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断罪後の悪役令嬢も、私は推している  作者: Manabit
第三章 王都に残された空席

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第13話 王都報の余白

 王都から届くものは、いつも少し遅れてやって来る。


 命令書も。


 噂も。


 祝福も。


 そして、悪意も。


 その朝、執務机の上に置かれたのは、王都報だった。


 薄い上質紙に、華やかな飾り罫。


 新王陛下と聖女リリアナ妃殿下の御成婚を寿ぐ特別号。


 紙面の上部には、白百合と王冠の意匠が刷られている。


 王都の空気をそのまま紙に閉じ込めたような、眩しいほど整った印刷物だった。


 私はそれを見た瞬間、少し身構えた。


 王都から来る綺麗なものは、だいたいヴァルツェンの何かを削っている。


 最近の経験で、そう学んでしまった。


「女伯様」


 ユリス・バルクが、紙面の一部を指した。


「ベルナー商会より、こちらの記事に合わせて北雪の灰麦菓子を売り出したいとの相談が来ております」


「王都報に合わせて?」


「はい。婚礼祝賀で王都の劇場や酒場に人が集まっているため、北西辺境の祝い菓子として出せば、目を引くのではないかと」


 なるほど。


 ロイ・ベルナーらしい。


 王都報が婚礼を煽る。


 人が集まる。


 そこに北雪の灰麦菓子を差し込む。


 商売としては正しい。


 たぶん、かなり正しい。


 問題は、王都報の中身だった。


 私は紙面に目を落とす。


 そこには、華やかな言葉が並んでいた。


 新王陛下の慈愛。


 聖女リリアナ妃殿下の清らかな祈り。


 白百合の祝福。


 民と王家が一つになる新時代。


 ……うん。


 すごい。


 綺麗。


 ものすごく綺麗。


 綺麗すぎて、薪の匂いがしない。


 粥の湯気も、黒パンの硬さも、凍った旧猟師道も、どこにもない。


 王都の人たちは、本当にこういう言葉で世界を見ているのだろうか。


 そう思いながら読み進めて、私は指を止めた。


 婚礼祝賀に寄せられた各地の献上品。


 その一覧の下に、短い寸評が添えられている。


 南部公爵領の絹布。


 東方伯の香辛料。


 湖畔都市の銀細工。


 そして。


 北西ヴァルツェン伯領より、冬葡萄酒および白銀狐毛皮。


 辺境の冷厳なる地からも、聖女王妃への祝意が届けられた。


 かつて王都に冷ややかな影を落とした女伯も、新しき御代の光に膝を折ったと見る向きもある。


 私は、紙面を破りそうになった。


 指先に力が入る。


 慌てて息を吸う。


 だめだ。


 これは王都報だ。


 破っても王都報は消えない。


 むしろ私の理性が破れるだけだ。


「……女伯様?」


 ユリスが不安そうにこちらを見た。


 ミーナも控えめに息を呑んでいる。


 オルドは黙っている。


 私はゆっくり紙面から手を離した。


「問題ありません」


 言ってから、内心で思った。


 今のはエレノア様っぽかった。


 でも、全然問題はある。


 ありすぎる。


 新しき御代の光に膝を折った?


 誰が?


 エレノア様が?


 領地の冬を守るために、祝意という形に整えて、削る量を最小限にした献上を?


 膝を折った?


 ふざけないでほしい。


 膝を折ったんじゃない。


 折られないように踏みとどまったのだ。


 喉元まで怒りが上がってくる。


 けれど、私はそれを飲み込んだ。


 ここで怒鳴っても、王都報の文面は変わらない。


 それよりも、目の前の問題を処理しなければならない。


「ベルナー商会の相談内容を」


 私が言うと、ユリスは少しほっとしたように別紙を出した。


「北雪の灰麦菓子を、婚礼祝賀に合わせて王都の小劇場と酒場で売る案です。売り文句として、いくつか案が届いております」


「読んで」


 ユリスは一瞬だけ迷った。


 嫌な予感がする。


「一案目。『冷血伯の地より届いた、北西の祝い菓子』」


 舌打ちが出かけた。


 本当に、喉の奥まで出かけた。


 ベルナー。


 次に会った時は覚えていなさい。


 商売として目を引くのは分かる。分かるけれど、それでエレノア様の悪名を包み紙に印刷するつもりか。北雪の灰麦菓子を、王都の物笑いにするつもりか。


 エレノア様を貶めるものは、すべて敵。


 一瞬、本気でそう思った。


 視界の焦点が、紙面から少しずれた。


 怒りで頭の奥が白くなる。


 だめだ。


 ここで怒鳴ってはいけない。


 玲奈、落ち着け。


 今の私は、ヴァルツェン女伯エレノア・フォン・ヴァルツェンだ。商人の売り文句ひとつで舌打ちする領主になってはいけない。


 それに、怒りを判断の代わりにしてはいけない。


 私は、奥歯を噛んだ。


 エレノア様の身体に残る礼法が、ぎりぎりのところで表情を止めてくれた。


「却下」


 声だけは、静かだった。


 ユリスがびくりと肩を揺らす。


「二案目」


「はい。『聖女王妃へ捧ぐ、雪国の灰麦菓子』」


 今度は、指先が動いた。


 紙を押さえる手に、少しだけ力が入る。


 聖女王妃へ捧ぐ。


 違う。


 これは、リリアナ妃殿下を飾るための菓子ではない。


 ハンナが焼いた灰麦の香り。


 冬葡萄酒粕の甘み。


 干し豆の歯応え。


 黒パンを食べる領民の手。


 雪の中で生きるヴァルツェンの味。


 それを、王都の白百合の足元に置くな。


 私は息を吸った。


 怒りを吐き出さないように、ゆっくりと。


「却下」


 今度の声も、静かだった。


 ただ、室内の空気は少し冷えた。


「三案目。『新王陛下の御代を寿ぐ、北雪の灰麦菓子』」


「……保留」


 ぎりぎり。


 ぎりぎり保留。


 でも、まだ違う。


 私の中で、何かが強く反発していた。


 聖女リリアナ妃殿下の名を使えば、売れるかもしれない。


 新王陛下の御代を前に出せば、王都では通りやすいかもしれない。


 でも、それをやると、ヴァルツェンの菓子が王都の物語に飲み込まれる。


 ハンナの黒パン。


 灰麦。


 冬葡萄酒粕。


 干し豆。


 雪の中で食べる硬い日常。


 それが、白百合の飾りになってしまう。


 嫌だ。


 それは嫌だ。


 けれど、感情だけで却下してはいけない。


 売れなければ、冬葡萄酒契約の穴を埋められない。


 ベルナー商会との信用にも関わる。


 私は紙面を見つめた。


 王都は物語を好む。


 エレノア様が、そう教えてくれた。


 ならば、物語は必要だ。


 ただし、誰の物語にするかを間違えてはいけない。


「女伯様」


 ユリスが恐る恐る言った。


「ベルナー商会としては、冷血伯という呼び名も、王都では人目を引くと考えているようです」


「でしょうね」


 分かる。


 嫌だけど分かる。


 悪名は売れる。


 噂は売れる。


 冷血伯の地から来た菓子。


 毒でも入っていそうだ。


 いや、そこまで言わないかもしれないけれど、王都の客は笑いながら買うだろう。


 怖いもの見たさ。


 噂話のつまみ。


 それは商売になる。


 でも。


「冷血伯の名では売りません」


 私は言った。


 声は静かだった。


「その名で売れば、一時的には目を引くでしょう。ですが、それはヴァルツェンの品を悪名の飾りにすることです」


 ユリスが、ゆっくり頷く。


 オルドは黙って聞いている。


「聖女リリアナ妃殿下の名も、前面には出しません」


 言った瞬間、胸の奥が少し冷えた。


 政治的には、これは危ういかもしれない。


 祝賀に乗るなら、聖女王妃の名を使う方が安全だ。


 けれど、使いすぎればヴァルツェンの意味が消える。


「では、どのように」


 ユリスが聞く。


 私は少し考えた。


 灰麦菓子。


 北雪。


 冬を越す味。


 王都の白い菓子ではない。


 でも、これにはこれの物語がある。


「『北西の冬を越す灰麦菓子』」


 私は言った。


「長いですね」


 ユリスが正直に言った。


 正直でよろしい。


「では、『北雪の灰麦菓子』を正式名に。添え文として、『雪深きヴァルツェンで、冬支度の知恵から生まれた菓子』」


 書きながら、ユリスの表情が少し変わる。


「婚礼祝賀には触れないのですか」


「触れます。ただし、主役にしません。『新しき御代の安寧を北西の地より祈り、冬を越す味を届ける』」


「寿ぐ、ではなく」


「安寧を祈る」


 第5話の返書と同じだ。


 祝えない気持ちを、礼儀の中に収めた言葉。


 私はまだ、その線の上にいる。


 エレノア様も、たぶん。


「王都報の記事への反論はなさいませんか」


 ユリスが聞いた。


 私は紙面を見た。


 新しき御代の光に膝を折った。


 この一文に、今すぐ赤線を引きたい。


 そんな事実はないと、王都報の編集者へ手紙を書きたい。


 だが、反論すればどうなる。


 王都は喜ぶかもしれない。


 冷血伯、婚礼祝賀に不満。


 女伯、王都報に抗議。


 新王陛下と聖女王妃への忠誠に疑念。


 いくらでも面白く書ける。


 怒りは、王都にとって燃料だ。


 薪よりよく燃える。


「反論はしません」


 私は言った。


 喉が痛かった。


「ただし、記録します」


「記録、ですか」


「王都報の文面と、実際の献上処理。どの品をどれだけ削り、何を守ったか。こちらの記録に残します」


 ユリスがすぐに頷いた。


「かしこまりました」


「それから、ベルナー商会への返書には、冷血伯の名を用いないことを条件として明記してください。売り文句は、北西、冬支度、灰麦、冬葡萄酒粕。悪名ではなく、土地の味で売る」


「はい」


 私は少しだけ息を吐いた。


 これで売れなかったら、ロイに怒られるだろう。


 いや、怒るというより、笑顔で数字を出してくる。


 怖い。


 でも、それでも譲れない。


 エレノア様を売り物にしたくない。


 冷血伯という名前で、ヴァルツェンの味を売りたくない。


「女伯様」


 オルドが静かに口を開いた。


「よろしいのですか」


「何が」


「王都では、悪名も値がつきます」


「分かっています」


「ベルナー商会の案は、商売としては間違っておりません」


「分かっています」


「それでも」


「それでも、です」


 私は王都報を畳んだ。


「ヴァルツェンは、冷血伯の見世物小屋ではありません」


 部屋が静かになった。


 言ってから、少し強すぎたかと思った。


 でも、撤回はしない。


 オルドはしばらく私を見て、それから深く礼をした。


「承知いたしました」


 その声には、かすかな何かがあった。


 安堵か。


 誇りか。


 それとも、別の感情か。


 私にはまだ分からない。


 午後、ロイ・ベルナーが城館へやって来た。


 相変わらず、笑顔の刃物みたいな男だった。


「女伯様。菓子の名と売り文句について、厳しいご指示をいただきました」


「不満ですか」


「商人としては、少々」


 正直だ。


「冷血伯の名を使えば、初速は出ます。王都の客は残酷な噂ほど喜んで買う」


「でしょうね」


「聖女王妃の名を前面に出せば、無難です。祝賀品として通りもよい」


「それも分かっています」


「では、なぜ」


「長く売るためです」


 ロイの目が、少し細くなった。


「ほう」


「悪名で買われた品は、悪名が薄れれば終わります。聖女王妃の名で買われた品は、祝賀が終われば終わります。けれど、ヴァルツェンの冬の味として覚えられれば、次があります」


 これは、半分は理屈だ。


 もう半分は、意地だ。


 でも、商人に通すなら理屈がいる。


「北雪の灰麦菓子は、華やかな菓子ではありません。ですが、冬葡萄酒と合わせられる。酒場や小劇場で、軽くつまめる。甘すぎず、香りがある。そこを売ってください」


 ロイは黙って聞いている。


「冷血伯の名で笑われる品にしないでください。王都の祝賀が終わっても、北西の珍しい菓子として残せる形にする」


「女伯様」


「何でしょう」


「商人のようなことを仰る」


「あなたから学びました」


 ロイは楽しそうに笑った。


「これは困りましたな。厳しい領主が、売り方まで覚え始めた」


「困りますか」


「商人としては。ヴァルツェンにとっては、悪くありません」


 そう言って、彼は持参した試作品の包みを開いた。


 北雪の灰麦菓子。


 薄く焼かれ、欠片として小袋に詰められている。


 袋には簡素な紙帯が巻かれていた。


 北雪の灰麦菓子。


 雪深きヴァルツェンの冬支度より。


 悪くない。


 派手ではない。


 でも、いい。


「この紙帯で」


 私は言った。


「白百合の意匠は入れません」


「では、雪輪の小紋を」


「それで」


「価格は少し抑えます。貴族向けではなく、劇場帰りの客と酒場向けに。初回は少量で様子を見る」


「売れ残った場合は」


「こちらで引き取ります。ただし、次回の条件は厳しくなります」


「承知しました」


 ロイは笑っている。


 けれど、先ほどより目は真剣だった。


「女伯様」


「何でしょう」


「王都報の記事は、お読みになりましたか」


「読みました」


「腹は立ちましたか」


「立ちました」


 即答だった。


 ロイが一瞬だけ驚き、それから笑みを深めた。


「それを隠さず仰るようになったのですな」


「怒りを判断の代わりにはしません」


「良い言葉です」


「受け売りです」


「どなたの?」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


 エレノア様の。


 そう言いそうになった。


「……以前の私が、たぶんそう言いました」


 無理がある。


 でも、ロイはそれ以上聞かなかった。


 商人は、聞きすぎない方が得な時を知っている。


「王都報は、王都が読みたい物語を書きます」


 ロイは紙帯を整えながら言った。


「なら、こちらは王都が知らない味を売ればよろしい」


「ええ」


「冷血伯ではなく、北雪の灰麦菓子として」


「お願いします」


 私が頭を下げかけると、ロイが慌てたように手を上げた。


「女伯様、商人にそう簡単に頭を下げられては困ります」


「では、任せます」


「その方が落ち着きます」


 ロイは礼をし、包みを持って退室した。


 その背中を見送りながら、私は少しだけ肩の力を抜いた。


 売れるかどうかは分からない。


 でも少なくとも、冷血伯の名で売られることは避けた。


 それだけで、今日は少し息ができる。


 その夜、精神世界の扉の前で、私は王都報の話をした。


 できるだけ淡々と。


 でも、たぶん声は少し尖っていたと思う。


「新しき御代の光に膝を折った、と書かれていました」


 扉の向こうは、しばらく静かだった。


「王都らしい表現です」


 エレノア様は、そう言った。


 私は思わず顔を上げる。


「怒らないんですか」


「怒ったところで、紙面は変わりません」


「それはそうですけど」


「それに、王都報は事実よりも空気を書くものです」


 冷静だ。


 冷静すぎる。


 でも、声の奥にほんの少しだけ疲れがあった。


 慣れているのだ。


 こういう言葉に。


 何度も削られて、何度も飲み込んできたのだ。


「私は怒りました」


「でしょうね」


「でしょうね、なんですか」


「あなたは怒ると思いました」


 私は黙った。


 少しだけ、驚いた。


 エレノア様が、私の反応を予想していた。


 それがなぜか、嬉しかった。


「反論はしませんでした」


「正しい判断です」


「でも、記録します」


「それも、あなたらしい」


 あなたらしい。


 私はその言葉を、胸の中でそっと受け取った。


 私らしい。


 エレノア様が、そう言った。


「北雪の灰麦菓子は、冷血伯の名では売りません」


「商売としては、損かもしれません」


「分かっています」


「聖女リリアナ妃殿下の名を前に出す方が、通りもよいでしょう」


「それも分かっています」


「それでも?」


「それでも、です」


 私は扉を見つめた。


「ヴァルツェンは、冷血伯の見世物小屋ではありません」


 扉の向こうから、返事はなかった。


 言い過ぎただろうか。


 でも、これは本音だった。


 エレノア様が王都でどう呼ばれていようと、ヴァルツェンの黒パンや灰麦や雪芋まで、その悪名の飾りにしたくなかった。


「……あなたは」


 やがて、エレノア様が言った。


「時々、私より怒りますね」


「推しなので」


「理由になっていません」


「私にはなっています」


 扉の向こうで、小さく息を吐く気配がした。


 呆れている。


 でも、拒絶ではない。


「売れなければ、ベルナー商会との契約補填に響きます」


「はい」


「その時は、別案を出しなさい」


「出します」


「感情で売り方を狭めた以上、結果の補填も必要です」


「はい」


 厳しい。


 でも、その通りだ。


「エレノア様」


「何ですか」


「私、まだ王都に怒っています」


「知っています」


「でも、怒りを判断の代わりにはしません」


 以前、彼女が教えてくれた言葉。


 それを返すと、扉の向こうが静かになった。


「……覚えていたのですね」


「はい」


「なら、よろしい」


 よろしい。


 今日は二回目くらいのご褒美では。


 いや、すぐそう考えるな、私。


「王都は、あなたが膝を折ったと書きました。でも、私はそう思いません」


「あなたがどう思うかは、王都報には載りません」


「載らなくていいです」


 私は静かに言った。


「私が記録します」


 扉の向こうから、紙の音がした。


「私的業務記録に?」


「はい」


「また余計な一文を足すのですね」


「足します」


「……好きになさい」


 許可が出た。


 私は少し笑った。


 現実に戻った私は、私的業務記録を開いた。


 王都報、婚礼祝賀特別号確認。


 ヴァルツェン献上品について記載あり。


 文面、事実と異なる印象操作あり。


 反論せず。


 ただし、実際の献上処理、削減品目、守った備蓄を別記録に残す。


 ベルナー商会、北雪の灰麦菓子販売案。


 冷血伯の名を使用せず。


 聖女リリアナ妃殿下の名を前面に出さず。


 正式名、北雪の灰麦菓子。


 添え文、雪深きヴァルツェンの冬支度より。


 初回販売、小劇場・酒場向け。少量。


 雪輪小紋の紙帯使用。


 そこまで書いて、私はペンを止めた。


 そして、一行加える。


 ヴァルツェンは、冷血伯の見世物小屋ではない。


 書いてから、少しだけ強すぎると思った。


 でも消さなかった。


 これは私の怒りだ。


 そして、判断ではなく記録だ。


 窓の外では、雪が降っていた。


 王都では、きっと白百合の花が飾られている。


 祝福の歌が響き、劇場では新王陛下と聖女王妃の物語が語られている。


 その片隅に、北雪の灰麦菓子が並ぶ。


 地味で、硬くて、甘すぎない、ヴァルツェンの冬の味。


 王都がどう笑うかは分からない。


 でも、私は願った。


 せめて一人くらいは、噛むほど味が出ると思ってほしい。


 冷血伯の噂ではなく。


 聖女王妃の飾りでもなく。


 北西の冬を越すための味として。


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