からいた。


 家令、気配が薄い。


「その上で、実務官の派遣を求めます。代表者を置くこと。食料、薬草、布類、会計、教会倉庫、それぞれ担当を分けること。短期視察ではなく、研修として来ること」


「研修、でございますか」


「ええ。見学では困ります。学んでもらわないと」


 私は手紙用の紙を引き寄せた。


 まだ正式返書ではない。


 まずは草案だ。


 書き出しは礼儀正しく。


 王妃の善意を疑わない。


 王都の混乱を軽んじない。


 けれど、こちらの線は引く。


 王都へは戻らない。


 必要なら、王都がヴァルツェンへ来る。


「女伯様」


 ユリスが言った。


「王都側は、反発するかもしれません」


「でしょうね」


「呼ぶつもりが、呼ばれることになります」


「ええ」


「辺境の女伯に教えを受ける形になることを、嫌がる者もいるかと」


「嫌なら、来なければいいでしょう」


 言った後で、少し冷たすぎたかと思った。


 だが、撤回はしなかった。


「ただし、来ないなら、王都の責任で改善してください。こちらが王都へ戻って、代わりに背負うことはしません」


 部屋が静かになった。


 けれど、その静けさは悪くなかった。


 オルドが、深く頭を下げる。


「かしこまりました」


 ユリスも、ゆっくり頷いた。


「では、返書草案を整えます。王妃宮宛てには柔らかく。実務官派遣の条件書は別紙に」


「お願いします」


「条件書には、期間も入れますか」


「入れます。最低でも季節一つ分。王都側が急ぐなら、最初の一か月で基礎研修、その後は報告書往復。でも、可能なら滞在を」


「承知しました」


 セリアが薬草報告書を手に取った。


「薬草担当者は、必ず入れてください。王都の薬務官か、施療院の実務を知る者です。飾りの役人だけなら、薬草庫には入れません」


「厳しい」


「必要です」


「はい」


 私は素直に頷いた。


 こういう時のセリアは、信用できる。


 とても怖いけど。


 その日の夕方、私的業務記録を開いた。


 王都報の美しい挿絵は、別の束に置いた。


 王妃の手紙も、実務報告も、混ぜない。


 今日記録するのは、王都の事故表だ。


 婚礼記念配布に伴う混乱。


 粥粉の用途違い。


 薬草袋の保管場所誤り。


 防寒布不足。


 用途札の欠落。


 配布後記録の不足。


 王都短期滞在は行わない。


 実務官派遣を求める。


 担当を分けること。


 短期視察ではなく、研修とすること。


 そこまで書いて、ペンを止める。


 最後に、一行だけ追記した。


 早く済む方法が、正しいとは限らない。


 書いた後、しばらくその一文を見つめた。


 エレノア様が行けば、きっと早い。


 王都の混乱は、すぐに形を変えるだろう。


 でもそれでは、王都は覚えない。


 また、エレノア様が席を埋めるだけになる。


 だから、早くなくていい。


 面倒でいい。


 王都の者が、雪の残るヴァルツェンへ来て、灰色の袋と、黒い文字と、不揃いな確認印を見る。


 そこから始めればいい。


 白い手紙への返事は、まだ出していない。


 けれど、返すべき言葉は、少しずつ形になっていた。


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