駄目な子だって、何度でも
「センパイ、ごめんね?こんな時間に」
「いいよ。別に」
あぁ……暑い……なんでやろ……心臓がうるさい。
言わなきゃ……あの二文字を。
——でも、ほんまに?
言わなければこの関係を続けられる。うちがちょっと我慢したら、それだけで明日も明後日もこのままでいられる。
それでいいんやない?
それで……
「静かだな……」
「うん……」
「本当は何かあるんだろ?……って聞くのは野暮か。話したくなったらまた言ってくれ」
「うん」
センパイの声。やっぱり落ち着くなぁ。
この声をもっといっぱい聞きたい。今までと一緒なんかじゃ満足できへんくなっちゃった。
うん。やっぱり逃げちゃ駄目やよね。この気持ちに蓋をしちゃったらきっと……うちは、後悔する。
本当に静かや。少し前までクリスマスの音が辺りいっぱいに鳴っていたのに、ざわめきは遠のいて、空気が一段静かになる。風音だけがやけに響くこの公園。
まるで……あの屋上手前の階段みたい。
「センパイ、うちらが初めて出会った日のこと覚えてる?」
最後の心の準備をしよう。
「覚えてるよ。だってあの時、二宮がわんわん泣いてたし」
「うっさい!!わんわんとは泣いてへんし!!」
「そうかぁ?じゃああれは何だったんだろうなぁ〜?」
「あれはその……えんえんとは泣いてたけど……」
「ふふっ、結局泣いてたんじゃないか」
「うー……」
うちにも色々あったんやから仕方ないやん……
苦しかったんやから……けど、それすら良かったと思える。だって、だからこそ、センパイと出会えたんやから。
◇◇◇
今より前の二宮秋葉の話。
昔から、うちには友達なんて出来ひんかった。
相手が何を考えているのか、嫌われているんじゃないかって。
まるで、得体のしれないナニカみたいに思えて、怖くて、その度に声が出なかった。
それやのに、一人やと寂しかった。
一人が怖い。なのに人が怖い。
怖くて、怖くて、なつにぃにしがみついた。
なつにぃは優しく頭を撫でてくれて、それから毎日
「秋葉ー!!お前はかわええ子やなぁ〜」
「あーきはー!ん〜!いつ触ってもさらさらの綺麗な髪や〜、ほんっまにお前は俺の自慢の妹やなぁ〜」
それこそ、うざいくらいにうちに好意を表してくれた。
それだけで良かった。なつにぃがおるから大丈夫やって。うちは一人じゃないって。
そう思えとった……
けど、パパとママは違った。
「どこで育て方間違っちゃったんかなぁ……」
高校に入った頃。夕暮れ時のリビングからパパとママの声が聞こえた。
「まぁまぁ、秋葉やってまだ子供やし……もう少し様子見たっても……」
「そんな言ってもう高校生やで?!!分かってんの?!後3年もしたら大人になる!!やのに秋葉は……まだ人と話せへん……」
「そうやけど……秋葉やって頑張っとるやろ?儂らが急いだってしゃあないんやから秋葉のペースに合わせたらな。儂らがあーだこーだ言うてもしゃーないやろ……」
バンッと机に叩きつける音がした。
空気が、静まり返った。
「あんたはええよね……仕事で頭回しとったら子供の事なんて考えんくてええんやから……あたしは四六時中考えてるんよ!!ずっと子どもとおるのに……こんなんやったら……あたしが秋葉を駄目な子にしたみたいやん……」
ママの言葉にびっくりして、逃げようとした瞬間に床が軋む。
「……秋葉、帰っとったん?学校、どうやった?」
いつもの優しいママの声。やのに、怖くて、嘘をついた。
「うん……友達と……いっぱいお話して、楽しかった……よ……?」
自分でもわかるほど声は震えていて、ママもパパも嘘やってすぐに分かったみたいに——
——目が、暗く沈む。
泣きそうになって、涙だけは見せたらあかん気がして、部屋に逃げた。
うちはなつにぃがいるから大丈夫やった。
けど……ママたちにはまだ駄目な子やったみたい。
「駄目な子で……ごめんなさい……」
一人ぼっち、部屋の中で誰にも聞こえないように、バレないように、泣いて謝ってを繰り返した。
いくら泣いても時間は残酷なくらい過ぎていって、うちは今日も学校に行く。
「でさ〜」
学校の人たちはみんな怖い。けど、うちも変わらないと……早く……ママたちに安心して貰える子にならんと……
「あ……アノ……」
「ん?な~に〜?」
怖い。
声ってどうやって出すんやっけ?早く、次の言葉を……
「ん〜?どしたん?私らになんか用?」
「……っ、」
気がつけばうちの足はどこかに走り出していた。
どこかに逃げたかった。どこか、静かな所に。
走って、走って、逃げ出して。
不思議だった。そこは壁があるわけでもないのに、足を踏み入れた瞬間、すぅっと心が楽になった。
屋上手前の階段。
一段、また一段、登るたびに音がまた遠くなる。
吸い込まれるように登って、ほんのり西に傾いた陽光が顔いっぱいにかかる。
その瞬間、カシャリ。とプラスチックの軽い音が鳴る。その音の方を見ると。
格子窓の細い光の中に、彼がいた。
一定のリズムで、作業みたいにパンを食べるその姿は何を考えてるのか、何も考えてないのか……
消え入りそうなのに確かにそこにいる。
もうすでに涙は消えていて、うちの目には彼だけがあった。




