第14話 空席から届いた照会
北雪の灰麦菓子は、売れた。
大成功、とまでは言わない。
王都中が噂するほどでもない。
貴族の茶会で取り合いになったわけでもない。
けれど、ロイ・ベルナーから届いた第一報には、確かにそう書かれていた。
初回分、七割を売却。
小劇場二軒、酒場三軒にて取り扱い。
冬葡萄酒との組み合わせで注文あり。
甘すぎぬ点を好む客あり。
硬い、地味、という評もあり。
ただし、噛むほど香りが出るとの声あり。
私はその一文で、少しだけ笑った。
噛むほど香りが出る。
うん。
分かる人はいた。
王都にも、ちゃんといた。
「女伯様」
ユリスが、報告書の続きを読み上げる。
「ベルナー商会としては、第二便を小規模に追加したいとのことです。ただし、蜂蜜の使用量をわずかに増やし、紙帯に冬葡萄酒との組み合わせを示す文言を加えたいと」
「白百合は?」
「入れないとのことです」
「冷血伯は?」
「使わないとのことです」
「よろしい」
私がそう言うと、ユリスは少しだけ笑いをこらえるような顔をした。
最近、この若手文官も、私の地雷を覚えてきた気がする。
いいことなのか、悪いことなのか。
たぶん、仕事上はいいことだ。
「第二便は許可します。ただし、蜂蜜を増やしすぎないこと。ヴァルツェンらしさが消えます」
「かしこまりました」
「紙帯の文言案は?」
「『冬葡萄酒とともに、北雪の灰麦菓子を』」
「悪くありません」
かなり悪くない。
ロイ・ベルナー、さすが商人である。
エレノア様を悪名で売る案を出した件はまだ許していないけれど、仕事はできる。
そこがまた悔しい。
私は報告書を脇へ置いた。
今日の執務は、それで終わるはずだった。
しかし王都からの文箱が、午後になって届いた。
王家の封蝋ではない。
式典局の封蝋だった。
しかも、かなり急いで出されたものらしく、封の押し方が少し歪んでいる。
私はそれを見た瞬間、嫌な予感がした。
王都から届く急ぎの文書は、だいたいこちらの仕事を増やす。
最近の経験で、そう学んでしまった。
「開けますか」
ユリスが尋ねる。
「開けて」
封を切ると、中から出てきたのは照会状だった。
新王陛下と聖女リリアナ妃殿下の御成婚祝賀に伴う献上品管理について。
文字は丁寧。
形式も一応整っている。
けれど、読み始めてすぐ、私は眉を寄せた。
冬葡萄酒、上位樽十五。
白銀狐毛皮、二張。
献納金。
ここまでは分かる。
問題は、その次だった。
献上品の一部を、聖女リリアナ慈善基金の祝賀配布品として扱うことは可能か。
冬葡萄酒を慈善基金の祝宴用に転用する場合、追加樽を用意できるか。
白銀狐毛皮を王宮礼拝堂の装飾に用いるため、同格品の予備を確保できるか。
できるか。
できるか。
できるか。
私は紙を持つ手に力を入れそうになった。
まただ。
王都は、まず聞いてくる。
できるか、と。
できないと言えば、なぜできないのかと聞く。
できると言えば、では出せと言う。
そして、その「できる」の裏で何が削られるかは見ない。
「……追加樽?」
私の声は、自分でも分かるくらい低かった。
ユリスが青ざめている。
「女伯様、冬葡萄酒の追加は」
「無理です」
即答だった。
「上位樽はベルナー商会との契約を削ってようやく整えました。これ以上出せば、来春の取引どころか、領内の信用が崩れます」
「はい」
「白銀狐毛皮の予備は?」
「ありません。同格品となると、次の狩猟期まで確保は困難です」
「当然でしょうね」
私は照会状を机に置いた。
丁寧な文面。
きれいな紙。
でも、中身はかなり乱暴だ。
献上品を、式典用に、慈善基金用に、礼拝堂装飾用に、さらに分けたい。
気持ちは分かる。
祝賀だ。
王都は華やかにしたい。
聖女リリアナ妃殿下の慈善基金を前面に出せば、民の支持も得られる。
白銀狐毛皮を礼拝堂に飾れば、見栄えもする。
冬葡萄酒を祝宴に出せば、話題にもなる。
でも、その品は空から降ってこない。
雪を越えて運ばれている。
契約を削っている。
領地の備蓄を圧迫している。
私は奥歯を噛んだ。
怒りを判断の代わりにしてはいけない。
エレノア様の声が、胸の奥で聞こえた気がした。
「この照会状、誰が出したものですか」
ユリスが差出人欄を見る。
「式典局次席補佐官、マルク・レーンとあります」
知らない名前だ。
けれど、頭の奥にかすかな違和感が走った。
式典局。
祝賀品配分。
慈善基金。
礼拝堂装飾。
このあたりの調整は、本来ならもっと早い段階で整理されているはずだ。
少なくとも、献上品を要求した時点で用途を分ける。
式典用。
王宮保管用。
配布用。
儀礼装飾用。
そこを曖昧にしたまま、後から「一部転用できるか」と聞いてくるのは、手順が悪い。
いや、悪すぎる。
「オルド」
「はい」
控えていた老家令が、静かに顔を上げた。
「以前、王都の祝賀品配分は、どう整理されていましたか」
オルドの目が、ほんの少しだけ細くなった。
「王太子殿下の御婚約期間中であれば、エレノアお嬢様が事前に用途別表をお作りになっておりました」
部屋が静かになった。
エレノアお嬢様。
オルドがそう呼ぶ時、そこには長い時間がある。
「用途別表」
「はい。献上品、祝賀用、慈善配布用、儀礼装飾用、王宮保管分。それぞれを分け、重複要求が出ぬよう整理されておりました」
「王太子殿下の政務補助として?」
「表向きには、婚約者としての儀礼補佐でございます」
表向きには。
その言葉が重かった。
「実際には?」
オルドは少しだけ間を置いた。
「王太子殿下の理想を、実務で壊さぬための支えでございました」
私は照会状を見下ろした。
つまり、こういうことか。
王太子殿下が慈善をしたいと言う。
聖女リリアナ妃殿下が民に配りたいと言う。
式典局が華やかに見せたいと言う。
教会が礼拝堂を飾りたいと言う。
それぞれは、たぶん悪意ではない。
でも、全部を重ねると同じ品に何度も手が伸びる。
誰かが先に表を作り、用途を分け、重複を消していた。
その誰かが、エレノア様だった。
そこに以前はエレノア様がいた。
でも今はいない。
だから、後から照会状が飛んでくる。
善意と祝福と見栄えが、同じ樽に群がる。
王都に残された空席。
そう思った瞬間、胸の奥に冷たい怒りが落ちた。
都合がいい。
本当に、都合がいい。
エレノア様が王都にいた頃は、冷たい、邪魔だ、理想を理解しないと遠ざけた。
いなくなったら、今度はその人が整えていた表も、手順も、判断もないまま、困った時だけヴァルツェンへ照会を寄こす。
それは、ずるい。
卑怯だ。
こちらに戻ってきてほしいわけでもない。
名誉を返すわけでもない。
ただ、足りないところだけ、まだそこにいるかのように使おうとしている。
私は照会状を見下ろした。
怒りで返書を書くな。
そう自分に言い聞かせる。
怒りを判断の代わりにしてはいけない。
でも、この怒りまで、なかったことにはしない。
「返書を作ります」
私は言った。
「冬葡萄酒の追加は不可。すでに王都献上分として確保した上位樽十五、中位樽五以外の追加は、既存契約と領内流通を損なうため出せません」
ユリスが素早く書き取る。
「白銀狐毛皮の予備も不可。同格品は次狩猟期まで確保困難。礼拝堂装飾に用いる場合は、既納分の用途内で調整すること」
「はい」
「献上品の慈善基金転用については、用途を王都側で一本化してください。式典用、慈善配布用、儀礼装飾用を同一品から重複して取ることはできません」
言葉が少し硬くなる。
でも、これくらい硬くていい。
「それから」
私は少し迷った。
ただ断るだけなら簡単だ。
でも、それでは王都側の混乱は残る。
残った混乱は、また別の照会状になって戻ってくる。
怒りに任せて「そちらで勝手にどうぞ」と言いたい。
でも、それをやると結局ヴァルツェンが疲れる。
「用途別表の雛形を同封します」
ユリスが驚いた顔をした。
「雛形、ですか」
「はい。献上品、祝賀用、慈善配布用、儀礼装飾用、保管用。品目ごとに欄を分ける。転用する場合は、元の欄から差し引く。重複要求を防ぐために」
ユリスは目を瞬いた。
「女伯様が、王都式典局へ手順を示されるのですか」
「そうしないと、また聞いてくるでしょう」
「それは……おそらく」
「なら、先に潰します」
言葉が少し冷たくなった。
これはエレノア様の言い方だ。
でも、私の気持ちでもある。
問題は、腐る前に分ける。
雪芋と同じだ。
重複要求も、隠すと増える。
なら、表にする。
「ただし、上から教える形にはしないでください」
私は続けた。
「『当領での管理表を参考までに添付する』という形にします。式典局の面子は潰さない」
オルドがかすかに頷いた。
「よろしいかと存じます」
「本音では、面子より手順を守ってほしいですけど」
つい漏れた。
オルドが少しだけ目を伏せる。
ユリスは聞こえなかったふりをした。
成長している。
「それから、聖女リリアナ慈善基金への配布品については、北雪の灰麦菓子の少量提供なら可能です」
ユリスのペンが止まった。
「灰麦菓子を、ですか」
「ええ。冬葡萄酒や白銀狐毛皮は無理です。でも灰麦菓子なら、追加で少量作れます。日持ちもする。慈善基金の配布品にするなら、王都の孤児院や救貧院向けにも使えるでしょう」
「しかし、王都が求めているのは華やかな品では」
「だからです」
私は言った。
「慈善を飾りに使うなら、白銀狐毛皮が欲しいでしょう。でも本当に配るなら、食べられるものの方がいい」
部屋が静かになった。
自分で言ってから、少し刺さった。
リリアナ妃殿下を責めたいわけではない。
彼女はたぶん、本当に困っている人を助けたいのだ。
でも周囲は、慈善を華やかに見せようとする。
白百合の飾り。
礼拝堂の装飾。
祝宴の冬葡萄酒。
それは慈善だろうか。
それとも、慈善に見える式典だろうか。
「北雪の灰麦菓子を、慈善基金向けに出す場合の条件は」
ユリスが聞いた。
「冷血伯の名を使わない。聖女王妃へ捧ぐ、という形にもまではしない。『ヴァルツェン領より、冬支度の保存菓子を少量提供』で」
「かなり地味ですね」
「慈善は地味でいい」
言い切った。
たぶん、これは玲奈の言葉だ。
でも、エレノア様も否定しない気がした。
「提供量は少量です。領内分を圧迫しない範囲で。費用はベルナー商会との販売分から差し引かず、王都照会への代替提案として別扱い」
「かしこまりました」
ユリスが書き取る。
彼の目は真剣だった。
「女伯様」
「何?」
「これは、断っているのですか。協力しているのですか」
私は少しだけ考えた。
「両方です」
「両方」
「出せないものは出せない。けれど、できる形なら示す。そうしないと、善意だけが空回りして、また誰かの備蓄を削ります」
ユリスは、ゆっくり頷いた。
「勉強になります」
いや、私も勉強中なんだけど。
でも今日は、その言葉を否定しなかった。
夕方までに、返書と用途別表の雛形は整った。
ユリスが作った表は、かなり見やすかった。
品目。
数量。
用途。
転用時の差引。
輸送責任。
受領確認。
不足時の再照会先。
そして、一番下に小さく、こう書かれていた。
同一品目への重複要求を避けるため、用途確定後の再配分は必ず差引記録を伴うこと。
素晴らしい。
ユリス、有能。
かなり有能。
「この表、領内でも使いましょう」
「領内でも、ですか」
「はい。冬備え台帳の補助表にできます。聖マルタ教会、山間村、騎士団、商人組合。用途別に分ければ、重複要求を減らせます」
ユリスの顔が、ぱっと明るくなった。
「すぐに写しを作ります」
「お願いします」
王都の雑な照会に腹は立った。
でも、その処理から領内の様式も改善できる。
こういうところが、実務なのだと思う。
怒って終わりではない。
使えるものは使う。
腹立たしい王都の混乱すら、領地の帳簿改善に変える。
それは少しだけ、気分がよかった。
その夜、精神世界の扉の前で、私は照会状の話をした。
「王都式典局から、冬葡萄酒の追加と白銀狐毛皮の予備を聞かれました」
扉の向こうから、浅い溜息が聞こえた。
珍しい。
かなり珍しい。
「……用途別表を作っていないのですね」
「やっぱり、そこなんですね」
「当然です」
エレノア様の声には、明らかな疲れがあった。
「祝賀用、慈善配布用、儀礼装飾用、王宮保管用。最初に分けなければ、後で必ず重複します」
「はい。今日、よく分かりました」
「誰が照会を?」
「式典局次席補佐官、マルク・レーンです」
「知りません」
「ですよね」
知らない人だった。
少なくとも、エレノア様の記憶にはすぐ出てこない。
「以前は、あなたが作っていたんですね。用途別表」
「王太子殿下の婚約者として、儀礼補佐の範囲です」
「本当に?」
私は聞いた。
扉の向こうが黙る。
「儀礼補佐の範囲を超えていませんでしたか」
「必要でした」
「必要だから、やった」
「はい」
「そして、いなくなったら誰も作らなくなった」
返事はなかった。
胸が痛くなる。
王都の空席。
そこに座っていた人は、自分が席を埋めていることすら、たぶん表にしなかった。
「エレノア様」
「何ですか」
「あなたがいない王都、けっこう困ってます」
「一時的な混乱でしょう」
「そうかもしれません」
「すぐに誰かが慣れます」
「そうかもしれません」
私は静かに言った。
「でも、少なくとも今は、あなたが埋めていた穴が見えています」
扉の向こうは静かだった。
「それを聞いて、嬉しいとでも?」
「いいえ」
そこは即答した。
「嬉しくはありません。王都が困るたびに、こっちへ照会が来るのは困ります」
「現実的ですね」
「あなたに鍛えられていますので」
「私のせいにしないでください」
少しだけ、声が柔らかい。
私は続けた。
「でも、あなたがしていたことが、なかったことではなかったと分かるのは、大事だと思います」
返事はない。
「王都では、冷血伯って言われていた。理想を邪魔する女だと。でも実際には、理想が同じ樽に何度も手を伸ばさないように、表を作っていた」
「地味な仕事です」
「地味で、大事な仕事です」
「あなたは、地味なものを褒めすぎます」
「地味なものが好きなんです」
「黒パンも?」
「はい」
「灰麦菓子も?」
「はい」
「用途別表も?」
「はい。かなり」
扉の向こうで、ほんの小さく息を吐く気配がした。
笑った、のかもしれない。
いや、さすがにまだ早いか。
でも、少しだけ空気が緩んだ。
「返書はどうしました」
「追加樽と予備毛皮は不可。用途別表の雛形を、当領の管理表として参考添付。聖女リリアナ慈善基金向けには、北雪の灰麦菓子を少量提供可能としました」
「灰麦菓子を?」
「はい。冬葡萄酒や毛皮は飾りになります。でも、配るなら食べ物の方がいいと思って」
「……あなたらしい」
まただ。
あなたらしい。
私はその言葉に、少し弱い。
「まずかったですか」
「いいえ。悪くありません」
悪くありません。
今日もいただきました。
「ただし、王都は地味な慈善を嫌がることがあります」
「見栄えがしないから?」
「はい」
「でしょうね」
「ですが、聖女リリアナ様本人に届けば、受け取る可能性はあります」
私は顔を上げた。
「リリアナ様本人は?」
「困っている者に食べ物を渡すことを、軽んじる方ではありません」
その声は、静かだった。
そこに敵意はない。
むしろ、かすかな信頼があるように聞こえた。
私は胸の奥が少し苦しくなった。
エレノア様は、リリアナ様を嫌い切っていない。
それが分かるたび、つらくなる。
単純な敵なら、楽なのに。
「エレノア様」
「何ですか」
「リリアナ様のこと、今でも善良な方だと思っていますか」
扉の向こうが、少し静かになった。
「はい」
答えは短かった。
「では、なぜ」
なぜ、あそこまで壊れてしまったのか。
そう聞きかけて、私は止まった。
まだ早い。
これは、今聞くことではない。
エレノア様も、扉の向こうでそれを察したのかもしれない。
しばらく沈黙してから、静かに言った。
「善良な方の周りには、善良さを利用する者も集まります」
私は息を呑んだ。
「本人が望まなくても?」
「本人が望まないからこそ、周囲が名を使うのです」
聖女リリアナ慈善基金。
白百合。
祝賀配布品。
礼拝堂装飾。
善意の名前で、いろいろなものが動く。
リリアナ様本人がどこまで知っているのかは、分からない。
でも、名は使われる。
「なら、灰麦菓子が本人に届くといいですね」
私は言った。
「地味ですけど。ちゃんと食べられる慈善です」
「……そうですね」
エレノア様が、そう答えた。
その声は、少しだけ遠かった。
現実に戻った私は、私的業務記録を開いた。
王都式典局より照会。
差出人、式典局次席補佐官マルク・レーン。
内容。
冬葡萄酒の慈善基金祝宴用転用、追加樽可否。
白銀狐毛皮の礼拝堂装飾用予備確保可否。
献上品の聖女リリアナ慈善基金配布品扱い可否。
回答。
冬葡萄酒追加不可。
既存献上分以外の上位樽提供は、既存契約および領内流通を損なう。
白銀狐毛皮予備不可。
同格品は次狩猟期まで確保困難。
献上品用途の一本化を要請。
用途別表雛形を参考添付。
北雪の灰麦菓子、少量提供可能。
条件、冷血伯名不使用。聖女王妃への奉納品扱いにしない。冬支度の保存菓子として扱うこと。
領内でも用途別表を導入検討。
そこまで書いて、私は一行空けた。
そして、今日の言葉を書き足した。
王都の空席は、照会状になって届く。
書いた後、少し考える。
王都に残された空席。
そこにいた人は、いなくなってもなお、王都の紙の乱れとして現れている。
それは痛快なことではない。
ざまあみろ、とは思わない。
だって、その照会状は、結局ヴァルツェンの机に届くのだから。
でも、記録しておきたい。
エレノア様がしていたことは、なかったことではない。
用途別表。
重複要求の整理。
善意の差引。
地味で、誰にも褒められず、けれど失われるとすぐに穴が開く仕事。
私はペンを置いた。
窓の外では、雪が降っている。
王都では、白百合の飾りが増えているかもしれない。
その影で、誰かがまた表を作り忘れているかもしれない。
そしてヴァルツェンでは、今日も薪と豆と灰麦菓子を数えている。
私は胸の奥へ、静かに呼びかけた。
エレノア様。
あなたの空席は、まだ王都に残っています。
でも今は、戻らなくていい。
こちらには、あなたが必要です。
この雪の領地で。
この硬い黒パンと、温かい粥と、灰麦菓子のある場所で。




