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断罪後の悪役令嬢も、私は推している  作者: Manabit
第三章 王都に残された空席

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第18話 丸印と斜線印

 灰麦粥用粉の袋に、印がついた。


 丸印。


 斜線印。


 丸印は、細粉。


 幼児や病人向け。


 斜線印は、粗粉。


 年長児や大人向け。


 たったそれだけのことなのに、城館の厨房は朝から妙に緊張していた。


 袋職人に頼んだ試作品が届き、ユリスが使用札を並べ、ハンナが腕を組んでそれを見ている。


 ミーナは鍋と椀を用意し、下働きのリタは昨日よりもさらに青い顔で立っていた。


 可哀想に。


 たぶん、また試されると思っている。


 実際、その通りなのだけれど。


「リタ」


「はい、女伯様」


「今日もお願いします」


「……はい」


 返事が小さい。


 私は少し迷い、言葉を足した。


「あなたに罰を与えているわけではありません」


 リタは目を丸くした。


「はい?」


「分からないところを見つけたいのです。分かっている人だけで試すと、分からない人が困る場所を見落とします」


 リタは困ったように視線を揺らした。


 それでも、少しだけ肩の力が抜けたようだった。


「失敗してもよろしいのでしょうか」


「よくはありません」


 正直に言うと、彼女の肩がまた跳ねた。


 私は続けた。


「でも、ここで失敗する方がいい。王都の救貧院や、聖マルタ教会や、山間村で失敗するよりずっといい」


 リタは少し考えて、それから小さく頷いた。


「分かりました」


 その返事は、昨日よりはっきりしていた。


 まずは丸印の細粉から。


 袋には、半量線が入っている。


 椀一杯分の水に、袋の線まで。


 二杯分なら一袋。


 使用札には、鍋の絵、椀の絵、水を入れる絵、湯気が出てから粉を少しずつ振り入れる絵、混ぜる手の絵が描かれている。


 絵はユリスが描いた。


 意外にうまい。


 本人は「得意ではありません」と言っていたが、鍋は鍋に見えるし、椀は椀に見える。


 少なくとも、私が描くよりずっといい。


 リタは札を見ながら、椀で水を量った。


 鍋に入れる。


 火にかける。


 湯気が出るのを待つ。


 そこで少し迷った。


「ここで、粉を入れるのでございますね」


「札では、そう読めますか」


「はい」


「では続けて」


 リタは袋を開け、半量線までの粉を少しずつ振り入れた。


 昨日よりも慎重だ。


 粉が一か所に落ちないよう、鍋の上で手を動かしている。


 ミーナが手を出しかけて、止めた。


 偉い。


 リタは木べらで混ぜた。


 最初は少しぎこちなかったが、塊はできていない。


 しばらくして、とろりとした粥になった。


 私は椀に少しよそってもらい、口に運ぶ。


 熱い。


 でも、昨日よりなめらかだ。


 灰麦の香ばしさは弱いが、病人向けならこれでいい。


「成功です」


 私が言うと、リタは明らかにほっとした。


 周りの空気も緩む。


 けれど、ハンナは容赦なかった。


「でも、ちょい薄いですね」


 リタがまた固まる。


 私は粥をもう一口食べた。


「確かに少し薄い」


「水が椀一杯と言っても、椀に山ほど入れるか八分目にするかで違います」


 ああ。


 またそこか。


 椀一杯、も揺れる。


 現代なら「何ミリリットル」で済むことが、この世界ではそうはいかない。


「では、椀の絵に水線を入れましょう」


 私は言った。


「縁までではなく、ここまで、と」


 ユリスがすぐに札へ線を描き足す。


「袋にも線。椀にも線。線だらけですね」


 ハンナが笑う。


「線は読めなくても分かります」


「たしかに」


「それから、薄かった場合に追加する粉の量も必要ですね」


 ユリスが顔を上げる。


「追加用ですか」


「はい。一度で完璧に作れないなら、直し方も書きます。薄ければ、粉をひとつまみではなく、袋の角一つ分。濃ければ、水を椀の線まで少し足す」


「袋の角一つ分」


「角に小さな印をつけられますか」


 ハンナが袋を手に取る。


「できますね。角に点を打てばいい」


「では、点ひとつ分が調整用。丸印の袋は丸と点。斜線印の袋は斜線と点」


 ユリスが書き留めながら、少し遠い目をした。


「袋の情報が増えてまいりました」


「増えます」


「ですが、文字は減っていますね」


「はい」


 それが大事だ。


 説明を増やすのではなく、迷う場所を減らす。


 この違いは、かなり大きい気がする。


 次に、斜線印の粗粉を試した。


 こちらは年配女中が作る。


 さすがに手慣れている。


 粥というより、少し噛み応えのある食事になった。


 年長児や大人向けならこちらの方が満足感がある。


 ただし、煮る時間は少し長い。


「斜線印は、燃料に余裕がある時ですね」


 私が言うと、ハンナが頷いた。


「急ぐ時は丸印。腹持ちなら斜線」


「それも札に」


「文字で?」


「絵で」


 私は少し考え、丸印の札には小さな子供と寝台の絵、斜線印の札には働く人と大きめの椀の絵を入れるよう指示した。


 ユリスが固まった。


「私が描くのですか」


「お願いします」


「……かしこまりました」


 ごめん、ユリス。


 でも、あなたの絵は分かりやすい。


 本人には言わないでおこう。


 午前中いっぱいかけて、使用札は三度直された。


 鍋の絵。


 椀の水線。


 粉袋の半量線。


 調整用の点。


 丸印と斜線印。


 湯気。


 混ぜる手。


 薄い時、濃い時。


 文字も添えるが、文字だけに頼らない。


 できあがった札を見て、私は少しだけ感心した。


 かなり実用的だ。


 少なくとも、最初の札よりずっといい。


「これを聖マルタ教会にも持っていきます」


 私が言うと、ユリスが顔を上げた。


「王都へ送る前に、ですか」


「はい。領内で使えないものを王都へ送るのは危険です」


「では、シスター・マルタにも確認を」


「お願いします」


「女伯様ご自身は」


 ミーナの声が、すっと入った。


 私は一瞬だけ黙った。


 行きたい。


 正直、行きたい。


 聖マルタ教会で実際にどう使われるのか見たい。


 子供たちが食べられるのか見たい。


 でも、領主が行けば教会側が構える。


 子供たちも緊張する。


 厨房の人も、普段通りにはできない。


 それに、外は寒い。


 ミーナの目が、もう答えを言っている。


「私は行きません」


 私が言うと、ミーナはほんの少しだけ満足そうに頷いた。


「賢明でございます」


 完全に管理されている。


 だが、これは甘んじて受けるべき管理だ。


 自分の身体も資源である。


 エレノア様の言い方を借りれば、そういうことになる。


「代わりに、ユリス。あなたが行ってください」


「私が、ですか」


「はい。文官が現場で札の使われ方を見るのは大事です」


 ユリスは少し緊張した顔になった。


「かしこまりました」


「ただし、指示しすぎないで。まず、教会の方に普通に使ってもらってください。どこで迷うかを見る」


「はい」


「リタも一緒に」


「私が?」


 リタが裏返った声を出した。


「はい。あなたは実際に迷った人です。見て分かることがあると思います」


「でも、私は下働きで」


「だからです」


 私は言った。


「立派な文官や慣れた料理人だけで見ても、分からないことがあります」


 リタは助けを求めるようにミーナを見た。


 ミーナは微笑んだ。


「行ってらっしゃい。戻ったら、私にも教えてください」


 逃げ道はなかった。


 昼過ぎ、ユリスとリタ、それから護衛一人が聖マルタ教会へ向かった。


 私は執務室で報告を待った。


 もちろん、待つだけではない。


 冬備え台帳の更新。


 山間村への第二便予定。


 ベルナー商会への輸送費支払い。


 灰麦粥用粉の材料配分。


 王都向け試供分の数量制限。


 仕事はいくらでもある。


 ただ、書類に目を落としていても、時々、頭の中に丸印と斜線印が浮かんだ。


 あの札は、本当に伝わるだろうか。


 リタはちゃんと見られるだろうか。


 ユリスは指示しすぎずにいられるだろうか。


 いや、ユリスは真面目だから、つい説明したくなるかもしれない。


 私はペンを止め、首を横に振った。


 心配しても仕方ない。


 任せたなら、待つ。


 待つのも仕事。


 最近、少しずつ覚えてきた。


 夕方前、ユリスたちが戻った。


 リタの顔は、出発前より少し赤かった。


 寒さのせいか、緊張のせいか、それとも別の理由か。


「報告を」


 私が言うと、ユリスが紙を広げた。


「聖マルタ教会にて、灰麦粥用粉の使用試験を行いました。担当は教会厨房の老女一名、若い手伝い一名。シスター・マルタ立ち会い。こちらからは最初に説明せず、札と袋のみを渡しました」


「結果は」


「丸印は、おおむね問題なく作れました。ただし、椀の水線は分かりやすいが、袋の半量線は暗い厨房では見づらいとのことです」


「線を濃くしましょう」


「はい」


「斜線印は」


「粗粉のため、少し煮る時間が長くなりました。燃料節約時には丸印を優先したいとのことです」


「想定通りですね」


「はい。ただ、教会側から提案がありました」


「提案?」


 ユリスは少しだけ表情を和らげた。


「丸印の細粉に、塩をほんの少し加えると、病人も飲み込みやすいそうです。味がぼやけると食が進まない者がいると」


 なるほど。


 味が薄ければいいわけではない。


 食べる気力がない人ほど、少しの塩気が必要なこともある。


「採用しましょう。ただし、塩入りと塩なしを分けます」


 ユリスが頷く。


「袋印を変えますか」


「丸印に小さな横線を加えて、塩入り。丸だけなら塩なし」


「また印が増えます」


「増えますね」


 ユリスが少し笑った。


 慣れてきたな。


「リタは、どう見ましたか」


 私が聞くと、リタが背筋を伸ばした。


「はい。あの……教会の若い手伝いの方が、粉を入れる時に少し迷っておられました。袋の口が大きいので、一度に出そうになって」


「なるほど」


「それで、袋の角だけ切れるようにした方が、少しずつ出しやすいと思いました」


 部屋が静かになった。


 私はリタを見た。


 リタは不安そうに目を伏せる。


「変なことを申しましたでしょうか」


「いいえ」


 私は首を横に振った。


「とても良い意見です」


 袋の角を切る。


 少しずつ出す。


 現代の小袋なら当たり前だ。


 でも、私は見落としていた。


 袋に線を入れることは考えた。


 印を入れることも考えた。


 だが、袋の開け方までは考えていなかった。


「袋職人に、角を細く作れるか確認してください。もしくは、切る位置を印で示す」


「かしこまりました」


 ユリスが書く。


 リタはまだ信じられない顔をしている。


「リタ」


「はい」


「次の札には、袋の角を切る絵も入れます。あなたの提案です」


「私の、でございますか」


「ええ」


 リタの顔が一瞬で赤くなった。


「そ、そんな、私などが」


「現場で迷った人だから、気づけたことです」


 私は言った。


「記録に残します」


 リタは、今度こそ泣きそうな顔になった。


 泣かせたいわけではない。


 でも、これは残す。


 下働きの娘の気づきも、支援の一部だ。


 名前を残すかは慎重に考える必要があるが、少なくとも記録から消してはいけない。


 シスター・マルタからも短い書簡が届いていた。


 私はそれを開く。


 女伯様へ。


 丸印の粉は、病児の粥に使いやすく存じます。


 斜線印の粉は、年長の子らに向きましょう。


 絵札は、字を読めぬ者にも分かりやすく、厨房で助かります。


 ただし、暗い時には線が見えにくいため、袋の印は濃くしていただければ幸いです。


 また、塩を少量加えたものがあれば、熱のある子にも飲ませやすいかと存じます。


 祈りだけでは粥は煮えません。


 ですが、分かりやすい札があれば、迷う時間は減ります。


 私はその最後の一文で、しばらく手を止めた。


 祈りだけでは粥は煮えない。


 シスター・マルタらしい言葉だ。


 でも今度は、そこに札が加わった。


 薪。


 鍋。


 豆。


 粉。


 そして、分かりやすい札。


 支援に必要なものが、少しずつ増えていく。


「女伯様」


 ユリスが言った。


「この方式、聖マルタ教会だけでなく、山間村にも使えます」


「ええ」


「冬用の薬草袋にも印をつけられます。咳止め、熱冷まし、産婦用。文字だけではなく印で」


「やりましょう」


 即答した。


 ユリスの目が輝く。


「薪配分にも使えるかもしれません。教会用、騎士団用、山間村用。封印札の印を変えれば、遠目でも分かります」


「それも検討」


「はい」


 丸印と斜線印。


 ただの袋の印が、領内の管理方法へ広がっていく。


 王都への灰麦菓子から始まったはずの話が、今は聖マルタ教会と山間村と薬草袋へつながっている。


 実務とは、こういうものなのだろう。


 一つ直すと、別の場所のほころびが見える。


 そのたびに手間は増える。


 でも、少しずつ迷う人が減る。


 それは、悪くない。


 その夜、精神世界の扉の前で、私はリタの話をした。


「袋の角を切る位置を示す案が出ました」


「誰から?」


「リタです。城館の下働きの子です。昨日、粉を一度に入れて塊を作ってしまった子」


「そうですか」


 エレノア様の声は静かだった。


「良い気づきです」


「はい。とても」


「記録しましたか」


「します」


「名前は?」


 私は少し迷った。


「迷っています。功績として残したい気持ちはあります。でも、下働きの子の名前が急に領政記録へ出ると、本人が困るかもしれない」


「正しい迷いです」


 エレノア様は言った。


「家政記録には名を残しなさい。領政記録には、城館厨房試用時の提案として残す。本人への褒賞は、ミーナと相談を」


「褒賞」


「当然です」


「何がいいでしょう」


「金銭は目立ちます。まずは冬用の手袋を新しく」


 私は目を瞬いた。


「手袋?」


「厨房下働きは水仕事が多い。冬は手が荒れます」


 それは、とても具体的だった。


 エレノア様は、知っているのだ。


 城館の下働きの手が、冬に荒れることを。


 領主として。


 あるいは、幼い頃から城館を見てきた人として。


「エレノア様」


「何ですか」


「あなた、そういうところ本当に見ていますよね」


「必要な管理です」


「はいはい、そういうことにしておきます」


「玲奈」


「はい」


「軽く流さないでください」


「すみません」


 でも、少し嬉しかった。


 リタの気づきに、冬用の手袋。


 それは、小さくて、でも確かな報酬だ。


「聖マルタ教会では、丸印の細粉は病児向けに使いやすいそうです。斜線印は年長児向け。ただ、袋の線が暗い厨房では見づらいと」


「濃くしなさい」


「はい」


「塩入りは?」


「シスター・マルタから提案がありました。熱のある子には、少し塩がある方が飲ませやすいと」


「採用でよいでしょう。ただし、塩分量を一定に」


「はい。丸印に小さな横線をつけます」


「印が増えすぎると、かえって混乱します」


「そこが心配です」


 私は正直に言った。


「丸、丸に横線、斜線。今のところ三種類です」


「三種類なら管理できます。五を超えると崩れます」


「経験則ですか」


「はい」


 即答だった。


 やっぱり経験則。


 たぶん王都でも領地でも、何かが崩れたことがあるのだろう。


「薬草袋にも印をつけようと思います。咳止め、熱冷まし、産婦用。文字だけに頼らないように」


「良い判断です」


「封印札にも応用できます」


「ただし、すべて一度に変えないこと」


「なぜですか」


「現場が覚えきれません」


 私は黙った。


 確かに。


 便利だからといって、一気に全部変えれば混乱する。


 改善も、急ぎすぎると現場を壊す。


「まずは灰麦粥用粉と薬草袋。封印札は次に」


「はい」


「導入順を記録しなさい」


「分かりました」


 エレノア様の助言は、今日も具体的だった。


 そして、その具体性が頼もしい。


「エレノア様」


「何ですか」


「昔、こういう印の管理もしていたんですか」


「王都では色紐を使ったことがあります」


「色紐?」


「招待客の控室案内です。地方から来た者、教会関係者、王宮常連者、初参加者で案内を分けるために」


「それも儀礼補佐?」


「はい」


「便利な言葉ですね」


「またそれですか」


「はい」


 扉の向こうで、少しだけ空気が揺れた。


 笑ってはいない。


 たぶん。


 でも、以前よりはずっと柔らかい。


「その色紐は、うまくいきましたか」


「一部は」


「一部」


「青と緑を暗い廊下で見間違えました。翌年から形も変えました」


「色だけじゃなく形も」


「はい。視力の悪い者、色の区別がつきにくい者、暗い場所。条件が変わると、印は崩れます」


 私は少し感心した。


 丸印と斜線印も同じだ。


 明るい厨房で見える線が、暗い教会厨房では見えない。


 分かりやすさは、場所によって変わる。


「本当に、知っている者だけで作ると届きませんね」


「はい」


「そして、届かないと、最後に困るのは弱い人です」


 私が言うと、扉の向こうが静かになった。


「そうです」


 短い返事だった。


 重かった。


 この人は、それをずっと見てきたのだ。


 王宮で。


 領地で。


 冷たいと言われながら。


 私は膝の上で手を握った。


「今回は、届くようにします」


「一度で完全には届きません」


「はい」


「直し続けることです」


「はい」


「それが制度です」


 制度。


 この世界に来る前、私は制度という言葉をどこか硬くて遠いものだと思っていた。


 でも今は少し違う。


 丸印。


 斜線印。


 袋の線。


 手袋。


 使用札。


 それも制度なのだ。


 誰かが失敗しにくくなるための形。


 誰かの善意が、誰かの負担に化けないようにするための仕組み。


「エレノア様」


「何ですか」


「リタに手袋を渡す時、あなたの名前で渡していいですか」


「領主から厨房下働きへ直接では重いです」


「では」


「ミーナから。厨房備品の更新として」


「それだと、リタの提案への褒賞だと分からないのでは」


「ミーナにだけ伝えなさい。本人には、よく見ていたことへの礼だと」


「それ、かなり優しいです」


「管理です」


「はいはい」


「玲奈」


「すみません」


 でも、やっぱり優しいと思った。


 現実に戻った私は、私的業務記録を開いた。


 北雪の灰麦粥用粉、領内試用。


 聖マルタ教会にて試験。


 丸印、細粉。病児向けに有用。


 斜線印、粗粉。年長児向け。燃料余裕時向き。


 袋の半量線、暗所で見づらい。濃くすること。


 塩入り細粉の提案あり。丸印に横線を追加。塩分量を一定化。


 リタより、袋の角を切る位置を示す提案。


 採用。


 使用札に追加。


 袋職人へ確認。


 薬草袋への印導入を検討。


 咳止め、熱冷まし、産婦用。


 ただし一斉導入は避ける。


 灰麦粥用粉、薬草袋、封印札の順で段階導入。


 リタへの褒賞。


 冬用手袋を厨房備品更新として支給。


 ミーナより伝達。


 そこまで書いて、私はペンを止めた。


 そして一行、加える。


 読めない人にも届く形にすること。


 文字が読める人。


 読めない人。


 明るい場所にいる人。


 暗い厨房で急いでいる人。


 経験のある人。


 初めて鍋の前に立つ人。


 支援は、その全員を選ばない。


 だから、こちらが選んではいけない。


 届く形にする。


 何度も直す。


 丸印と斜線印から始まった小さな工夫が、いつか薬草袋や封印札にも広がるかもしれない。


 たぶん、こういうものが領地を少しずつ強くする。


 派手な奇跡ではなく。


 王都報に載るような美談でもなく。


 袋の角を、どこで切ればいいか分かるようにすること。


 私は窓の外を見た。


 雪は、今日も降っている。


 でも、聖マルタ教会の厨房では、丸印の袋が開けられているかもしれない。


 リタは明日、新しい手袋を受け取るだろう。


 それが褒賞だと分かって、また顔を赤くするかもしれない。


 私は少しだけ笑った。


 エレノア様。


 今日も、地味な仕事が増えました。


 でも、きっと必要な仕事です。


 読めない人にも。


 迷う人にも。


 寒い厨房で急いでいる人にも。


 届くように。

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