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復讐に行ったら、超能力探偵に出会ってしまった話  作者: 小説書こう


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ジンクス

その日の事務所は、珍しく静かだった。

依頼は午前中で一段落し、メロルスは買い物に出ている。カテリナは書類の整理で奥のデスクに向かったまま、ほとんど顔を上げない。机の上では、新入りのふわふわした生き物が丸くなって、水色の瞳を細めていた。時々「みゅ」と鳴くだけで、余計な騒ぎは起こさない。

リシアはソファの端に座り、端末の画面を親指で送っていた。ニュース、治安情報、SHLD関連の短い記事。その中に、どうでもいい特集が一つ混じる。


『ハグの時間が長いカップルほど、将来別れやすい? 』


リシアはそれを見て、ふっと息を吐いた。特に深い意味はない。ただ、目に入ったから、口に出してしまった。


「……ねえ、ヒューゴ」


「あ?」


机に足を乗せていたヒューゴが顔を上げる。


「ネットのニュースなんだけど。ハグを長くすると、カップルは将来別れやすいらしいわ」


「は?」


「長い密着は、依存やマンネリのサインになることもある、って。統計みたいな話」


リシアは画面を見せて、すぐに伏せる。声のトーンは普段通りだ。他意はない。本当に、ただの雑談のつもりだった。

雨果はしばらくリシアの顔を見ていた。それから、にやりと笑う。


「へえ」


「……何よ、その顔」


「なあ、そのジンクス、破ってみようぜ」


「え?」


ヒューゴがソファの隣に腰を下ろす。距離が急に近い。リシアは端末を持つ指に、少しだけ力を込めた。


「破るって、何を」


「その『長くハグすると別れる』だよ。長くやって、別れなかったら勝ちだろ」


「……馬鹿みたい」


「馬鹿でいい。実験だ、実験」


ヒューゴが腕を開く。軽い仕草なのに、逃げ道を塞ぐような間合いだった。リシアは一瞬だけ視線を泳がせ、新入りのペットを見る。ふわふわの生き物は、二人の方を向いて、しっぽのような毛束をゆっくり振っていた。


「……カテリナがいるわ」


「書類に夢中だよ。メロルスもいない」


「それでも」


「嫌ならいいぜ」


ヒューゴが引く気配を見せた瞬間、リシアは小さく舌打ちした。それから、ほとんど聞こえない声で言う。


「……短くなら、いいわ」


「短くで始めて、結果的に長くなったら?」


「……それは、その時……」


ヒューゴの腕が、リシアの背に回る。最初は触れるか触れないかだった距離が、彼女が少しだけ身を預けると、ちゃんと密着に変わった。スーツの生地越しに、体温が伝わる。リシアの肩が、わずかに強張る。


「……時間、測るの?」


「測らなくていい。体感で十分だろ」


「ちゃんと測らないと、実験にならないでしょう」


「厳しいな」


それでもヒューゴは笑ったまま、リシアを抱き直す。あごが、彼女の髪に軽く触れた。リシアは視線を正面に固定したまま、耳だけが熱い。抱き締められている時間が、自分の思っていた「短い」をすでに超えているのがわかってしまう。


「……まだ?」


「まだ」


「いい加減に」


「今、俺はジンクスを破っていまーす」


「……馬鹿」


声は呆れの形をしているのに、離そうとする力は入っていない。ヒューゴの胸に額が寄りそうになって、リシアは寸前で止めた。その代わりに、手元へ落ちた視線が、机の上のふわふわを捉える。

生き物は二人の足下まで近づいてきて、リシアの靴先に頭をこすりつけていた。水色の瞳がぱちりとまばたきする。

リシアは、抱きかかえられたまま、片手だけをそっと伸ばした。指先がふわふわの背を撫でる。喉の奥で、小さな「みゅ」が返ってくる。


「……名前は、ないの?」


「まだだよ。付けると売れなくならからさ」


「売る気でいるの」


「仮にだよ、仮に」


リシアは小さく息を吐き、ペットの耳の後ろを優しく掻いた。生き物は目を細めて、完全に喉を鳴らす。その穏やかな感触が、今の異常な密着をより際立たせる。


「……長いわよ、もう」


「もっと長くていいだろ」


「ニュースでは、長いと別れるのよ」


「だから破るんだって」


ヒューゴが、ほんの少しだけ腕に力を込める。リシアの背中に、彼の指の形がわかる。彼女はもう一度、短く呟いた。


「……馬鹿みたい」


「嫌いなら押せ」


リシアは押さなかった。

代わりに、ふわふわの頭をもう一度撫でて、静かに目を閉じた。

事務所の時計だけが、淡々と針を進める。

カテリナはまだ書類から顔を上げず、新入りのペットだけが、二人の足元で小さく丸くなっていた。

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