呼ばれあって、染まる頬
「まだ来うへんな〜」
スマホの欄に初めて表示される家族以外の名前。
「一原……陸……陸くん……いやいやいやいや!流石に馴れ馴れしすぎるやろ!」
いつもセンパイとしか呼んだことがないから、その響きに……ちょっとだけむず痒さを感じる……
「でも……いつか……いつかこんな呼び方できたらええのになぁ……」
ぼんやりと……訪れるかも分からない未来に胸がキャーキャーと騒いでいた。
——それにしたって……
「遅いわ!!いつまで待たせんのよ!!もう0時回ってまうんやけど?!」
届くはずのない声で叫ぶ。
「ほんまにセンパイ、忘れてんとちゃうやろな……もう、うちから送ったろか……いや初めてのメールはセンパイからがいいし……あとちょっと恥ずかしいし……」
やっぱりこう言うんは男の子の役目やと思うんよ……うん…!
その時、ピコンと軽い音がスマホから鳴る。
「先輩?!………ただの通知……」
そこにあったのはただのゲームの通知。
「も〜……はよ来てや〜……」
その後一時間くらい待ったのに、結局スマホが鳴ることは無かった。
◇◇◇
「ん……ふぁ〜……」
「どうした?寝不足か?」
いつもの場所でいつものようにパンをかじる9月の終わり頃。珍しく二宮は眠そうに欠伸をしていた。
「誰のせいやと思っとるんよ……ずっと待っとったのに……」
二宮の声はどこか眠そう。
「そんな僕が原因みたいな言い方……それに待つって何を待ってたんだよ……」
「そんなん陸くんからのメールに決まって……」
「へっ…?」
…………メールって……
「………あっ、」
二宮も僕に続いて遅れて理解する。
瞬間、みるみるうちに顔が紅くなる。
「やっ?!今のは違くて?!!違うんやけど違くなくて!!」
「とりあえず落ち着け!」
腕をぶんぶんと振り回す二宮を制止して深呼吸を促す。
一度、二度、大きく深呼吸をしたおかげか、二宮の顔に落ち着きが取り戻された。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……センパイってほんまに鈍感やよね〜」
いつものニヤケ面とは少し違う。まだ僅かに残る頬の赤色が目立つ取り繕ったような表情。
「今からは無理があるぞ流石に」
「うっ……さっきのは無かったことに……」
「さぁな?それはお前次第ってところかな〜」
少々意地が悪いが折角だ。この気に乗じていつもの仕返しと行こう。
「うぅ~……お願いやから忘れてよ〜……」
「ん〜……そうだなぁ、忘れてやってもいいけど僕の質問にも答えてもらおうか」
「し……仕方ない……その代わり絶対忘れてや?!約束やからね?!」
二宮の言葉を片耳に、一拍を置いて問う。
「それじゃあ聞くが、何故僕からのメールをそんなに待っていた?二宮からでもいいんじゃないか?」
僕がそう言うと二宮は急にシュンとした顔をする。
顔が下がるにつれて、長い横髪が二宮の顔を覆い隠す。
「そっか……この秘密話しちゃったらもううちはここに来れへんけど……それでも話さなあかん?」
そんな大層な秘密に繋がるわけない。
そう言い切れる保証がなかった。嘘ならこのまま問い詰めればいい。
けど、もし本当だったら?
そうなればきっと二宮は二度とここには来ない。それだけは避けないと……
「……わかった。じゃあこの質問は取り下げよう」
「ほんまに……?」
「あぁ、男に二言はないからな」
その瞬間、二宮はニィっと口角を上げる。
僕は今さら理解した。——してやられた。
「いや~、センパイが優しくて助かったわ〜!こんなん話したらうち、恥ずかしくてもうセンパイの顔見れんくなるもん」
「お前!やっぱり——」
「あれ〜?男に二言はないんやなかった?それとも〜……あんな格好良く言っておいて取り下げるなんてアホなこと、センパイは言うんかな〜?どうなんかな〜?」
僕の頬を人差し指で突っつきながらニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
何か——こいつを黙らせられる物は——
「陸、くん……?」
「わーー!!!!!わーー!!!!!」
僕がポツリと発した言葉に被せて二宮が叫ぶ。
「あれは!!ほんまに違うから!!違わないけど!!!違うから!!!やから忘れて!!!」
「って言われても……確かに少し引っかかりはあるが、ただの名前を呼ぶのにそんなに言うことか?」
その言葉が二宮の地雷を踏み抜いたのだろう。
気がつけば僕は両肩を思い切りつかまれ、二宮と正面を向かい合わされていた。
「ふ……二宮……?」
「センパ〜イ……そんな言うんやったらセンパイはうちのこと名前で言えるんよな〜??」
「そりゃ……もちろん……」
「やったら言ってみてよ……うちのこと……」
肩に加わる力がまた一つ強くなる。
「あ……あき……」
あれ?ただ名前を言う。それだけのはずなのに……喉の前で言葉が止まって、妙に心臓がうるさい……
「ほら~、言えへんやないの〜?」
「い……言えるさ……あき——」
その瞬間、チャイムが鳴り響いて……僕は逃げるようにその場を後にした。
「あっ!!ちょっ!!センパイ!!まだ話は!!」
後ろから何か聞こえたが、気にする余裕がなかった。
◇◇◇
今日は危なかった……
寝ぼけて先輩を変な呼び方で呼んじゃった……やっぱり夜はちゃんと寝たほうがええね……うん。
ほんで——
「結局今日も来うへんのかーい!!!」
その時、ピコンと軽い音がスマホから鳴る。
「はいはいもう通知は結構なんよ〜……」
諦め半分で画面を見るとそこには先輩の名前があった。
『今日は……色々すまんかった……』
『センパイ!!遅いんよ!!今もう22時やで?!』
『まぁその点も含めてすまんかった。』
『まぁ……ええけど……とりあえず今日のことは許したるからまた来週会おな〜』
『はいはい、お休み。秋葉。』
触らなくてもわかる。多分、今のうちの顔は凄く赤い。
「……やからぁ、先輩はズルいんよ〜……」
抑えきれない感情が足を動かして……その日もまたずっと寝られなかった……




