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断罪後の悪役令嬢も、私は推している  作者: Manabit
第四章 雪解け前の名前

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第27話 薬草の値段

 翌朝、メルカ婆の家ではなく、村長宅の広間に人が集められた。


 村長。


 メルカ婆。


 リナ殿。


 若い採取人が二人。


 セリア。


 ユリス。


 ガルド。


 そして、私。


 囲炉裏の火は小さく、部屋の中は暖かいとは言えない。


 けれど、昨日までのように、ただ冷えているだけではなかった。


 机の上には、昨日山で試した採取札が置かれている。


 端は濡れ、角は少し折れ、煙の絵には修正の線が加えられていた。


 きれいな札ではない。


 でも、山へ行って戻ってきた札だった。


「まず、昨日の確認結果です」


 セリアが言った。


 薬草庫の管理人らしく、声に余計な揺れはない。


「採取札は、おおむね使用可能。ただし、足跡の沈みは太く描き直す必要があります。止まる手の絵は、もっと大きく。小さな芽を残す指示が弱い」


「根を残す絵は通じた」


 メルカ婆が補足した。


「若いのでも分かった。あれは使える」


 若い採取人の一人が、気まずそうに視線をそらした。


 たぶん、小さな芽を採ろうとした方だ。


「煙三本も?」


 私が尋ねると、もう一人の採取人が頷いた。


「分かりました。五本だと多いって、婆様が山で怒鳴りましたから」


「怒鳴ってない」


「怒鳴りました」


「山では声を張るもんだ」


 メルカ婆が杖を鳴らした。


 広間の空気が、わずかに緩む。


 笑い、というほどではない。


 けれど、昨日までのように誰も息を殺しているわけではなかった。


 私はその空気を壊さないように、ゆっくりと言った。


「では、採取札は修正の上、村側で再確認。薬草庫用の帳簿は別に作成。加工札は油練りの試作後に作る。ここまでは、よろしいですか」


 村長が頷く。


 メルカ婆は鼻を鳴らした。


 リナ殿は黙っている。


 反対ではない。


 ただ、まだ見ている。


 そういう沈黙だった。


「次に、ラッケ草の納入についてです」


 その言葉を出した瞬間、空気が変わった。


 やはり、ここだ。


 避けては通れない。


 ラッケ村のラッケ草は、薬草庫に必要だ。


 冬の間に減った凍傷用の薬を補うには、採取量を確保しなければならない。


 でも、ここで命じれば、これまでと同じになる。


 草を禁じた城館が、今度は草を出せと言う。


 それでは、また奪うことになる。


「先に申し上げます」


 私は言った。


「ラッケ草の採取を、共同備蓄返済の強制労役にはしません」


 村長が目を上げた。


 ユリスも、少しだけ私を見た。


 これは、昨日の時点では決めていなかったことだ。


 けれど、リナ殿の話を聞いた後では、そうするしかないと思った。


「強制労役にはしない?」


 村長が確認する。


「はい」


「では、返済は」


「別に協議します。薪割り、道普請、倉庫修繕など、他の労役で調整できます」


「薬草採取は、返済に入らないと?」


「少なくとも、今年のラッケ草については入れません」


 メルカ婆が目を細めた。


「なぜだい」


「今年、城館が欲しいと言った瞬間に、村は断りにくくなります。三年前に禁じ、二年前に戻りきれず、今になって必要だから採れと言う。それを返済労役に組み込めば、村の知識も、ニナのことも、まとめて借りの返済にされてしまう」


 私は、リナ殿を見ないようにして言った。


 見れば、彼女に答えを求めているようになる。


 これは私が決めるべきことだ。


「ラッケ草は、薬草庫が買い取ります」


 ユリスの指が紙の上で止まった。


「買い取り、ですか」


「はい。城館の薬草庫に納める薬草として、対価を支払います」


「女伯様、予算が」


「分かっています」


 分かっている。


 分かっているが、ここをただの返済労役にしてはいけない。


 薬草は草だけではない。


 山へ入る足。


 見分ける目。


 乾かす手。


 その全部に価値がある。


「薬草そのものの代金と、採取指導の対価を分けます」


 私は言った。


「採取したラッケ草には買い取り代金を。村用札と薬草庫帳簿の整備に協力したメルカ殿および採取人には、指導料を支払います」


 広間が静かになった。


 メルカ婆が、私をじっと見る。


「わしに金を払うと?」


「はい」


「口止め料かい」


「違います」


「慰めかい」


「違います」


「なら何の金だい」


「技術への対価です」


 メルカ婆の目が、さらに細くなった。


「ラッケ草をいつ採るか。どれを残すか。どう干すか。城館の薬草庫だけでは分からなかったことです。昨日、山で札を試したことも含めて、村の知識がなければ整えられませんでした」


 私は言葉を切った。


「だから、対価を払います」


「山の知識に、値段をつけるのかい」


 その声には、怒りだけではなく、戸惑いもあった。


「値段をつけきれるとは思っていません」


 私は答えた。


「でも、無償で受け取れば、奪うことになります」


 リナ殿が、初めて顔を上げた。


 私は続ける。


「城館が必要としているのは、草だけではありません。見分け方、乾かし方、使い方。それを教えてもらうなら、労働として扱います」


「労働」


 リナ殿が小さく繰り返した。


「はい」


「母が、今まで村でしてきたことも?」


「少なくとも、今後城館が使うものについては」


 リナ殿は、黙った。


 膝の上の手が、少しだけ動いた。


 メルカ婆は、まだ私を見ている。


「女伯様」


 村長が口を開いた。


「ありがたい話ではあります。ですが、城館の買い取りとなれば、他の村との釣り合いが」


「そこも整理します」


 ユリスがすぐに紙を取った。


 もう半分、仕事の顔になっている。


「ラッケ草については、今年は試験運用とします。数量を限定し、採取地を荒らさないことを条件にする。買い取りは薬草庫予算から。共同備蓄返済とは分ける」


「数量限定」


 セリアが頷いた。


「必要です。採りすぎれば来年減ります」


「数量は」


 私が尋ねると、セリアとメルカ婆が同時に口を開いた。


「薬草庫としては」


「山としては」


 二人は互いを見た。


 少しだけ、空気が止まる。


「先に言いな、薬草庫の女」


「では」


 セリアは遠慮しなかった。


「薬草庫として最低限必要なのは、乾燥葉で中袋十。余裕を見れば十五。ただし品質が揃わなければ使えません」


「山としては、今年は十が限度だね」


 メルカ婆が言った。


「十五採れば、来年薄くなる」


「では十で」


 私は即座に言った。


 セリアがわずかに眉を動かす。


 足りない、と言いたいのだろう。


 でも、言わなかった。


 メルカ婆は私を見た。


「薬草庫は困るんじゃないのかい」


「困ります」


 私は正直に言った。


「ですが、今年十五採って来年なくなれば、もっと困ります」


「ふん」


 メルカ婆は鼻を鳴らした。


「少しは山の話を聞く耳があるようだね」


 かなり大きな前進では。


 いや、浮かれるな。


 まだ油断してはいけない。


「不足分は、薬草庫で他の薬草との配合を見直します」


 セリアが言った。


「凍傷用としての効きは落ちますが、使用箇所を分ければ対応できます」


「その場合、優先順位をつける必要がありますね」


 ユリスが書き込む。


「巡回兵、木こり、猟師、子供のひび割れ」


「子供用は薄める必要がある」


 メルカ婆が言った。


「強いのを塗るな」


「記録します」


 セリアがすぐに答える。


 さっきまで対立していた二人が、薬草の話になるときちんと噛み合う。


 私は、そのやり取りを見ながら、少しだけ息を吐いた。


 草を出せ。


 命令に従え。


 そう言うだけなら、ずっと簡単だった。


 でも、それでは何も戻らない。


 いや、戻らないどころか、また壊す。


 だから、時間をかける。


 数量を削る。


 予算を組み直す。


 面倒な表を増やす。


 地味で、ややこしくて、派手さの欠片もない。


 けれど、たぶん、これが統治なのだ。


「指導料については」


 ユリスが恐る恐る言った。


「額をどうしますか」


 来た。


 そこが一番難しい。


 高すぎれば他村との均衡が崩れる。


 低すぎれば、ただの名目になる。


 私は少し考えた。


「城館へ来て指導する場合の日当と、山へ入る危険手当を分けましょう」


「危険手当」


「山へ入る以上、危険があります。採取人にだけ負わせるべきではありません」


「なるほど」


 ユリスは書き込む。


「日当は通常労役と同額。危険手当は山道巡回補助と同額。薬草そのものは品質別に買い取り」


「品質別?」


 若い採取人が反応した。


「白毛が残っているもの、乾燥具合がよいもの、使えないものを分けます」


 セリアが答える。


「使えないものは買い取りません」


「厳しいな」


「薬にできないものを買えば、次に人が困ります」


 若い採取人は黙った。


 メルカ婆は満足そうではないが、反対もしない。


「ただし」


 私は言った。


「初回は、使えないものも記録します。なぜ使えないのかを確認するために。買い取りはしませんが、持ち込んだ者を罰することもしません」


 若い採取人が、少しだけほっとした顔をした。


 失敗したら罰。


 そう思えば、若い者は隠す。


 隠せば、また危険が残る。


 なら、最初は失敗を記録に入れる方がいい。


「女伯様」


 リナ殿が静かに言った。


「一つ、よろしいですか」


「はい」


「そのお金は、母だけに渡さないでください」


 メルカ婆が少し顔を動かした。


「リナ」


「母だけが受け取れば、また村の目が母に集まります」


 リナ殿の声は低い。


「三年前の時もそうでした。紙が来て、皆が母を見た。今度は金が来て、また皆が母を見る。それは嫌です」


 私は息を止めた。


 そこまで考えていなかった。


 まただ。


 私はすぐ、個人に返そうとする。


 でも、村の中では、それが別の視線を生む。


「では、どうすればよいと思いますか」


 私が聞くと、リナ殿は少し驚いたように私を見た。


「私に聞くのですか」


「はい」


「分かりません」


「では、一緒に考えます」


 リナ殿は少しだけ視線を落とした。


 メルカ婆は何も言わない。


 村長が、ゆっくり口を開いた。


「採取人組として受ける形なら、角は立ちにくいでしょう」


「採取人組」


「ラッケ村では、山へ入る者たちの寄り合いがあります。正式な組ではありませんが、誰がどの斜面へ入るかを決めています」


「それを、正式に記録しましょう」


 ユリスが言った。


「ラッケ草採取組として、今年限りの登録。代表はメルカ殿。ただし、指導料の一部は組へ。一部は実際に山へ入った者へ。村用札の確認に関わった者も記録する」


「今年限り?」


 村長が聞く。


「はい」


 私は答えた。


「今年は試験運用です。うまくいけば、来年改めて正式化します。うまくいかなければ、直します」


「直す」


 リナ殿が小さく言った。


「命令ではなく?」


「命令も必要な時はあります」


 私は正直に言った。


「ですが、今回については、最初から直せる形にします」


 リナ殿は、少しだけ黙った。


「母が怒ったら?」


「聞きます」


「村が文句を言ったら?」


「内容によります」


「全部聞くとは言わないのですね」


「言えば、嘘になります」


 リナ殿は、ほんの少しだけ口元を動かした。


 昨日と同じ。


 笑いではない。


 でも、怒りだけではない表情。


「少しはましです」


 またそれだ。


 でも、今はその言葉がありがたかった。


 広間で決まったことは、すぐに記録された。


 今年のラッケ草納入は試験運用。


 採取量は乾燥葉で中袋十まで。


 採取人組を臨時登録。


 採取指導と山入りには対価を支払う。


 薬草買い取りは品質別。


 使えない草は初回のみ罰せず、理由を記録する。


 村用札はメルカ婆と採取人が確認。


 城館で勝手に改変しない。


 共同備蓄返済とは分ける。


 書き上げてみると、ただの薬草一つにずいぶん多くの条件がついた。


 面倒だ。


 でも、面倒でいい。


 面倒なところを省いたから、前は傷になったのだ。


「女伯様」


 メルカ婆が言った。


「はい」


「今年は十だ」


「はい」


「来年、薬草庫が困っても、山が薄ければ増やさない」


「その時は、また確認します」


「確認じゃない。山を見るんだ」


 私は頷いた。


「山を見ます」


「自分で登れないなら、登れる者の目を借りな」


「はい」


 メルカ婆は採取札を指で叩いた。


「この札が使えるなら、若い衆にも山の見方を教えられる。だが、札だけで山を分かった気になるな」


「分かりました」


「本当に分かったのかい」


「たぶん、まだ分かっていません」


 メルカ婆は鼻を鳴らした。


「ならいい」


 それでいいのか。


 いや、たぶん、分かったふりをしないことが大事なのだろう。


 その日の午後、私たちは村を離れる準備を始めた。


 すぐに薬草を積んで帰るわけではない。


 採取は、村側が天候と山の状態を見て決める。


 城館は日を指定しない。


 まず、修正した採取札を村に残す。


 薬草庫用帳簿は、城館へ戻ってからセリアが整える。


 買い取り価格と指導料は、ユリスが予算表を引き直す。


 私の仕事は、戻ってからまだ山ほどある。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 ややこしい。


 面倒くさい。


 でも、前に進んでいる。


 村を出る前、リナ殿が私の前に来た。


「女伯様」


「はい」


「母は、たぶん張り切ります」


「そうなのですか」


「はい。山のことになると、怒っている時よりよく喋ります」


 それは、昨日から少し分かっている。


「無理はさせないようにします」


「無理を止めても、聞かないと思います」


「では、セリアに止めてもらいます」


 リナ殿は少しだけ考え、それから言った。


「止められるでしょうか」


「薬草に関しては、あの人も譲りません」


「なら、少し安心です」


 小さな言葉だった。


 少し安心。


 少しはまし。


 この村で得られる言葉は、どれも少しずつだ。


 でも、その少しが、今は重い。


「リナ殿」


 私は言った。


「ニナのことは、業務記録には書きませんでした」


 リナ殿の目が、こちらを見る。


「ですが、忘れません」


「……そうですか」


「はい」


「忘れたら、怒ります」


「はい」


「覚えているふりをしても、怒ります」


「はい」


「母の前で、簡単にニナの話をしないでください」


「分かりました」


 リナ殿は頷かなかった。


 でも、深く礼をした。


 昨日より、少しだけ浅い礼だった。


 形式としては、昨日の方が正しい。


 けれど、今日の礼の方が、ずっと人らしく見えた。


 橇馬車が動き出す。


 村の人々は、やはり大きく手を振ったりはしなかった。


 ただ、見る。


 その中に、若い採取人の一人がいた。


 彼は、修正した採取札を手にしている。


 止まる手の絵が大きく描き直された札。


 根を残す絵。


 煙三本。


 その札は、まだ不格好だ。


 でも、山へ戻るためのものだ。


 草を奪うためではなく。


 草の扱いを、村の手に戻すためのもの。


 山道に入ると、ラッケ村はすぐに木々の向こうへ隠れた。


 私は橇馬車の小さな窓から、白い斜面を見ていた。


 冬は遠くなる。


 ガルドの言葉を思い出す。


 距離だけなら、そこまでではない。


 けれど、冬は遠くなる。


 人の心も、たぶん同じだ。


 たった一枚の命令書で遠くなることがある。


 一度訪れても、戻りきれなければ遠いままになることがある。


 では、近づくにはどうすればいいのか。


 きっと、一度では足りない。


 話を聞き。


 札を直し。


 値段をつけきれないものに、それでも対価を払い。


 記録しないものを、胸に置く。


 そういう小さなことを、何度も重ねるしかない。


 城館へ戻った夜、私は私的業務記録を開いた。


 ラッケ草試験運用。


 乾燥葉、中袋十まで。


 共同備蓄返済とは分ける。


 採取人組を臨時登録。


 採取指導と山入りには対価を支払う。


 村用札は村側確認なしに改変しない。


 今年は、山を見て決めること。


 そこまで書いて、私はペンを止めた。


 最後に、一行だけ追記する。


 知識を受け取る時、対価を払わなければ、奪ったことになる。


 書いた文字を、しばらく見つめた。


 お金で全てが済むわけではない。


 値段をつければ、傷が消えるわけでもない。


 でも、何も払わずに受け取れば、また奪う。


 ラッケ草は、薬草庫へ戻る。


 けれど、それは城館が村から取り上げるという意味ではない。


 そうならないように、これからも直し続けなければならない。


 札を。


 帳簿を。


 命令を。


 そして、私自身を。


 窓の外には、城館の灯りがあった。


 王都の灯りではない。


 ラッケ村の炉の火でもない。


 その間にある、小さな灯り。


 私はその灯りの下で、もう一度だけ記録を見た。


 中袋十。


 採取人組。


 対価。


 村側確認。


 どれも地味な言葉ばかりだ。


 けれど、そこに人の手が戻り始めている。


 それなら、今はそれでいい。


 冷血伯と呼ばれた名前が、すぐに変わるわけではない。


 でも、ラッケ村には、今日、少しだけ別の言葉が残った。


 草を奪いに来たのではない。


 値段を払いに来た。


 それが正しい評価になるかどうかは、まだ分からない。


 けれど、少なくとも、次に村へ行く理由はできた。


 命令ではなく。


 確認のために。


 山を見るために。

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