少し前、
それは少し前、雷真が私邸の書斎で書類に目を通していた夜のことだった。
窓の外はキーリオスの常として、ネオンが遠くで明滅している。部屋の中は静かで、時計の針の音だけが規則正しく響いていた。
そのとき、玄関の方から、低く重い足音が聞こえた。
雷真は顔を上げた。聞き慣れない駆動音が、足音に混じっている。金属と肉が擦れるような、低く共鳴する音だ。
ドアが開く前に、彼はすでに立ち上がっていた。
「……剛?」
扉が開き、巨体が現れた。
霧島剛だった。
だが、以前の剛ではなかった。
首筋から鎖骨にかけて、暗い金属の継ぎ目が走っている。両腕の外側には薄い補強板が埋まり、呼吸をするたびに体内から低い駆動音が漏れた。肩のラインは以前より角ばり、皮膚の随所に施術の痕が残っている。体全体が、明らかに「削られ、組み直された」印象を放っていた。
それでも、その目だけは変わっていなかった。
「ただいま戻りました、雷真様」
剛は一礼した。声は以前と同じく、重く、丁寧で、芯がある。
雷真は数秒、言葉を失っていた。
「……剛。その体は」
「修行の成果、というよりは、修行の過程で必要になったものでございます」
剛は自分の腕を見下ろし、淡々と続けた。
「皮下シールドだけでは、いずれ限界が参ります。ですので、守りに特化した改造を、さらに深く施してまいりました。痛みも、衝撃も、以前より多く引き受けることができます」
「無理をしたのか」
「無理ではございません。必要なことでした」
剛は顔を上げ、主をまっすぐ見た。
「私は雷真様の盾でございます。盾が割れれば、意味がありません。体を削ってでも、割れない盾になる。それだけでございます」
雷真はゆっくりと近づいた。剛の胸元に、薄い継ぎ目が光っている。指先で触れそうになって、止めた。
「痛くないのか」
「改造箇所の感覚は、かなり鈍くなっております。ですが、守るという気持ちまでは、鈍くなっておりません」
剛の口元が、わずかに緩んだ。
「ご安心ください。部品にはなっておりません故」
その言葉に、雷真は小さく息を吐いた。安堵と、申し訳なさと、喜びが混ざったような表情だった。
「うん……おかえり、剛」
「はい。ただいま戻りました」
剛は改めて頭を下げる。駆動音が、礼をする動作に合わせて短く鳴った。
「不在の間、代わりの者が失礼のなかったか、少々心配でしたが……こうして直接お顔を拝見できて、何よりでございます」
「剛がいなくても、ちゃんとやれてたよ。でも……」
雷真は少しだけ笑った。
「やっぱり、剛がいる方が落ち着くよ」
「それは、私も同様です」
剛は部屋の入口に立ち、自然と雷真の斜め後ろの位置を取った。昔と同じ位置だ。体は変わり、音も変わり、重さも変わった。
だが、主の傍に立つというその在り方だけは、何一つ変わっていなかった。
雷真は書斎の椅子に座り直し、剛に言った。
「まずは休め。話は明日でいい」
「恐れ入ります。ですが、警戒は解かずにおります故、ご心配なく」
「剛らしいな」
「はい」
短いやり取り。
それでも、私邸の空気は、数ヶ月ぶりに「元通り」に近いものへと戻っていった。
窓の外では、キーリオスの夜が変わらず灯りを揺らし、剛の体内では、低く安定した駆動音が、静かに鳴り続けていた。




