幕間 白百合は灰麦を知らない
私は、白いものが好きだった。
清らかで、穢れがなく、誰かの涙を受け止めてもなお、祈りの形を失わないもの。
幼い頃、修道院の庭に咲いていた白百合を、私はよく見ていた。
朝露を受けて、静かに立つ花。
風に揺れても、折れずにいる花。
人々は私を聖女と呼び、やがて白百合の名を私に重ねた。
最初は、恐れ多いと思った。
私は花ほど清らかではない。
私は祈る時でさえ、迷うことがある。
苦しむ人を助けたいと思いながら、どこへ手を伸ばせばよいのか分からなくなることがある。
それでも、人々がその名に慰めを見いだすなら、私は白百合であろうと思った。
誰かが、私の名を聞いて少しでも安心するなら。
誰かが、私の祈りで一夜だけでも眠れるなら。
そのために、私は白い花であろうとした。
王妃となってから、私の机には毎日、多くの文書が届く。
救貧院からの願い。
孤児院からの報告。
施療院の薬草不足。
式典局の確認。
教会からの祝辞。
そして、王都報。
その中に、ヴァルツェンから届いた灰麦粥用粉についての報告があった。
北雪の灰麦粥用粉。
最初にその名を見た時、私は小さく首を傾げた。
菓子ではなく、粥用粉。
贈答品としては、ひどく地味な名である。
白百合の箱に入れるには、あまりにも飾り気がない。
けれど、添えられていた使用札を見て、私は指を止めた。
丸印。
斜線印。
丸印に横線。
鍋の絵。
椀の水線。
袋の角を切るための点。
粉を少しずつ入れる手順。
文字だけではなかった。
絵で示されていた。
読めない者にも。
忙しくて読めない者にも。
手が冷えて、細かな字を追えない者にも。
それは、届くように作られていた。
私は、その札をしばらく見つめていた。
美しいものではない。
花も、金の縁取りも、祈りの文句もない。
けれど、救貧院の厨房で、誰かが鍋の前に立つ姿が見えた気がした。
小さな手を引いた子供。
咳をする老人。
火の弱い竈。
急いで動く手。
その中で、この札は役に立つ。
祈りの言葉よりも先に。
白い花の紋よりも確かに。
私は、礼文を書いた。
華やかな品ではありません。
けれど、今必要とされているのは、まさしくこうした地味で確かな支援でした。
そう書いた。
それは、私の本心だった。
私は本当にそう思ったのだ。
救貧院に必要なのは、飾りではない。
礼拝堂を美しくする毛皮でも、祝宴を彩る葡萄酒でもなく、寒い部屋で鍋に入れられるもの。
小さな椀へ注がれるもの。
食べれば、体の内側から少し温まるもの。
だから私は、ヴァルツェン伯へ感謝を書いた。
その配慮に。
その実用に。
その地味さに。
けれど、王都報を見た時、私の胸は小さく痛んだ。
白百合の慈愛。
そこには、そう書かれていた。
聖女リリアナ妃殿下、救貧院へ白百合の慈愛を届ける。
北西辺境より献じられた保存食を、妃殿下の慈悲により貧しき子らへ配布。
私は、何度もその文を読み返した。
間違っているわけではない。
灰麦粥用粉は、救貧院へ届いた。
私が配布を望んだことも、嘘ではない。
貧しき子らへ温かな食事を届けたいと思ったことも、本当だ。
けれど。
その紙面には、丸印がなかった。
斜線印もなかった。
袋の角を切るための点もなかった。
鍋の絵を描いた者も、配合を直した者も、味が地味だと報告した救貧院の者もいなかった。
ただ、白百合の慈愛だけがあった。
私は、その言葉を以前なら素直に受け取れたのだと思う。
人々がそう呼ぶなら、それも私の務めだと。
私の名で誰かが救われるなら、それでよいのだと。
けれど、その日は違った。
白い言葉の下に、灰色の粉があることを知ってしまった。
白百合の箱の中に、灰麦が入っていることを知ってしまった。
そして、ふと思い出した。
エレノア様のことを。
王太子殿下の隣に立っておられた頃のエレノア様は、いつも静かだった。
背筋を伸ばし、黒いインクで数字を書き、必要なことを必要な順に並べる方だった。
私は、あの方が少し怖かった。
いいえ。
怖い、という言葉は正確ではないかもしれない。
近づき方が、分からなかった。
私が何かをしたいと願うたび、エレノア様は問いを置いた。
費用は。
人員は。
配布先は。
誰が運ぶのですか。
誰が受け取ったと記録するのですか。
次も同じことができるのですか。
その声は冷静で、正しかった。
けれど当時の私には、時々、その正しさが冷たく聞こえた。
私は急ぎたかった。
困っている人がいるなら、今すぐ手を差し伸べたかった。
寒さに震える人がいるなら、布を送りたかった。
飢えている子供がいるなら、食べ物を届けたかった。
その時、エレノア様は言った。
布は、そのままでは小さな子供には使えません。
切る者が必要です。
縫う者が必要です。
誰にどの大きさを渡すか、先に調べる必要があります。
私は、正しいと思った。
けれど同時に、胸のどこかで思ってしまった。
なぜ、今なのだろう。
なぜ、まず届けることを喜んではくださらないのだろう。
なぜ、あの方はいつも、祈りの前に計算を置くのだろう。
その後、冬布は配られた。
王太子殿下の慈愛として。
私の祈りとして。
王都の人々は、優しい御心だと称えた。
私も、胸を撫で下ろした。
よかった。
寒い人たちに、布が届いた。
そう思った。
けれど、あの時。
配布日を遅らせたのは誰だったのか。
縫製費をつけたのは誰だったのか。
教会ごとに必要な大きさを確認させたのは誰だったのか。
配布が遅いと、冷たいと囁かれたのは誰だったのか。
私は、知っていたはずだった。
知らなかったのではない。
見ていなかったのだ。
白百合の慈愛。
王都報のその言葉が、机の上でやけに白く見えた。
白すぎると思った。
白い言葉は、時に何かを覆い隠す。
汚れを隠すだけではない。
手の跡も。
灰色の粉も。
苦い判断も。
誰かが冷たいと呼ばれながら引いた線も。
私は、使用札を手に取った。
鍋の絵。
椀の水線。
丸印。
斜線印。
それは、祈りの形ではなかった。
けれど、人を助ける形だった。
私は聖女と呼ばれてきた。
祈ることを知っている。
傷に手を当てることを知っている。
苦しむ人の前で、神に言葉を捧げることを知っている。
けれど、私は灰麦の硬さを知らなかった。
袋の角をどこで切ればよいのかも。
粥がざらつく時、どう煮ればよいのかも。
薪が足りない厨房で、文字を読む余裕がないことも。
知らなかった。
知らないまま、私は慈愛と呼ばれていた。
扉が静かに叩かれた。
「王妃陛下」
侍女が入ってくる。
「式典局より、次の慈善配布について確認が来ております」
「置いてください」
私はそう言った。
声は、思ったより静かだった。
侍女が文書を机に置く。
そこには、白百合慈善基金の次回配布候補が並んでいた。
毛布。
薬草。
干し果実。
祝賀菓子。
どれも、良いものだ。
きっと、誰かを助ける。
けれど私は、文書の余白に指を置いた。
「配布先ごとの必要数は、確認されていますか」
侍女が少し驚いた顔をした。
「式典局からは、まだ」
「では、確認させてください」
「はい」
「毛布は、大きさを分ける必要があります。薬草は、使用者を確認してください。干し果実は、病人に向くか施療院へ聞いてください。祝賀菓子は……」
私は少し迷った。
「祝賀菓子は、救貧院ではなく、子供たちの祝いの日に回せるか確認を」
「かしこまりました」
侍女は少し戸惑いながらも、書き留めた。
私は、使用札を机の上に置いたままにした。
白百合の紋章の横に、灰麦粥用粉の札。
美しいとは言えない。
けれど、今の私には必要なものだった。
エレノア様。
その名を、心の中で呼んだ。
声には出せなかった。
出す資格が、まだ私にあるのか分からなかった。
私は、あの方を冷たいと思ったことがある。
善意を遅らせる人だと思ったことがある。
私の祈りを疑う人だと思ったことがある。
けれど、もしかすると。
あの方は、祈りを疑っていたのではない。
祈りが届く前に折れてしまわないよう、支えていたのではないか。
白百合の慈愛。
王都報のその言葉は、まだ私の机にある。
以前なら、私はそれを民の安心のために必要な言葉だと思っただろう。
今も、そう思う部分はある。
人々には、希望の名が必要だ。
王妃が慈愛の象徴であることは、決して無意味ではない。
けれど、それだけでは足りない。
白百合は、灰麦を知らなければならない。
祈りは、薪の量を知らなければならない。
慈愛は、袋の印を見なければならない。
私はそっと、使用札の丸印を指でなぞった。
小さな印だった。
けれど、その小ささが、今は重かった。
エレノア様。
あなたは、これをずっと見ていたのですか。
私たちが白い言葉で包んでいたものの下で。
こういう小さな印を。
こういう手間を。
こういう、誰にも称えられない支えを。
窓の外では、王都の鐘が鳴っていた。
白百合の旗が、冬の風に揺れている。
私は机の上の王都報を閉じた。
そして、灰麦粥用粉の使用札だけを、閉じずに残した。
忘れないために。
まだ謝ることも、呼びかけることもできない私が。
せめて、次に同じ白い言葉を受け取る時。
その下にある灰色の粉を、見落とさないために。




