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断罪後の悪役令嬢も、私は推している  作者: Manabit
第一章 冷血伯は、まだ消えていない

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第2話 遠野玲奈


 目が覚めた瞬間、私はまず、天井が高すぎると思った。


 知らない天井。


 いや、知らないというには、妙に見覚えがある。白く塗られた梁。重そうな天蓋。厚い灰色のカーテン。壁に掛けられた銀の燭台。暖炉の火が、ぱち、と小さく鳴る音。


 どこかで見た。


 画面越しに。


 資料集で。


 イベント背景で。


 そこまで考えて、私は固まった。


 いやいやいやいや。


 待って。


 おかしい。


 私の部屋に天蓋付きベッドはない。六畳の賃貸に天蓋などあるはずがない。暖炉もない。あるのは電気毛布と、畳み忘れた洗濯物と、枕元に置いたスマホだ。


 スマホ。


 私は反射的に右手を動かそうとした。


 けれど、動いた手を見て、息が止まった。


 白い。


 細い。


 指が長い。


 爪の形が整いすぎている。


 私の手ではない。


 これは、どう見ても、家事と仕事と寝不足で荒れがちな三十七歳日本人女性の手ではなかった。


「……は?」


 声が出た。


 その声が、またおかしかった。


 低すぎず、高すぎず、冷えた硝子みたいに澄んでいる。感情を乗せなければ、人を一歩下がらせる声。


 知っている。


 私はこの声を、知っている。


 正確には、声優さんのボイスで何度も聞いた。限定イベントの回想で、断罪シーンで、スチル解放後の短い台詞で。


 悪役令嬢。


 冷血伯。


 エレノア・フォン・ヴァルツェン。


 推し。


「……いや、いやいやいや」


 私は飛び起きようとした。


 身体は、起きた。


 起きた、というより、すっと上半身を起こした。腰に無理がない。背筋が勝手に伸びる。髪が肩から滑り落ちる感覚があった。長い。重い。明らかに私の長さではない。


 そこで初めて、自分が着ている寝衣に気づいた。


 上質な白布。襟元まできちんと閉じられていて、袖には細かな刺繍がある。手触りがよすぎる。しまむらでもユニクロでもない。いや、今そこで比較するのはどうなんだ、私。


 混乱している場合ではない。


 いや、混乱するに決まっている。


 私は両手で顔を覆おうとした。


 その動作すら、妙に優雅だった。


 やめて。


 こんなときまで所作が美しいの、やめて。


 推しの身体能力、今はいらない。


「女伯様!」


 扉が開いた。


 入ってきたのは、栗色の髪をきっちりまとめた若い侍女だった。顔を見た瞬間、名前が浮かぶ。


 ミーナ・クラウゼ。


 エレノア付きの侍女。王都時代から仕えていて、断罪後もヴァルツェンまで同行した人。


 知っている。


 いや、知らない。


 でも、知っている気がする。


 頭の奥に、薄い紙をめくるように情報が立ち上がった。


 ミーナ。


 気が利く。


 踏み込みすぎない。


 ずっと、心配していた。


 その最後の一文だけ、胸の奥が妙に痛かった。


「お目覚めに……!」


 ミーナの声が震えた。


 彼女はすぐに近づこうとして、けれど途中で足を止めた。礼儀と心配の間で迷っているような顔だった。


 私は何か言わなければと思った。


 女伯様として。


 エレノアとして。


 いや、私は遠野玲奈だ。昨日まで普通に日本で生きていた。仕事帰りにコンビニでサラダチキンを買って、スマホで乙女ゲームの復刻イベントを走って、寝る前にエレノアの考察を読んでいたはずだ。


 なのに今、推しの侍女が目の前にいる。


 しかも私は、推し本人の身体にいる。


 何これ。


 神展開?


 いや、違う。


 これは絶対に喜んでいいやつじゃない。


「……水を」


 私の口が、勝手にそう言った。


 いや、勝手ではない。私が言った。けれど、声は静かで、短くて、必要最低限だった。


 ミーナははっとして、すぐに水差しへ向かった。


「ただいま」


 銀の杯を受け取る。


 指が震えていた。私の手が、というより、身体の奥が疲れ切っている。喉が焼けるように乾いていた。水を飲むと、冷たさが胃に落ちていく。


 その感覚があまりにも生々しくて、私はようやく理解した。


 夢じゃない。


 たぶん。


 少なくとも、夢にしては水がまずい。


 いや、まずいわけではない。硬水っぽい。現代日本の水道水に慣れた舌がびっくりしているだけだ。


 そこまで考えたところで、扉の向こうに足音が増えた。


 今度入ってきたのは、白髪交じりの老家令だった。


 オルド・ハインツ。


 見た瞬間、背中が勝手に伸びた。


 いや、もう伸びている。さらに伸びた。


 身体が覚えている。


 この人の前では、領主として座る。


 そういう反応だった。


「女伯様」


 オルドは深く礼をした。


 その動きは完璧だった。けれど顔を上げた瞬間、彼の目元がわずかに緩んだ。


 泣きそう、というほどではない。


 けれど、安堵している。


 この人は、エレノアを本気で心配していた。


 そう分かった瞬間、胸が苦しくなった。


 推し。


 あなた、ちゃんと心配されてるじゃないですか。


 なんで気づかないんですか。


 いや、気づけないくらい壊れていたのか。


「お身体の具合は」


 オルドの問いに、私は一瞬詰まった。


 正直に言えば、最悪だ。


 頭は混乱している。身体は重い。胃が空っぽで気持ち悪い。背中や肩が固い。たぶん何日もまともに眠っていない人の身体だ。


 けれど、女伯様として「最悪です」とは言えない。


 言った方がいいのか。


 いや、言ってほしい。医者を呼んでほしい。あと状況説明もほしい。ついでにスマホを探してほしい。ないだろうけど。


 私は口を開いた。


「問題ありません」


 出た言葉に、自分で絶望した。


 問題あります。


 めちゃくちゃあります。


 中身が違います。


 現代日本人です。


 あなた方の女伯様はたぶん心の奥に引きこもっています。


 でも言えない。


 言えるわけがない。


 オルドの眉が、ほんの少し動いた。


 今の返答は、エレノアとしては自然だったはずだ。なのに、なぜか見られている。観察されている。違和感を拾われている。


 さすが家令。


 怖い。


「医師は控えております。昨日より高熱はございませんが、意識を失われてから半日以上が過ぎております」


 半日。


 エレノアが倒れて、半日。


 私はその間に来たのか。


 いや、来たという言い方でいいのか。転生? 憑依? 人格交代? 成り代わり?


 成り代わり。


 その言葉に、ぞっとした。


 私は、エレノアを上書きしたのか。


 推しの人生を奪ったのか。


 違う。


 違ってほしい。


「昨日のことは、覚えておいでですか」


 オルドが静かに聞いた。


 昨日。


 記憶が、ふっと浮かんだ。


 王家の紋章。


 婚礼祝賀献上命令。


 冬葡萄酒、二十樽。


 白銀狐毛皮、十枚。


 献納金、例年祝賀基準の三倍。


 旧き忠臣。


 胸の奥が、鋭く痛んだ。


 これは私の感情じゃない。


 いや、私も怒っている。ものすごく怒っている。推しをなんだと思っているんだ、王都。祝福の裏で地方の冬を削るんじゃない。そう叫びたい。


 でも、この痛みは違う。


 もっと深い。


 声にならない。


 誰かに理解してほしかった、という痛み。


 私は反射的に胸元を押さえた。


「女伯様?」


「……献上命令は」


 私がそう言った瞬間、オルドの表情が変わった。


 安堵と、諦めと、少しの怒り。


 この人、たぶん思っている。


 目覚めて最初にそれですか、と。


 私も思っている。


 推し、あなた本当にさあ。


「未処理でございます。女伯様がお倒れになったため、私の判断で一時保留といたしました」


「正しい判断です」


 口から出た言葉に、また少し驚いた。


 でも、今度は私の意思でもあった。


 半日で勝手に処理されるよりはいい。要求が重すぎる。領地の数字を見ないと返事できない。


 いや、待って。


 なんで私、判断できてるの。


 私は領地経営なんてやったことがない。せいぜい職場のシフト調整と、家計簿アプリを三日で放置した経験くらいしかない。


 けれど頭の奥に、断片的に分かることがある。


 王都への返書は遅らせすぎてはいけない。


 満額は出せない。


 拒絶に見せてもいけない。


 北街道の雪を理由に、文書の往復時間を稼ぐ。


 財務局に写しを回す。


 式典局だけに握らせない。


 これは、エレノアの知識だ。


 記憶というより、身体の奥に染み込んだ判断の癖。


 私は唇を噛みそうになって、寸前でやめた。


 女伯様は、人前で唇を噛まない。


 そんな礼法まで身体が止める。


 厄介すぎる。


「ユリスを呼んでください。冬葡萄酒の在庫表、毛皮の配分表、橋梁補修費の試算、それから商人組合との契約書を」


 言いながら、私は自分で怖くなった。


 言える。


 言えてしまう。


 たぶん昨日のエレノアが指示しようとしていた内容だ。


 オルドは一拍置いた。


「すでに準備させております」


 有能。


 家令、有能。


 私は内心で拍手した。


 外側の顔は、たぶん冷静だった。


「では、後ほど確認します」


「後ほど、でございますか」


 オルドが静かに繰り返した。


 しまった。


 今すぐ確認するべき場面だったのか。


 いや、身体は限界だ。ここで起きて執務を始めたら倒れる。エレノアならやる。絶対やる。でも私はやらない。やらせない。


 推しの身体を借りているなら、まず推しの身体を守らないといけない。


 私はできるだけ静かに言った。


「今は、身体の確認を優先します。半日眠っていたのでしょう。判断を誤れば、領地に迷惑をかけます」


 ミーナが目を見開いた。


 オルドも、ほんの少しだけ沈黙した。


 え。


 何かおかしかった?


 いや、正論だよね?


 するとミーナが、泣きそうな顔で俯いた。


「……はい。どうか、そうなさってくださいませ」


 その声で、分かった。


 エレノアは、こんなことを言わなかったのだ。


 自分の身体を判断材料に入れることはあっても、自分を休ませるための言葉としては出さなかった。


 私は胸が詰まった。


 推し。


 本当に、あなたは。


「ミーナ」


「はい」


「……心配をかけました」


 言った瞬間、部屋の空気が止まった。


 ミーナは完全に固まった。


 オルドも、まばたきを忘れたようにこちらを見ている。


 やばい。


 やらかした。


 エレノア・フォン・ヴァルツェンは、たぶんこんなに素直に謝らない。いや、感謝も謝罪もできない人ではない。でも言い方が違う。もっと硬い。もっと実務的。もっと相手の感情に触れない。


 でも。


 言わずにいられなかった。


 だって、この人たちは心配していた。


 エレノアを。


 私ではなく、エレノアを。


 その事実を、ちゃんとエレノアに届けたかった。


「い、いえ……そのような」


 ミーナの声が震えていた。


 オルドは深く礼をした。


「女伯様がお目覚めになられたことが、何よりでございます」


 その言葉は穏やかだった。


 けれど、目は笑っていない。


 疑われている。


 いや、疑うというより、見極められている。


 当然だ。


 長年仕えた相手が、目覚めた途端に少し柔らかくなった。違和感しかない。


 私はここで一つ、はっきり理解した。


 外側から見れば、私はエレノアに見える。


 声も、顔も、姿勢も、たぶん筆跡も。


 でも近しい人には、必ずズレが見える。


 なら、完璧にエレノアのふりをするのは無理だ。


 無理なことをやると、かえって壊す。


 私は、エレノアを壊したくない。


 そのためには、まず本人と話さなければならない。


 本人。


 エレノア。


 どこにいるの。


 私は目を閉じた。


 その瞬間、足元の感覚が消えた。


 落ちる、と思った。


 けれど落ちなかった。


 気づけば、私は廊下に立っていた。


 現実の部屋ではない。


 空気が違う。


 寒くはないのに、温度がない。壁には見覚えのある絵画が掛かっている。ヴァルツェン城館の廊下に似ているけれど、王宮の白い石壁も、グランディール侯爵家の深い赤の絨毯も混ざっている。


 夢?


 精神世界?


 そういうやつ?


 いや、そういうやつって何。


 私は振り返った。


 目の前に、扉があった。


 重い木の扉。


 その向こうに、誰かがいる。


 分かる。


 理由はない。でも分かる。


 そこに、エレノアがいる。


 私は息を呑んだ。


 推しがいる。


 いや、会いたいとかそういう軽い話ではない。もちろん会いたい。めちゃくちゃ会いたい。ずっと会いたかった。ゲーム画面越しにしか見られなかった人が、この扉の向こうにいる。


 でも今、私が言うべきことは一つだ。


 謝らなければ。


 あなたの身体にいることを。


 あなたの人生に入り込んでしまったことを。


 私は扉の前に立った。


 手を上げる。


 叩こうとして、止めた。


 無理に開けてはいけない。


 ここは、彼女が逃げ込んだ場所だ。


 たぶん、最後の場所だ。


 私は扉に触れないまま、できるだけ静かに声をかけた。


「あの……エレノア様」


 返事はない。


 喉が詰まった。


 様。


 様をつけるのも変かもしれない。


 でも呼び捨てなんて無理。推しだし。領主だし。今の私は不法侵入みたいなものだし。


「私は、遠野玲奈といいます。たぶん、あなたの知らないところから来ました」


 扉の向こうは静かだった。


「勝手に、あなたの身体を動かしてしまっています。すみません。本当に、すみません」


 声が震えた。


 現実では、エレノアの声はあんなに冷静だったのに、ここでは私の声に近い気がした。


「奪うつもりはありません。あなたの人生を、私のものにするつもりもありません。だから……もし聞こえていたら、何か、返事を」


 沈黙。


 扉は開かない。


 中から足音もしない。


 ただ、遠くで紙が擦れるような音がした気がした。


 私はその場にしゃがみ込みそうになって、なんとか踏みとどまった。


 ここで泣くな。


 私が泣く場面じゃない。


 エレノアが泣けないからって、代わりに私が泣いていいわけじゃない。


「ええと……」


 何を言えばいい。


 推しです、はまずい。


 いや、でも言うべきか。


 だって私がこの人を見捨てない理由は、そこにある。


 悪役令嬢と呼ばれても、冷血伯と呼ばれても、私はエレノアを見ていた。ゲーム本編では描かれなかったものを、勝手に想像して、勝手に信じていた。


 それが独りよがりかもしれないと、今は怖い。


 でも。


「私は、あなたのことを、ずっと悪役だと思えませんでした」


 扉の向こうで、空気が少しだけ動いた気がした。


「王太子殿下……いえ、今はアルベルト陛下ですね。その方のために、あなたがどれだけ実務を背負っていたのか。聖女リリアナ妃殿下を、ただ妬んでいたわけじゃないことも。たぶん、全部は分かっていません。でも、私は……」


 言葉が詰まった。


 推しです。


 大好きです。


 あなたは間違っていなかった。


 どれも軽すぎる。


 この人の傷の前では、私の言葉はあまりにも現代日本のオタクすぎる。


 それでも、言うしかなかった。


「私は、エレノア様を推しています」


 言った。


 言ってしまった。


 精神世界の廊下に、ものすごく場違いな言葉が落ちた。


 沈黙。


 長い沈黙。


 終わったかもしれない。


 推しに初手で推し宣言。最悪では。いや、でも本心だから仕方ない。取り繕ってもバレる。たぶんバレる。エレノア様はそういうの見抜く。


 すると。


 扉の向こうから、本当に小さな声がした。


「……おし」


 私は息を止めた。


 声。


 エレノアの声。


 弱く、掠れて、けれど確かに彼女の声。


「推し、とは……何ですか」


 私は両手で口を押さえた。


 泣きそうになった。


 いや、ちょっと泣いた。


 だって。


 返事をしてくれた。


 冷血伯エレノアが。


 壊れて、閉じこもって、誰にも届かない場所にいた彼女が。


 私の訳の分からない言葉に、困惑して返事をしてくれた。


 その困惑が、あまりにも人間らしくて。


 あまりにも可愛くて。


 胸が痛いほど、嬉しかった。


「えっと……推しというのはですね」


 私は扉の前に正座した。


 この説明は、たぶん長くなる。


 でも、長くしてはいけない気もする。


 だから私は、できるだけ真面目に言った。


「その人に、幸せでいてほしいと思う相手のことです」


 扉の向こうから、返事はなかった。


 でも、沈黙の質が少しだけ変わった。


 拒絶ではない。


 困惑。


 警戒。


 そして、ほんの少しの戸惑い。


 私は扉に向かって、深く頭を下げた。


「エレノア様。私は、あなたを消したくありません。あなたの代わりになりたくもありません。ただ、今は表に出てしまっているみたいなので……領地を壊さないように、頑張ります」


 それから、小さく付け加えた。


「でも正直、領地経営とか、全然分かりません」


 扉の向こうで、かすかに息を呑む気配がした。


「だから、困ったら相談します。無理に答えなくてもいいです。でも、ヴァルツェンの人たちを守るために必要なことがあったら……教えてください」


 長い沈黙。


 そして、声がした。


「……冬葡萄酒の在庫表を、先に確認してください」


 私は顔を上げた。


「白銀狐毛皮は、全量を出してはいけません。北村の防寒具に回す分を確保すること。献納金は分納を申し入れて。返書には、北街道の雪害予測を添えなさい」


 それだけ言うと、扉の向こうはまた静かになった。


 私は、しばらく動けなかった。


 領地の話には、反応する。


 この人は、壊れていてもまだ、ヴァルツェンを見捨てていない。


 私は立ち上がった。


 涙を拭う。


 推しの身体で泣くのは、なんというか申し訳ない。でも、今だけは許してほしい。


「はい」


 私は扉に向かって答えた。


「ありがとうございます、エレノア様」


 返事はない。


 けれど、扉の向こうで、ほんの少しだけ紙の音がした。


 私は目を開けた。


 現実の寝室に戻っていた。


 ミーナとオルドが、心配そうにこちらを見ている。


 私は深く息を吸った。


 身体はまだ重い。


 頭も混乱している。


 でも、やることは決まった。


「オルド」


「はい、女伯様」


「冬葡萄酒の在庫表を先に。白銀狐毛皮は北村の防寒具分を確保します。献納金は分納を前提に返書を作成。北街道の雪害予測も添えます」


 オルドの目が、わずかに見開かれた。


 きっと、今の判断はエレノアらしかったのだろう。


 でも、私は知っている。


 これは私一人の判断ではない。


 扉の向こうから届いた、彼女の声だ。


「承知いたしました」


 オルドが礼をする。


 ミーナが小さく息を吐く。


 外側の私は、たぶんいつもの冷静な女伯に見えている。


 けれど内側の私は、まだ震えていた。


 推しの身体にいる。


 推しは消えていない。


 推しは扉の向こうにいる。


 そして私は、たぶんこの世界で、彼女の味方にならなければならない。


 いや。


 ならなければ、じゃない。


 なりたいのだ。


 私は布団の上で、そっと拳を握った。


 エレノア様。


 あなたがまだ立てないなら、私が表に立ちます。


 でも、あなたを置いてはいきません。


 私は、あなたを推しているので。

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