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向かい合って、走る筆

「へっくちっ!」


「寒いならもっと着込んでこいよ……」




11月下旬。


暑かった秋はあっという間に消えて、隙間風が僕らを凍えさせる。 




「うぅ……明日からちゃんと着てくる……」




小刻みに肩を揺らしていて本当に寒そうである。




「はぁ……これでも着てろ、昼休みが終わるまでは貸してやる」




自分のブレザーを脱いで二宮に押し付ける。




「いや、それやとセンパイが寒くなるやん」


「僕はカイロがあるからいいんだよ。それより隣で寒そうにされてたほうがこっちまで寒くなる」


「ん……じゃあ、ちょっとだけ……」




本当はカイロなんてないけど……まぁ仕方ない。




「ふへへ……温かい……ぶかぶかや〜……」




ブレザーの襟元を掴んで顔を埋める。


その様子に胸がざわついて鬱陶しい。




「そう言えば、もうすぐ期末試験だが二宮は大丈夫なのか?」




僕は見てしまった。


先ほどまで暖かそうに頬を染めていた二宮の表情が途端に青ざめていく様子を。




「二宮……?」




カタカタと何かに怯えるように震え、額からは汗が流れている。




「二宮、参考程度に聞くんだが……前回の点数はどれくらいだったんだ?」


「——点…」


「えっ?」




聞き返すと、今度はほんの少しだけ声を大きくする。




「ニジュウキュウテン……」


「ガッツリ赤点じゃないか……」




空を仰いだ。灰色の天井が僕の目に落ちてくる。


少し迷ったが、ここは心を鬼にして厳しく行くとしよう。このままじゃ二宮の将来が心配すぎる……




「はぁ……僕がいなくなったらどうするつもりなんだよ……」


「いなくなるん……?」


「今は……その予定はないけど、もしもって事があるだろ?僕が卒業なんてしたらそれこそ、そこで終わりだろうし……」




そう。人と人の繋がりなんていつ切れるかもわからないんだから。




「そんなもしもがあったら、うちが地獄の果てまで追いかけたるわ!」


「僕は地獄前提かよ……それでどうするんだ?このままじゃ退学の可能性もあるんじゃないか?」


「そんなん言ってもやる気が……せや!」




何かを思いついたように掌をポンと叩く。




「次のテストでうちが60点!!いや!50点取ったらなんかご褒美くれへん?」


「おいそこ、ハードル下げんな。そもそもご褒美って何が欲しいんだ?」


「それなんやけどね」




頬を緩ませていつもよりふにゃっとした笑みを浮かべる。




「ううん!50点!取れたら言うわ!」


「なんだそりゃ……」




二宮の柔和な笑みに、思わず目を背ける。




「やからセンパイ!勉強教えて?」


「僕へのメリットは?」


「優しいセンパイならそんなんなくても受けてくれるやろ?」


「……はぁ、とりあえず今日から放課後は一旦図書室で集合な。そこで勉強を教えてやる」


「え〜……ここじゃ駄目なん?」


「駄目ってほどでもないが、椅子と机はあった方が良いだろ。あそこならエアコンもあるからここよりは温かいし」




僕もそうだが、人のいる所は嫌いだ。だからこそ、ここにいるわけだが、今回ばかりはそう言ってられない。




「うーん……センパイも来てくれるなら……」


「僕も教えると言ったからな。その代わり厳しく行かせてもらうぞ」


「お……お手柔らかに……」




昼休みが終われば午後の授業が始まり、退屈で億劫な時間はぼんやりと過ぎ去る。


午後の授業が終わった瞬間、僕は急いで図書室に向かった。その足は自分でも驚くほど軽くて、今だけは、この身軽さに身を任せたくなった。




◇◇◇




センパイに勉強を教わってから早数日。




「いい加減覚えろ。ここも違う。ここも、ここも、あぁそこ、式を省略するんじゃない!」




アカン……この人、結構スパルタや……


センパイの教え方はわかりやすいけどマシンガンみたいに飛んできて、結果。




「もう……ムリ……」




机に突っ伏す事になった。


うちが勉強できひんのか悪いんやけどさ……厳しすぎひん?センパイの後ろから鬼みたいなん見えたんやけど……?




「おい、何休んでるんだ?前回赤点だったお前に休む余地は無い。ほら、ペンを持て。」


「センパイ……?冗談やんな?うちもう1時間くらいやっとるんやけど……?」




センパイは、笑顔やった。




「安心しろ。“優しい先輩”がお前を50点。いや、60点まで連れて行ってやる。さぁノートを開け。ペンを持て。」




もう……センパイに勉強は教わらへん。


もう……




「なんだ?そこがわからないのか?そこは……」




そう言いながら真隣まで近づいてくる。声が、顔が、息が近くて……また、教わってもいいと思ってしまう。




◇◇◇




「長澤ー、新田ー………」




次々と名前が呼ばれていく。カウントダウンみたいにうちの番が迫る。




「二宮ー」


「はい……」




小さく返事をして、答案用紙を受け取った。




◇◇◇




いつもの階段。西日が照らす夕暮れ時。


僕はテストの結果を聞きにここに来ていた。




「それで?どうだったんだ?」


「うちもまだ見てへんから……センパイ……開くからね?」




ゴクリ……


と、喉が動く。




ゆっくりと開かれた答案の一桁目は……4。


なぜか僕まで緊張が全身を包む。




「次……!次が大事やから……!!」




そう言って少しずつテスト用紙が開かれる。


そうして現れた数字は……




「6……64点??うちが……??」




まだ実感が無いのか二宮はポカンとしていた。




「よかったな。二宮」




僕の言葉でようやく遅れた実感が湧いたようで……




「ふぇ?!あ…?!センパイ!!うち!!できてるんよね?!」


「あぁできてる、できてるから落ち着け」




まぁ僕が教えたんだ。生半可な点数にはさせるつもりはない。




「あ、それでセンパイ……ご褒美なんやけど……」


「あ〜……それか、お前も大分頑張ったしな……何がいいんだ?」




二宮はすぅ、はぁと深く深呼吸をしている。西日はさらに傾いて、二宮の頬を朱く染めていた。




「12月24日。うちとデートしてくれへん?」


「デー……ト……か……分かったよ。」




いつか来るとは思ってた。


二宮の気持ちに向き合う事を避けていた。


けど……仕方ない……


二宮はいつもそうだ。僕を絶対に離してくれない。離れたいと、そう思わせてくれない。


どうせ離れられないのなら————






————僕も覚悟を決めるとしよう。

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